ダブルキャリア列伝【5】 小山龍介さん
[第15回] これまでに公開した“HACK”は500個!
ダブルキャリアとは、「複数の仕事をかけ持ちし、多忙だけれども、充実した職業生活を送る」ことを指す言葉である。広い意味でいえば「副業」ということだが、お金儲けがその筆頭動機ではないという点で、あえて「キャリア」という言葉を使っている。この連載では、スーパーなダブルキャリア人たちを取材し、その仕事ぶりを伺っていく。
第5回目は、日本のビジネス社会に、「ハック=仕事のコツ」ブームを巻き起こした小山龍介氏にご登場いただいた。
小山氏は、松竹のプロデューサー兼子会社である松竹芸能の事業開発室長でありながら、本を書き、コーチング事業も手がけ、各種セミナーやワークショップも主宰するなど、ダブルキャリアどころかマルチキャリアの人である。
ダブルキャリアに多忙はつきものである、日々、時間との闘いといってもいいだろう。多くの実践者にとって、「ハック=すぐに役立つ仕事のコツ」は強力な援軍となる。小山さんのハック本はダブルキャリア人必読の文献でもある。
平日の夜、勤務先の松竹に近い、指定された喫茶店に赴くと、ノートパソコンをテーブルに広げ、一心不乱に原稿を打っている小山さんの姿が目に入った。
インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書、2007年)。
── 小山さんというと「ハック」です。どんなきっかけで、こういうハックを考えついたのでしょうか。
小山 アメリカの大学に留学していた時、シリコンバレーでインターンシップを3ヶ月経験したんですが、びっくりしたんです。日本人と働き方が全然違う。明るくて、毎日、すごく楽しそうで生き生きしているんですよ。
なぜそうできるのか、考えたんです。わかったのは、問題があること自体は、彼らにとってさほど問題ではない、ということでした。
目の前に壁があったり、解決しなければならない課題があったり、というのは、日本でもアメリカでも同じです。ただ、それをどう解決するかという「方法」にフォーカスをするのがシリコンバレー流なのです。
大きな問題、難しい問題であればあるほど、解決方法を考えるのが楽しくなるということです。一瞬、パラドックスに聞こえるんですけど、考え方を変えれば確かにそうなんです。
ところが日本は逆です。問題が大きくなればなるほど、うんざりして、やる気が失せてしまう。それを何とか変えたい。そのために、どうやって解決できるか、というハック(=小さな工夫、方法)にフォーカスした本を書いてみよう、と思ったのです。
── 最初の著書『IDEA HACKS!』(東洋経済新報社)の共著者、原尻淳一さんも、その後、いくつかハックに関する単著を書かれていますが、今まで公にしたハックは何個あるんですか。
小山 500個ぐらいですか。
── すごい!
小山 被っているものも若干あるので、大した数ではないと思いますが。
── 私は出た直後に『IDEA HACKS!』を読んだのですが、非常に新鮮でした。スケジュールをパソコンで管理する、といった理づめのものもあれば、仕事の合い間に一服する抹茶セットを置いておくといい、みたいな感覚的なものもあって、非常にバラエティに富んでいた。前者は何となく想像がつくのですが、五感に訴える、後者のようなハックはどうして考えたのでしょうか。
小山 身体というのは、実は思考に大きな影響を与えているんです。人は脳みそだけで考えているように思っていますが、その日の体調だったり、感情だったり、そういったものが、発想や意思決定に大きな影響を与えているんですね。その意味で、今までのビジネスの世界は、理性的なほうに偏りすぎていたように思います。もっと感性的な方向を取り扱っていく必要があるのではないでしょうか。
ニーチェは「神は死んだ」という言葉で、万人にとっての真理は存在しないということを伝えました。これが19世紀のことです。その考えに立てば、「論理的に正しければ相手を説得できる」ということを前提としたロジカルシンキングという考え方ほど、怪しいものはありません。すべては相対的であり、その意味でロジカルな正しさというのは、ある部分に限定された正しさでしかありません。ロジカルシンキングが幅を利かせるビジネスの世界は、まるで19世紀以前のもののように見えます。21世紀を迎えた現在、もっと進歩させたほうがいいのでは、という思いがあります。
20世紀に入り哲学の世界では「身体性」という問題が取り上げられるようになりました。「手の動きが脳に影響する」といったように、身体の動きが人間の思考に大きな影響を与えます。姿勢が悪いと気分が落ち込み、背筋を伸ばして胸を張ると、前向きの気持ちになれる。
こうしたことはある種、生活の知恵でもあるんですけど、そういうのが学問的にも正しいことが裏づけされてきたのにも拘わらず、ビジネスの世界には取り入れられていない。それで、入れ込んでみよう、と。
── 「ハック=仕事の技術」とすると、その分野の先駆者として、私は渡部昇一さんの『知的生活の方法』とか、立花隆さんの『「知」のソフトウェア』(ともに講談社現代新書)などを愛読していました。小山さんの評価はいかがでしょうか。
小山 どちらもいい本だと思いますが、博識を強調する部分に疑問も感じます。哲学の体系化をもくろんだヘーゲル的というんでしょうか。
── ヘーゲルは駄目ですか。
小山 いや、刊行当時はそれでよかったと思います。でも今はすべてを体系化しようとするヘーゲル的思考では物事をうまく捉えきれません。例えば、SNSの分野でミクシィが一人勝ちしていますが、かと言って、このまま安泰というわけでもなく、マイスペースやFace Bookなどの追随が出てきて激しく追い上げています。これを、歴史の発展原則を唱えたヘーゲルみたいに、「次はマイスペースが勝ちます」とは言えないでしょう。またこれから、どんな新しいコミュニケーションツールがでてくるかも予測できません。そんななかで、「世界を体系化して捉えよう」という試みは、成功しにくい。
── 小山さんが本で書かれているように、ビジネスの不確実性が増し、長期予想が可能な「天文学」より、明日さえ予測がつかない「気象学」の世界になっている、ということですね。
小山 まさにそうです。これから何が起こるなんて、どんなに勉強してもわからないです。そういう世界では、何かの理論に頼るよりも、自分が試行錯誤しながら得た実感のほうが役に立つし、間違うことも少ないのです。
知的情報を取り扱う今までのやり方はサイエンス的手法だったと思うんです。でもこれからは、直感や感覚、感情を重視するアートの技法が重要になると思う。その意味で、博識を目指す方法論ではなく、感性を磨く方法論が必要になると思います。
── その言葉に乗らせてもらえば、私は「キャリアもアートになる」と言いたいですね。一直線のキャリアというより、偶然に身を任せながら、さまざまな状況や文脈に応じて、仕事も会社も変えていく。ひとつのことだけを追求するシングルキャリアよりは、ダブルキャリア、マルチキャリアのほうが世の中をたくましく生きていけそうな気がします。
小山 そうですね。実は、本当に大切なものは何か、というのは、一つの分野だけやっていたら見えないのです。私の場合、もともとアートや美学に興味あって、就職して始めてマーケティングの面白さに気づき、新規事業開発も勉強して取り組んだ。その結果として、「この3つが重なった部分が重要だ」というのが見えてきたんです。
マーケティング理論を体系化したフィリップ・コトラーという人がいます。でも、彼の理論を完全に理解できたら、無敵のマーケッターになれるか、といえば、なれないんです。
それは芸術の世界を見ればよくわかります。芸術の世界で、こうやって描けば人を感動させる傑作ができる、という理論はない。当たり前ですけど、それは一人一人のアーティストが自力で編み出していくしかない。
でもこれがアートではなくマーケティングとなった瞬間、やり方さえマスターすれば誰がやってもうまく行く、サイエンスのような扱いをしてしまう。でも実際は、マーケティングといっても人の心を捉えるのが本質ですから、アート的要素が出てくるのが当たり前です。そこがコトラーの体系では捉えきれないんです。
今まで当たり前だと思っていた体系から外れることで、アートは人の感情を揺さぶるわけです。マーケティングだけやっている人はそこがわからない。
その意味では新規事業開発はもっと現代アートに近い。他社がどこも手がけていない、意外で斬新な事業を目指すわけですから。
例えば、グーグルがやっているような一つひとつの事業も、アート作品としてとらえることができる。逆に、ウェブ上で公開されるアート作品も、テクノロジー抜きでは生まれない。技術なのか、アートなのか、その境界は極めて曖昧です。
個人がそうやって、いくつもの分野を横断する経験を積むと、それぞれが重なったところが重要だ、と気づくので、より正しい判断ができる。僕がマーケティングだけやっていたら、視点がもっと偏っていたでしょう。
── ダブルキャリアは正しいということですね。哲学はどんな分野がお勧めですか。
小山 いま考えると、ジャック・デリダやレヴィ=ストロースとった、構造主義の本を読んでいたのがよかった、と思います。哲学全般は難しいように見えて、本質をうまくつかめば、そんなに難しいことを言っているわけではないのですが、本質を説明するのはとても難しい。でも一度理解すると世界が一変して見えます。読みたいな、と思ったら、挑戦してみることをお勧めします。
(第2回に続く)
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