ダブルキャリア列伝【1】 海堂 尊さん
[第2回] 仕事は医者、物書きは遊び。面白さだけを追及して書く
ダブルキャリアとは、複数の仕事をかけ持ちし、多忙だけれども、充実した職業生活を送る、そういう行為を指す言葉である。広い意味でいえば「副業」ということだが、小遣い稼ぎ、お金儲けがその筆頭動機ではないという点で、あえて「キャリア」という言葉を使っている。
ひとつの会社に定年まで勤めるという雇用慣行が崩れる一方、人々が働く期間は明らかに長くなっている。夢を仕事にしたい人、充実したセカンドキャリアを送りたい人、「仕事は遊び、遊びは仕事」だと思う人、そういう人にお勧めしたいのがダブルキャリアだ。
この連載では、2007年7月に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK生活人新書)を上梓した荻野進介が、スーパーなダブルキャリア人たちを取材し、そのきっかけ、仕事ぶり、両立させるノウハウなどを伺っていく。
インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書)。
海堂尊氏の作品を読んでいくと、Ai(エーアイ)という言葉が頻繁に出てくる。それどころか、Aiが事件解明の重要な役割を果すことも多い。
Aiとはオートプシー・イメージングの略で、日本語にすると「死亡時画像病理診断」という。MRI(磁気共鳴画像装置)などを使って死体の画像を診断し、体表からだけではわからない真の死因を突き止めるのが目的だ。
そのAiの医療現場への導入を急げ、というのが病理医としての海堂氏の主張だ。背景には、死因の特定に欠かせない死亡時の解剖率が日本では非常に低く、2%台にとどまるという現実がある。死因がわからないと死者の尊厳を冒すことになる、明らかな犯罪行為や児童虐待が見逃される、治療の成功や失敗もうやむやとなり、医学の進歩にも結びつかない、というのが海堂氏の主張である。
そのあたりは小説以外の唯一の作品、『死因不明社会』(講談社ブルーバックス)に詳しい。
── 医師と作家のダブルキャリアで非常にご多忙だとお見受けしますが、どうやって2つを両立させているのでしょう。
海堂 ……謎ですね(笑)。でも、執筆と医療業務の両立は簡単にできるんですよ。執筆は、自分のプライベートタイムを自由に使えるので、そんなに大変ではないんです。
苦労するのは、こういう取材に代表される、相手がある仕事です。ありがたいことですが、最近は件数が多く、取材対応も仕事みたいになっているので、いわばトリプルキャリアかなあ(笑)。さらにいえば、Aiについて、いろんなところに説明にまわらなければならない。それをあわせるとクアトロキャリアでしょうか。でも、ダブルキャリアって仰々しく名前をつけるから大変そうですが、気楽にやればそんなに大変なことでもないですよ。
── 医師の仕事だけに収まり切れず、作家もやり、Aiの広報宣伝マンとしての役割も買って出られていますよね。海堂さんをそこまで突き動かしているものは何なんでしょう。
海堂 とりあえず、目の前にやらなければならないものがあって、自分がやれるものであれば、やると。突き動かされるも何も、もともと横着で、早く休みたい性質なんですけどね(笑)。
真面目な話をすると、いろいろな場面でAiの話をして、みんなが「そうですね」というのに、「何で現実は動かないんだろう」っていうのがすごく不思議なんです。Aiについて説明して、「やったほうがいいですよね」というと、「いやあ、必要ない」とか「だめだよ、そんなの」っていう人、今まで一人もいないんですよ。「是非やったほうがいい」という人が8割から9割ぐらい。1割の人は、「よく分かんないです」って正直に言います。9割の人が、お世辞が少し入っているとしても、「是非やったほうがいい」っていうのに、なんでこんなに進まないのか。むしろ、僕を突き動かしているのは、「世の中、何で動かないの?」という単純な疑問かもしれません。
こういう取材のお話が来ると、そういうことを言うチャンスなんです。一人に聞いてもらえれば一人が、二人に聞いてもらえれば二人が周囲に伝えてくれる。でも、そうすると必ずその外側の無関心な壁に突き当たるんです。さらにそこに、そういった無関心を助長するような、官僚とメディアのタッグがあるんですよ。知らないほうが彼らにとって都合がいいから。
私の小説は大層な告発をしているわけではありません。構成要素の多くは、「どこかの新聞記事で読んだことがあるぞ」みたいな話です。別に「医療界に隠された衝撃的事実」というわけではないんです。単にそれを物語にして、提示しているだけです。
でも物語にすると、みんな身近なこととして考えてくれるんです。これがノンフィクションだと、「ふ~ん、そういうこともあるんだ」と、自分から遠い出来事としてしか認識してくれないんですが、全体はフィクションなんだけれども、構成要素を限りなく現実のものにすると、みんなが「同じ立場だったらどうしよう」と考えるんです。そういうことに最近気がついたんです。
逆にいうと、今は事実を伝える報道の力が弱まっているんじゃないかと思います。何故弱くなったかというと、さっき言ったようなメディアストッパーがあって、情報にバイアスがかかっているからです。バイアスがかかった情報は新鮮さがなくなります。情報の受け手は、「作りもの」ということを本能的に嗅ぎ取ってしまうんですね。
僕の小説も枠組みは「作りもの」ですけど、生きた新鮮なネタを、そのままぶち込んでいるんです。最新作の『ジーン・ワルツ』(新潮社)では産婦人科の生殖医療がテーマです。「官僚批判が暴走しつつあるんじゃないか」といった意見もいただきました。そういう意見は、官僚内部か、近しい周辺から出ているんじゃないかなあなどと勘繰っています。
海堂氏のすべての小説の主要舞台は架空の都市、桜宮市であり、桜宮丘陵の丘の上に立つ東城大学医学部附属病院である。登場人物はそこの医師や看護士、そして患者たちだ。今度はどんな設定にして、誰を動かすか。それこそ「人形を動かしているようで楽しい」という。
── 海堂さんにとって作品の執筆は医師としての仕事の一部なんでしょうか。
海堂 違いますね。もうシンプルで、仕事は医者。物書きは遊びなんです。物語を作るときは、無責任に、面白ければいいと思って書いています。それがフィクションの本質です。そこで、医療を変えたいとか、この事実を社会に伝えたいと思って書くと、だめだと思うんです。
面白さだけを追求して書いているといっても、一方で「そういうふうに見えない」という人がいるのも当たり前です。その面白い物語を作る材料は、医療現場の生の事実ですから。小説とは、積み木ブロックでどういう建物を作るか、ということだと思うんです。建物の形は、フィクションですから、面白おかしく、人を引き込むような形であればいいんですけど、その構成ブロックである一つ一つの情報は、僕が医療現場で見聞きしてきた、純度の高い情報だったりする。だから、告発小説のようにも思えてしまうんだと思います。
── 書くのは遊びですか。うらやましい。私も書き手のはしくれ、決してそんな風にはできないんですが(笑)。
海堂 誤解しないで下さい(笑)。書き上げるときは遊びでも、それを書籍に落とし込んで売っていくという過程で、当然仕事になってきます印刷所とのやり取りで、校正紙がまっ赤っ赤になります。「まだ赤あるんですか?」とあきれられたりもする。遊びだったらここまでやんないですよ。
でも、根源的に見れば、やっぱり書くというのは遊びですよ。プロ野球とかサッカー選手も遊んでいるんだと思います。人に見せるレベルまで自分のプレイを突き詰めて行く過程で仕事になると。そういう感じじゃないですか。
僕は書くのが楽しいので書いている。それだけです。こういう意見が他の物書き、作家の人たちの顰蹙をかうとしたら、そのときは「ごめんなさい」と言うしかない。書ける間は書くけど、書けなくなったら書かない。今は書けているので、書き続けているんです。
(第3回につづく)
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