ダブルキャリア列伝【7】 狩野俊さん
[第23回] 「古本屋は副業禁止」をはねのけて
── それで、コクテイル書房から、古本酒場コクテイルになっていった、と。
狩野 いや、国立では、まだ「古本酒場」とは名乗っていませんでした。でも実態として、夜は酒場になるわけですから、帰りが遅くなる。家が遠くてしんどくなって、ある人に夜の酒場の仕事を頼むことにしたんです。
ちょうど仕事を辞め、自分の酒場をやりたいという方でした。夜8時以降はその人がやっていたんです。僕は昼間に行って、古本の仕事をやって、夕方くらいから常連と飲んで、帰る。彼は自分で飲み屋をやりたい人だから、酒やおつまみを充実させたり、店をこまめに掃除したり。そのおかげでお客も増え始めた。
でも、2000年に高円寺に移転したんです。「知り合いがやっていた居抜きの店舗が空くから、そこで自分の店をやるので辞めたい」と彼が言ったのがきっかけです。
当時、新しく増えたお客は彼に付いている人ばかり。彼が抜けたら、うちには来なくなるだろう。穴は結構大きい。この場所でその穴を埋めるよりも、別の場所を探したほうがいいのではないか、と。そういう理由で、移転したんです。
僕の場合、古本の仕事は、店で売る部分は微々たるもの。高円寺にある西部古書会館での即売会とか、デパート展といった店の外で売るのがメインなんです。夜は飲み屋をやって、昼間は即売会の準備、週末は即売会という、今も続く生活パターンが高円寺に来てから固まりました。
そういう意味で、「古本屋+酒場」という店は国立がスタートですが、古本酒場と名乗って、本当の意味で、二足の草鞋になったのは高円寺に来てからです。
── 所属している古書組合の人から、「組合には副業禁止という規定がある。あなたはそれに違反している。この問題を役員会で取り上げようと思うが、嫌なら自主的に脱退してくれ」と言われたのは、その頃ですか。
狩野 はい。目障りだったんでしょうね。「わかりました。辞めます。ただし、作家と古本屋を兼業している人のことも役員会で取り上げてください。それが条件です」と言い返してやりましたけど。
── その人個人の意見ですか。
狩野 そうでしょうね。でなかったら、役員会から直に働きかけがあったはずです。それ以外にも、色々な人から、面と向かって、あるいは陰で、「飲み屋をやって、古本屋もやるのは中途半端だ」と言われました。でも最近、そのうちのひとりから、「ブック・カフェというのが流行っているみたいだね。あなたが始めたのはずっと前だから、先見の明があったんだ」と言われたんです。「まるで反対のことを言っていたくせに」と内心、思いました(笑)。
── 古本屋の世界でも、ひとつのことを極めるべきだという思想があるんですか。
狩野 あるでしょうね。特に専門のジャンルを持たない本屋は軽く見られます。それは今も昔も変わらないと思いますが、はるかに間口は広くなりました。昔はネット専門の古本屋は組合に入れなかったんですがOKになった。ブック・カフェの経営者が、組合に入っている例も沢山ある。組合員がすごく減った時期があって、「変えなくちゃ」と組合が危機感をもった時期があったようです。
── 今は逆に増えているんですか。
狩野 増えているんです。ある大学がやった面白い調査結果があります。5年前と今を比較すると、古本業は確実に衰退しているんですが、新規の組合員は増えている。パイは減っているのに、新規加入者がこんなに多い業態は例がないそうです。
── 衰退というのは、全体の売上げが減っているということですか。
狩野 そうです。市場での売買高が減っているのです。
── その数字にはアマゾンで取り扱っている古書も入っているんですか。
狩野 いや入っていません。古書組合に限った数字です。ブックオフも入っていない。古本という大きな括りで見たら、確実に市場は大きくなっていると思います。
── コクテイルには、作家やエッセイストが書いた、料理本や小説に出てくる料理を狩野さんがアレンジした「文士料理」というメニューがありますね。
狩野 壇一雄の『檀流クッキング』を見て、よく自分で料理を作っていたんです。これをお客さんに出せばいい、本と料理が結びつくんじゃないか、と思ったのがきっかけです。
── 最初に作ったメニューは何でしたか。
狩野 おからを材料にした「大正コロッケ」。自分で食べてみたら、思った以上にうまくできた。名前もキャッチーだし。
── それも『檀流クッキング』にあるんですか。
狩野 はい。おからなので材料費が安くて、利益率が高い。
── 『檀流クッキング』はここで売っているんですか。
狩野 置いていたんですけれども、すぐに売れちゃうんですよ。
── 他に参考にしている本はありますか。
狩野 武田百合子の『富士日記』。毎日の献立がそのまま載っているんですが、作り方が書かれていないのがいい。想像が入り込む余地があるので作りやすいんです。中身がきっちり記載されている料理書のほうが文士料理にはしにくいですね。
── 「本と違う」とお客に文句を言われる。
狩野 そう。踏ん切れていないのが池波正太郎さん。彼の本には、料理のシーンが沢山出てくるんですが、池波ファンは熱狂的ですから、「これは違う」と言われそうなので、やれていないんです。あとは、川上弘美さんの本も参考になります。
── 他に、このお店ならではの工夫とか強みはありますか。
狩野 こうやって本を置いているからでしょうか、変な酔っ払いが来ないんです。喧嘩に代表される揉めごとも今までに皆無です。「酒場で大変なのは、酔っ払いをどうさばくかだ」とよく言われるんですが、僕はまったく苦労したことがない。まず、泥酔の人が来ません。お高く止まっているように見えて、入りにくいのかもしれませんが。
── 本が客をスクリーニングしているわけですね。どういうお客が多いんですか。
狩野 本に関する仕事をしている人ですね。馴染みでないお客さんも、何気に話を聞いていたら、「きっと編集者なんだろうな」とか。あとは本好きの人。基本は近所の人ですが、全国から来ます。この前も山口から来てくれた人がいました。
── 常連客のひとりに書評家の岡崎武志さんがいますよね。その岡崎武志さんが自分の本を売る棚が店内にあるとか。
狩野 岡崎さんの棚はないですが、同じく常連で本好きのライター、荻原魚雷さんの棚があります。魚雷さんが「売れる」と思った本が並んでいます。
── それは魚雷さんの本ですか、それともコクテイルの本?
狩野 魚雷さんの本です。ご本人が時々、入れ替えに来るんです。
── 利益は魚雷さんに入るんですか。
狩野 そうです。古本を自分で仕入れて売っているライターの方は多いですよ。まさに、ライターと古本業のダブルキャリア。それなりに売れるみたいです。
── そういう方への場所の提供もされていると。
狩野 流れとノリで、「置いてください」みたいな感じで。
── ここの本も全部売り物ですか。
狩野 はい、そうです。
── 本の売上げと酒場の売上げ、どちらが多いですか。
狩野 店に関しては、飲食のほうが断然多い。即売会の売上げも考慮すると、前の店では、即売会のほうが多かったんですが、こっちへ移って、特に最近は、店の売上げのほうが多い。即売会の回数も、以前は今の倍以上こなしていました。池袋のサンシャインとか中野サンプラザなどで、毎週末はほとんど本を売っていました。
(次回に続く)










