ビジネススクール流知的武装講座 [260]

日本に「モチベーション3.0」が根づかない理由

 
 

ハーツバーグの流れを組んで、ダニエル・ピンクが
編み出した「モチベーション3.0論」。
今、日本の職場では、ダニエル・ピンクの論に反する
現象が起こっており、それは
労働環境の危機につながる、と筆者は説く。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博=文
text by Motohiro Morishima
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。
著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 

 今、気になっていることがある。
 複数の調査結果を見ると、働く人のモチベーションの源泉が、ダニエル・ピンクの言ういわゆる3.0レベルから2.0レベルへと回帰しているように思えるのである。別の言い方をすれば、働く人のモチベーションの源泉として、フレデリック・ハーツバーグの考えた、いわゆる衛生要因が挙げられることが多いのである。

 ハーツバーグは、1960年代に米国ピッツバーグ市で、多数の働く人にインタビュー調査を行い、「達成」「承認」「仕事そのもの」「責任」「昇進」などがモチベーションを向上させ、「会社の方針と管理」「監督」「監督者との関係」「労働条件」「給与」「同僚との関係」などの欠如や悪化がモチベーションを下げていることを発見したのである。これに基づき、ハーツバーグは、モチベーションを上げる効果のある要因を「動機付け要因」、反対に下げる影響を与える要因を「衛生要因」と呼んだのである。いわゆるモチベーションの二要因理論である。

 最近話題に上ることの多い、ダニエル・ピンクの「モチベーション3.0論」は、ある意味では、ハーツバーグらのこうした議論をさらに発展させたものである。彼は、「モチベーション 1.0」は「生存や安心に基づく動機づけ」、「モチベーション 2.0」は「アメとムチに駆り立てられる動機づけ」だと定義し、内面から湧き出るやる気に基づく
「モチベーション3.0」こそが、創造性を要する高度な知的業務に携わる現代の労働者には、重要な「やる気」の源泉だと主張する。

 だが、最近、この仮説に反する結果が見られるようになった。例えば、図1を参照してほしい。この結果は、私が参加して、本誌が、2010年の5月3日号で行った「働きがいのある会社」アンケートの結果であり、「あなたが働くモチベーションは何ですか」という問いに対して、全体で54%が、「給料」だと答えているのである。
 サンプルは、働く人2014人。正社員、非正社員などバラエティに富んだ対象サンプルであり、内訳は正社員が78%であり、現在の労働市場の状況をおおよそ反映した対象者である。
 逆に、「仕事自体の面白さ」や「自分の成長を実感すること」などの、しばしば真のやる気の源泉だと考えられている要素を挙げた割合は、役員・経営者層を除くと、3割程度である。モチベーション3.0派から見ると、驚くべき内容なのである。仕事の面白さや、成長などではなく、お金によって働くモチベーションを感じる人が、(役員・経営者層を除くと)圧倒的に多い。この事実をどう評価するか。




若手・中堅社員の意識・価値観の変化とは


 さらに、ほかの調査結果を見てほしい。図2は、私がしばしばこのコラムで取り上げる愛知県経営者協会が、10年6月に発表した「新時代における『働きがい』とは~中堅・若手層は仕事に何を求めているのか~」という報告書からの抜粋である。例年どおり愛知経協の研究報告書は視点が鋭い。
 正直に言って、私は、この結果を見て、身がすくんでしまった。モチベーションという観点から見て、今の中堅・若手層が重視する項目の上位にくるのは、単純に、自分を見ていてくれる上司や、その上司からの褒め言葉、さらには、業務目的や自らの役割分担が明確になっていることなのである。

 具体的には、図2は「働きがいという観点から見て、あなたが重視する項目」を聞かれた場合の順位である。さすがに、第1位は、「仕事を通じて自分の成長につながることを学びたい」という項目で、約68%が選択している。ピンク仮説は健全のように思える。
 だが、第2位になると、「多少厳しくても自分のことを考えてくれる上司と仕事がしたい」で約54%、第3位が「業務の取組み姿勢や成果を褒められたい」で約43%、第4位が「業務目的や自身の役割分担が明確な状態で仕事をしたい」で約42%である。そして、第5位に、ほぼ同率の約42%で、「賃金・賞与や福利厚生が充実した会社で働きたい」がくる。




 これらの項目は、モチベーション2.0要因であり、衛生要因である。給料、賃金や賞与などは、とても明確に2.0レベルだし、上司からの指示や承認、明確な役割設定などは、ピンク流に言えば、働く人に外から与えられるモチベーションであり、自律的な働き方が重視される知的労働者のモチベーションには、マイナスのインパクトがある要素であるとされる。同じように、ハーツバーグ流に考えれば、いい上司に恵まれることや、明確な業務目的や役割などは、衛生要因に入り、本来はモチベーションを下げることはあっても、高める要素ではないと主張される項目である。

 また、もっと直感的に、愛知経協調査で、中堅・若手層が、「多少厳しくても自分のことを考えてくれる上司」や「業務の取り組み姿勢や成果を褒められたい」などの項目を、働きがいの重視項目として挙げていることが、私には驚きだった。本来の仕事を通じての達成感や、成長感などの要素は、いったいどこにいったのであろうか。職場では、基礎的であるこうした要素さえ、十分に与えられていないのか……。不安さえ覚える結果である。
 明らかに、愛知経協の調査からは、中堅・若手層のモチベーションの源泉が、上司から与えられるものや承認、曖昧でない役割設定や目的の明確化や賃金・賞与などの金銭面にあることを示している。本誌の調査でも、多くが給与をモチベータ(モチベーションの源泉)として重視している様子が見られる。いうなれば、成長や達成、チャレンジなどの、3.0レベルのモチベータから、2.0レベルへとモチベーションの源泉が回帰しているのである。

 では、一体どうしてこうした結果になってしまったのであろうか。ひとつの仮説、そしてしばしば聞かれる原因は、若者や中堅の働く人の意識や価値観が変化したという主張である。彼ら・彼女らは、それまでの人たちに比べて、お金や仕事環境などに対する欲求が強いという説明である。また、彼らは、同時に自律性に欠け、上司からの指示や目標や役割の明確な設定を求める、という議論も多くの人から聞く。
 つまり、人そのものがモチベーション3.0レベルから2.0レベルに退化した、という仮説だ。たしかにそれもあるだろう。私自身、多くの学生と日常的に付き合う中で、そう思いたくなることも多い。以前に比べ知的欲求や探究心が減少しているように感じる。知的探究心を起こさせるのがとても難しい。これを「人材退化説」と呼ぼう。

 でも、本当にそれが根源なのであろうか。また、これが最近の若者特有の現象ならば、本誌調査に見られるように、部長層や課長層においても、50%前後が給与をモチベータと考えているのは説明ができない。
「人材退化説」に対して、私の仮説は「環境退化説」である。言うなれば、モチベーション3.0から2.0への回帰の背景には、今の職場環境が大きく変化し、働く人が求めるものが大きく変わってしまった、という仮説である。つまり、人材そのものは変化せず、組織として提供できている(または、できていない)要素が大きく変化し、そのため、表面的に見れば、3.0から2.0への回帰が起こっているように見えるということになる。

 具体的に考えてみよう。例えば、ピンク派が挙げる、仕事による成長感やチャレンジ。これはいつの時代でも働く人のモチベーションの源泉だった。NHKのテレビシリーズ「プロジェクトX」に描かれたチャレンジに感動し、そこにあるチャレンジほどではないにしても、自分たちが経験したミニチャレンジをそれに重ねて、目頭が熱くなる中高年は多いだろう。
 では、周りを見渡して、今、一体どれだけ職場にチャレンジがあるのだろうか。どれだけ成長感のある仕事があるのだろうか。この点については、すでにこのコラムでも何回も議論してきた。
 ただ、注意しなくてはならないのは、職場から、チャレンジが減少し、人を成長させる仕事が提供できなくても、まだ、働く人が、チャレンジを求め、成長を期待しているのであれば、モチベーション3.0から2.0への回帰は起こらないことである。モチベーションの根底は欲求であり、今、手にしていないものを求める中で、モチベーションが喚起される。したがって、たとえ現在、与えられていなくても、働く人が成長や達成の可能性を感じれば、モチベータとしては有効なのである。

 私が恐れるのは、ここに示したデータが、成長やチャレンジなどの要素が与えられる可能性があまりにも低くなって、もはやそうした要素を求めることさえ諦めてしまい、2.0レベルの賃金や上司との良好な関係などにモチベーションを求めるようになっている可能性である。心理学者がしばしば指摘するように、こうした要素は、成長の期待や達成感などに比べて、深くて、長続きする意欲の源泉にはならない可能性が高いモチベータである。

 そして、さらに、上記のデータは、賃金や上司との関係なども十分与えられていない様子も示している。そのこと自体も危険信号である。明らかに、自分を見ていてくれる上司の存在や、明確な役割設定など、職場で仕事をするための基本的なインフラが提供されていない可能性があるからである。上述したように、成長や達成などの3.0レベルのモチベーションの基盤には、そうした意味での、満足できる給与や仕事環境などのインフラがないと、そもそも話が始まらない。モチベーションに階層があるとしたら、こうした基盤的なモチベータが満たされないと、より高いレベルのモチベーションを望む欲求は湧いてこないのである。
 そして、そうした場合、多くの人は、お金にモチベーションを見出す。より高いレベルのモチベータが望めないとき、多くが結局はお金だと諦めることになる。その意味で、多くの人にとって、お金は、最もとっつきやすいモチベータである。でも、あなたは、お金をモチベーションにしている人材が多い企業をどれだけ信用するであろうか。

 そろそろ、「人材退化説」に対して、「環境退化説」へと思考のパターンを移すときではないか。私が最も恐れるのは、今回お見せしたようなデータの背後に、仕事環境の退化が起こっており、その結果として、3.0レベルのモチベータなどはとても望めないと考える人がモチベーション2.0へと回帰している可能性である。
 企業として、いつも3.0レベルのモチベーションを充足することは不可能である。ただ、働く人が、3.0レベルのモチベーションを求める会社にすることは可能だ。働く人が希望を持てる会社。それが今求められる。

 
 
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