ビジネススクール流知的武装講座 [256]
なぜあなたの会社から
イノベーションが生まれないのか
競争環境と組織環境の急激な変化にさらされている現代の企業。
変化に対応するためには組織能力の開発が必要、と筆者は説く。
イノベーションの成功は
個人ではなく組織に依存する
前回もこのコラムで述べたように、現在、企業が新たな戦略を達成する組織上の基盤固めのために、戦略的に必要な組織能力を開発するという考え方が重要になってきている。いわゆる組織開発である。背景には、現在、起こっている競争環境と組織環境の急激な変化があろう。
例えば、今、頻繁に議論されるいわゆる経営グローバル化への対応である。現在、多くの企業で、グローバル化対応は、人材の問題として扱われ、グローバル化研修や、また外国人採用などの対策が取られている。だが、そうした試みはあまり功を奏していない。私は、グローバル化対応とは、多くの企業にとって、根本的に組織文化、組織価値観などの転換を伴う組織変革であり、その意味で組織開発の対象だと考えている。
もうひとつの例が、イノベーションである。現在、多くの場面で、イノベーションが、企業成長のカギを握るといわれている。業態や企業戦略によって違いがあるとはいえ、こうした傾向は、ここしばらく強くなってきた。
では、イノベーションは、個人の能力によって引き起こされるのであろうか。もちろんイノベーションは、個人のアイデアにその発端がある。だが、こうしたアイデアを形にし、イノベーションへと繋げていく過程は、個人の仕事ではなく、組織自体が開発すべきプロセスである。また、人材がアイデアを出しやすい環境にあるかどうかも、基本的には組織内の問題である。ここでも、イノベーションを目指す戦略の成功は、一人ひとりの人材に依存するより、組織が持つ能力に依存する要素が大きいと考えられる。
これらはあくまでも例にすぎない。今、単純に人材の能力やスキルなどに還元されない、企業として、組織として持つ能力が、その企業の競争力に大きな影響を与える状況が表れているのである。企業にとって、イノベーションを興し、経営のグローバル化を進めることが重要ならば、それを可能にする組織能力を開発することが大切なのである。マネジャーや経営者は、何が企業にとって必要な組織としての能力なのかを認識し、それを、人材一人ひとりの能力に還元することなく(つまり、単純に人材育成だけで達成できるとは考えずに)、組織が持つべき能力として、組織レベルで意図的に構築し維持することが求められる。それこそが、人材開発と区別された、現代的な意味での組織開発だといえよう。
求められる
「自律性の促進」と「達成支援」
では、今、企業にとって重要な組織能力には何があるのだろうか。それはグローバル化対応やイノベーション開発など、新たな戦略達成において基盤となる組織内部の能力である。私は、一般的に見れば、今最も求められるのは、人材をエンパワーする能力と、ダイバーシティ(多様性)を活用する能力であると考えている。エンパワー力とは、働く人を自律させ、一人ひとりの最大の貢献を引き出す能力であり、またダイバーシティ対応力とは、異質性を統合し、新たな方向性やイノベーションへと結びつける力である。この二つとも、組織にとっては、戦略を実行するための基礎体力ともいえる。
まず、人材をエンパワーする能力である。以前にも少し言及したが、エンパワーまたはエンパワーメントという言葉は誤解されて使われることが多い経営用語である。よく「権限委譲」や「仕事を任せる」ことと混同される。経営学辞典などを見ても、同じような定義がある。
だが、本来、エンパワーメントとは、文字どおり、「できるようにしてあげる」ことなのである。いい換えると、目標を達成するために、組織構成員(つまり、従業員やチームメンバー)に自律的に行動する力(パワー)を与えることである。
そして、一般的には、エンパワーメントのためには、「自律性の促進」と「達成支援」という二つのプロセスが必要だといわれる。
「自律性の促進」とは、業務遂行において、リーダーやマネジャーが、目標やビジョンを明確に共有し、その達成方法については構成員の自主的な判断に委ねることであり、一方、「達成支援」とは、具体的な指示や解決策を従業員に与えるのではなく、メンバー自身が問題点を発見したり、不足する能力を開発したりする環境を整えることをいう。単に、自律性を促進するだけではなく、そこに支援が付与されることが味噌である。そのためエンパワーメントは、経営学以外の分野では「自律化支援」と呼ばれることもある。
残念なことに、現在、企業で話をしていると、エンパワーメントされておらず、それがモチベーション低下へと繋がっている人が増えているように感じる。なかでも明確なのは、ミドルマネジメントと若年層のエンパワーメントレベルの低さである。多くの調査を見ても、ミドルが最も有能感やエンパワーされた感覚を持って仕事をしていないという結果が出ている。自律性促進と達成支援とが伴わず、エンパワーメントが、単なる権限委譲に終わっており、従業員の自律化支援になっていない企業が多いからではないだろうか。
ただ、こういう議論をすると反論が出てくるかもしれない。しばしば、海外の企業に比較すると、日本の企業現場は権限委譲が進み、その意味で、現場の人材の知力が活用されることで、大きな成果をあげてきたという主張である。日本の企業は、これまで、現場への権限委譲を競争力の源泉にしてきたというのである。
確かにそうかもしれない。だが、今、多くの企業で、権限委譲が「任せる」だけになっていないか。重要なのは、任せるだけではなく、任せる時点ではっきりと、目指すビジョンと目標を共有し、さらに目標達成の過程では、きちんと支援を行い、さらには、成果が出た後で、しっかりとフォローできるかなのである。
ここまできて、初めてエンパワーメントは、経営施策として、人と組織の活性化に繋がる。人材を自律化し、同時に支援を行う。人材をエンパワーする能力を、組織としてどこまで蓄えているか。それが問われる時代になってきた。エンパワーメントを着実に実行することで、働く人は、自らの潜在能力を発揮する機会を与えられ、全体として、組織が活用できる知力は大きくなるのである。
次が、ダイバーシティを活用する能力である。いうなれば、異質性と混沌を統合し、その中から、新たな方向性を見つけていく力である。
私は、わが国でも、価値観や意識の多様性は、表に現れない深層で案外進んでいると考えている。その結果、これまでわが国の組織が強みとしてきた価値観の統一や考え方の一貫性などは、前提とできなくなってきているのである。
若年層の早期離職、女性活用推進の遅れ、さらには、経営における全体最適志向の弱体化など、今、問題となっている多くのマネジメント上の背景には、こうしたダイバーシティ対応能力の不足があるのではないだろうか。違いを表面化するだけでも、多大なコミュニケーションの努力が必要であり、さらにそれをマネージしなくてはならないのである。ダイバーシティ対応について、これまで心を砕いてこなかった多くの企業が、ダイバーシティ対応能力の不足により、多くの問題を抱えている。
ダイバーシティが
知識創造を活発化させる
そしてその傍らで進行するのが、経営のグローバル化である。経営のグローバル化は、必然的に、人材と組織の多様性を進める。経営のグローバル化とは、単純にビジネスが海外に出ていくだけではなく、組織として、多様な価値観や考え方を内に取りこみつつ、その中で、企業としての方針やビジョンを貫いていくことなのである。その意味で、経営のグローバル化は、最も大きなダイバーシティ上のチャレンジといえる。
したがって、ダイバーシティ活用能力の第一水準は、多様性を顕在化し、それがもたらす経営的な問題に対処する力である。いうなれば、多様化する価値観や意識に対して、意図的に、組織としての一貫性をつくりこむことだといってもよい。
具体的に、最もわかりやすい施策は、組織としての文化や価値観、行動指針などのつくりこみである。これまで多くの企業では、組織文化のすりこみや価値観の浸透を、積極的な組織開発の一環としてこなかった。組織としてのまとまりは、意図してまでつくる必要を感じなかったのかもしれない。
だが、自律的な人材やグローバル化した人材が増え、多様性が大きくなるほど、企業文化の統一や価値観の浸透は、経営上、自然な前提とするのが難しくなるのである。こうした状況で、企業として全体最適を図るために文化や価値観、ビジョンなどを共有できることは、組織としての強みであろう。
ちなみに、これが自律型人材を多く抱える企業(例えば、グーグルなど)で、組織としての統一を図るための組織開発に大きな資源が投じられている背景である。それは、単なる施策の域を超えて、自律した従業員の潜在能力と、集団としての多様性を、経営のために最大限活用しつつ、同時に組織としての統一感を維持するという、相反する状況を可能にするための組織能力の構築なのである。
だが、ダイバーシティへの対応は、単に組織に統一感を持たせ、経営上の問題を防ぐということだけではなく、さらに、効果的に活用すれば、新たな知識創造の源泉となる可能性を秘めているともいわれる。なかでも、知識創造において重要だといわれる、アイデアのぶつかり合いが活性化されるのである。似通った価値観や議論の前提からのぶつかり合いではなく、より深いレベルでの探り合いを含めて、知識創造のプロセスが活発化することは容易に想像できる。
逆に、難しいのは、多様性とは、お互いにアイデアを交換する過程を妨げる要因にもなることである。あまりに違うから、わかり合えないから、議論しない。単純にいえば、そういうことになろうか。その結果、知識創造は止まってしまう。
知識創造の活性化と衰退、この境界を決めるのは、組織とそこに参加する人が持っているダイバーシティ活用能力である。このレベル(いわばダイバーシティ活用能力の第二レベル)については、あまり多くのことが議論されてはいない。私は、基本的な構造は、これまで明らかにされている知識創造の過程と大きくは違わないと考えている。ただ、その難しさは、格段にレベルアップする。組織として、ダイバーシティの中で、知識創造能力を確保することは、競争上大きな意味があるのである。
経営がグローバル化し、戦略上イノベーションが重要になるなど、新たな競争上の課題が顕在化しつつある中、人材開発から進化して、戦略達成の基盤となる組織としての能力を開発していく必要がある。本格的な組織開発の時代ともいえよう。









