ダブルキャリア列伝【2】 よしたにさん [最終回]
[第8回] 次は「オタリーマン」の料理本にチャレンジ?
── いまの会社はダブルキャリアにも寛容で、居心地よさそうですね。これからのキャリアについてはどう考えますか。
よしたに 出世欲は今はあまりないですね。昔はそれなりにやらなければ、という意識もあったんですけれど。
── でも年齢が上がると、部下もついて責任も重くなってきますよね。会社の階段を昇っていくのか、会社は会社できっちりやるけど、もう一つの仕事も充実させるのか。
よしたに 後者が理想です。最近は漫画で世間から認めてもらっている部分が強いので、昔、片足だけだったのが両足になって、なおかつ、漫画の方に比重がかかりつつあるのかな、というところです。
でも、コンピュータも好きなので、会社を辞めたいとは思いません。一方で、会社で偉くなると、人の管理とか、マネジメントの部分が必要になります。それは本当に好きなことなのか、という疑問もあるんです。マネジメントはマネジメントで、少しずつ面白くなってきているんですけど、あまり向いているとは思えない。難しいところですね。
── 会社で副業をしている人がいるということは、その会社の懐の深さが現われているようで、よいことだと思うんですが。
よしたに 私自身はあまりそう思わないです。よい面も、悪い面もないというゼロの状態が私の理想です。
── ごく自然なことという意味ですよね。
よしたに そうです。逆に、「この会社に所属しています」と公表することは、漫画のほうには、よい影響を現時点で及ぼすもしれないんですが、もう一つのキャリア、つまりSEにとってはよくないことなので、はっきりとゼロの状態を維持し続けたい。
── もし部下が「僕も副業やりたいんですけど」って言ってきたら、「頑張れよ」と言いますか。
よしたに 「好きにすれば」です。
── なるほど。一定の条件は付けますよね。
よしたに いや、条件は最初からついていると思うんですよ。仕事をして、契約をして、契約の範囲内は少なくとも会社との契約なので、履行しなければクビを切られるだけ。
漫画やイラストは、それとはまったく別の契約です。お互いを干渉させないようにうまくやるのは当然の話で、干渉させたら、どちらかを辞めざるを得ないのは当然だと思います。
といっても、現実はそこまで完璧に行かないんですけどね。でも、理想としてはそういうことだと思います。非常に考え方がサラリーマン的だと思います。
── いやロジカルで、非常に説得力があります。
≪ダブルキャリアよりも人口に膾炙しているセカンドキャリアという言葉がある。定年後の第二の人生のことである。そのセカンドキャリアを念頭においているのだろう、定年に近づくと、蕎麦打ちや陶芸といった、それまでの仕事や生活と縁もゆかりもない趣味を始める人がいる。本当にやりたいことは、蕎麦打ちではないはずなのに。今は終身雇用の意識が稀薄になっているので、セカンドキャリアを考えるためにも、ある時点から2つのキャリアを並行させておくダブルキャリアは有効な手段に思える。≫
よしたに ダブルキャリアは、最近の流れ的に、やっと可能になってきたような気がしますね。今、特にSE業界では、コンプライアンスが声高に叫ばれているんです。コンプライアンスには、お客様の情報流出の回避などだけではなくて、「会社が社員に求めていい、仕事の適正基準」という意味も当然含むはずです。会社が社員に要求できる仕事量も、人間がこなせるレベルにおさめざるを得ません。そうなると、パソコンがこれだけ職場に浸透し、いろいろな効率化が実現しているわけですから、僕のように、本業の間に副業をはさむ余地も出てくると思うんです。
── 確かにそうですね。
よしたに 月月火水木金金みたいな、会社には無条件で従うんだ、みたいな世界だと、それは無理だったでしょう。ダブルキャリアは相当、茨の道だったと思います。
── そうですね。覆面で、隠し通さないとできなかったと思います。ところで、漫画やイラスト以外で、やりたい仕事はないですか。
よしたに 何かあるかな……。昔、現実逃避に小料理屋をやりたいと思ったことがありました。料理が好きなんです。休みの日に、ちょこちょこっと作ったりしています。
── では次はオタリーマンの料理本ですね。楽しみにしています。
* * *
《インタビューを終えて ダブルキャリアの掟 よしたに氏の場合》
ダブルキャリアは誰でもできることではない。本業にエネルギーを取られ、毎日へとへとで帰宅するのであれば、もうひとつのキャリアを追いかける余力は生まれない。一方で本業に比較的、時間の余裕があったとしても、余暇を犠牲にしてまで追求したい何か、がなければ、仕事以外の時間は骨休めと単なる暇つぶしに終わってしまう。
その点、よしたに氏の場合は違った。SEという激務の合間を縫って、自分がやりたかった夢を実現している。よしたに流ダブルキャリアの掟を考えてみよう。
まずは「本業と副業を隣接させよ」ということだ。SEの仕事と生身の自分の生活がそのまま漫画のネタになるのだから、テーマは尽きないはずである。もちろん、何をどう切り取るか、については、大きな産みの苦しみがあるはずだということを急いで付け加えておく。
ちなみに、『ぼく、オタリーマン。』第3巻の裏見返しには、今から約10年後、40歳を目前に脱サラし、農協で知合って結婚した妻と一緒に、鍬を片手に農業にいそしむオタリーマンの姿が描かれている。オタリーマンの次はオタファーマー(農民)だろうか。
二つ目の掟は「仕事を省力化するツールを使え」。よしたに氏は、パソコンとネットをダブルキャリアの最大の武器にしている。詳細は連載第2回で触れられているが、よしたに氏の絵描きデビューは、ネットの隆盛なくしては語れない。ネットが作品の展示場であり、広告スペースであり、さらに言えば、オタリーマン産みの親の編集者との出会いを仲介してくれたのもネットだった。
漫画やイラスト制作といった実働も、パソコンを頼りにしている。手描きのため、一日1、2枚しか仕上げられないプロの漫画家がいる中で、現在の氏は7、8枚も量産できるというから大したものだ。しかも、最近は「絵の緻密さに必ずしも拘らなくても勝負できる」ということがわかってきた。別の言葉で言えば、手の抜き方がわかってきた、ということである。こうした認識は、時間がどうしても限られてしまうダブルキャリアをうまく廻すには不可欠だろう。「力を抜くところを見極めよ」。これが3つ目の掟である。
最後の掟は「会社では、ダブルキャリアの気配を消せ」。よしたに氏が現在の会社に入ったのは半ば偶然だったが、結果的にダブルキャリアに寛容な会社のようである。
といっても、周囲にダブルキャリアをやっている人は数少ないそうだから、特別な会社ということではなく、よしたに氏の処し方がうまいので、会社も咎められない、ということなのだろう。自分から漫画や本のことは口に出さない、仕事上の固有名詞は絶対、作品中に登場させない、というルールを課している点は立派である。
よしたに氏の活躍を知り、「組織にいろんな人がいることはいいことだ」と発言したという社長に、ぜひ話を聞いてみたいものだ。ダブルキャリアは組織のダイバシティを計る目安にもなり得る。
(次回から、医師/歌手の海原純子さんです)
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