職場の心理学 [255]

売り上げ3倍! 「山スカート」は
なぜ、女心をつかめたか

 
 

いまやアウトドアを楽しむ女性の間では当たり前の存在となった山スカート。
2年前までは“ありえない”ファッションだったこのスタイルがなぜ人気を集めるのか。
男くさいアウトドア用品メーカーが女心をつかむまでを取材した。

 
 

早稲田大学社会科学総合学術院教授
野口智雄=文
text by Tomoo Noguchi
●のぐち・ともお 1956年、東京都に生まれる。一橋大学大学院博士後期課程単位修得後、横浜市立大学助教授を経て94年から現職。2006年から08年まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部で主に米国小売業の研究を行う。88年、『現代小売流通の諸側面』で日本商業学会賞を受賞。主な著書に『ビジュアル マーケティングの基本』『価格破壊時代のP B戦略』(ともに日本経済新聞社)などがある。

高橋常政=イラストレーション

 
 


常識外れのちゃらいファッションが
定番になるとき


 「山を舐めているのか!」
 2008年、デサントでアウトドア商品の開発を担当する下平佳宏氏が山スカートのアイデアを社内に提案したときに上がった言葉である。すでにこの時期、他社が販売してはいたものの、その成果は微々たるもので、登山にスカートという出で立ちは「ありえない」スタイルだった。
 それも当然だろう。勾配のある山で下から覗かれる可能性があるスカートをわざわざはく道理はないからだ。登山用のパンツ(長ズボン)をはけばよいのだ。山の崇高さや恐ろしさを知る人ほど、こんなちゃらいファッションに眉をひそめたことだろう。

 ところが今、この常識外れのスタイルで登山する女性たちが急増し、山スカートは若い山好き女性の定番ファッションとなりつつある。モンベル、ゴールドウイン、ミズノ、エーグル、コロンビアなど、デサントのほかにも名だたるアウトドア用品メーカーがこぞって山スカートを市場に投入している。
 これらの企業の中でも、最も早く市場化を行ったのは、モンベルである。同社はすでに4年前(06年)からアウトドア用キルティング地の山スカートを販売していた。以前から、自転車で世界一周に取り組んでいるシール・エミコという女性を支援していたのだが、彼女の「自転車を降りた後でも電車に乗れるようなスカートがあったらいいのに」という要望がきっかけだったという。05年のことである。

 彼女のようなプロ級の人が自転車に乗る場合、タイツのようなレーシングパンツをはくのが一般的だ。とりわけ長時間自転車に乗る際には、冬用のパットをあてたレーシングパンツが不可欠になる。だがこれは、自転車を降りた後に、お尻のところにサドルの痕が残ってしまいカッコが悪い。
 そこで、腰回りを隠すためのアイテムが必要になったのだ。モンベルでは彼女の要望を聞き入れ、自転車用のスカートを作った。そしてその1年後、これを応用した山用のトレッキング・スカートを開発し、販売し始めたのだ。

 しかし、発売当初は火がつかず、売れ行きもぼちぼちといった状態だった。
 女性の登山人口が今ほど多くなかったうえ、非常識なファッションだったからだ。ところが、08年から富士登山ブームが起こり、09年6月に女性向けのアウトドア専門誌「ランドネ」が発刊されるや山スカートの売り上げが伸び始めた。そして、今年になって売り上げは急増。本年3~8月期で、前年同期比約200%増を記録する大ヒットになった。
 今、「山ガール」という言葉が一般化している。山歩きをする若い女性が増えているからだ。なぜ、現代女性は「山」に魅せられるのだろうか。山スカートのヒットの根本的な理由を考えてみたい。

 現象面では、外に向かって主体的に行動するアウトドア派の女性が増えたことが挙げられる。知的好奇心が強く、一人で、あるいは今流行りの女子会などを通じて積極的に自然に親しむ女性たちが増えているのだ。
 そして、彼女たちをアウトドアへと誘う根本理由は、閉塞感漂う現代社会にある。職場で、学校で、家庭で、彼女たちは日々、ストレスのたまる環境に取り巻かれ、常に新たなはけ口を模索している。「癒し」を求めているのだ。
 メンタル面の癒しを得るうえで、山はうってつけの対象だ。もちろん、登山は疲労やリスクを伴うものだが、頂上に到達すれば、日常生活では得られない爽快な達成感を得ることができる。眼下の眺望は美しく、空気も澄み渡っていて、心の底まで洗われる気分に浸れる。まさに浮世の憂さを晴らすことができるのだ。

 このような山の持つ魅力から、今日の「山ガール」の出現を30年も前から予言していた人がいる。モンベル代表取締役会長兼CEOの辰野勇氏だ。
「山は、心が癒され、空気がきれい、眺めも美しい。心が落ち着くのは当たり前です。こんな素晴らしいところに行かないのがおかしいんです。ボクが(30年前に)言ったとおり、今、若い人たち、特に女性が山に戻ってきました」と、筆者の問いかけに同氏はにこやかな笑顔を見せた。


山のファッションは
変革の時を迎えている


 山を志向する女性が増えるに従って、山のファッションが少しずつ様変わりを始め、昨今の山スカートの大ブームにより山のファッションは変革の時を迎えている。
 ブームに乗る女性たちは本格的な登山を志向しているわけではない。上述のように癒しを求めたり、健康志向であったり、レジャーの一つであったりする。トレッキングやハイキングのような楽しく自然に親しむ程度ならば、軽装備で十分だし、いきおいファッションにも気を配りたくなるものだ。「山でも女性らしいファッションをしたい」。このようなニーズに合致した商品が山スカートだったのである。

 一見、山を舐めていると思われがちな山スカートだが、実はそれにもさまざまなメリットがある。
 情緒面ではもちろん、女性らしいファッションが楽しめるということがある。スカートというもの自体が女性らしさを象徴する重要なアイテムであるし、それ以外にもサポートタイツの上にスカートが付加されることによって自分なりのオシャレを楽しめるというメリットがある。
 モンベル企画部課長の渡邊千絵氏は、「スカートだと、自分なりにタイツの色を変えたり、靴下をいろいろな色のものに変化させたりして、多様なコーディネーションが楽しめる」と、その効用を説明する。
 また、山スカートには機能面でも大きなメリットがある。女性が気にする体のラインをうまく隠せるという点だ。従来の山用のパンツはヒップラインがもろに出てしまい、かえって下からの視線が気になってしまうものだった。
 また、縦走で山小屋での着替えやトイレなどの際に、山用のパンツだけだと不便を感じたり、恥ずかしかったりすることが多かった。だが、山スカートをはいていれば腰回りをしっかりと覆うことができ、周囲の目をさほど気にしなくて済む。

 ただ、アウトドア用品のメーカーは、主に男性向けの機能的な商品を作るのに慣れているため、女性向けのアパレル・メーカーが作るようなファッション性を一般に持ち合わせていなかった。それゆえ、ファッション・アイテム作りの重要性を認識しながらも、自然に機能性を重視した商品になってしまったのだ。そのような好ましくない状況を打破し、顧客のニーズに接近するために昨今、ユニークな取り組みが見られる。
 デサントは、アウトドアスタイル・クリエーターの四角友里氏とコラボレーションし、利用者目線の商品開発を行っている。発端は、09年9月に北アルプスの涸沢(からさわ)での山岳イベント。そこで偶然に下平氏が「山スカート研究家」を名乗る四角氏と出会い、「一緒にスカートを作りましょう」という話になったという。
 四角氏はさすが研究家を名乗るだけのことはあって、7年も前からアウトドア用のスカートを世界中から買い集め、40~50着ぐらい山で使えるスカートを試し、自ら手直ししていた。デサントでは幾度も彼女とミーティングを重ね、彼女の「ああしたらいい、こうしたらいい」という知見やアイデアを取り入れた試作品を練り上げていった。


試し売りの500枚が
一カ月で完売


 同社では、積極的にフィールドテストを行っている。試作品を実際に四角氏に着用してもらって、着用感がどうだったか、不具合がないか、足さばきがしやすいか等をチェックしてもらっている。
 また、社内の女性にもはいてもらって、その使用感やデザインの変更を行っている。四角氏とのコラボの企画を担当したのは、入社わずか3年目の若手女性デザイナーだった。彼女を抜擢した理由は20代半ばであり、ターゲットの年齢にピッタリだったからである。そして出来上がった試作品を下平氏は、「自分で作ったんだから、自分ではいてみて、体験してごらん」と言ってチェックさせたという。

 これら地道な作業を経て最終形が完成し、セールス部門へプレゼンテーションを行って、めでたく発売の運びとなったのが10年5月である。試し売りとして市場に出した500枚はわずか1カ月で完売し、本年夏に行った11年春夏モデルの展示会では新たに投入する3タイプに、それぞれ5000枚ものオーダーが入ったという。
 当然といえば当然なのだろうが、アウトドア用品メーカーの商品開発は、一部の専門部署主導で作られるというより、アウトドア愛好家の意見で作られることが多い。モンベルでは、「新商品は、自分たち(従業員)がほしいものに基づいて作るというのが基本的な考えです」と、広報部部長代理の竹山史朗氏は語る。モンベルには現在、約500名の正社員がいるが、その誰もがアウトドアを実践するアウトドア愛好家である。彼ら・彼女らは新商品のもととなるアイデアを思いつくと、どしどし提案し、自分たちが欲しいものを商品化していくのだ。

 同社には、「アイデアリクエストシート」というものがあり、自分や家族が発想した新商品のアイデアをいつでもエクセルの定型フォームに記入して提出できるようになっている。その数は、ワンシーズンで約2200件にも上るという。
 提出された夥しい数のアイデアは、25人の企画部スタッフが、ひとつずつ検討し、同様のアイデアは集約し、異なったアイデアは一つも消去することなく、会議の俎上に載せていく。会議は、全社的に行い、66人の店長をはじめ、総務部、経理部等の人まで加わってなされる。同社の社員はすべてアウトドア愛好家なので、会議の場では有益な意見交換がなされるという。モンベルでは、このような会議をワンシーズンに3回も行って、新商品を世に送り出しているのである。
 モンベルの山スカートのアイデアは前述の通り、シール・エミコ氏の自転車用ウエアから派生的に生まれたものだ。が、詳細な商品提案は社員の行ったものである。標高2000メートル級の山でも、山頂付近では冷えることがある。そんなときに腰回りを温めるために保温性の高い中綿を入れようとか、表面をキルト面とフラット面のリバーシブルにして風合いやカラーのバリエーションを楽しめるようにしようと考えたのは、社内の人たちだった。ちなみにカラフルでオシャレなリバーシブル山スカートを最初に市場化したのは、モンベルである。

 渡邊氏によれば最近、20代の女性で山には登らないがウエアだけは持っているという人も増加しているそうだ。それは機能性とファッション性の両面のメリットを有しているからである。山用の商品は、もともと厳しい環境を想定して作られているので、軽量で稼働性、耐久性に富み、蒸れたり、静電気を発生したりしないからだ。それに加え、女性好みのオシャレなスタイリングやカラーリングを実現し、ファッショナブルになってきている。結果、トラベルウエアとして、街着として入手する女性も少なくないというのだ。
 もとは登山用のダウンジャケットが一般に普及したように、山スカートも一過性のブームを超え、冬の装いの一つのアイテムとして定着化の道を歩んでいるのかもしれない。

 
 
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