ダブルキャリア列伝【4.特別篇】 石黒不二代さん
[第14回] 理想は「アメーバみたいな組織」
ダブルキャリアとは、複数の仕事をかけ持ちし、多忙だけれども、充実した職業生活を送る、そういう行為を指す言葉である。広い意味でいえば「副業」ということだが、小遣い稼ぎ、お金儲けがその筆頭動機ではないという点で、あえて「キャリア」という言葉を使っている。
ひとつの会社に定年まで勤めるという雇用慣行が崩れる一方、人々が働く期間は明らかに長くなっている。夢を仕事にしたい人、充実したセカンドキャリアを送りたい人、「仕事は遊び、遊びは仕事」だと思う人、そういう人にお勧めしたいのがダブルキャリアだ。
この連載では、2007月に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK生活人新書)を上梓した荻野進介が、スーパーなダブルキャリア人たちを取材し、そのきっかけ、仕事ぶり、両立させるノウハウなどを伺っていく。
第4回は、今年3月、マザーズ上場を果たした、PCやモバイルを中核としたウェブマーケティングの総合支援企業、ネットイヤーグループの石黒不二代社長にご登場いただいた。
石黒氏がこの5月に上梓した『言われた仕事はやるな!』(朝日新書)は、軽やかな、と言ったら、ご本人に怒られるかもしれないが、米スタンフォード大MBA留学を含む、これまでの氏の半生を振り返りながら、人から命じられたことではなく、自らがやりたいことを優先し、本人も組織も成長していくにはどうしたらいいか、を綴った内容だ。もちろん、ダブルキャリアとも大いに関連する。
しかも、同書によれば、ネットイヤーグループでは社員が自分の会社を持っていいし、副業も認められているという。同社には、社員と会社との新しい関係が芽生えているのではないか、と考え、取材に赴いた。連載特別篇、経営者が語るダブルキャリア論である。
インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書)。
(第13回より続く)
── 石黒さんが書かれた『言われた仕事はやるな!』(朝日新書)の中で、私が一番気に入ったのは、≪企業の役割は、個が夢中になる何かを企業のポートフォリオに組み込むことだ。それを売る仕組みを作ることで、その夢中にリターンを与えてやることだ≫という箇所です。名言だと思います。
ここでいう≪企業の役割≫って、よく「マネジメント」という言葉で語られることが多いと思うんですが、「上から押さえつけて、何かをやらせる」という意味で、使われることが多いと感じています。そうではなくて、社員が自発的に動ける仕組みを作るのが先決だろう、気安くマネジメントという言葉を使うな、と最近思っているんです。
石黒 マネジメント=「管理する 」or「上から押さえつける」or「この枠の中でやれ」という意味に取っているようですが、マネジメントの本来の意味はもっと広いはずです。
そういう押さえ込み型もあれば、好きなことをやらせて価値を上げるやり方もある。私のマネジメントは、よく「緩い」と言われます。その人が本当にやりたいと思っていることをやってもらい、特に注意しないのが私のマネジメントです。
その人にも理由があって、それをやっているはずです。私も「あなた、それは違うでしょ」と言いたいときはあります。でも結局「言わない方がいい」という結論に落ち着く。「どうぞ、そのままやってください」と。
── それで後悔したことはないですか。
石黒 ないですね。そんなに細かいことは考えない性質なので(笑)。総体的にうまくいっていれば、そっちの方がいいんじゃないかな、って。自分の考えを押しつけてマネジメントできる場合もあるんですよ。だけど、それは止めた方がいいんじゃないかな、と思います。「彼はあそこがこうだから駄目なんですよ」とか、「彼がもっとコミットしてくれたらできるんだけど、コミットしないから駄目なんですよ」と言う人がいますが、それは無責任ですよね。マネジメント側が「コミットするように持っていくべきでしょう、駄目と決めつけるな」と言いたい。「駄目だ、駄目だ」と言っていると、結局、人は伸びない。1人でやれる仕事は限られているから、人の駄目なところを引き上げる努力をするのがマネジメントだと思うんです。駄目だから切っちゃうと、自分のコピーしかいなくなっちゃう。私はどちらかというと、コーチみたいなかんじでやってます。
── もう一つ、石黒さんのこの本で面白かったのは、例えば、「アメリカに行って、スタンフォードでMBAを取りたい」という目標が前々からあったわけではなくて、その時々の「これがやりたい」という気持ちを大切にして、それに基づいて行動している点です。
石黒 そうなんです。本当に行き当たりばったりなんです。
── 日本の子育て体制がおかしいからアメリカに行きたいとか。そういうところが非常にうらやましいと思いました。
石黒 そうですか。それは私の特徴ですね。いい加減と言えばいい加減。でも、絶対になんとかなる。
── 根っからの楽観主義というか。
石黒 悪いところに目が行かないんです。「本当にできるの?」みたいなことを考えない。「M&A?面白そうじゃん」と言って。「M&Aの仕事をするのに、必要な能力とは何か」なんて考え出したらできないです。それは絶対に考えない。面白そう、好きそう、よさそう、それしか考えないです。
── スタンフォードはそういうのを加速させる場所なんでしょうね。
石黒 恐ろしいぐらい加速させます。だから、とても私に合っていました。こんなところがあったんだ。もっと早く来ていればよかったと思いましたけど。
── 日本では生きにくかったのでしょうか。
石黒 「生きにくかったなあ」ということに行って気づいたんですよ。「こんな世界があったんだ。何に私は縛られていたんだろう」と。服装も何を着てもいい。慣れると本当に恐ろしいことになります(笑)。
── これから会社はどうなっていくと思いますか。ダブルキャリアとか、御社のチャレンジタスクフォース制度とか、「言われた仕事をやらない」方へどんどん変わっていくんでしょうか。
石黒 変わらないと駄目だと思います。経営や人事で重要なのは、オープンソースのソフトウェア開発に夢中になっているような優秀な人材をどういう形で企業に入れていくか。
どういう形態、時間軸で働いてもらうか。彼らが心地良いようなやり方で組んで、結果的にバリューが出て、それに対してはきちんと報酬を出すやり方が理想です。
── オープンソースでやっている人を雇用するわけじゃないですよね。
石黒 そうではありませんが、少なくとも、雇用形態をもっと柔軟にしていく必要があります。
── エコシステムみたいな感じでしょうか。
石黒 アメーバみたいな感じ。AとB、あるいはBとCが繋がっていく感じですね。こことここは繋がるけれども、あそことあそこは繋がっていない。でも、ある時は繋がる、そういうイメージです。
── 生き物に似ていますね。
石黒 そう。増殖していくイメージ。
── そうすると、ネットイヤーグループで雇用されていることの意味は何ですか。やっぱり安定でしょうか。
石黒 それは人によって違うはずです。雇用されたい人も当然いる。今だって、契約社員は身分が不安定だから、正社員になりたいという人もいますからね。技術とか仕事だけではなくて、雇用形態にも“好き”があるでしょうから、その“好き”を認めるような柔軟な組織作りができたらいいな、と思います。ライフスタイルが多様化していますから、働き方も多様化すべきでしょう。
【 インタビューを終えて~マネジメントとキャリアを一旦忘れて】
1990年代以降、マネジメントとキャリアというカタカナ言葉が日本の企業社会を席巻した。マネジメントを発明したとされるドラッカーの著作が改めて読まれ、書店の棚には新しくキャリアというコーナーができた。
今でもその流れは続いているが、その2つの言葉が大手を振って通用するご時勢はあまりよろしくないのでは、と、最近思い始めている。
乱暴に言えば、マネジメントは「上がやらせたいこと」、キャリアとは「下がやりたいこと」である。ちょうど逆向きだが、そのベクトルの角度と大きさが一致していれば、それは幸福な状態である。互いに打ち消しあうからだ。しかし、角度も大きさもばらばらという場合、組織は混乱するだろうし、そういう組織に属す個人もアンハッピーとしか言いようがない。マネジメントとキャリアという言葉が頻繁に飛び交う職場は得てしてそうなりがちではないだろうか。
マネジメントの語源はフランス語のマネージュであり、これは元々、馬を操るという語源だそうだ。一方のキャリアは馬車の轍。どちらも馬に関係した言葉であるのが面白い。
石黒氏が説くように、「この仕事がやりたい」という、働く人の強いコミットメントを引き出さなければ、多様化する消費者の需要を満足させることができない時代に、「馬を操る」ノウハウで果たしてやっていけるのだろうか。
一方のキャリア(=轍)は、そもそも後ろ向きの発想である。「ああ、自分はこんな道を歩んできたんだ」と、事後的に振り返るものであって、理想形を思い描いても、思うように行かない。しかも、思うように行かなかったことが後で振り返ると、重要な転機になることもある。そうなのだ。キャリアには行き当たりばったりの要素がある。それは石黒氏の生き方を見ればわかる。
何を言いたいかというと、マネジメントとキャリアという言葉を多用し過ぎるな、ということである(※ダブルキャリアという言葉を使いながら済みません)
マネジメントの代わりに「個を夢中にさせる仕掛け」、キャリアの代わりに「やりたい仕事」とおく。そして、両者を接近させ、融合させる。元々、自分のやりたいことを実現するために、人が集まったのが企業である。その原点を忘れないようにしたい。
石黒氏は、今回の記事で紹介したチャレンジタスクフォース制度の実施を発表したニュースリリースで、≪既存概念にとらわれず、人に言われたことではなくて、自分のやりたいことをやることが、会社と社員の双方の幸福にもつながると考えています≫と書いている。その通りである。こういう会社がもっと増えるといい。
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