職場の心理学 [262]

「元気作り、知恵絞り」
熱血工場長の声かけマジック

 
 

子ども用紙おむつブランドでシェア1位を誇る
花王「メリーズ」。1枚あたり何銭という単位の
価格競争にさらされるなか、工場長は、ボトム層から
革新のアイデアを出させる訓練を繰り返す。

 
 

ライター
大宮冬洋=文
text by Toyo Omiya
●おおみや・とうよう 1976年、埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒。ファーストリテイリングに入社。同社を退職後、編集プロダクションを経て2002年よりフリー。著書に『バブルの遺言』(廣済堂出版)など。

高橋常政=イラストレーション
永井 浩=撮影

 
 

尊敬できるリーダーは、
いつもニコニコしていた


 中距離走ができそうな広々として清潔な空間に長大な機械群が横たわっている。人影はまばらだ。何十メートルも一直線に延びる機械の内部をのぞくと、白っぽいものが目で追えないほどの速さで移動していく。1分間に数百枚もの紙おむつが全自動で生産されているのだ。機械の運行を管理するのはわずか数名である。

 ここは栃木県宇都宮市。駅から車で40分ほど内陸に入ったところに、生理用品「ロリエ」と紙おむつ「メリーズ」などのサニタリー商品を生産する栃木工場の敷地が広がっている。1975年、花王の6番目の工場として設立された。現在、生産に携わるのは500人。研究開発も含めると約1000人が所属している。さきほど見た数名は生産ラインの一つを担当しているにすぎないのだろう。交代勤務を計算に入れても、ラインの多さと工場の大きさが推察される。

 工場長は山下博之(51歳)。大柄ではないのに「大きい」という印象を受ける。声が大きいのだ。そして、常に役者のような笑顔を浮かべている。話しかけやすさに誘われて、「タレントのせんだみつおに少し似ていますね」と言ってしまった。
「そう? そんなことを言われたのは初めてだけどなあ。ナハ、ナハッ!」
 その場でモノマネしてくれる関西人の山下。ノリがいい。営業出身かと思わせるが、生粋の技術屋だ。大学院で流体力学を学んだ後に花王に入社。和歌山工場(和歌山県和歌山市)では「アタックマイクロ粒子」開発のプロジェクトリーダーを務めた。技術部長などを経て、洗顔料「ビオレ」や入浴剤「バブ」を生産する酒田工場(山形県酒田市)の工場長に就任。栃木工場に来たのは昨年10月である。

花王 ヒューマンヘルスケア SCMセンター長 兼 栃木工場長
山下博之
Hiroyuki Yamashita。
●1959年、大阪府生まれ。85年広島大学大学院工学研究科博士課程前期を修了。同年花王入社。17年間「アタック」などの粉体プロセス等の研究開発に従事。生産技術部門の技術部長、酒田工場長を経て、2010年10月から現職。

「リーダーは元気なほうがいい。僕が出会ってきた尊敬できるリーダーたちは、いつ見てもニコニコしていました。眉間にしわを寄せているような人では話しかけにくいですからね。でも、休日は家でグッタリと横になっていることもありますよ」
 グッタリしすぎて家族には「トドさん」と呼ばれていると明かす山下。会社では工場長、自宅ではアシカの一種なのだ。元気のよさと話しかけやすさは、リーダーの役割として意識的に実行している。例えば、大きな声での挨拶は、単に現場を活気づけるだけではなく、体調管理のバロメーターとして利用しているという。
「心身に不調がある人は信号を発しているものです。こちらから声をかけるとわかりますよ。いつも明るく挨拶を返してくれる人が、目を見て返してくれなかったり、聞き取れないほど小さな声になったりしたら要注意。体調を崩している、もしくは仕事への自信を失っているかもしれません」
 そのために、山下は会議だらけのスケジュールの合間を縫って、工場内をヒョコヒョコと歩き回って声をかける。危険信号を発見したら、ミドルマネジャーに注意するように伝えておく。

 栃木工場での話ではないが、山下自身が元気のないメンバーと一緒に飲みにいくこともあった。目立たぬように、そのメンバーだけではなく、チームメンバー全員を誘う。「バカ話」をしながら、悩みを少しずつ聞き出す。
「プライベートな悩みなら、年上としてのヒントを言うぐらいで極力入り込まないようにしています。会社の管轄外だからです。でも、仕事の悩みならば僕の力で何とかなります」

 山下が提示する解決法は、「原点とゴールを俯瞰して見つめ直す」ことだ。自分がはまり込んでいる場所にとらわれるのではなく、出発点と目標をもう一度確認すると、とるべき道が見えてくる。それでも、どの道を行ったらいいのかと迷っているならば、間違ってもいいから一つの道を行ってみろ、と伝える。チャレンジして失敗するのは一向にかまわない。しかし、目標が定まっていなければ人は前に進めない。あなたは確かにゴールに向かっているよ、と山下が背中を押してやるのだ。
「『えっ、本当にやっていいんですか?』と聞かれたら、『やってみろ。試してみろよ』と言うんですよ」

 当初の役者っぽい笑顔の下から、心底嬉しそうな表情をのぞかせる山下。革新へのチャレンジは、花王の企業理念である「絶えざる革新」にもつながる。サニタリー商品は日用消耗品のため、厳しい価格競争にさらされている。高付加価値で低コストの商品を設計するのは研究開発スタッフの仕事だが、ロスを減らして生産性を上げることは山下たち工場現場に携わる者の役目だ。

 機械が止まって対応に追われ、欠陥品の廃棄などが生じるたびに人件費と原材料費のロスが発生する。また、一つのラインでできるだけ多くの製品を作れるように工夫せねばならない。もし別のラインを建設することになれば、膨大な時間と金がかかってしまう。
 紙おむつ1枚あたり何銭という単位でコストダウンして勝負している、と山下は厳しい表情になる。日々の改善と革新がなければ、たちまち競合他社に敗れ去ってしまうだろう。
 製品の改良があるたびに、機械の調整などの工夫も必要だ。試行錯誤をして、またハイレベルな生産性にまで引き上げていく。部品の一つひとつ、流れるスピード一つひとつに歴代の工場メンバーの「絶えざる革新」が込められているのだ。


下からの提案には、
即決即行で対応していく


 では、栃木工場では新米工場長である山下は、どのようにして全員が「知恵を絞る」仕組みを確立し、革新のスピードを上げていこうとしているのか。
 会社の全体方針を受けて、工場の使命とビジョンを策定して、数値目標を明確にする。ここまでのトップダウンの仕事を終えたら、次は「ミドルアップ」だ。ミドルマネジメント層にプロジェクトごとのリーダーになってもらい、目標を決めて達成してもらう。ミドルが活性化すると、組織はある程度動き出す。

 以上は、どこのリーダーでも実践していることだろう。問題はミドルの下にいるメンバー層に主体的に動いてもらうための仕組みづくりだ
「提案型のメンバーにすることが大切です。現場に顔を出したときに提案を募っていますよ。『設備の具合はどうや。どのへんで困ってんねん。今度、改善案をまとめて俺のところに持ってこんか』とね」
 提案されたら、YESとNOをすぐに出す。よければ「いいな、やろう」と即実行を促す。「お金がかかりますけど」と言われても「かまへん。やれ」。提案内容が不十分ならば「ここをもういっぺん考え直せ」と指示。いずれにしても即決即行である。

 先述の「現場での声かけ」は、体調チェックという守りの目的だけではなく、ボトムアップでメンバー層から提案を引き出すという攻めの目的を併せ持っているのだ。


工場長のカミナリが
落ちるとき


 ただし、「何か提案しろ」と促すだけでは、すでにやる気があるメンバーをさらに提案型にするだけに終わりがちだ。どうすればいいのか。山下は「工場につきもののトラブルがよき提案機会になる」と明かす。

 例えば、工場内設備のエア漏れ個所が多すぎるという課題が持ち上がったとする。議論の場を設けると、「設備が一番静かなときにみんなで工場を回ってシューという音を探す」という素朴なアイデアが出る。山下はこう返す。
「そやな。でも、いったいどれだけ漏れているのかわかっているのか? どこでどれだけ漏れているのかが一発でわかるような仕組みをつくろう」


写真は、梱包されたメリーズが流れてくる最後の工程。山下は現場から様々な意見を吸い上げる。

 思考停止でしらみつぶしに探すのではなく、全体像と根本原因を明らかにして、予知・予防にまでつなげる。ここまで目標を高くすれば、メンバーは嫌でも頭をフル回転させねばならない。
「上っ面だけの対策を持ってくれば全部はねます。もっと知恵を絞れ、と。二度と起こさないためにどうすればいいのか。仮説を立てて実証できれば、モヤモヤがスッキリして自信がつきますよ。これを繰り返せば提案型のメンバーになっていく。そのためにわざと議論の時間を設けています」

 よき提案をするコツは、「テーブルの真ん中で仕事をする」姿勢だという。生産現場では、材料や設備などの「条件」が日々少しずつ変わっていく。ぎりぎりのところで仕事をしていると、少しの変化によって、不具合が発生してしまう。だから一番安全な場所、つまり「テーブルのど真ん中」に仕事を持っていく必要がある。
 何も考えずに、「現状が一番いい場所だ」と思い込んで仕事をこなしていると、やがて山下の雷が落ちる。
「その場所を見つけ出すのがおまえの仕事や。これがテーブルの真ん中です、と言い切れるようなデータを揃えて持ってこい!」

 山下が要求する水準の提案をするためには、生産の原理・原則を理解して、担当現場の設備を知り尽くす必要がある。容易なことではない。不慣れなメンバーはプレッシャーを感じるだろう。だからこそ、山下は「人間性は絶対に否定しない」と決めている。
「僕は技術の話になるとつい熱くなるので、『おまえな、ここはこの技術を使ってみるのも一案だろ!』なんて机をバンバン叩いてしまうこともあります。でも、『おまえはバカだ』とは言いません。人間を否定して人間が育つはずがないからです。何でや何でやと辛抱強く問い続けて、メンバーの頭を回させることが大事だと思っています」

 知恵を絞れ、思考を止めるな。山下が繰り返すキーワードである。人間はともすると思考停止になりがちだ。そのほうが楽だから。しかし、「頭を使わない改善・革新」などありえない。
「純粋に技術の議論だったら、否定から入ってもいいんです。技術部長時代は、新商品が出た途端に『よし、みんなでこの商品の悪いところを探そうぜ』なんてやってましたよ。こうすると技術屋の思考は止まらないんです。でも、ヒューマンマネジメントは違う。今まで自分たちがやってきたやり方を否定されて嬉しい人はいないでしょう」

 確かに、新しいリーダーが急に乗り込んできて、今まで自分たちが培ってきたものを否定したりしたら、仮にそれが正しくても心理的に反発するだろう。メンバーは提案どころか停滞する。酒田でも栃木でも、工場長に就任したときに山下は語りかけた。「この工場で変えちゃいけないところだけ教えてくれ。あとは一歩ずつみんなで変えていこう」と。やっていくうちに、「不変」だと思っていた部分も変えるべきだと、気づくかもしれない。リーダーに忍耐力が求められる局面だろう。
「こんなに大所帯で、一度に全員を納得させるのは無理です。最初は少しずつ元気な仲間を増やしていきます。例えば、10人中2人でも元気になると、チーム全体が元気になるでしょう。次第にそのスピードは加速していく」

 研究開発出身らしい語法で、笑いながら説明してくれる山下。入社して25年。小さな改善努力を5年、10年とコツコツ積み重ねることが大きなイノベーションにつながる事例をいくつも目の当たりにしてきた。だからこそ、確信を持って粘れる。メンバー全員が知恵を絞る工場をつくり上げるために。「絶えざる革新」を、山下は今日も大きな声と笑顔で支えている。

(文中敬称略)


 
 
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