ビジネススクール流知的武装講座 [275]
政府は「アメとムチ」で電力不足を解決せよ
日本では福島の原発事故を発端に、個人、企業ともに
慢性的な電力不足に悩まされている。
現状のままでは、日本経済の成長力が深刻な危機に
陥りかねない、と懸念する筆者が、対応策を提言する。
37年ぶりの
「電力使用制限令」が発動
東日本大震災時における地震と津波によって東京電力福島第一原子力発電所が停止し、さらに水素爆発によって大きく破損するという事故が起きたことに伴って、全国で運転していた原子力発電所が運転停止となったり、あるいは、点検等のために休止している原子力発電所の運転再開に対して慎重に対応されている。そのため、今夏の電力不足が懸念されて、経済産業大臣によって、第一次石油ショック直後の1974年以来、37年ぶりに「電力使用制限令」が発動された。
7月1日より、東京電力と東北電力の管内において、大口電力需要者(契約電力が500キロワット以上)に対して消費電力を、昨年の使用最大電力の値(1時間単位)の15%削減した値を使用電力の上限とする。この15%節電に従った消費電力目標値が守られなかった場合には、1時間当たり100万円の罰金が科されることとなった。
筆者が勤務する一橋大学もこの大口電力需要者としてその対象となっている。東日本大震災直後の計画停電の実施時から節電対策を採ってきた。
建物内のエレベーターの利用を控えたり、電灯をLEDに変えたり、あるいは、電灯の数を減らしたり、キャンパス内の外灯を部分的に消灯したり、さらには、大学のシンボルである時計台の時計の照明まで消して、対応している。夏場にきて、これだけでは足りない状況も想定されるために、節電目標の達成に向けて対応策を練ってきた。
このような物理的な節電対策そのものも必要であるものの、節電に対する意識を高めることも重要であると考え、とりわけ学生に向けての広報を目的として、学生を対象にして節電アイデア・コンテストが行われた。そこで発表された節電アイデアは、おおよそ以下の三つのタイプに分類される。
第一のグループは、物理的に消費電力を削減するものである。前述したように、エレベーターの利用を控えたり、消費電力の少ない電気機器(例えば、LED)に変えるというものである。これらは、直接に消費電力を縮小するという効果をもたらすものであって、多くの者がすぐに思いつくことであろう。
しかし、これらは多少の費用を要するうえ、工事を伴う場合には今夏に間に合わない。例えば、太陽光を利用した発電システムであるソーラー・システムは、確かに自然エネルギーとして従来のエネルギー節約に対して効果的である。しかし、ソーラー・パネルをキャンパス内に並べるだけでは、当然であるが、太陽光が得られるとき、晴天の日中におけるエネルギー源としての利用に限定されてしまう。
太陽光のエネルギー源を常時、使えるようにするためには、ソーラー・パネルとともに蓄電池も必要となる、これは、相当のコストを要するものである。そのうえ、蓄電池の入手が難しい。
利己的な誘惑
「合成の誤謬」から
抜け出す方法とは
第二のグループは、節電に対する広報を強化するというものである。東日本大震災後、福島第一原子力発電所の事故の影響を直接に受けた東京電力の管区内では、3月後半から4月にかけて計画停電を経験したこともあって、節電の意識はすでに高い。また、そもそもこの種の節電アイデア・コンテストも節電の広報を目的としている。
すでに、週間電気予報と消費電力の実績が、大学のホームページと正門に貼り出されている。しかし、電力消費者による意識改革に頼らざるをえないという間接的な影響に期待するために、その効果がどれほど望めるかは未知数である。
第三は、節電のためのインセンティブ・メカニズムを構築するアイデアである。例えば、大学の寮において、節電に協力した部屋の住人には報奨金を与える一方、15%節電を達成できなかった部屋の住人にはペナルティを科すというようなものである。いわゆる「アメとムチ」である。節電の実効性は、ミクロとマクロの不整合性の問題に依存する。すなわち、一人一人の消費電力量はそれほど大きなものではない(ミクロ的側面)。
しかし、それらを足し合わせた総計が全体の消費電力として電力供給能力の範囲内に収まらなければ、東京電力管内で停電してしまう(マクロ的側面)。マクロ的側面から見た全体の消費電力の節約は、ミクロ的側面から誰かが行えばよい、自分一人だけ電力を多少消費しても問題ないだろうと考えてしまうという問題がある。
この種のミクロとマクロの不整合性の問題は、マクロ経済学の教科書に一番最初に登場する。マクロ経済学の教科書では、「合成の誤謬」と呼ばれる。
「合成の誤謬」としてよく挙げられる例は、映画館で座って映画を観ていたところ、前の人の座高が高く、よく見えない。立ち上がって見れば、よく見えるから一人が立ち上がる。そうすると、その後ろの人たちは、もっと見えなくなるので、みんなで立ち上がって、映画を鑑賞する。結局は、みんなが立ち上がって、(最前列の人は除いて)みんながよく見えなくなる。しかも立ち上がっているので、座ってよく見えない状況に比較して見える状況が改善するわけではないにもかかわらず、立って映画鑑賞を行うために疲れるだけである。
それでは、このような「合成の誤謬」からどのように抜け出すことができるのであろうか。一つの解決法は、一人一人が自分だけ電力を多少消費しても問題ないと考えて節電に協力しなければ、マクロ的側面として全体の消費電力が電力供給能力を超えることを話し合い、理解し、協調して一人一人が電力消費量を節約することである。しかし、国民全員が集まって、このような協調は不可能である。
また、たとえこのような協調が可能だとしても、他の人たちが節電していることを前提として、ミクロ的に自分だけ電力消費量を増やしても、マクロ的には全体の電力消費量に影響しないと利己的に考えたくなる誘惑を抑えることはできない。
そして、このような誘惑に乗って、国民全員がこのような行動をとれば、マクロ的に全体の電力消費量に影響してしまう。まさしく「合成の誤謬」が起こる。
それでは、どう対処すべきかというと、報奨金と罰金、すなわち「アメとムチ」から構成されるインセンティブ・メカニズムが必要となる。今回の経済産業大臣による電力消費に対する「電力使用制限令」は、目標値を超えて電力を消費すると1時間当たり100万円の罰金という、インセンティブ・メカニズムの「ムチ」だけが科されている。
現在の政府は、深刻な財政赤字を抱え、近い将来に消費税を引き上げざるをえないので、報奨金制度、すなわち、「アメ」が伴っていないのはしようがない。しかし、罰金の「ムチ」は、15%の節電を達成することに実効的かもしれないが、それ以上のものではない。
短期的対応と
中長期的対応とに
分けて取り組む
もし不確実性がなく、あるいは、不確実性があっても、もし経済主体が不確実性に対して無頓着であるリスク中立的であるならば、個々の経済主体としては15%の節電を守ることが合理的であることから、15%の節電はぎりぎり守られるかもしれない。しかし、罰金だけではそれ以上の節電を行うインセンティブがない。
もし「ムチ」となる罰金とともに「アメ」となる報奨金が伴っていれば、報奨金の多寡によっては、多くの経済主体が15%以上の節電を行うことを有益であると考えて、15%以上の節電が実現するかもしれない。その意味において、報奨金と罰金はインセンティブ・メカニズムの両輪としてより大きな節電に貢献することであろう。
上述した節電に向けての取り組みは政府のエネルギー政策、そして電力不足対応策を所与としたものであって、企業も含めて国民は受け身で、それを所与として行動せざるをえない。
個々の経済主体も長期的には政府の施策に対して構造的に対応することも可能であるが、短期的には難しい。政府こそエネルギー政策および電力不足対応策に対して短期的対応と中長期的対応とに分けて取り組む必要がある。
確かに自然エネルギーへのエネルギー政策の転換については、今回の福島第一原子力発電所の事故が起きていなかったとしても、中長期的には持続可能な経済成長とCO2削減のために必要なことであり、誰も反対をしないであろう。
問題は、そのような自然エネルギーへの転換がどのような時間的視野に実現可能であって、エネルギー政策の中で計画されうるのかについて、検討する必要がある。
そのような中長期的なエネルギー問題を検討すると同時に、今夏そして、1~2年先の電力不足を乗り切るために、短期的な対応にどのように取り組むかが重要である。国民生活および企業活動にとっては喫緊の課題であることから、国民や企業は短期的な対応に対して最大の関心を持っている。

電力・エネルギーは、企業の生産活動にとっては、労働、資本、土地の三つの主要な生産要素と並んで、不可欠のものである。電力・エネルギーの価格が上昇するだけで、労働、資本、土地の生産性が低下する。とりわけ、73年に原油価格が四倍に上昇した石油ショックは、日本におけるこれらの生産性を大きく低下させることとなった。
そのために、他の生産要素とは異なり、自由に移動することができる資本は、その後、より資本の生産性の高い外国を目指して、流出するとともに、日本の産業構造を多く変化させる結果となった。
電力・エネルギーの価格が上昇するだけでも労働、資本、土地の生産性が低下するのであるから、電力・エネルギーの供給制約に直面すると、これらの生産性が低下するばかりではなく、生産能力自体が制約を受けることとなる。
そして、生産能力の制約は、経済成長に対して上限を付すこととなり、日本経済の停滞を一層深刻化させることになる。さらに深刻なことは、資本の生産性が低下したために資本が流出し、国内における設備投資が趨勢的に縮小すると、将来の日本国内の資本ストックの成長トレンドが下方にシフトすると同時に、潜在経済成長力のトレンドをも下方にシフトさせることとなる。
経済成長戦略に取り組んでいるという政府は、現在の状況が日本経済の潜在経済成長力のトレンドを一層、低迷させることになりつつあることを認識して、短期的な対応にこそ取り組む必要があろう。









