ビジネススクール流知的武装講座 [262]

2011年、動乱!「国際通貨」の読み方

 
 

年明けに開かれたアメリカ経済学会では、金融危機と、
各国際通貨について様々なセッションが行われた。
識者が各通貨の現状と課題をどのように見ているのか、
筆者が、独自の見解も含めて報告する。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
小川英治=文
text by Eiji Ogawa
1957年、北海道生まれ。一橋大学商学部卒業、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得、商学博士。88年より同大学商学部勤務。ハーバード大学(86~88年)、カリフォルニア大学バークレー校(92~93年)でvisiting scholar。著書・訳書に『国際通貨システムの安定性』『金融経済入門』『金融リスク管理戦略』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 

今年のアメリカ経済学会のテーマとは


 毎年、お正月明けにアメリカの主要都市でアメリカ経済学会の年次総会が開催される。今年は、昨年のアトランタに続いて、ロッキー山脈の麓にあるデンバーで開催された。本来は、厳しい寒さで知られているデンバーではあるが、着いたときは春のように暖かく、東京のほうがずっと寒いとデンバーの気候を甘く見たものの、帰国の日、早朝より激しい雪が降り積もった。ロサンジェルスまでのフライトは、機体に薬剤を吹き付けて、降り積もった雪を溶かしたうえでの出発であった。また、トランジットのロサンジェルスも寒空に下にあった。偏西風が蛇行しているせいか、昨年暮れからのヨーロッパでの大寒波とともに、アメリカにも寒波が襲っていた。それは、まるで金融危機が欧米を襲ったかのようである。

 今年のアメリカ経済学会では、2007年から08年にかけて経験した世界金融危機に関連したテーマの下で研究成果が報告されるセッションが多数、見られた。金融危機の発生原因、金融危機の世界伝播、金融危機の下での金融政策などである。とりわけ、金融危機に対応して連邦準備銀行が量的金融緩和第二弾、いわゆるQE2(Quantitative Easing 2)を行い、これまでの金利を政策手段とする伝統的金融政策から非伝統的金融政策への変換、それに伴う連邦準備銀行のバランスシート上の資産サイドの構成要素の大きな変化を含めて、その非伝統的金融政策の効果に関する報告が散見された。また、「金融政策の将来」と題されたセッションにおいては、シカゴ連邦準備銀行や欧州中央銀行とともに日本銀行から西村清彦副総裁が、日本の人口高齢化の下でのバランスシート調整の問題について講演され、高齢化による無形の人的資本の減少が日本経済の成長率を低迷させているという認識の下に、日本銀行の「成長基盤強化を支援するための資金供給」を中心に金融政策運営を説明された。
 筆者が最も関心を持っている国際通貨体制に関しても、いくつかのセッションが設けられていた。なかでも、「ドル、ユーロ、元と国際通貨制度」や「ユーロは生き残れるか?」というテーマの付けられたセッションでは、大変興味深い報告と議論が行われた。


ドル、ユーロ、元の間に
起きているミスアライメント


 「ドル、ユーロ、元と国際通貨制度」をテーマにしたセッションでは、フェルドシュタイン(ハーバード大学)やケネン(プリンストン大学)やマッキノン(スタンフォード大学)といったアメリカ経済学界の大御所がそれぞれに国際通貨体制に関する見解を披露した。昨今の世界金融危機と世界同時不況、そして、これらに先行して問題視されていたグローバル・インバランスのなか、世界の主要通貨、ドル、ユーロ、元(そして円)のそれぞれの為替相場のボラティリティ(変動性)が高まると同時に、これらの通貨間のミスアライメント(ファンダメンタルズ水準からの大きな乖離)が起こっている。07年以降のサブプライム・ローン問題、リーマン・ショック、そして世界同時不況のなか、連邦準備銀行、欧州中央銀行、日本銀行など主要国の中央銀行が、タイミングを同じくせずして金融緩和政策、さらには量的金融緩和を採用したことによって、あたかも通貨安競争をしているかのように、ドルやユーロの通貨安が波状的に引き起こされ、一方で、円が独歩高となっている。また、そのことがこれらの通貨間の為替相場を乱高下させるだけではなく、中国人民銀行による、減価傾向にあるドルに元を固定させたり、ある程度の安定性を確保する外国為替市場への介入が行われたことも相俟って、元も含めて、これらの通貨間のミスアライメントが起こっている。

 このような通貨間のミスアライメントがグローバル・インバランスにもつながっているという認識の下に、フェルドシュタインは、元の実質為替相場の調整の必要性を説いている。実質為替相場に対する輸出・輸入の反応度が本当に高いのかという弾力性に対する悲観的な見方もあるものの、元の実質為替相場の調整によって中国の貿易不均衡、さらには、グローバル・インバランスが是正されよう。実質為替相場は、名目為替相場を中国の物価と貿易相手国の物価でデフレートしたものであるから、名目為替相場に直接的に働きかけて実質為替相場を調整するか、あるいは、名目為替相場を固定させているのであれば、外国為替市場への介入の結果として国内の貨幣供給量が増大し、それによって国内の物価が上昇して、実質為替相場を調整するしかない。現在、中国政府と中国人民銀行は、後者の選択肢を選んでいるため、昨年後半より、中国におけるインフレ率が急上昇した。

 一方、マッキノンは、世界各国が事実上のドル本位制を実施することによって、すなわち、世界の通貨当局が自国通貨をドルに固定させることによって、ドルに対する為替相場の安定化とともに、ドル以外の通貨間の為替相場の安定化が図られてきたとして、事実上のドル本位制を評価した。とりわけ、アジアにおいては、ブレトンウッズ体制崩壊以降も事実上のドル本位制が続いていたことを指摘している。それに対して、アジア各国が、貿易相手国の構造的変化(対アメリカ中心の貿易構造から生産ネットワーク確立のなかでのアジア域内貿易の重要性の高まり)が起こりつつあったにもかかわらず、事実上のドル本位制を続けてきたために、1997年にアジア通貨危機に陥ったというのは、有名な話である。

 そのマッキノンが、「愛されないドル本位制(unloved dollar standard)」と称して、世界全体がドル本位制から離れたがっていることを指摘している。アメリカ人は、ドル本位制の下でアメリカ以外の国々がドルにそれぞれの通貨を固定する一方、N-(マイナス)1問題(N個の通貨があれば、為替相場はN-1個しかない)からアメリカは為替相場を直接にコントロールすることができないことにより、ドル本位制を問題視している。一方において、アメリカ以外の国々は、ドル本位制の下で、野放図なアメリカの金融政策に世界経済が振り回されることに辟易している。そして現在のアメリカの金融政策、いわゆるQE2は、連邦準備銀行から供給されている過剰な資金が中国などの新興市場国に大量に流れ込んでいて、新興市場国においてインフレや資産バブルを引き起こしているとして、アメリカ政府への批判を強めている。一方で、この批判に対して、中国などが依然としてドルに対して通貨を過小評価させているために、外国為替市場に介入していることによる外貨準備残高・貨幣供給量の急増がインフレや資産バブルを引き起こしているのであって、問題は、事実上のドル・ペッグを続ける新興市場国側にあるという反論もある。このように「愛されないドル本位制」ではあるが、失うには高価であり、ドル本位制には慣性の法則が働いているために、ほかに置き換わるのが難しいとマッキノンは論じ、アメリカの金融政策の「カイゼン」を求めた。

 このセッションでは、彼らの報告のなかで円に関しての言及もあったので、日本人の筆者としては、このセッションのテーマとしては、「ドル、ユーロ、元と国際通貨制度」ではなく、「ドル、ユーロ、円、元と国際通貨制度」としてほしかったところではある。が、国際通貨制度のなかにおける元の台頭に、経済学者のみならず世界が注目している現在の状況が反映されセッションのテーマとなっているのであろう。現状においては、中国政府は厳しい外国為替管理や資本管理を維持していることから、元の国際通貨としての使い勝手の悪さのために、元の国際化、さらには、国際通貨体制における元の役割はごくごく限定されたものとならざるをえない。むしろ、中国政府は、国際通貨体制における基軸通貨としてのSDR(IMFの特別引出権)の可能性に注目している。しかし、SDRは、IMFへの拠出金の表示通貨でしかなく、バーチャルな通貨でしかないために、SDRを国際通貨として流通させることは非現実的であることが指摘されている。


ユーロが生き残るための
方策はあるのか


 最後に、ユーロはどうだろうか?
「ユーロは生き残れるか?」というテーマのセッションでは、09年に始まったギリシャ財政危機、そして、10年に起こったアイルランド金融危機の影響を受けたユーロの混乱から、「ユーロは生き残れるか?」という問いに報告者が答える形で進められた。結論から言うと、すべての報告者が「YES!」と答える、楽観的な見方が披露されていた。

 前述した国際通貨体制との関連においては、ユーロは、国際通貨体制の多様化のために有用であるという見解が示され、ドルに次ぐ第二の基軸通貨として依然として期待されている。また、ユーロの崩壊の可能性は5%にすぎないが、もしユーロが崩壊すれば、国際通貨体制それ自体も崩壊するという見解も示されていた。さらには、GIPS(ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン)がユーロ圏に留まることによってユーロ崩壊が克服される。そして、長期的には国際競争力を高めるために経済の構造改革が必要とされるとともに、短期的には危機国の債務リストラ(債務負担を額面から減額するという、いわゆるヘアカット)の必要性を説く意見もあった。ただし、筆者が以前にプレジデント誌で指摘したように、債務リストラは、危機国の債務負担を小さくして、財政危機からの立ち直りにはプラスであるものの、類似の財政危機の火種を抱えている他の国へ伝染させるという、諸刃の剣となる可能性がある。

 これらの議論のなかで、マーストリヒト条約の下のユーロ導入の経済収斂条件が危機国の危機をさらに深刻化させるというプロ・サイクリカルなものであるという指摘もあり、経済収斂条件を緩和すべきとする意見もあった。さらには、現状においては、通貨主権の統合がなされているものの、財政主権の統合がなされていないことから、共通財政政策や共通ユーロ債の必要性と可能性についても論じられていた。これらの主張は、共通通貨ユーロの生き残り策として傾聴に値するものであるが、そもそもギリシャのように当初よりユーロ導入の経済収斂条件を満たしていなかったことを考慮に入れると、最適通貨圏の理論からユーロ圏を拡大しすぎたのではないかという疑問は残る。

 
 
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