ビジネススクール流知的武装講座 [261]

新商売を当てるには
どの顧客の声を聞くべきか

 
 

企業にアイデアをもたらしてくれる、「消費者イノベーション」。
革新的なアイデアに出合うために、企業が探すべき顧客とは──。

 
 

神戸大学大学院経営学研究科 教授
小川 進=文
text by Susumu Ogawa
1964年、兵庫県生まれ。神戸大学経営学部卒業、同大学大学院経営学研究科博士課程前期修了。神戸大学経営学部助手、助教授を経て、マサチューセッツ工科大学にて経営学博士取得。帰国後、神戸大学経営学部にて商学博士を取得し2003年より教授。著書に『イノベーションの発生論理』『競争的共創論』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 

「デコクロ」は消費者
イノベーションと言えるのか


 前回はゼロから製品を作ったり、既製品に手を加えて改良する創造活動を行う消費者が無視できないほど存在し、英国では消費財メーカーが投入している研究開発費の約2.3倍の金額をそうした創造活動のために使っていることを紹介した。しかもそこで生み出された製品の多くが本人が使うレベルにとどまっており、企業の製品案として採用され製品イノベーションへと結実していることは非常に少ないということだった。
 前回の記事を読んだ人から質問を受けた。自分の身の回りのできごとが消費者イノベーションと呼べるのか、というものだ。例えばユニクロの服にワッペンをつけて自分なりの個性を表現しようとするデコクロ(真相は不明だがユニクロをデコレーションするというところから名前がきたらしい)。こうした既製品に手を加えて自分仕様にしているのは消費者イノベーションにあたるのかという質問だった。

 こうした質問が浮かぶのは仕方のないことだ。質問者はたぶん、消費者イノベーションを一目見れば、その革新性や潜在市場の大きさがはっきりとわかると思ったのだろう。しかし、一目でそれとわかるなら経営者や開発担当者が見落とすわけがない。
 デコクロを例にとれば、製品イノベーションに結実するまでの道のりは長い。試しに消費者イノベーションに至る連鎖を想像してみよう。ある日、街を歩いていると自分と同じユニクロのダウンジャケットを着ている人を数人、見かけた。ちょっと嫌だなと思ったある消費者はユザワヤに行って洋服などに簡単につけることができるワッペンを購入。それをダウンにつけて着るようにした。そうした自分流の工夫をしている消費者を見かけた別の消費者が自分も同じようにユニクロのアウターの売れ筋商品にワッペンをつけて着るようになる。そうした消費者が増えていることにユニクロやユザワヤ、ワッペン・メーカーが気づき、デコクロ用商品を開発、販売するようになる。そしてデコクロ商品としてヒットする服やワッペンが生まれる。こうした展開になれば確かに、もともとユニクロの服にワッペンをつけたものは消費者イノベーションと呼ぶことができるだろう。


どうすれば
革新的消費者に出会えるか


 ユニクロ商品は多くの消費者が購入すること(少品種大量生産が可能であること)と引き換えに手頃な購入価格を実現している。機能と価格のそうしたバランスに魅力を感じ消費者は商品を購入している。他方で自分と全く同じ服を着ている人と街で出会いたくないとも消費者は思う。ユニクロ商品に関するこうした矛盾を解決するため、消費者は自分が気にいったワッペンをユニクロ商品に組み合わせて着こなすという工夫をしているのだ。
 こうした消費者の創造・改良品の背後にある問題や消費者心理、解決方法が示す方向性を嗅ぎわけることが潜在的消費者イノベーションを発掘するには必要だ。しかも前回指摘したように消費者の創造・改良品はモノづくりのプロであるメーカーからすれば品質や製品の完成度の点で不備が目立つオモチャにしか見えない場合が多い。そうしたオモチャの中に製品イノベーションの胎動を透視していかなくてはならない。消費者イノベーションを初期の段階で見分けることは容易な作業ではないのだ。

 メーカーが気づかない間に製品の創造や改良を行っている消費者が無視できないほどの規模で存在するといっても全体に対する割合で見れば(国ごとにその数字は異なるが)10%に満たない。メーカーの開発担当者に取材をすると「消費者からの開発案で目を見張るものが出てくることはほとんどない」という声が多い。もし開発担当者が耳を傾けている消費者が、実は製品に対してあたり障りのない意見しか持たない9割強の消費者だとすれば、そうなるのは当然のことかもしれない。
 開発担当者をはっとさせるアイデアを持つ、わずか数%の創造的消費者と出会うにはそれなりの工夫が必要だ。そうでないと革新的消費者に偶然遭遇するのを期待するのは広大な野原で四つ葉のクローバーにめぐり合うのを待つのと似た状況になってしまう。

 では、イノベーションを行っている消費者を発見し協力を引き出すための何らかの接近法や仕組みはあるのだろうか。こうした問いに対して、近年のユーザーイノベーション研究は一つの手掛かりを与えてくれるヒントを用意してくれている。
 実は、ある特徴を持った特定のユーザーがイノベーションを行っている傾向があることがわかっている。そうしたユーザーはリードユーザー(Lead User)と呼ばれ、次の二つの特徴を持っている。一つがその市場の多数のユーザーがやがて直面する新しいニーズに先行して直面していること、もう一つが、その新しいニーズに対して解決手段を提供するイノベーションを実現することで大きな便益の獲得を期待できることである。

 例を通してリードユーザーの具体的姿を思い浮かべてみよう。例えば、毎日、膨大な数の名刺を交換する有名実業家が名刺を管理するためデジタルカメラの活用を考えているとしよう。この実業家は時間制約が厳しい中、日々増加する重要書類群をITでいかに効率的に管理するかという課題に、一般の人々よりも一足先に直面しているといえる。そうした状況で、もしデジタルカメラに名刺管理機能を組み込むイノベーションを行うことができれば、彼は簡便に名刺情報を記録、蓄積、整理、更新、そして検索できるようになる。時間の効率的利用という点で大きな便益を受けることができるのである。このように、この実業家はニーズの先行性、期待便益の大きさというリードユーザーとしての二つの条件を満たしている。つまり、名刺(書類)管理ツール市場におけるリードユーザーだということができるのである。

 リードユーザーを発見するための一つのアプローチは標的とする市場の最先端に注目するというものである。例えば自動車メーカーが新しいブレーキ・システムの設計に取り組む場合、F1レーシング・チームの高性能ブレーキを求めるグループに注目するというのが一つの例である。もう一つのアプローチは自分たちと似ている市場の最先端やそこで極端な課題に直面しているユーザーに注目するというものである。自動車メーカーの例で言えば、高速で飛行してきた戦闘機を海上の航空母艦にオーバーランさせることなく精度高く停止させる方法を探っている軍に注目するといった例が考えられる。


米国の製薬会社に利益をもたらす
「リードユーザー」とは


 こうした視点を習得すると様々な市場におけるリードユーザーを特定しやすくなる。例えばスポーツ用品市場で言えば、五輪競技の金メダル候補者がリードユーザーになるだろう。実際、例えばマラソン選手や競泳選手は少しでも速く走ったり、泳ぐためシューズや水着などの競技道具を新たに開発してもらったり、改良を加えてもらったりしている。こうした選手はスポーツ用品メーカーにとってのリードユーザーと呼ぶことができるだろう。
 ほかにもダイエット食品市場という観点からするとプロボクサーがリードユーザーになるかもしれない。プロボクサーは一定以下に体重を維持する一方で強靭な体格をつくるため栄養を取る必要がある。健康的に体重を維持したいと思っている人やメタボ対策や予防を意識する人々にとっての問題を先取りしていると言えなくもない。しかも試合に勝ち抜き、チャンピオンになれば、ボクサーは巨額のファイトマネーを手にすることができる。このようにニーズの先行性、期待便益の大きさという点でプロボクサーは健康食品市場のリードユーザーの資格を有しているといえるのである。

 リードユーザーという特定のユーザーがイノベーションを行う傾向がある。だとすれば、リードユーザーを積極的に製品開発活動に組み込むことで製品イノベーションの機会を豊富にできるはずである。超多忙な実業家の名刺管理術、F1レーシング・チームや軍隊が取り組む安全な急停止技術、五輪で金メダルを狙う選手の競技用道具、減量に励むプロボクシング・チャンピオンの調理や食事上の工夫。こうしたものの中に企業にとっての製品イノベーションの種が潜んでいる可能性があるのである。
 実際、東京大学名誉教授の宇沢弘文氏によると、米国の製薬会社は次のようにしてリードユーザーを見つけ出し、その行動を参考にして多くの新薬を開発しているという(日本経済新聞社編「資本主義の未来を問う」日本経済新聞社、2005年)。まず、製薬会社はアマゾンの熱帯雨林に住む少数民族の長老などを訪ね伝統的に受け継がれてきた医療技術の聞き取りを行う。長老の中には一人で5000種類に及ぶ治療法を知っている人もいるという。製薬会社にとってこうした長老たちがリードユーザーにあたる。製薬会社はそこで得たサンプルを持ち帰り、それを化学分析し、人工合成し、新薬として売り出す。そうした各社の努力の結果、現在、多くの米製薬会社の利益のかなりの部分がこうした方法で開発した新薬からのものになっているという。このようにして、米製薬会社はまさにリードユーザーを新薬開発に組み込むことで製品イノベーションを行い、利益を獲得しているのである。

 こうしたリードユーザーを活用する手法によって高い販売成果を実現する製品を開発できることは科学的にも明らかになってきている。例えば、MITのエリック・フォン・ヒッペル教授を中心とするチームが行った3Mの製品開発を対象とした調査は、リードユーザーを活用して開発した製品のほうが従来の市場調査を使った製品よりも新規性と独自性が高く、販売実績も二倍以上になることを明らかにしている。

 紙幅がつきたので今回はここで筆をおくことにしよう。次回もリードユーザーを活用する手法を含んだ消費者の創造活動を企業が取り込む活動について紹介していく。消費者は個人としてイノベーションを行う場合もあれば集団としてそれを行う場合もある。そんな現象や背後にある論理についても紹介することにしよう。

 
 
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