ビジネススクール流知的武装講座[269]
売れない時代の必須科目
「ピラミッディング」入門
イノベーションを助けるリードユーザーの数は非常に少なく、
その発見は難しい。しかしピラミッディングという検索法が、
リードユーザーの開拓を可能にする。
3Mの医療用製品を生んだ
軍隊の解析専門家
今回は「リードユーザー(Lead user)」を探し出す方法について紹介しよう(実は前々回、紹介すると予告していたのに一回遅れになりました。お許しください)。この連載ではユーザーイノベーションを取り上げてきた。ユーザーがメーカーより先に製品イノベーションを考えつき試作品までつくっている場合がある。そうした製品イノベーションは誰もが行っているわけではなくリードユーザーという特定のユーザーが行っている傾向がある。
リードユーザーの特徴は次の二つだ。一つが、市場のトレンドや平均的ユーザーより、はるかに先行したニーズを持っていること。つまり、一定数以上のユーザーが後に解決したいと思うようになる問題に直面していること。二つ目がそうした問題を解決する(先行ニーズを満たすイノベーションを行って、それを使用する)ことで本人が大きな便益を受けること、である。
リードユーザーの存在と特徴が明らかになったことでメーカーにとって画期的製品を開発する手法が一つ増えることになった。リードユーザーを探し出し、そこに学べばよいのだ。
リードユーザーを活用した製品開発で成果をあげた、3Mの医療用画像解析製品の開発チームの事例を紹介しよう。医療用画像解析ではいかに早い段階で腫瘍を検知できるかがカギになる。そこで当初、開発チームは画像の解像度を飛躍的に高めることを目標にしていた。
ところが、リードユーザーから学ぶ手法を採用したチームが最終的にたどり着いたユーザーは高解像度を実現しているユーザーではなく、軍で働くパターン解析の専門家だった。彼らは軍事偵察の専門家から「木の下に見えるものが岩なのか弾道ミサイルの先端部分なのか判別できる解析データが欲しい」と言われていた。そこで重視されていたのは、高解像度画像の実現ではなく画像パターンの分析だった。その話を聞いた開発チームは医療用画像解析でも重要なのは画像を高解像度化することではなく腫瘍発見に役立つ重要パターンを解析する方法を発見することだと考えるようになった。その結果、開発方針は変更され、チームは画期的製品を開発したという。
1000に一人しかいない
リードユーザー
もちろんこうした開発担当者に気づきを与えてくれるリードユーザーは、ごく少数しか存在しない。例えば、ハンブルク工科大学のLuthjeは2043人のユーザーからリードユーザーを特定したがその数は全体のわずか1.1%、22人だったという。私たちが昨年行ったアメリカと日本の消費者を対象とする調査でも同様な結果だった。ユーザーイノベーションを行ったと判断された消費者は全体の3~5%。この調査は全製品を対象としたので、特定の製品分野に絞ってイノベーターを探す場合には割合はさらに下がると思われる。100人を調査して一人該当者がいるかどうか、1000人集めても10人いるかどうかといった程度、あるいはそれ以下ではないだろうか。だとすればこうしたごく少数のリードユーザーを効率的に探し出す手法を開発することが重要になる。
リードユーザーを探し出す原始的な方法はあるといえばある。スクリーニングという方法だ。何年も前にビジネス雑誌の記事で読んだ程度なので、その真偽は定かでないが日本電産では営業担当者は事業者名簿を使い、そこに載っている全企業に対して営業をかける方法をとっているという。現在、販売している製品にモーターを搭載していなくても開発中の製品にモーターを搭載しようと計画している企業があるかもしれない。そうした潜在的ユーザーは、こちらから営業して初めて見つけ出すことができる。そう考えて名簿に載っている企業をすべて訪問するのだという。
スクリーニングは日本電産のこうした営業方法に似ている。リードユーザーが含まれていそうなユーザー名簿を作成し、そこに記載されている対象者全員に対して調査しリードユーザーを探し出すのだ。
確かにスクリーニングは全数調査なのでリードユーザーを探し出せる可能性は高い。しかし、リードユーザーがごく少数しかいないことから考えると、それにかかる労力が大きいことが問題だ。
そこでリードユーザーを探し出すために採用されるようになったのがピラミッディング(pyramiding)という手法である。専門知識や能力のレベルが高くなればなるほどそれを持つ者の数は減っていく。その形がピラミッドを想起させるのでこの名前がついているのである。
ピラミッディングでは、ある属性や品質に強いこだわりを持っている人はその属性について自分よりもよく知っていたり、優れている人を知っていると考える。例えば、「サッカーで一番遠い距離からゴールを決めることができる選手は誰か?」と尋ねられ、数人の選手の名前を挙げることができるプロサッカー選手や熱狂的サッカー・ファンは多くいるだろう。
ピラミッディングの手順はこうだ。強い興味を持っている人なら自分よりもその対象について詳しい人や優れている人を知っているはずだ。そうした人に、より優れたエキスパートを一人(ないし数人)教えてもらい、さらに紹介された人に同じようにより優れたエキスパートを紹介してもらう。こうして「紹介の連鎖」をたどることで最終的にその特徴(あるいは分野)の最高レベルの人を見つけ出す。
ピラミッディングは人が他人に対して持つ知識を活用して目標人物を探し出す手法である。そこでの探索は一人ずつ順に進められることになる。調査者は接触ユーザーが一人増えるごとに関心対象や目標人物について学習を重ねる。それは他人のことを知らない人間を想定し、回答者からの学習を無視し同時並行的に探索するスクリーニングと対照的である。
ピラミッディングの理論的基礎はグラフ理論というあらゆる関係を点と線だけで表現する数学の一分野にあり、経験的基礎は1967年にStanly Milgramが行った「小さな世界(“small world”)」に関する実験にある。
英語圏の人たちは次のような場合に「小さな世界だね(it's a small world)」という表現を使う。遥か遠くからやってきた人と自分との間に共通の知人がいることがわかったときだ。例えば、今日、私は東京で取材してきたのだが、聞き取りに行った対象者が先月島根県で会ったソフトウエア開発者の知り合いで、びっくりしてしまった。同じような経験をしたことのある人は多いのではないだろうか。
Milgramは遠く離れている任意の二人が何人の知人を媒介にすることでつながっているかを実験した。カンザス州ウィチタとネブラスカ州オマハの住民で調査に協力すると申し出てくれた人を起点にマサチューセッツ州ケンブリッジとシャロンに住む特定人物を最終受取人とする手紙の転送を依頼したのだ。最終受取人を知らない場合、自分よりその人のことを知っていると思える知人に手紙を転送してもらう作業を続けてもらった。結果は興味深いものだった。平均5人を経由すれば目標とする人物に手紙を届けることができたのである(もちろんすべての手紙が最終受取人に届いたわけではないので、実際はもっと多くの人に媒介される必要があることになるのだが)。
スクリーニングと
ピラミッディングの違いとは
ピラミッディングがこの実験と違うのは2点。「小さな世界」実験では手紙を送るほうは受取人と「知り合い関係」にないといけないが、ピラミッディングでは回答者は紹介する人物のことを単に知っているだけでよい。もう一つは、実験では、手紙の送り手は知り合いに手紙を転送する(送る)モチベーションが必要になるが、ピラミッディングでは実際の聞き取りは調査担当者が行うので、モチベーションが問題になりにくい。つまりピラミッディングは「小さな世界」実験より実行しやすいのだ。
ではピラミッディングは実際、どの程度、効率的な探索方法なのだろうか。フォン・ヒッペルを中心とした研究チームはスクリーニングとの比較でそれを明らかにした(Research Policy、2009年38巻)。
彼らは結果ができるだけ一般性を持つように教師、学生、合唱団、フットボールチームという会合の目的、頻度、年齢、男女比の点でバラつきのある33~41人の集団に協力してもらった。協力者には登山歴(登った山で最高の高さ)、ジャズ(ジャズCD所有数)、視力(視力の低さ)、交通事故歴(回数)、入院歴(日数)、住んでいるアパート(面積)という話題について質問した。例えばジャズならジャズCDを持っている枚数と誰がジャズCDを一番所有していると思うかを尋ねた。つまり、話題についての協力者自身の情報とその質問について最高値を持つ人に対する協力者の推測を紙に記入してもらった。
質問について最高値を持つ人を探すのにスクリーニングは全数調査なので集団の人数分コンタクトする必要がある。それに対してピラミッディングでは最高値を持つと回答者が推測した人を順にたどって最高値を持つ人を探す。ピラミッディングで節約されたコンタクト数を計算するには、最高値を持つ人にたどりつくまで何人の回答をたどればよいかを数え集団の人数と比べればよい。フォン・ヒッペルらは記入された回答をもとに、最初に回答を見る回答者をランダムに決めて最高値保持者までのルートをたどるシミュレーションを行った。
実験結果はピラミッディングのほうがスクリーニングよりも効率的だというものだった。スクリーニングに比べて10~40%、平均28.4%のコンタクト数で最高値保持者を探し出せたのである。
この実験では回答者への事前知識なしで最初の接触者を決めているが、実際の探索では目標人物を知っていそうな人から探索を始めるはずだ。だとすればより少ない努力で目標人物をつきとめることができるだろう。接触の結果、思いもよらなかった分野のリードユーザーを紹介してもらえることもあるだろう。さらに、目標人物の名声や回答者の話題に対する関心が高い場合もコンタクト数を削減できることが実験結果からわかっている。
こうしてユーザー間の関係を探索に活かすことでリードユーザーを効率的に見つけ出すことができる。リードユーザー発見の道はすでに開けているのだ。

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