ダブルキャリア列伝【8】 しりあがり寿さん

[第28回] こんな時代に、二足の草鞋だ、本業だ、副業だ、なんていっている場合じゃない

 
 
2009年4月22日
 
 

 

── 会社に勤めてよかったですか。

しりあがり 両方ですね。

── 漫画家しりあがり寿をつくるのにはサラリーマンとしての13年間が不可欠だったと。

しりあがり いや、会社にいた経験が生きているとは思いますが、マイナス面もあります。ものをつくる人は、どこかで思い上がって、「自分は天才だ。これがわからない世間がどうかしている」くらいの感じで走る時期が必要だと思うんです。「これが受けるかな」とか、「仕事として適しているのかな」みたいな、及び腰のスタンスでは越えられない壁があるんです。でも、うぬぼれて「天才だ」と思い込んでものをつくる時期が僕にはなかったんです。いつも一歩退いているような。

── それは辞めた後もですか。

しりあがり そうです。会社で、そういうことがいかに虚しいか、わかってしまった。「上から目線」みたいな感じで物を見る癖がついてしまったのでしょう。クリエイター一人ひとりがいくら自分の才能を信じていても、吹けば飛ぶようなものだと。
 たとえばタレントを選ぶ際も、その人の才能や実力だけを見て選ぶわけではありません。そもそもビールなんて中身がまったく同じなのにラベルを変えただけで売れたりしますから。
 ビールを売るために原料にお金を使うより、広告とかマーケティングに使ったほうが売れる。何かおかしい。もちろん、安全性とか品質を100%満たしている上での話なんですが。広告とかマーケティングでみんなが頭を練るわけです。それがあまり好きじゃないんだよねえ。
 上昇志向が全然ない。安心感は欲しいんだけど、すぐ「虚しい」と思っちゃう。これは会社にいたせいもあるんでしょうね。

── その虚しさを突き破るのが、いつまでも雨が降り止まず、世界が水没してしまう『方舟』みたいな作品じゃないんですか。

しりあがり かもしれないですね。会社にいる時はお客さんが欲しいものを作るのが仕事。でも会社辞めた後は「自分が描きたいものを中心にしたい」と思いました。でもなかなか大変でした。

── でも、一方で敷居を下げて、最初は「何でも描こう」と思われた。

しりあがり そうですね。結局、自分のブランドつくらないといけないわけですよ。この人はこういう仕事をする人で非常に立派な人であり、仕事を頼むにしてもこんなにお金がかかる、という評判を世間に向けてつくっていかなければならないんです。それがまた嫌で(笑)。描く努力と違う努力でしょ。大切なことはわかる。でもへそ曲がりなのか、嫌なんですよね。
 一方で、そういうブランドは砂上の楼閣のようなところもあって壊れたら速い。カット1枚5000円で買い取ってもらう仕事のほうが気が楽で、自分に合っている感じがするんです。

── 子どものころからずっとそうですか。

しりあがり そうですね。「自分は価値がある」と押し出していく人は、きっとそれが好きなんです。別に計算しやっているわけじゃない。そういう人はいいと思うけど、自分は嫌だった。なんか変な話になってきたね。

── 最近はゲームのデザインもやられている。

しりあがり 2007年にケータイのゲームをやって、それ以来やっていないです。パンツがずれてくるのを一生懸命押さえるとか、ゾンビに食われると仲間になっちゃうとか。いろいろありました。

── そういうアイデアも出されるんですか。

しりあがり アイデアを出したり、絵を描いたり。ゲーム好きなのでやっています。

── 小説も書かれるんですか?

しりあがり そうです。『弥次喜多』の小説版を書きました。依頼を断らないでいたら、そんな感じで広がった感じですね。

── 漫画家さんのダブルキャリアは多いんですか。

しりあがり 田中圭一さんはタカラにいて、今は自分で会社を起こしているのかな。昔でいえば弘兼憲史さんが有名です。あと、いしかわじゅんさんとか、結構いるんじゃないかな。漫画という仕事は場所も取らないし、特別な技術も要らない。二足の草鞋を履きやすいんじゃないですか。

── 二足の草鞋を履く会社員に何かアドバイスをいただけますか。

しりあがり どんどん履けばいいんじゃないですか。これから本業なんてあってもないようなものでしょ。会社なんていつ潰れるかわからない、いつその分野から撤退するかわからない。

── 10年前と様変わりです。

しりあがり 違いますよね。しかも、自分で商売やったからといって、どうなるかわからない。古い話になるけど、写植の技術を身につけた人が今はまったく役に立たない。こんなに何もかもわからない時に、二足の草鞋だ、本業だ、副業だ、なんていっている場合じゃない。自分なりに仮説を立ててやっていくしかないでしょう。それが外れたら、「すいません、自分」というしかない。
 そのために、本業はこれをやりながら、副業で、技術を習得するため、人脈を広げるためにこれをやっておこうとか、あるいは本業やりながら、資産をどこかに投資しておくとか。それは今年(2008年)みたいになると大変かもしれないけど、自分で自分をマネジメントするしかない。その一つの手段として、二足の草鞋があるけど、それだけで十分かどうか難しい。
 僕もゲームや小説もやって何となく多角経営になっています。でも、多角経営で成功することはあまりない。いろいろ得ることはあっても、今みたいな激しい競争の中で、片手間にやっていることがうまくいくことが稀だったりする。
 だから、やればいいというものでもない。でも、やらずに本業に集中したところで、環境が変わって倒れてゼロになる可能性がある。正解がなさすぎですね。

── 人を元気づける話はもう出尽くした感があります。

しりあがり これからはきっと僕がすごく苦手な「団結」が必要になる時代が来る気がするね。

── 団結ですか。確かにそうなりつつあります。労働組合も受けているし。

しりあがり 社会も物質と同じで、温度が下がると固まってくるんじゃないですか。だからその内、氷になってくるんじゃないですか。不景気だけが原因ではありません。資源の問題とか温暖化とか、いろんなことで。ここから先は豊かでないところでどう生きるかが問われる時代になる。
 そうすると、人と人との距離が縮まって、いかに団結して物事にあたるかという事態になる。そういう非常時、乱の時代におけるモラルがある。平時はそれぞれが主張して、結果的にうまくいくけど、やばい時は一人のわがままのせいで全員が死んじゃったりする。逆に一人が犠牲になることで10人が生き残ったりするでしょ。そういうのにシフトしていくような気がするな。

 

(第3回に続く)

 
 

しりあがり寿

しりあがり・ことぶき

1958年、静岡市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒。81年キリンビール入社。同年漫画家としてもデビュー。85年『エレキな春』(白泉社)刊行。94年同社を退社して専業の漫画家に。2000年文藝春秋漫画賞受賞。2001年『弥次喜多in DEEP』(エンターブレイン)で手塚治虫文化賞「マンガ優秀賞」受賞。そのほかの代表作に『ヒゲのOL・薮内笹子』(竹書房)、『地球防衛軍のヒトビト』(朝日新聞社)、『方舟』(太田出版)などがある。エッセイスト、ゲーム作家としても活躍中で、昨年、初の本格エッセイ集『人並みといふこと』(大和書房)を上梓。


インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書、2007年)。

 
 

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