ビジネススクール流知的武装講座 [281]●守島基博
格差を解決する「第三の人事システム」とは
盛んに議論されるも、一向に解消されない、正規社員と非正規社員の格差問題。
ワークライフバランス普及の観点も含めて、「多様な正社員」が問題解決の切り札として注目されている。
雇用主の負担になる
非正規社員の
労働条件アップ
現在、「多様な正(規)社員」という考え方に大きな期待が寄せられている。正社員と非正社員間の格差問題への対応としての位置づけと、正規社員雇用の強みを活かしながら、働く人のワークライフバランスの達成をこれまでより可能にするための位置づけもある。
きっかけは、数年前に盛んになった「非正規」と「正規」という2つの雇用形態間に存在する格差についての議論であった。例えば、記憶に新しい企業の業績悪化にともなう派遣労働者の雇い止めや契約解除を中心に、いわゆる非正規社員がまず削減される事態が発生し、非正規という雇用形態で働く労働者の「雇用の不安定性」がマスコミにも大きくとりあげられた。
合理性を超えた格差は是正されなくてはならないし、またいったん非正社員になると、なかなか正規社員になれないという現象(非正規労働の長期化)も見られはじめ、正規-非正規格差になんらかの対応が求められるようになり、改正パートタイム労働法の施行などに見られるような非正規労働者の就業条件向上へ向けて施策が進められてきた。ただ、改正パートタイム労働法の恩恵をうける可能性のある労働者はほんの数%しかいないという調査結果もあり、より本質的な改革が求められているのも事実である。
また指摘しておくべきは非正規労働者の労働条件アップは、雇用主の負担増となることである。競争環境が厳しくなる中で、現在の枠組みのままでは、多くの企業はコストの増加を嫌って、雇用量の削減など、労働市場全体から見て望ましくない対策をとる可能性がある。
また、働く人の視点から見ても、現在の正規社員の働き方は柔軟性が乏しく、望ましい働き方の実現を妨げている面もある。その意味で、過去20年間に進んだ雇用に関する規制緩和は、働き方の規制緩和でもあった。規制緩和が進み、非正規労働の枠が広がったことで、多くの人材にとって働き方の選択肢が広がり、自分の価値観と人生プランに基づいて働く裁量が増えたのである。
ただそうは言っても、働き方の柔軟性は確保できても、非正規労働には主に雇用保障や処遇面であまりに不利な点が多すぎて、選択しづらい。正規か非正規か、という二者択一の雇用形態しかない現在の状態は何らかの形で修正されないとならない。
したがって、非合理な格差の是正を推進するにしても、企業のコスト負担を考慮することも大切だし、また労働条件が過度に不利になることなく、自らの価値観と人生プランに基づいて働き方を選択する方法はないだろうか。
こうした中で現在、働き方の柔軟性を維持しつつ、企業側の意図も考慮し、同時に正規-非正規格差の問題に一定の解決策を提示するための方策として、いよいよ本丸(=正社員雇用の枠組み)へと改革を進めていこうという議論が盛んになってきた。その代表的な主張が、いわゆる「多様な正社員」の議論である。
なかでも際立っているのが、2010年7月に厚生労働省が出した雇用政策研究会の報告書である。ここでは、格差への対応のひとつとして、正規社員雇用の柔軟化が推奨され、有期雇用契約を締結する際のルールの整備や労働者派遣法の見直し、最低賃金の引き上げに加えて、提言の中核として、非正規労働者の一部を「多様な正社員」に転換させるための環境整備の必要性が提言されている。
勤務地または
職種限定で
仕事をすることに
特に正規社員雇用の改革に関しては、契約上は有期雇用であっても実態として無期雇用のように長期間にわたって就労している労働者を、正規社員と非正規労働者の中間的な存在として位置づけて、より安定的な無期雇用契約へと結びつけることを主張している。そしてこうした従業員は、業務内容などを限定しない従来型正規社員と異なり、多くのケースでは勤務地または職種限定で仕事をすることになる。
また、別の考え方として、「多様な正社員」を男女共同参画の視点から重要だとする立場もある。具体的には、現在のような正社員と非正規社員の分断は、家庭内で主に夫が正社員、妻が非正規という状況を生んでおり、この状況を脱して、両者が同等に仕事と家庭生活に参画できる選択肢を提供する手段として、「多様な正社員」施策が提言されている。ここでもワークライフバランスや男女共同参画の実現という雇用上の問題を解決するための施策として「多様な正社員」は期待されているのである。
では、こうした正規社員の中に区分を設けている企業は、どのような目的でこうした施策を導入しているのだろうか。
私は、昨年度、(独)経済産業研究所での研究プロジェクトの一環として、「多様な正社員」施策を行っている企業が、正規社員と非正規社員との両方について、どういう施策を導入しているのかの分析を行った。結果は、鶴光太郎・樋口美雄・水町勇一郎編著『非正規雇用改革』(日本評論社 2011)におさめられているが、少しだけ紹介しよう。
ひとつの仮説は、新たに雇用保障において制限が設けられ、賃金処遇なども低い“限定的な”正規社員が出現したのだから、他の正規社員に関しては、より強い雇用保障が与えられ、処遇もこれまでのような安定的な高賃金が確保されるという仮説である。つまり、「多様な正社員」施策は、正規社員の中に新たなバッファー部分をつくる施策であり、中核的正規社員に関しては、より強い保障と高い処遇が可能になる、ということである。
これに対して、もうひとつの仮説は、もし企業が「多様な正社員」施策を、これまでのような正規社員雇用を中核とした人材管理の仕組みから、新しい方向への改革の一部だと捉えている場合、正規社員一般に関して、いわゆる成果主義、抜擢人事、コア(中核)従業員の中途採用など、通常の人事管理のあり方とは異なった施策を適用するという主張である。また女性の活用にも積極的かもしれない。
さらに興味深いのは非正規社員の活用のあり方である。「多様な正社員」を活用する企業は、いわゆる非正規の従業員をこれまでのような壁の外側においておくのか、それとも非正規から正規への転換など、正規社員と一体になった人事管理を行っているのか。先に述べた格差対応の観点からは、この点にも関心が集まる。
まず全体(サンプル数1280社)では、「勤務地の制限など、異なった雇用形態をもつ正規社員が存在するか」という問いに対して、17.7%の回答企業が存在すると答えた。「多様な正社員」が存在する企業の特徴は、比較的大企業であり、従業員数(正規社員数)は、「存在する」企業が平均1024人、「存在しない」企業が770人(5%水準で有意な差)、売り上げでも2倍の違い(約122億円対約61億円)の差があった。
では、「多様な正社員」が存在すると答えた企業が行う他の人事管理施策を見てみよう。調査では複数の人事施策について、これらを「過去5年間重視してきたか」を聞いている。これらの項目に対する回答と、多様な正社員が「存在する」「存在しない」をクロス集計した分析結果が図に示されている。
ここでは人事施策を「雇用管理」「評価・処遇」「人材育成」「ワークライフバランス・女性活用」「非正規人材の活用」に分けている。なお、項目名の頭に( )印がついている項目は、2種類の企業で、各施策の重視割合に統計的な有意差があったものである。まず、雇用管理施策については、「長期安定雇用の維持」という正規社員の雇用保障に関する施策については2種類の企業で大きな差はない。正規社員の雇用保障については、多くの企業が一貫して、これを維持しようと考えているようである。
ワークライフ
バランスを推進する
「多様な正社員施策」
だが、これに対して、内部での人事管理施策については、「多様な正社員が存在する」企業と「存在しない」企業の間で差が見られる。図では2つのタイプ間で差が10%近くある施策に○をつけており、例えば「部・課長などの外部からの採用」や「自己都合で離職した社員の再雇用」などが、「存在する」企業でより大きな割合で見られる。また、社内の人事異動に関しても、従業員の意思を反映することをより重視している。
また、評価・処遇施策については、同期社員の間での選別時期の早期化、昇進・昇格における年齢基準への依存度低下、さらには管理職レベルでの降格など、これまでの内部労働市場の評価・処遇ルールから逸脱した方針が一貫して見られる。同様の傾向がキャリア開発支援の提供など、従業員支援施策についても見られる。
また、「(多様な正社員が)存在する」企業は、女性活用やワークライフバランス施策の面でも積極的である。仕事と家庭の両立支援を積極的に行い、またわずかな違いで統計的に有意な差にはならなかったが、女性の管理職登用にも熱心な傾向が見られる。こうした企業は女性の活用に積極的であり、また家庭での責任を抱える従業員に対しても支援をする傾向があるようだ。
さらに非正規人材に対する施策にも注目すると、こうした企業では、非正規人材の活用を積極的に行う半面、こうした人材の正社員登用についても、「存在しない」企業に比較して重視している傾向が見られる。ここでは詳細を示せないが、別の分析からは、多様な正社員が「存在する」企業では、非正規従業員を、そうでない企業に比べて、ビジネス上重要な人材として捉える傾向がある。外部人材や非正規人材を積極的に活用しつつも、同時にこうした人材を重視し、正社員に登用する施策を準備している割合も高いのである。
ここから見える姿を概観しておこう。この結果からは正規社員内部に雇用形態の違った正規社員が存在する企業が、外部人材による業績変動へのバッファーに加えて、こうした制度をとり入れ、企業内にもう一層バッファーを構築し、コア正規社員とでも呼ばれる人材をさらに強く守るという人事戦略をとっているとは考えにくい。
どうやらこうした企業の行っているのは、古い形の人事管理を、部分的だとしてもより柔軟な運用に変えていこうとする動きである。またこうした企業は非正規人材の正規人材への活用、正規社員への転換や、女性活用やワークライフバランスに関しても積極的であった。全くの仮説だが、正規社員、非正規社員を含め、人材活用を積極的に行い、同時に働く人にも選択肢を与えつつ、企業としての雇用の柔軟性を維持する人事戦略の一環であると解釈できる図柄なのである。
「多様な正社員」施策は、企業から見れば人材ポートフォリオ管理(多様な雇用形態の人材を組み合わせて必要な人材を調達するという考え方)の一部であり、こうした施策を導入している企業は、こうした人材のポートフォリオ管理を一貫した戦略により行うことを目指している企業なのかもしれない。
「多様な正社員」についての議論はまだ始まったばかりである。ここに示した分析結果からも確定的なことを言うのは難しい。しかし少なくとも、雇用改革の正念場である、正規社員改革について真剣に考えることが無駄にはならないことをこの分析は示唆している。









