ダブルキャリア列伝【5】 小山龍介さん
[第16回] “HACK”の本質は「方法に着目し、法則化する」こと
── 一連のハック・シリーズの読者はどういう人ですか。
小山 30歳前後の若いビジネスマンが多いと思います。
── どんな感想が来ますか。
小山 「こんなやり方があったのか、目から鱗が落ちました」というのが多いですね。それはアート好きな僕にとって、すごく嬉しい褒め言葉です。「目から鱗」というのは、現代アートへの最高の賛辞ですからね。
── 「目から鱗」と言われた、ハック中のハックをいくつか挙げていただけますか。
小山 最初の本の冒頭に紹介した「携帯電話のストラップにペンを付ける」というハックへの支持が高いです。それをやるだけで、「何かを思いついたら、すぐにメモする」ように、自分の行動が変わってしまう。僕らはいつも主体的に自らの行動を選びとっていると考えがちなのですが、実態は逆で、ものに依存している部分が非常に大きいんです。
── わかります。
小山 携帯にペンがついている人と、ついていない人では行動が変わるのは事実。であれば「行動を変えよう」と思ったら、環境をまず変えてみる。その象徴的な例がこのハックなのです。
あと、スケジュール管理にも皆さん、苦労されているようです。人との約束案件だけをスケジュールに入れる人が多いのですが、それでは駄目なんです。資料整理に1時間、企画書作成に3時間と、作業時間もきちんと入れておく必要がある。
そうすると、自分の繁閑がスケジュール上で把握できるんです。把握できればコントロールできます。これは強いですよ。
世の中、コントロールできないことが山ほどある中で、コントロールできる範囲をできるだけ広げておけば、安心して仕事ができ、心置きなく遊べますから。
例えば、締め切りが1週間後に迫っている。それに対して、「1週間後か」と、漠然と思うのではなく、この作業に5時間を割り当てよう。そのうち3時間が明日で、明後日に2時間だ、とスケジュールに入れておく。こうすれば、その仕事を「見切った」ことになります。その時点で、締め切りのことは忘れて、粛々と仕事をこなしていけばいい。不安になることはない。
今の時代、締め切りがあまりにも多いので、その対応だけで不安になる人が多いんですが、こうやってきちんと「見切れ」ばいいんです。こうやると、自然に、自分のリズムがわかってくる。
そして、リズムを整えるのに大切なのが曜日感覚です。参考までに言えば一週間のポイントは月曜日なんです。
── なぜですか。
小山 月曜日が忙しいと、その一週間がすごく大変になるんです。ましてや、ブルー・マンデーというくらいですから、誰でも月曜日は会社に行きたくない。予定が目白押しだったらなおさらでしょう。だから、できるだけ月曜日の負担は減らした方がいい。次は水曜日ですね。
── 水曜日は逆にアクティブにするみたいな。
小山 ええ。週の真ん中の水曜日がリラックスできると、とても気分がいいんです。人に会うのは大切なことですが、少し余裕があるときに設定したいもの。そこで、真ん中の水曜日を使うんです。しかも、自分のオフィスに来てもらうのではなく、自分から出かけていくのがいい。あるいは水曜日を休みにしてもいい。週の真ん中に休みを取ると、一週間がすごく楽に過ごせます。
── 金曜日はどうするんですか。
小山 金曜日はまとめの日ということで、1週間の振り返りと、次の週の予定を立てる日にするのがいいでしょう。月曜日に余裕をもたせるためには、金曜日に頑張っておくといい。楽な気分になって、土日がしっかり休めます。
── こういうハックを日々、実践しつつ、「こうありたい」「こうなりたい」という自分の志向をそこに乗せると、もう一つのキャリアも楽に立ち上がる気がします。日常生活におけるハックの積み重ねがキャリアの基礎を作るのではないか、と思ったのですが、どうでしょうか。
小山 「方法に着目し、法則化しよう」ということで書いたのが一連のハック本なのですが、法則化すると大変いいことがあるのです。いろいろな場面で、応用ができるということです。例えば、社内でうまく根回をして、あるプロジェクトの実行を承認させた、としましょう。その場合、それをその会社だけで通用するテクニックで終わらせていたら、もったいないと思いませんか。もしそれを「重要な案件は、一番偉い人に真っ先に交渉するのが近道だ」という法則にすることができたら、他でも使えるかもしれません。
── 私が小山さんらのハック本を最初に読んだ時に、コンサルタントやライターといったフリーで働く人に向けた仕事術なのかな、と思っていたのですが、続刊を読むにつれ、組織で働く人に向けた、マネジメント術といった色合いが濃くなっているようです。これは意識的に広げていったのですか。
小山 そうですね。会社のよしあしは究極的には社長で決まる、と思うのです。つまり、社長のリーダーシップが会社の命運を分けるということが往々にして起こり得る。しかも、リーダーシップと一言でいっても、生来のカリスマ的なものもあれば、そうでないものもある。比率でいえば、生来の部分はほんの一握りではないでしょうか。それよりも、考え方、スタンス、価値観、そういう後天的な要素が組み合わさって、リーダーシップが決まってくると思うんです。
いま30代の人が今後リーダーになっていくために、いろんなことを学ばなければなりませんが、必修科目の一つが「方法=ハック」だと思っています。いかにハックを身に付けるか、それを組織の中でいかに伝えていくか、が求められている、と。
それは、一人で仕事をする分には意識しなくてもいい。どんな極端な方法を使っても、自分が納得すればいいんです。ところが、人に使ってもらおうとすると、不自然なものや、不快なものは除外するか改良しないと駄目。どんなことでも、人間が本質的に「快適だ」と思ってくれないと腑に落ちないでしょう。
だからハックも、人に伝えようと思った瞬間、普遍的な形に洗練されていくと思います。そうなると、ハックが単なる仕事術ではなく、ビジネスのあり方や企業文化も変える梃子になるんじゃないかな、と。
── ハックというものは、数多く身につけた方がいいんですか。それとも、5つくらいを深くやってみるのがいいのでしょうか。
小山 禅の世界で、悟りに至るまでの道筋を主題にした「十牛図」というのがあるんです。最初は牛がどこにいるか、足跡を辿って探すんですよ。これは古典を読んだりして、真理の在りかを探す段階です。
それが終わると、次は牛を捕まえる。まずは自分のものにするわけです。そして牛を連れて家に戻るんですが、次の段階で、牛のことをもう忘れてしまうんです。次が倶忘(ぐぼう)で、これは自分も含む、全てを忘れることなんです。そのうち、返本還源(へんぽんげんげん)といって、原初の自然があらわれる。最後は町に出て、慈悲を世界に振りまいて生きる。
── へえ。
小山 十牛図のポイントは、牛をまず探そうと思うところですね。道筋に触れるというのがまず重要なんです。そうやって、いろいろ頭を悩ませていると、「これが正しい」というのがわかるのです。
ところが、正しいことを継続してやり続けることは難しい。スケジュール管理一つとってもそうです。でも、意識してずっとやり続けていくと、ある瞬間から、意識しなくても自然にやれるという状態になる。最後には忘れてしまうんです。
それは、大量の仕事をこなしていく中で、ふと力が抜けて、気づいたら、自然にできていたということですね。そうなって初めて、自分らしい仕事のスタイルが確立され、ハックになっていくという。そのときには、ハックを意識しなくても自然とハックを行っているようになる。
── やはり量をこなさないとハックにならないわけですね。
小山 そうです。量が少ないとすぐメッキがはがれてしまいます。
(第3回に続く)
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