ビジネススクール流知的武装講座 [278]●小川 進

売り上げ3.8倍! 無印良品に学ぶ「クラウドソーシング」

 
 

専門家集団が解けなかった難解な問題を専門外の素人たちが解いてしまうサイトが米国にある。
製品開発においても素人が強みを発揮するケースについて、企業の実例をひいて解説する。

 
 

神戸大学大学院経営学研究科教授
小川進=文
text by Susumu Ogawa
1964年、兵庫県生まれ。神戸大学経営学部卒業、同大学大学院経営学研究科博士課程前期修了。神戸大学経営学部助手、助教授を経て、マサチューセッツ工科大学にて経営学博士取得。帰国後、神戸大学経営学部にて商学博士を取得し2003年より教授。著書に『イノベーションの発生論理』『競争的共創論』などがある。

PANA=写真
平良徹=図版作成

 
 

「専門家は素人に
負けない」の
思いこみを捨てよ

 メーカーが思いつく前に消費者が革新的な製品を作っている」。本連載で一貫して発信しているメッセージだが、今もってメーカーで首を傾げる方は多い。
 メーカーは製品の専門家、消費者は素人。消費者は目の前に製品があれば改良案ぐらいは言えるかもしれないが、全くゼロの状態から画期的アイデアを思いつくほどの想像力は持っていない。専門家が素人に負けるはずがない。メーカーの反応にそうした自負が見てとれる。
 こうしたやりとりは、「特定少数の専門家VS不特定多数の素人」という構図で理解できる。「社内専門家の精鋭部隊」と「社外の素人消費者集団」、どちらが製品革新でよい成果を出すのか。
 社内の専門家集団が勝つというのがメーカーの立場だ。読者の大半の方も同じ意見だろう。ところが逆の結果と言える事例が存在するのだ。

 米マサチューセッツ州ウォルサムを拠点とするInnoCentive.comは2001年、イーライ・リリー社副社長アルフェアス・ビンガムが立ちあげたウェブサイトだ。このサイトでは科学的問題の答えを求める依頼者(企業)が自社の頭を悩ませる問題を投稿する。例えば「微量な金属不純物の由来を追跡する」や「乳ガンのリスク評価をする」といった問題だ。
 そうした問題に対して答えがわかったと思う人は誰でも答えを投稿できる。持ち寄られた解答は依頼者によって評価され最良の解答を投稿した勝者には1万ドルから10万ドルの報酬が与えられる。
 コンテストでは解答者は依頼者が誰であるか知らされず、依頼者にも解答者が誰であるかは明かされない。お互いが誰であるかがわかるのは解決法を依頼者が受け入れたときで、そこではじめて互いの身元が明かされる。
 ハーバードビジネススクールのカリム・ラカーニらの研究によればInno Centive.comに投稿された問題の約3分の1が解決されているという。「わずか3分の1だけ?」と感じる読者もいるだろうが、この数字、「3分の1も」と解釈するほうがよさそうだ。InnoCentive.comへの依頼者がP&Gやデュポンといった大企業であることから大企業の精鋭でさえ解けなかった問題の約3分の1を社外の「誰か」が解いてしまっているということなのだ。

多様性が
能力に勝るための
4つの条件

 その「誰か」とは誰か。コンテストへの応募登録者は多様を極める。登録者数は14万人以上、170カ国以上から成る。専門分野も天文学や分子生物学から物理・化学やコンピュータ・サイエンスまで様々だ。最優秀解答者は最先端の分野を研究する科学者ではないかと予想していた依頼企業が実はダラス大学の学生だったとわかり驚いたといったことがしばしば起こるという。
 ボッコーニ大学のラーズ・イェペッセンとカリム・ラカーニによる別の研究によれば、例えば物理・化学の課題を分子生物学を専攻する者が解決するといったように、もともとの専門分野から離れた専門知識を持つ応募者が問題を解決する傾向があるという。しかも最優秀解答者の72.5%がすでに自分か他人が以前に解いたことのある解を参考に課題の答えを出しているというのだ。
 InnoCentive.comの事例は大手企業の精鋭集団が解けなかった問題を社外の専門外の人たちが解いてしまうというものだ。つまり不特定多数の素人集団が高い能力を持つ専門家集団を凌ぐことがあることを示している事例なのだ。

 InnoCentive.comで起こっている現象をミシガン大学のスコット・ペイジは理論的に説明している。そこでカギを握るのは多様性VS能力という視点だ。
 ペイジはある条件の下では「多様性が能力に勝る」ことを理論的に明らかにした。ある母集団から2つの集団をつくる。1つは問題解決能力が最高の集団、もう1つが能力は第一集団より劣るが多様性を持つ(無作為に選ばれた)集団だ。ペイジはこれら2つの集団に同じ問題に解答してもらうシミュレーションを行った。

 結果は驚くべきものだった。多様性を持つ集団が最高の能力を持つ集団よりよい結果を出したのだ。比喩を使うとこうなる。前人未到の高く険しい山を登る場合に、最高の能力を持つ集団は皆同じ道を通って登頂しようとする。それに対して多様な集団は様々な方向、様々な方法を使って登頂に挑戦する。結果として多様な集団のほうが山頂に到達できる確率が高くなるというわけだ。
 もちろん多様性が能力に勝るための4つの条件がある。(1)問題が難しいこと、(2)問題を解決する人たちの視点や問題解決に使う思考手段が多様であること、(3)集団のメンバーは大きな集団の中から選ばれること、(4)選ばれたメンバーの数が小さすぎないこと、だ。

 ペイジの結果によると難しい問題は解決を社内の特定の専門家に委ねるよりもむしろ社外の専門外の人たちに広く依頼したほうがよいということになる。その意味で、先のInnoCentive.comの事例はまさにペイジの理論を実践で証明していたのだ。
 取り組む難度が高いということで言えば、製品開発もペイジの理論を応用できる対象になるはずだ。だとすれば社外の多様で多数の消費者に製品開発に参加してもらうという手法は社内の専門家集団による製品開発より、よい成果を生むかもしれない。

ユーザーの知恵を
製品開発に生かす
良品計画の仕組み

 実はそうした取り組みを他社に先駆けて実践し、成果をあげている企業がある。無印良品ブランドで世界展開している良品計画がそうだ。同社は誰もが製品開発に参加でき、製品化の判断まで消費者起点で行う製品開発を行い世界から注目されている。
 インターネット技術の発達で不特定多数の消費者が企業の新製品開発のアイデア創造に参加できるようになったのは00年前後である。無印良品はその流れに乗り、00年から製品アイデアの創造を社外の不特定多数の消費者に委ねる新しい方式を採用した。

 同ブランドはネット上に消費者参加型の開発サイトを立ち上げ、消費者なら誰でも自分が欲しいと思う製品案を投稿したり、製品候補案に対して投票できるようにした。開発過程は誰でも閲覧でき、製品化の決定も消費者による投票結果に愚直に従うというものにした。
 無印良品が採用した製品開発の手法は製品開発のアイデアを群衆(crowd)から調達(sourcing)するという意味でクラウドソーシング(crowdsourcing)と呼ばれている。ではクラウドソーシングは教科書的なマーケティング調査(製品開発法)や本連載で紹介したリードユーザー法とどこが違うのか。少し回り道になるが整理しておこう。

 まずクラウドソーシングは製品のアイデア創造段階にユーザーを組み込むこと、ニーズ情報だけでなくソリューション情報もユーザーから収集するという点で伝統的マーケティング調査と異なる。この点についてはリードユーザー法もクラウドソーシングと同じだ。
 第2に、クラウドソーシングは他の2つの手法よりはるかに多様で多数のユーザーを対象に情報を収集する。伝統的手法はターゲットを絞り、そのターゲットを中心にランダムサンプリングしたユーザーから情報を収集する。また、リードユーザー法はリードユーザーと呼ばれる特定のユーザーをピラミッディングという手法で探し出し、彼(彼女)らから情報を収集する(リードユーザーとピラミッディングについては11年5月30日号で紹介した)。
 他方でクラウドソーシングはインターネットを通じてニーズ情報や製品案(ソリューション情報)を募集する。伝統的手法やリードユーザー法よりもはるかに多様で多数のユーザーに対して広域探索(broadcast search)をかけるのである。
 その結果、多様・多数なユーザーの中から自己選択(self-selection)したユーザーたちが自分の求めるニーズやそのニーズに対するソリューション情報を集団的に投稿してくることになる。
 クラウドソーシングでは誰でもいつからでも製品開発に参加することができるようになっている。そこで生まれるユーザーの多様性が社内専門家の能力を超えた新規性や独自性の高い製品を生み出すことになるのだ。
 さらにクラウドソーシングでは製品過程を誰でも閲覧できる、つまりオープン化されている場合が多い。伝統的製品開発やリードユーザー法では開発過程をユーザーが見られる場合はほとんどない。開発過程のオープン化もクラウドソーシングの特徴の一つだ。

「開発過程の
オープン化」には
プロモーション効果も

“素人”を活用し、成果をあげている無印良品(写真=PANA)

 開発過程をオープンにすることは開発過程の閲覧者に対する当該開発製品の認知度を引き上げる。そうすることで当該製品の購入に対してユーザーの好意的態度を形成することができ、ユーザーの当該製品の購入を促進する。
 良品計画で当時、クラウドソーシングによる製品開発を担当していた西川英彦さん(現・法政大学教授)の分析によれば、製品化された製品のアイデア投稿者であっても製品支持を表明した投票者であっても開発製品を必ずしも購入するわけではないという。投稿、投票をしていない者も含めて、製品を購入するかどうかはむしろ開発過程をどれだけ閲覧しているかによるのだそうだ。
 そうした状況で開発過程のオープン化は消費者に対してプロモーション効果を発揮する。効果を見越した無印良品はメール・ジャーナルの頻繁な配信や開発過程の全容を短時間で理解できる要約文の作成を行い、閲覧者や閲覧量を増やす工夫を行っていたという。

 これまで説明してきた、オープン化した製品開発に多様で多数の消費者を組み込むクラウドソーシングは、はたして従来型の製品開発と比べて高い成果をあげるのだろうか。
 筆者は西川さんと共同で製品分野、販売開始時期、チーム・メンバーを同一にして無印良品における従来型とクラウドソーシングの製品開発成果を比較した。結果は我々の予想を超えるものだった。
 まず開発された製品の特徴では、競合品に対する新規性、顧客ニーズの新規性でクラウドソーシングのほうが従来型より優れていた。また、初年度の売り上げ実績、粗利率、製品ライン全体への展開可能性、戦略的重要性でもクラウドソーシングのほうが従来型よりも高い成果を実現していた。平均値で比較すると新方式は旧方式より初年度売上額で3.8倍、粗利率で1.2倍の実績をあげていた。
 クラウドソーシングの有効性が実証された瞬間だった。

 
 
PRESIDENT 2011年10.17号
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