ビジネススクール流知的武装講座[270]

東アジアの通貨事情が見える
「国際金融のトリレンマ」入門

 
 

5月4日にASEAN+3財務大臣会議が開かれ、
通貨協力において、二つの新機軸が打ち出された。
現在のアジアにおける通貨協力と、
東アジア各国の金融・通貨政策の思惑を検証する。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治=文
text by Eiji Ogawa
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位修得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86~88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92~93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。


平良 徹=図版作成

 
 

各国中央銀行総裁の参加も決まった
ASEAN+3会議


 去る5月4日にベトナムの首都ハノイに東南アジア諸国連合(ASEAN)と日本・中国・韓国(+3)の財務大臣が集まって、ASEAN+3財務大臣会議が開催された。1999年に始まったASEAN+3財務大臣会議は、今回で14回を数えた。2000年に開催された第2回ASEAN+3財務大臣会議においては、チェンマイ・イニシアティブ(CMI)と呼ばれる地域通貨協力が確立された。これは、通貨危機に直面した国への金融支援を行うための通貨スワップ協定と通貨危機を防止するためのサーベイランス(相互監視)から構成される通貨危機の管理と防止の枠組みである。
 その後、通貨スワップ協定の規模が拡大するとともに、2国間協定であった通貨スワップ協定を多国間協定とするマルチ化、いわゆるCMIのマルチ化(CMIM)が実施されてきた。そして、今回のASEAN+3財務大臣会議においては、重要な二つの新機軸が打ち出された。

 その一つは、ASEAN+3マクロ経済リサーチ・オフィス(AMRO)がCMIMのサーベイランス機関として設立されたことである。AMROは、地域経済の監視・分析を行い、リスクを早期に発見し、改善措置の実施を速やかにし、チェンマイ・イニシアティブのマルチ化(CMIM)の意思決定、とりわけ通貨スワップ協定の適用を効果的に行うことが期待されている。
 そして、そのAMROの初代事務局長のベンファ・ウェイ氏がASEAN+3財務大臣会議に参加した。なお、AMROの初代事務局長を巡っては、日中間での綱引きがあったと言われているが、ベンファ・ウェイ氏はAMROの1年目の事務局長を務め、2年目以降は日本から根本洋一財務省参事官が就任することとなっている。
 CMIMの下で通貨危機管理のためのマルチ化された通貨スワップ協定が迅速に適用されるためには、ASEAN+3諸国経済に関して日頃からサーベイランスを実施することが必要である。また、そのサーベイランスによって、通貨危機のリスクを早期に発見し、当該国経済の改善に寄与することも期待されている。このような諸機能を有するAMROが本格的に始動することとなった。

 もう一つは、域内の経済監視および地域金融協力を強化するために、域内の中央銀行総裁の知見と経験が不可欠と認識して、来年以降、中央銀行総裁もこの会議に参加することとなった。そして、会議の名称も、「ASEAN+3財務大臣会議」から「ASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議」と改められることとなった。

 CMIMが通貨危機の防止と管理を目的としているからには、ASEAN+3諸国通貨について監視しなければならず、そのためには、これらのマクロ金融的側面、すなわち、金利や為替相場について注視する必要がある。また、政策上においては、金融政策や為替相場政策に関して政策対話を開始することが望まれる。さらには、域内諸国間のマクロ経済政策の協調も視野に入れた議論に発展することが期待される。


各国政府が同事には
達成できない三つの目標


 東アジアにおいては、各国の通貨当局が様々な金融政策や為替相場制度を採用している。先月(4月)に北京の中国人民大学で開催されたアジア政策フォーラムに、日本、中国、韓国、台湾、香港の研究者が集まって、これらの国の金融政策・通貨政策について議論が交わされた。そのフォーラムにおいて筆者が予定討論者として報告した際に利用した「国際金融のトリレンマ」と呼ばれるフレームワークを使って、これらの国々が採用している様々な金融政策や為替相場制度を説明しよう。

 まず、「国際金融のトリレンマ」とは何か。外国の経済主体と貿易取引、資本取引、金融取引を行っている開放経済においては、政府は、同時には達成することのできない三つの目標に直面している。
 一つは為替相場の安定であり、もう一つは自由な国際資本移動であり、第三は、国内の政策目標のために金融政策を実施することのできる金融政策の自律性である。これらの目標はすべて望ましい目標である。
 為替相場の乱高下やミスアライメント(ファンダメンタルズからの中期的な乖離)は貿易取引や資本取引の阻害要因となり、これらの取引量を減少させてしまう。国際資本移動が自由であれば、収益率の高い有利な投資先に資金が集まり、資金運用者にとっても、その有利な投資案件をもつ企業にとっても、望ましい。国内の政策目標のために金融政策を自由に運営することができることは、言うまでもなく国内経済にとって望ましい。

 しかし、これらの三つの目標のうち、二つの目標のみは同時に達成することができるが、他の一つの目標は同時に達成することができないために、政府が三つの目標のうちどれかを放棄しなければならず、どの目標を放棄するかを決めなければならないという状況が、「国際金融のトリレンマ」と呼ばれている。
 例えば、もし政府が国内の目標のために金融政策の自律性を確保して、外国の金利から離れて国内金利を誘導しようとするならば、自由な資本移動の下では、国際的な金利裁定取引を通じて、資金が移動し、為替相場が変動する。そのため、為替相場の安定を放棄しなければならない。
 一方、為替相場の安定を維持したいのであれば、国際的な金利裁定取引を自由に行えないようにするために資本管理や外国為替管理を課して、自由な国際資本移動を放棄しなければならない。
 各国の政府によって、前述した三つの目標(為替相場の安定、自由な資本移動、国内政策目標のための金融政策の自律性)の間のウエートのかけ方が異なる。とりわけ、東アジア諸国の間でその相違は顕著である。

 図は、「国際金融のトリレンマ」を図示したものである。三角形の三つの頂点はそれぞれ三つの目標(為替相場の安定、自由な資本移動、国内政策目標のための金融政策の自律性)を意味する。そして、その反対側の各辺には、それぞれの目標の反対の状況、(為替相場の安定に対して自由変動、自由な資本移動に対して資本管理・外国為替管理、国内政策目標のための金融政策の自律性に対して通貨同盟・カレンシーボード)を示している。
 日本は、自由な国際資本移動の下で国内政策目標のために金融政策を運営していることから、為替相場の安定を放棄して、変動為替相場制度を採用せざるをえない。そのために為替相場は乱高下したり、ミスアライメントを起こしている。
 韓国も、世界金融危機以前は、日本と同様であった。ただし、アジア通貨危機のとき国際通貨基金(IMF)の金融支援を受けた際に、インフレーション・ターゲッティングの金融政策を採用することを金融支援のコンディショナリティとされたために、インフレーション・ターゲッティングを採用している。しかし、世界金融危機以前に流入していた欧米金融機関からの資金が世界金融危機の影響を受けて、急激な逆流が起こり、韓国ウォンが大暴落した。そのため、韓国の通貨当局は、資本規制を導入して、為替相場の安定を図ろうとしている。


香港ドルが人民元ではなく
米ドルに固定される理由とは


 日本のように変動為替相場制度の下で為替相場の乱高下に悩まされている国に対して、香港は、香港ドルを米ドルに固定させるカレンシーボード制度を採用して、為替相場の安定を享受している。カレンシーボード制度とは、固定為替相場で外国通貨(香港の場合は米ドル)と自国通貨を交換し、外貨準備と等しいだけの自国通貨を発行する制度である。そして、香港は、カレンシーボード制度の下で金融政策の自律性を放棄し、国際金融都市として自由な国際資本移動を享受している。
 香港においては、貿易の大半が中国本土と行われていることから、米ドルに香港ドルを固定させておいてよいのか、むしろ人民元に香港ドルを固定させたほうがよいのではないかと、研究者の中で議論が行われている。しかし、人民元は、経常勘定取引の交換性はあるものの、資本勘定取引の交換性が資本管理や外国為替管理によって制限されているために、国際金融都市香港としては、人民元に香港ドルを固定させることを躊躇することとなっている。

 中国は、05年7月21日の人民元改革発表以前には、国内政策目標のために金融政策を運営する一方、為替相場の安定、とりわけ、人民元を米ドルに固定するドル・ペッグ制度を採用していた。そのために、自由な国際資本移動を放棄し、厳しい資本管理と外国為替管理を課していた。
 しかし、05年7月21日に人民元改革を発表し、ドル・ペッグ制度をやめて、通貨バスケット(米ドル、ユーロ、日本円など)を参照とした管理フロート制度に移行した。実際には、世界金融危機発生直後の一時期にドル・ペッグ制度に戻ったものの、通貨バスケットではなく米ドルを参照として徐々に人民元を切り上げるというクローリング制度を採用している。そのために、同時に国際資本移動の自由度が徐々に高まっている。それが、オフショア市場に限定されているが、人民元の国際化に反映されている。

 一方において、人民元の国際化は、前述したように、資本勘定取引の交換性が資本管理や外国為替管理によって制限されたままであるために、貿易取引などの経常勘定取引でしか進んでいないのが現状である。また、一部の資本勘定取引の交換性がオフショア市場に限定されて、ゆっくりと進んでいる。このような部分的な人民元の交換性は、人民元の国際化を部分的にしか進めていない。とりわけ、人民元の対米ドル為替相場が徐々に変動性を高めるにつれて、外国為替リスク管理が必要となる。
 しかし投機にも利用されかねないという理由から、先物取引やオプション取引や非居住者による人民元建て借り入れなどの制限が存在するかぎり、人民元の国際化は不十分なままであろう。しかし、図にあるように「国際金融のトリレンマ」の中で中国のポジションが為替相場の変動性を高める方向に進むにつれて、外国為替リスク管理のために資本管理や外国為替管理の規制緩和が必要となってくる。



 
 
PRESIDENT 2011年6.13号
PRESIDENT 2011年6.13号
税込価格 690 円
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更