ダブルキャリア列伝【2】 よしたにさん
[第7回] 「オタリーマン」以上に面白いレジャーはない
≪ この『ぼく、オタリーマン。』シリーズ、中経出版の出版物の中で、今一番のヒット作である。ビジネス書の出版社というイメージが強いが、最近は「オタリーマンの会社」と言われることもあるという。
中経出版=ビジネス書というイメージが強いので、店の奥に売り場があるコミック扱いではなく、店頭の、よく売れる場所にある新刊ビジネス書コーナーにおいてもらうことが多かったのも幸いした。それまで縁のなかった漫画の取次ぎや専門店にもつながりができた。
そういう意味では、中経出版にとっても、オタリーマンは「会社のダブルキャリア」のきっかけかもしれない。≫
── 『ぼく、オタリーマン。』では彼女がいないという記述がしきりに出てきます。最近はテレビにも出演され、有名にもなって、彼女はできたんですか。
よしたに いや、そもそも出会いがないんです。会社と家との往復なので。
── 本を出しても出会いが広がらないんですか。
よしたに 逆に、本を出すことによってますます狭まりました(笑)。仕事があって、普通は残りがプライベートじゃないですか。僕の場合、そのプライベートも仕事になって、本来のプライベートがどんどん少なくなっているんです。本が売れるのはありがたいんですけれども、それによって、その傾向がより強化されるという。
── 空いている時間も全部仕事ですか。
よしたに 仕事ですね。好きでやっているので仕方ありません。
── サラリーマンとしての所得と、漫画家としての所得、どちらが多いんでしょうか。
よしたに ご想像にお任せします。
── 入ったお金で車を買われたとか、そういうのはないですか。
よしたに いや特に何も買っていません。仕事道具が増えただけです。
── 豪華なマンションへの引越しもない。
よしたに ないですね。
≪『ぼく、オタリーマン。』3のあとがきにこうある。
思えば、この1年の生活の変化ぶりは尋常ではありませんでした。ただのオタ趣味のサラリーマンだった僕が、本を出し、少なからぬ方からそれを歓迎され、その結果について取材を受けるまでになる。正直、予想の範囲外でした。あまりの環境の激変ぶりに頭が追いつかず、ニヤニヤしながら「なんでこんなことになってるんだろうなあ」と言い続けた1年だったように思います≫
── この連載の第1回目に出ていただいた海堂さんも同じなんですが、お金に執着心が全然ないようですね。
よしたに そうですね。僕にとって、これ以上、面白いレジャーがないからだと思いますよ。
── なるほど。
よしたに 昔はタダで好きなだけ描いて、誰かに見ていただけるだけで幸せだったのが、今はお金を出して本を買ってもらい、なおかつ、こうやって取材していただけるようにもなった。こんなに面白くて楽しいことはないですよ。お酒だけはちょっと別ですが(笑)。
あと、本業があるからこそ、本づくりにおいては妙な妥協しないで済むのもいい。本を作る過程では「ここだけは譲れない」というポイントがあるんですが、本を作り上げないと、僕が明日死ぬかといえば、死なないじゃないですか。そういう面で、クオリティを向上させるための努力が十二分にやれる。実際、本業のSE業務がすごく忙しい時期があって、そのために、2巻目の発行を少し遅らせてもらったんです。専業でやっていると、そういうことが出来なくなる恐れがあります。要するにダブルキャリアだと、生きるために嘘をつくとか、手を抜く必要がないんです。
── それは他に食い扶持かあるから可能だと。
よしたに はい。一方で、本業はお客様相手の商売なので、変に慢心しないのもいいことです。漫画しかなくて、それがこれだけ売れたら、今ごろ、天狗になっていたかもしれない。
── SEというのは、お客さんの言うことをよく聞くような仕事なんですか。
よしたに はい。この仕事、まず謝らないと前に進まないというところがあるんです。謝ったり苦労したりしなければ、お金は手に入らない。
漫画やイラストを収入の軸にしたくない、わけではないんですが、するのが怖い、というのが正直な気持ちです。それだけで食べていければ幸せでしょうが、お客様相手のSE仕事の厳しさを思うと、二の足を踏まざるを得ません。
── いつかはそれだけで行くという決断をするかもしれませんね。
よしたに もしサラリーマンの生涯収入分のお金が貯まったら、考えたいと思います。
── すごく慎重ですね。
よしたに そうですね。自分で言うのも何ですけど、今が瞬間最大風速かもしれませんから。こういう流行りすたりの世界は人に好かれて何ぼ、です。もちろん、人に好かれるものを出すには、感性とか、そういうのが関わってくるはずですが、今は、そういう感性が備わっていたとしても、それが一生続くわけではないと思っています。
それなら、一生続けられる、手でキーボードを叩くほうが安心はできます。ノウハウの多さも、キャリアの長さもSEのほうが上ですし、どちらに信頼感をおくかといえば、やっぱりSEかもしれません。
── よしたにさんのダブルキャリアは、会社で社長もご存知なんですか。
よしたに はい。本も買って下さったみたいです。3巻目に高校時代のしょっぱいエピソードを載せているんですけど、「泣けた」と、部長経由で伝えていただきました。
── いい会社ですね。普通は、副業に目くじら立てる会社ばかりです。
よしたに そうですね。たまたま社長が理解のある方で助かりました。
── 直属の上司も何も言わないですか。
よしたに 企業で何か問題が起こると、通常は現場で起こって、上にあがっていくじゃないですか。僕のこの問題は、上と現場を同時に直撃したんですよ。テレビに出ちゃったからです。発覚したのは、部長と社長では、社長のほうが早かったそうです。
── 社長もテレビを見ていたんですか。
よしたに 経営層の誰かが見て、問題になったそうです。「中身を見ても、会社の仕事をくさしているわけでもないし、お客様の悪口を書いているわけでもない。これを止められるのか」という話になり、最後には「お咎めなし」に落ち着きました。部長経由で聴いたんですが、社長が「人がバラエティに富むことはいいことだ」と経営会議でおっしゃったそうで、嬉しかったですね。
会社に勤めながら、絵を描いたり文章を書いたり、というダブルキャリアをやりたい人にアドバイスするなら、「本業に迷惑をかけない」というのが絶対原則です。最近は、コンプライアンスの問題もあるので、お客様情報とか固有名詞はできるだけ排除すること。僕がいかに好意的に描いたとしても、お客様名を出したりしていたら、多分処分されています。
── そうですね。作品を読んでもその辺りは微妙にぼかされていますね。
よしたに 私は会社組織の中で働いているんです。社員ということは、ある場面で、「社の顔になる」ということです。もし私が不祥事を起こしたら、会社の不祥事ですから。そういう意味では、法人組織の中にいる社員としての私と、本を書いている作家としての私は、直接はリンクしないようにすごく気を遣っています。
── 二つの人生を生きているようなものですね。
よしたに まあ、バレバレですけどね。
(第4回につづく)
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