ビジネススクール流知的武装講座 [282]●小川 進

S・ジョブズは「消費者イノベーター」の先駆である

 
 

本格化の動きを迎えている消費者イノベーションだが、いまだ批判的な意見も多い。
それに応えるため、英国、米国、日本で行った国際比較調査の結果は、筆者の期待を大きく上回るものであった。

 
 

神戸大学大学院経営学研究科教授
小川 進=文
text by Susumu Ogawa
1964年、兵庫県生まれ。神戸大学経営学部卒業、同大学大学院経営学研究科博士課程前期修了。神戸大学経営学部助手、助教授を経て、マサチューセッツ工科大学にて経営学博士取得。帰国後、神戸大学経営学部にて商学博士を取得し2003年より教授。著書に『イノベーションの発生論理』『競争的共創論』などがある。

大橋昭一=図版作成

 
 

日本でも390万人
のユーザーが行う
創造・改良の活動

 本連載の1回目(2010年11月29日号)で紹介したように、消費者イノベーションの実態調査がここ数年で本格化している。消費者が自分のニーズを満たすために製品創造や改良を行っていることはイノベーション研究者の間で広く知られている。
 ただし紹介されるのはアウトドア製品、玩具、マウンテンバイク、スポーツ用品とごく一部だった。消費者が製品革新を行っているといっても特定の分野だけではないか。ユーザー・イノベーションに批判的な人たちはそうした疑問を投げかけてきた。

 そこでユーザー・イノベーション研究の先駆者であるMITのフォン・ヒッペルが中心となり国単位で消費者イノベーションの実態を明らかにするプロジェクトが始まった。
 調査が最初に行われたのは英国。最初の結果が発表されたのは昨年(2010年)だった。その後、筆者が加わり日本と米国について同様の調査を行い、消費者イノベーションに関する世界初の国際比較調査へと発展した。
 どの程度の消費者がメーカーの後追いでない革新的製品を生み出しているか。それは幅広い製品分野で見られるか。結果が出るまで実は確信が持てなかった。
 しかし、結果は我々の不安を吹き飛ばしてくれた。多くの消費者が多様な分野で製品イノベーションを行っていたのである。自信を深めた我々は調査結果を論文にして、世界中の経営者を読者とするMIT Sloan Management Reviewに投稿した。
 雑誌の編集責任者は消費者イノベーターの実態を明らかにし、消費者を中心とする新しいイノベーション・パラダイムを提唱していると高く評価してくれた。その結果、論文は採択され、しかもカバーストーリー(目玉論文)として同雑誌の表紙を飾ることになった。

 以下では論文の中身を紹介することにしよう。調査は英国、米国、日本に住む18歳以上の消費者を対象に行った。回答者数は英国が1173名、米国が1992名、日本が2000名だった。調査では、「過去3年間に(1)仕事以外の時間に(2)同等のものが市場にないため、製品創造か製品改良を行ったことがあるか」を質問した。

 結果は三国とも膨大な数の消費者が多様な製品分野で製品イノベーションを行っていることを示していた。全体に占める割合で言うと英国では6.1%、米国、日本ではそれぞれ5.2%、3.7%の消費者が製品イノベーションを行っていた。
 人数で言えば、英国で290万人、米国で1170万人、日本で390万人の消費者イノベーターが存在することを示唆するものだ。日本だけに限ってもその数は会社で係長・主任として働く人の数とほぼ同じだ。彼(彼女)らは、職場で特別な存在というわけではない。消費者イノベーターが珍しい存在でないことが、そこからもわかる。

投下額は
米国2兆円、
日本6000億円

 同調査では実際に回答者が行った製品創造や改良を具体的に記入してもらった。そのうちのいくつかを紹介しよう。

 例えば、誰でも自分にとってなくしたくない大切なものがあるだろう。記念写真や形見、指輪、お気に入りの音楽が入ったハードディスク、なんでもよい。そんな大切なものが家のどこかにはあるけれど、どこにあるかはわからない。そんな人は多いのではないだろうか。米国のある消費者はそうした自分にとって大切なもの、すぐに置き場所を知りたいものにICタグをつけ、GPSを使い瞬時に見つけ出せるシステムを作っていた。
 また、同じ米国で、ウェブカメラを家の玄関ドア正面に装着し、来客者があった場合、自室のパソコンで応対するシステムを構築している人もいた。日本の消費者イノベーターの例も紹介すると、電子レンジでごはんを美味しく炊くための料理器具を製作している人がいた。どの事例も自分のニーズを満たすものが市場に見当たらず消費者が独自開発したものだ。

 消費者イノベーターが製品革新のために使っている金額も注目に値するものだった。我々は、各国のメーカーが消費財向けに研究開発投資している金額を推計し消費者イノベーションのために使われた金額の推計値と比較した。
 特に注目すべきは、英国で、メーカー投資額の144%(約5000億円)、つまりメーカーの約1.4倍の金額分が消費者により製品革新のために使われていた。それに対して米国と日本はそれぞれ33%と13%だった。割合としては低い数字だが、絶対額では約2兆円(米国)と約6000億円(日本)と決して少なくない金額が消費者イノベーションのために投下されていることが明らかになった。
 こうして製品創造や改良という形で多くの消費者がメーカーと関係のないところでイノベーションをしていること、そしてそのために無視できない額のお金が使われていることが調査でわかった。

 では消費者が生み出した製品はその後どうなっているのだろうか。本連載の1回目でも英国の調査結果として触れたが、消費者イノベーションのほとんどはそれを実現した消費者個人の範囲にとどまってしまっている。調査によれば英国で17%、米国、日本にいたってはそれぞれ6%、5%しか消費者イノベーター以外の人や企業によって同等のものが作られていない(消費者イノベーターのアイデアを取り込んだ製品が商品化されていない)。
 別に消費者イノベーターがそのことを拒んでいるわけではない。当該イノベーションに関する知的財産保護の申請をしている人はごくわずか(英国2%、米国9%、日本0%)で製品内容について積極的に開示している人も少なからずいる(英国33%、米国18%、日本11%)。にもかかわらず消費者イノベーションが市場に登場している割合は低いのだ。

「アップルI」は
自分のために作った
パソコンだった

 こうした実態とユーザー・イノベーション研究者がこれまで行ってきたフィールドワークの結果をつきあわせてみると新しいイノベーション・パラダイムが浮かび上がってきた。それはイノベーションの父であるシュンペーターが提示した枠組みとは全く違った局面を描くものだ。論文ではこの新パラダイムも提示した。
 新パラダイムでは製品イノベーション過程を3つの段階に分ける。第一段階では消費者が自分自身のために製品創造や改良を行う。例えば世界最初の食洗機は1886年、ジョセフィン・コクラーニェがユーザーとして自分が直面する問題を解決するために作った。家政婦が陶磁器を手洗いするとき欠けてしまうことがしばしばあったためだ。
 今回の調査結果が示唆するように、消費者イノベーションは本人にとってだけ価値がある場合がほとんどだ。しかし、そうした製品の中には他の消費者の興味をひくものもある。そんな製品を他の消費者が消費者イノベーターに頼んで自分用に作ってもらったり、消費者本人が複製して使うようになる。それがイノベーション過程の第2段階だ。

 スティーブ・ジョブズによると、アップルコンピュータの最初のパーソナル・コンピュータであるアップルIはパートナーのスティーブ・ウォズニアックが自分用に作ったものだったという。出来上がったパソコンの魅力を見抜いたジョブズはコンピュータマニアのサークルで売り込み1台500ドル、50台の注文を取ることに成功する。
 そこで手ごたえを感じたジョブズは本格的に事業展開するため株式会社を設立する。ちなみに最初のアップルIは手作りだった。こうした状況は私たちの枠組みで言えば第2段階から第3段階への移行期にあたる。

マイクロソフトや
レゴが「海賊版」に
寛容な理由

 この段階に至るまでは、実はメーカーは消費者イノベーションの存在に気づいていても製品化を検討することはしない。
 実際、ウォズニアックは当時勤めていたヒューレット・パッカードの役員を前にアップルIのデモをしているが採用されなかった。企業が製品化に踏み切る決定をするにはニーズが不確実で量的にも不十分だからだ。

 そこで消費者イノベーター以外の消費者が当該イノベーションに対してどのような反応を示すかがイノベーション過程の第3段階に進めるかどうかの指標になる。
 消費者イノベーターだけでなく他の何人かの消費者が製品に好意的に反応した場合、イノベーション過程は第3ステージに入る。口コミなどを通じて当該イノベーションの市場潜在性が高いと予測できるようになると、メーカーが当該製品市場に参入する。
 市場規模がそれほど大きくない場合は消費者イノベーター自身が起業して対応する場合もある(初期のアップルコンピュータはまさにそれだった)が、潜在性が大きい場合は大規模メーカーも参入を検討するようになる。
 このように考えるとシュンペーターはあくまでもイノベーション現象の一部だけを取り上げていたことがわかる。彼はイノベーションを起こしたメーカーが市場リスクを負担し、製品を大量生産して市場投入する姿を想定した。しかし、そうした流れとは別にユーザーから始まるイノベーション・ストーリーが存在するのだ。

 消費者が自分のために製品革新し、本人や他の消費者が複製し使っていく過程で市場が立ち上がる。市場が採算の見込める規模になってはじめてメーカーは製品イノベーション競争に参加するかどうかを検討する。そんなルートが存在するのだ。
 技術革新が進み、今ではCADやレーザー・カッター、3Dプリンターなどを使い、消費者が自分のニーズを満たす製品を作ることが簡単になってきている。そうした時代の流れの中で私たちが提示した新パラダイムはますます存在感を示すようになっていくだろう。消費者イノベーター時代の到来である。

 そうした時代では消費者が自分用に創造、改良した製品が他の消費者にとっても魅力的かどうかを把握することが重要だ。本連載で紹介したレゴやクックパッド、無印良品のように、インターネットを通じてそのための仕組みをすでに構築している企業がある。
 またメーカーが消費者による海賊版製品に対し寛容あるいは好意的に接する必要が出てくるかもしれない。レゴのマインドストームやマイクロソフトのXbox360向けデバイスKinectではハッカーが同製品のソフトウエアを改造することを容認し製品はヒットした。新時代を先取りした新たな取り組みはすでに始まっているのである。

 
 
PRESIDENT 2011年12.19号
PRESIDENT 2011年12.19号
税込価格 690 円
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更