ビジネススクール流知的武装講座 [266]

5つのシナリオで「軋む日本」復活へ

 
 

バブル崩壊以降、日本企業への高い信頼は、
裏切られたと言える。
経営を取り巻く環境の変化に言及しながら、
新たな日本的経営のシナリオを筆者は説く。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
text by Takeo Kikkawa
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。


平良 徹=図版作成

 
 


いつの間にか
「失われた20年」に突入した


 今回は、まず、自己批判から始めなければならない。
 バブル景気が崩壊してしばらく経った1995年3月に刊行された『日本経営史』(有斐閣、宮本又郎、阿部武司、宇田川勝、沢井実との共著)の「エピローグ」で筆者は、次のように書いた。

「このエピローグでは、日本企業が直面する諸問題をあえて強調してきたが、それでは、日本企業はこれらの問題を克服する力をもっているのだろうか。ここで注目したいのは、日本の企業が、戦後だけに限ってみても、敗戦と占領下の構造改革、貿易および資本の自由化、石油ショックなどの、さまざまな危機を乗り切ってきたことである。日本企業の危機突破能力、問題解決能力は相当に高い、と言うべきであろう」(332ページ)

 また、それから6カ月後に発表した論文(「日本の企業システムと高度成長」橋本寿朗編『 20世紀資本主義I 技術革新と生産システム』所収、東京大学出版会、95年9月)でも、日本の企業システムを「会社主義」と特徴づけたうえで、

「バブル経済が崩壊して以降の今日の日本では、企業のリストラクチャリングの必要性が声高に叫ばれ、会社主義と密接不可分の関係にある長期雇用制や年功制の根本的見直しを求める論調が強まっている。しかし、ここで見落としてはならないことは、会社主義が、危機対応能力に優れたシステムであることである。会社主義が経済成長に本格的に貢献するようになったのは、日本企業の内部に貿易・資本の自由化に対する危機感が広がった時期のことであった。日本の会社主義が国際的な注目を集めたのは、石油ショック後の世界的な資本主義の危機的状況下で、優れた対応能力を発揮したからであった。ポスト・バブルの今日、日本の多くの企業において、経営者と労働者を含めた全従業員が、強い危機感を共有しながら、企業の存続のためにリストラクチャリングに取り組んでいる姿は、上記の2つの危機を突破したときのことを想起させる。優れた危機対応能力のゆえに、会社主義の生命力は、意外と強靭なのではないか。二度あったことは、三度ありそうな気がする」(163~164ページ)

 という見解を示した。
 しかし、それから16年を経過した今日においても、大局的にみれば、日本企業が危機突破能力を発揮し、問題を解決したとは言えない。日本の実質経済成長率は、この20年間、低迷したままである(別図)。スイスのIMD(国際経営開発研究所)が毎年発表する国別国際競争力ランキングで92年まで1位を占めた日本は、その後順位を後退させ、最近では27位にまで下落している(2010年)。
 バブル崩壊後の90年代は日本にとっての「失われた10年」と呼ばれたが、それが、いつの間にか「失われた20年」となったというのが実情である。16年前の筆者の甘い見通しは外れたわけであり、本稿を自己批判から始めなければいけない理由は、ここにある。





日本経済失速の根本的な原因とは


 日本経済の低迷が20年も続いているのは、なぜだろうか。その根本的な原因は、日本的経営が機能不全を起こしていることに求めることができる。
 そもそも、日本的経営とは何なのだろうか。ここで思い出す必要があるのは、日本的経営の「三種の神器」として、終身雇用、年功制、企業別組合の三つの要素が、しばしば取り上げられることである。
「三種の神器」がいずれも労使関係にかかわる事柄であることは、労使関係が日本的経営の中心的な要素であることを、端的に物語っている。この点を考慮に入れれば、日本的経営とは、「協調的な労使関係を基盤にして、従業員利益の最大化をめざす経営」であると、言うことができる。

 日本の大企業のなかで、専門経営者が所有者に対して経営の主導権を握る経営者企業は、戦前には少数派にとどまっていたが、高度経済成長が始まる50年代半ばまでに主流を占めるにいたった。
 それからしばらくして、日本の大企業では、「企業は誰のものか」という問いに対して、経営者も従業員も「従業員のもの」と答えるようになった(その場合、経営者は、従業員の出世頭として、「従業員」の中に含まれるものとみなされた)。これは、同じ問いに対して「株主のもの」と答えるアメリカの状況や、「労働者のもの」と答える旧ソ連の状況とは、大いに異なるものであった。

「株主のもの」であるアメリカの企業の多くでは、専門経営者が、株価の上昇を至上命題とする株主の指令に従わざるをえなかったため、短期的な利益の追求に目を奪われて、長期的な視野に立つことができなかった。また、配当重視の利益処分を余儀なくされて、将来の投資のための内部留保を十分に行うこともできなかった。
 一方、「労働者のもの」である旧ソ連の企業では、労働者が、一人当たりの取り分の減少をおそれて、労働者数の増加、つまり企業の成長に反対した。また、企業間競争が存在しないため、労働者が新技術の導入に抵抗する傾向も強かった。

 これに対して、「従業員のもの」である経営者企業タイプの日本の大企業は、アメリカや旧ソ連の企業で作用したこれらの企業成長を妨げる要因から、自由でありえた。その結果、50年代半ばから80年代にかけての時期に日本的経営を実行する日本の経営者企業は、成長志向型の意思決定を繰り返し、日本経済が他国経済に比べて相対的な高成長をなしとげることに貢献した。
 経営者企業である日本の大企業は、60年代以降のアメリカで顕在化した「株主反革命」を株式相互持ち合いによる株主安定化などで阻止するとともに、旧ソ連型企業と異なって企業間競争に勝ち抜くための従業員間競争を効果的に組織した。
 こうして日本の経営者企業は、長期にわたる企業成長を達成し、その結果として、継続的な株価上昇と労働条件改善を実現することによって、株主利害と従業員利害を一致させることに成功したのである。

 ところが、90年代初頭にバブル経済が崩壊すると、日本的経営は機能不全を起こすにいたった。日本的経営が元気をなくすきっかけとなったのは、80年代まで日本的経営の中心的な担い手であった経営者企業である大企業が、すっかり自信を失い、「株主重視の経営」を前面に押し出すようになったことである。
 誤解を避けるために言えば、90年代以降の日本で、経営者企業である大企業が株主重視の姿勢をとること自体は、間違っていない。80年代後半から急速に進展した日本の資本市場の拡大と金融面でのグローバライゼーションによって、事業会社は資本市場から資金調達することを求められており、そのためには、株主重視の姿勢をとることが必要だからである。
 問題は、株主重視と短期的利益の追求とを同一視し、経営者企業タイプの大企業の多くが、日本的経営のメリットである長期的視野をもつことを忘れてしまったことにある。

 バブル経済崩壊後、経営者企業タイプの日本の大企業では、ROA(Return on Assets, 総資産利益率)やROE(Return on Equity, 株主資本利益率)を重視するアメリカ型企業経営への移行が盛んに追求された。90年代に「ニュー・エコノミー」を謳歌したアメリカでは、企業が積極的に投資を行い、A(Assets, 資産)やE(Equity, 株主資本)を増やしながら、それを上回る勢いでR(Return, 利益)を増大させて、ROAやROEの上昇を実現する戦略をとった。これとは対照的に、日本では、多くの経営者企業タイプの大企業が投資を抑制し、AやEを削減して、ROAやROEの上昇を図ろうとした。
 ROAやROEの上昇という同じ目標をめざしながらも、日米両国の企業は投資に対して正反対の姿勢をとったのであり、バブル経済崩壊後の日本では、「投資抑制メカニズム」とでも呼ぶべきものが、きわめて深刻に作用した。
 経営者企業タイプの日本企業では、企業本来の職務である投資を十分に行うことができない萎縮した経営者の姿と、投資抑制による企業の生き残りに対して積極的に協力する正社員従業員の姿とが、観察された。長期的な視野をもち必要な投資を的確に行うという日本的経営のメリットは、影をひそめたのである。

 バブル経済崩壊後の日本で、長期的な視野に立ち、必要な投資を的確に行ったのは、むしろ、所有者が経営の主導権を握る資本家企業のほうであった。成長局面から停滞局面への転換のなかで、バブル経済崩壊後の日本では、日本的経営の主たる担い手が、経営者企業から資本家企業へ、変化をとげたと言える。
 しかし、日本の大企業のなかで多数派を占めるのは、あくまで、経営者企業であって、資本家企業ではない。経営者企業において投資抑制メカニズムが克服され、長期的観点から必要な投資が的確に行われるようにならない限り、日本経済全体の再生はおぼつかない。その意味で、「失われた20年」から脱却し日本経済を再生させる鍵を握るのは、経営者企業における日本的経営の再構築なのである。


経済再生の鍵を握る「新型日本的経営」


 冒頭で紹介した『日本経営史』の改訂版(宮本・阿部・宇田川・沢井・橘川『日本経営史[新版]』有斐閣、07年)の「エピローグ」で明らかにしたように、90年代以降低迷する日本経済を再生させるためには、

 [1]事業会社が、エクイティ・ファイナンスのノウハウを身につけること。
 [2]金融ビジネスの改革を進め、(1)国際競争力をもつユニヴァーサル・バンクと、(2)きめ細かなモニタリング能力を発揮する優良地方銀行という、二本柱を確立すること。
 [3]製造業が、高付加価値化と結びつけて、国際分業を深化させること。
 [4]製造業とサービス業との新たな結合を実現すること。
 [5]市場に潜在する民需を顕在化させるサービスビジネスや流通ビジネスを開拓すること。

 という5つのシナリオを実現する必要がある。そして、そのためには、経営者企業が投資抑制メカニズムを克服し、日本的経営を再構築して長期的観点から投資を的確に行うことが求められる。

 日本的経営再構築の要諦は、[1]~[5]の再生シナリオに沿って成長戦略を明確にし、中長期的に株主利害(株価上昇)と従業員利害(待遇改善)とを一致させることにある。的確な投資が行われ企業が成長すれば、株価上昇と待遇改善が同時に達成され、株主利害と従業員利害とが対立することはなくなる。人口減少に転じた日本では成長戦略をとることは困難だとの見方もあるが、目を世界に広げ、事業をグローバル展開すれば、成長戦略をとることは大いに可能である。
 ただし、日本的経営の再構築は、もとの姿への単純な回帰であってはならない。従来からの長期雇用を維持する一方で、年功制については根本的に見直し実力主義を導入するなど、改革を断行する必要がある。
 日本的経営は、長期雇用と年功制が並存した「旧型日本的経営」から、長期雇用に重点をおき年功制には重きをおかない「新型日本的経営」へ、変身しなければならない。「新型日本的経営」をとる経営者企業が長期的観点から的確な投資を行い、事業をグローバル展開するようになったとき、日本経済の再生は真に達成される。本稿の冒頭で自己批判した筆者ではあるが、この際、もう一度、日本企業が投資抑制メカニズムを克服し、危機突破能力と問題解決能力を発揮することを期待したい。


 
 
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