ビジネススクール流知的武装講座 [279]●小川英治

「欧州金融クライシス」最悪のシナリオ

 
 

民間金融機関も巻き込んで、欧州全体に飛び火しているギリシャの財政危機。
さらなる深刻な事態を防ぐために何が必要なのか、検証する。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治=文
text by Eiji Ogawa
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86~88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92~93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。

平良徹=図版作成

 
 

優美な景観と財政
危機のギャップが
著しいギリシャ

 パリから、飛行機で飛ぶこと3時間、アルプスそしてイタリアの上空からアドリア海を渡り、エーゲ海に面したアテネに到着する。ユーロ圏のほとんどは、同じ時間帯にあるにもかかわらず、パリやブリュッセルやフランクフルトとは時差1時間がある。また、ユーロ圏のほとんどが陸続きであるにもかかわらず、ギリシャはイタリアと近隣であるが、両国の間にはアドリア海が青い海原を輝かしている。ギリシャはどのユーロ圏諸国とも陸続きとなっていないのである。

 パリから3時間を要して、アテネのエレフテリオス・ヴェニゼロス国際空港に降り立つと、目を見張るばかりの立派なターミナルビルが真っ青な空の下に輝いている。一人当たりGDPが、ドイツ、フランスの半分しかないギリシャではあるが、空港からアテネまでのハイウエーは十分に整備され、そのハイウエーに並行して走っている鉄道にも電車が滑るように走っている。
 さらに、アテネの街に入ってくると、タクシー運転手の免許自由化に反対するタクシー運転手組合のストライキのため、まったくタクシーの走らない街を、パルテノン神殿に似つかわしくない、モダンな路面電車が堂々と走っている。これらの立派なインフラストラクチャーは、EUの構造基金によって、あるいは、ギリシャ自身の財政支出で、建設されたのかと、驚きを隠せない。

 このようなギリシャにおいて、一昨年の秋に政権交代とともに財政収支の統計上の不備が発覚し、ギリシャ政府に対する信頼性が揺らいだ。ギリシャ国債のリスク(ソブリン・リスク)が高まり、国債の借り換えが困難となる財政危機が発生した。
 昨年5月には、ユーロ圏諸国政府と国際通貨基金(IMF)がギリシャへの第一次金融支援パッケージを提示し、金融支援を行うことを決定した。そのための条件(コンディショナリティ)として、ギリシャ政府の財政再建(増税や国家公務員の賃金カットや年金改革、さらには国有企業の民営化)が要求されている。
 その際に、他のユーロ圏諸国(特に、ポルトガル、アイルランド、スペイン、イタリア)に財政危機が波及した際に危機管理を行えるように、財政移転を禁じているリスボン条約を改正して、欧州安定化メカニズム(ESM)の設立を決めている(「プレジデント」2010年6月14日号の拙稿「ギリシャ、PIIGS……『ユーロドミノ倒し』は防げるか」を参照されたし)。

ユーロ圏諸国に
伝染してしまった
財政危機

 しかし、国家公務員をはじめとする国民のストライキやデモによって、増税や国家公務員の賃金カット、年金改革が進んでいない。また、国有企業の売却価格が低迷しているために国有企業の民営化の目標額を達成することも困難となっている。このような状況の中で、これらのコンディショナリティの実行があまり進んでいない。
 一方、ESM設立に際しての懸念、すなわち、ギリシャの財政危機が他のユーロ圏諸国に伝染するという懸念が現実のものとなってしまった。10年秋にアイルランドが金融危機に直面し、同年11月にアイルランドへの金融支援が決定した。
 11年に入るとポルトガルが財政危機に直面し、同年4月にポルトガルへの金融支援が決定した。ギリシャから始まった財政危機は、次々と他のユーロ圏諸国に波及し、そして一巡して、ギリシャで財政危機が再燃し、同年7月にギリシャに対して第二次金融支援パッケージが決定された。

 ギリシャへの第二次金融支援パッケージは、第一次金融支援パッケージ(1100億ユーロ)とほぼ同額の1090億ユーロを追加支援することとなった。
 さらに、第一次金融支援パッケージでは民間金融機関などの民間部門が関与していなかったのに対して、第二次金融支援パッケージにおいて初めて、公的な金融支援だけでは賄えきれない部分については、民間部門の関与(PSI)によって、民間金融機関が自発的に債務削減して、一部のギリシャ国債を負担することとなった。

 そもそも第二次金融支援パッケージにおいてPSIによる債務削減を採用することになるのであれば、なぜ第一次金融支援パッケージの最初の段階からPSIによる債務削減を盛り込まなかったのかという疑問が湧いてくる。
 欧州委員会は、ギリシャ国債に対するPSIによる債務削減が、他のユーロ圏諸国へ財政危機を伝染させるリスクがあったことから、まずは、他のユーロ圏諸国に財政危機が伝染した場合の危機管理の手段としてのESMや欧州金融安定化ファシリティ(EFSF)の設立が先で、その設立の後に、PSIによる債務削減を行うとしていた。
 ギリシャの財政危機の後に、危機に直面したアイルランドやポルトガルに対する金融支援パッケージはEFSFによって行われている。

 一方、ギリシャへの第二次金融支援パッケージは、実際にPSIによる債務削減が行われることになったことから、他のユーロ圏諸国へのEFSFの出動が必要となってくるかもしれない。
 第二次金融支援パッケージにおけるPSIによる債務削減とは、具体的には、11年から20年にかけて満期を迎えるギリシャ国債(1350億ユーロ相当額)の債務リストラが行われる。
 現行の7.5年物国債を15年物国債あるいは30年物国債へ交換することによるモラトリアム(償還期限の延長)と国債交換の際の20%のヘアカット(債務元本の削減)が行われる。同時に、ユーロ圏諸国政府が61.43%の価格に減額して国債を買い上げるという債務削減も行われる。

 なお、国債交換については、4つのオプション((1)保有国債を額面で30年物国債へ交換、(2)償還を迎える国債を額面で30年物国債へ交換、(3)額面の80%で30年物国債へ交換、(4)額面の80%で15年物国債へ交換)から選択できる。
 それぞれの元本・配当保証は、30年物ゼロ・クーポンAAA債券やいくつかのパターンの配当率として、EFSFによって行われる((1)・(2)30年物ゼロ・クーポンAAA債券の元本の完全保証と配当(1年~5年目:4%、6年~10年目:4.5%、11年~30年目:5%)、(3)30年物ゼロ・クーポンAAA債券の元本の完全保証と配当(1年~5年目:6%、6年~10年目:6.5%、11年~30年目:6.8%)、(4)新発債の想定元本の40%を上限として損失の80%を部分補償と配当5.9%を保証)。
 さらに、ユーロ圏諸国政府が民間金融機関から61.43%の買い上げ率で国債を買い上げることによって、民間金融機関への負担によって債務削減を行う。

民間金融機関に
危機が起こる
可能性も

 このように民間金融機関が負担する債務削減は、財政再建による税収増大と政府支出削減というギリシャ政府の将来のキャッシュフローの構造的変化がない限りは、その効果は一回限りのものとならざるをえない。したがって、PSIによる債務削減が成功するか否かは、ギリシャ政府の財政再建にかかっている。

 一方、債務削減は、部分的な債務不履行(デフォルト)とみなすこともできる。実際に、第二次金融支援パッケージは、事実上のデフォルト、あるいは、秩序あるデフォルトといわれている。今後、この第二次金融支援パッケージが失敗に終わったときに、ギリシャ政府から一方的にデフォルトを宣言されることを多くの欧州の民間金融機関は恐れている。
 万が一そのような事態に陥った場合に、ギリシャ財政危機が欧州の民間金融機関の金融危機に発展する危険がある。そして、金融危機に直面した欧州の民間金融機関は、他のユーロ圏諸国の中でも前述した諸国の国債を売却せざるをえなくなり、財政危機がそれらの諸国に伝染するリスクが高まる。

 実際に、9月14日にムーディーズがギリシャへのエクスポージャーの高いフランスの金融機関、ソシエテ・ジェネラルとクレディ・アグリコルの格付けを下げ、それぞれ、ソシエテ・ジェネラルの格付けを「Aa2」から「Aa3」に、クレディ・アグリコルの格付けを「Aa1」から「Aa2」に引き下げた。また、ソシエテ・ジェネラルの格付け見通しは「ネガティブ」とした。
 フィナンシャル・タイムズによれば、これらのフランスの金融機関が保有するギリシャへの民間・政府部門への投融資は、クレディ・アグリコルが259億ユーロ、ソシエテ・ジェネラルが58億ユーロ、さらに、BNPパリバが74億ユーロとなっている(11年6月時点)。これらの株価は急落している。

機能していない
欧州の
銀行間市場

 一方、欧州市場における金融機関のカウンターパーティ・リスクを表すロンドン銀行間取引金利(LIBOR)マイナス米国TBの金利差、すなわち、信用スプレッドは、欧州市場における金融機関を信用リスクと流動性リスクを総合的に反映する。

 図に示されているように、この信用スプレッドは、07年のサブプライムローン問題の顕在化、08年9月のリーマン・ショックによって大きく跳ね上がった。しかし、その後、米連邦準備銀行から欧州中央銀行(ECB)やイングランド銀行(BOE)への通貨スワップによるドル資金供給を通じて、ECBやBOEが、担保があれば、ドル資金供給を無限に供給することによって、信用スプレッドが低位に収まっている。

 しかし、実際には、ギリシャ国債デフォルトを懸念して、ギリシャ国債を有する金融機関間のカウンターパーティ・リスクが高まっているために、資金の出し手は、ECBやBOEの中央銀行のみとなっており、銀行間市場は機能していないといわれている。新聞報道などでは、信用スプレッドが高まったと指摘されているが、問題は欧州の銀行間市場が機能していないことである。
 これらの金融リスクの高まりと同時に、前述した諸国の国債の利回りが急上昇し、これらのソブリン・リスクが高まっている。

 今となっては、ギリシャへの第一次金融支援パッケージにおいて、財政危機の伝染を恐れたために付加されなかったPSIによる債務削減と(そのPSIの債務削減が伴われるからこそ)他のユーロ圏諸国による徹底したギリシャに対する財政再建のピア・プレッシャーがあれば、ギリシャ政府によるコンディショナリティの履行が難しいのではないかという履行リスクが管理することができたかもしれなかったのであある。
 過去のことを悔やんでも、問題解決にならないかもしれないが、第二次金融支援パッケージを成功させるためには、その反省と教訓が必要である。

 
 
PRESIDENT 2011年10.31号
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