ダブルキャリア列伝【8】 しりあがり寿さん

[第27回] 自分をリストラして、得意分野に集中せざるを得ないと思った

 
 
2009年4月8日
 
 

 

── 初期の作品を読むと、会社を舞台にした漫画が多いですね。出版社から、「こういう作品を描いてくれ」という依頼が来たんですか。

しりあがり こちらから何かを持ち込んだことがなかったので、そういう意味でいえば向こうから来たんでしょうね。「サラリーマンに詳しい」と思われたんでしょう。

── そこで描かれるのは昔ながらのいい会社ですね。共同体というか。

しりあがり 会社が好きだったんです。それこそ辞めて13,4年になりますけど、能力が問われるというより、まじめにいれば給料がもらえた。学校と同じ、時間を売って居場所をもらって、しかもお金ももらえる。よかったなあ。
 会社のことを真剣に考えて、ちゃんとやろうと思ったら、上とぶつかっては喧嘩もしたり、他人の意見を押し分けたり、そういうことも必要ですが、「別にいいや」と思い、怒られないようにしてれば平和なわけです。こんなこといっちゃいけないけど(笑)。

── わかります。

しりあがり 当時、「会社に居心地よくいよう」と思えばそんなに難しいことではなかったんです。今はそんなことないはずですけれど。

── いくつかの御本を読むと、「二足の草鞋は全然苦しくなかった」と書かれています。本当ですか。

しりあがり そうですが、実際は、もっと遊びたかったですね。土日に漫画描いていたんです。土日にゴルフをやっていた人もいたけど、朝早く起きなければならず、しかもお金がかかるスポーツよりは、部屋で漫画を描いていて、お金になったほうがいい、と。
 どこかに夢がありました。「プロゴルファーになる」なんて夢は非現実的だけれど、漫画を描いていると、誰かが読んでくれて、その内……なんて。
 今より、よほど希望がありました。今はうまくいってこのくらい、駄目でこのくらいというのが見えるけれど、あの頃は違いました。そういう意味では楽しかったですよ。二足の草鞋にはそういう可能性がある。嘘でもいいから、何とかなるんじゃないか、みたいな。

── 当時、ライバルだと思っていた漫画家はいますか。

しりあがり 漫画家のライバルはいないなあ。会社だと同期がライバルかもしれないけど、それも、「俺は漫画を描いているから同期といっしょに出世しなくてもいいや」みたいな感じで、意識がずらせるんです。

── ずらせる?

しりあがり そう。漫画家とかクリエイティブの人たちに対しても、「俺はサラリーマンだから、がっちり闘わなくていい」みたいな。真正面から行かずに済む。そこが楽だった。

── 作品にも「ずらす」発想が出ていますね。

しりあがり 作品もずらしまくりです。真正面からぶつかるのが嫌いなんです。そうやって気が弱いくせに、負けず嫌い(笑)。正面から闘っても勝つ気がしないんだよな。

── 「漫画家一本で行こう」という意識はいつぐらいに芽生えたんですか。

しりあがり 毎朝、電車乗る時に、「あ、会社辞めたいなあ」って思っていました。逆にその時、「いつか辞める日が来るにちがいない」と思うのが励みだったりするわけです。

── ははは。

しりあがり いつか、思う存分朝寝ができるに違いないみたいな。それが夢で、逆に励みになって13年も続いちゃったんでしょう。
 辞めるちょっと前から、周りがざわざわしてきて、「次はお前が現場から離れて、転勤なんじゃないか」と。その年、「今度こそ」みたいな変な空気があった。そういうのはわかるんです。
 でも、「転勤だ」といわれてから、「嫌です」といって辞めるのはかっこ悪いでしょ。だから「いわれる前にいわなければ」と思って、「辞めます」といったら、本当に転勤の話があった。

── 転勤とは地方ですか。

しりあがり いや、職場は変わらなくていいんですけど、職種が変わるんです。たぶん営業企画。内勤の営業みたいなものです。それも噂だから本当かどうかわからないですよ。でも転勤させられるところだったのは確かです。

── 収入面の不安はなかったですか。

しりあがり ありましたけど、その頃から、(給料と漫画の報酬の)額が一緒ぐらいだったんじゃないかな。いま思うと、結構手打っていました。会社からお金を借りて、ローンでちゃんと家を買った。漫画家になったらローンを組めないと思ってね(笑)。むちゃくちゃしっかりしてるな。それも奥さんの実家の近くに買って、子どもが生まれても大丈夫みたいに、すごく設計していた。
 心配は心配だったですけど、描きたい漫画がいっぱいあったんです。ギャグ漫画家は命が短いし、吉田戦車さんとか中川いさみさんといった次の世代が出てきていましたから。だから、そんなにギャグの仕事もないだろうけど、描きたい漫画はある。あと、僕が営業課に行っても全然駄目だったと思うんですよ。

── それはわからないですよ。

しりあがり いや、駄目なんですよ。マネージャーになると部下がつくじゃないですか。叱るとか、できないんですよ。部下が「何かしたい」っていうのを今度は部長にいわなきゃいけない。面倒くさいでしょ(笑)。上からも下からも突き上げられる中間管理職はとてもできないと思って、とにかく自分をリストラして、得意分野に集中せざるを得ないと思ったんです。
 会社に集中する手もあるけど、それで花開く気が全然しなかった。何十年かしたら窓際に追いやられ、今だったら完全にリストラだろうなあ。「昔、俺は吉田戦車と酒を飲んだことがあるんだ」といって威張る駄目親父になると思った。「そんな人生、送ることもないな」と思って、自分で自分をリストラしたんです。

── 奥様も漫画家でしたよね。

しりあがり そうです。

── 独立について何かいわれましたか。

しりあがり 全然。随分前から「俺はいつか辞めるぞ」といっていたので、「ああ、やっと静かになるわ」と思ったみたいですね。

── で、思い切り朝寝をした?

しりあがり そうですねえ。ほんとに楽になりましたよ。サラリーマンの人たち、毎日、満員電車に揺られて、夜はお酒に付き合ってすごいね。俺もうできないもん。タフですよね。俺、会社にいたら今ごろ死んでいたかもしれない(笑)。


(第3回に続く)

 
 

しりあがり寿

しりあがり・ことぶき

1958年、静岡市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒。81年キリンビール入社。同年漫画家としてもデビュー。85年『エレキな春』(白泉社)刊行。94年同社を退社して専業の漫画家に。2000年文藝春秋漫画賞受賞。2001年『弥次喜多in DEEP』(エンターブレイン)で手塚治虫文化賞「マンガ優秀賞」受賞。そのほかの代表作に『ヒゲのOL・薮内笹子』(竹書房)、『地球防衛軍のヒトビト』(朝日新聞社)、『方舟』(太田出版)などがある。エッセイスト、ゲーム作家としても活躍中で、昨年、初の本格エッセイ集『人並みといふこと』(大和書房)を上梓。


インタビュー・構成=荻野進介
●おぎの・しんすけ 1966年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK出版、生活人新書、2007年)。

 
 

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