ビジネススクール流知的武装講座 [253]

ダイバーシティ時代の特効薬
「組織開発論」に学べ

 
 

米国では重用されている組織開発だが、
日本ではあまり注目されてこなかった。
しかし、人材の多様性が進む今後の日本企業では、
より活用されるべき、と筆者は説く。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博=文
もりしま・もとひろ●東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 


なぜ日本では組織開発論が
注目されてこなかったのか


 組織開発という言葉をご存じだろうか。経営学の比較的古い概念であり、多くの教科書も出ている。米国では、この分野で博士号を出している大学もあるほどである。有名なクルト・レビン教授が、最初にミシガン大学で、この言葉を使ったというのが定説であり、またMITのエドガー・シャイン教授なども、その流れを発展させている。
 また、わが国では、コンサルタントや企業教育の専門企業が、魅力的だと思っている言葉らしく、インターネットで検索すると、大量のヒットが、社名や提供するサービスの名前として見つかる。また、米国で書かれた本の翻訳が多いが、解説書も幾つか出ている。

 ただ、不思議なことに、日本の経営学の世界では、あまり組織開発論が注目されてこなかったのも事実である。人の問題を主に扱っている私が言うのも変だが、人材開発や能力開発、キャリア開発など、人に注目した研究と比較して、数が少ない。また、実務界でも、あまり関心が高くないようである。米国の多くの企業にある組織開発部門(Organization Development部門)が存在する企業はほとんどない。
 あたかも、人は開発をしなくてはならない対象だが、組織は開発をする必要がなかったかのようである。なぜなのだろうか。答えとしては、日本人は、文化的に、組織として、まとまろうとする強い志向を持っており、特に「組織を開発」しなくてもよかったという主張をよく聞く。日本人は、個人志向の外国人と比べて、組織志向だというのである。後で述べるように、これも、ある程度は、真実なのかもしれない。

 ところで、組織開発というとき、ひとつ気をつけておかないとならないのは、経営学でいう、組織デザインや組織設計についての議論と区別することである。
 組織に関する組織設計や、組織デザインとは、簡単にいえば、組織の骨格や骨組みの設計である。組織の枠組みの設計といってもよい。さらに、教科書的に分類すると、組織設計には、大きく二つの側面がある。
 まず、どの課題とどの課題をひとつの部門にまとめるか、または分けるか、などに関する意思決定がある。組織として掲げている目標を達成するために必要な仕事の割り振りに関する意思決定が、組織デザインの第一ステップである。少し専門的な言葉を使えば、分業に関する意思決定だといってもよい。その意味で、多くの現場マネジャーが、日々、組織デザインの第一段階(=課題や仕事の振り分け)に関わっているのである。より大きな視点からいえば、機能や顧客、市場などの観点から、似通った仕事がまとめられるという意味で、専門化に関する意思決定だという人もいる。


多様な人材の集まる米国では
組織開発が必要


 そして、次の段階で、分業した課題や仕事間の調整をどう行っていくかに関する意思決定がくる。最も卑近な例でいえば、指揮命令系統の設計である。または、部門間連絡やコミュニケーションの仕組みの決定といってもよい。この点で見ても、現場マネジャーは、日々、組織デザインの第二段階(=部下と上司や、部下間のコミュニケーションルートの確立)に関わっているといえよう。
 いうまでもないが、分業がある以上、調整やコミュニケーションがないと、組織として目標を達成できない。したがって目標の達成のためには、調整のあり方は大切である。調整のよしあしによって、組織としての機能は大きく変わってくるからである。
 やや大きなスケールになるが、ここ暫く、わが国では、多くの大企業、中堅企業が、事業部制やカンパニー制を推進した。これは分業に関する意思決定である。だが、その結果、事業部間の情報交換やシナジーがうまくいかなくなったという話を聞く。これは、調整機能の不全である。
 やや話が教科書的になった。いずれにしても、組織デザインや組織設計に関する意思決定は、経営という観点でも、現場でのマネジメントという観点でも極めて重要である。ある意味では、デザインの仕方によって、組織の機能不全が起こってしまうのである。なお、組織デザインの詳細については、沼上幹著『組織デザイン』(日経文庫、2004年)を参照願いたい。名著である。

 ただ、組織に関する経営学は、こうした組織デザイン論に加えて、同時に、組織開発論という分野を発展させてきた。なぜなのか。組織は、デザインすれば、自動的に機能するわけではなく、すでに述べた部門間のコミュニケーションをはじめ、多くの条件が成立して初めて機能するからである。
 組織が持つべき多様な強みや、組織が機能するために必要なプロセスや組織としての働きが、効果的に機能するように、意図的につくりこんでいく作業が、組織開発なのである。組織のハード面とソフト面の違いだといってもよい。ソフトがないと、ハードは機能しない。
 そして、組織開発が、伝統的に、対象としてきた組織の機能は、人と人のコミュニケーションや協働、目標へのコミットメントの基礎となる組織への信頼感、組織としてのまとまりなどである。
 この背景には、組織開発先進国である米国では、組織を設計して、分業と調整の体制を決定したとしても、そのなかに入るのは、多様な人材であり、文化や価値観が多様ななかで、効果的な組織として成立するためには、もうひと工夫が必要だったということがあるのだろう。

 実際、米国の多くの企業では、組織づくりをミッションとするOD部門が、人づくりをミッションとするHRM(人材マネジメント)部門よりも大きな位置を占めており、こうした理由から、組織開発は、経営的に見て、とても重要な機能だったのである。優秀な人を外部労働市場から確保できても、組織づくりは、自分でやらなくては絶対に手に入らないということかもしれない。
 また、グーグル、ナイキ、マイクロソフトなどの米国発ベンチャー型企業では、強烈な個性を持つ自律型人材の活躍が強みの源泉であり、そこでは、組織としての一体感、コミュニケーションなどを、積極的につくりこんでいかないと、組織としてのまとまりが確保できないこともあったのであろう。こうした企業では、ODは極めて中枢的な位置づけになっている。

 すでに述べたように、こうした状況に比較して、わが国の多くの企業では、これまで人を集めれば、自然に組織になるという状態(または思いこみ)が、ある程度存在していたので、それほど、組織としてのまとまりの積極的なつくりこみは必要なかったのかもしれない。または、日本の企業で働く人が、これまであまり自律的ではなかったので、わざわざOD部門をおいて、組織のまとまりや一体感をつくりこむ必要を感じなかったのかもしれない。いずれにしても、米国ほど、組織開発が積極的になされてこなかった背景には、こうした要素があるのだろう。
 でも、これからもこのままでいいのだろうか。今、人材面でのダイバーシティが進み、働く人の価値観が多様化するなかで、組織としてのまとまりや一体感、コミュニケーションなどという「組織資産」は、もう自然に確保できるものではなく、そこに投資をして、積極的に確保するべき時代に来ている。人が集まれば自然と組織に、とはならなくなってきたのである。


「自律型人材」が活躍する
組織デザインとは


 また、日本発のグーグルが現れるかどうかはともかく、わが国でも今後は、自律型、創造型の人材が企業の根幹となることが主張されている。自律とはいえないかもしれないが、少なくとも、以前と比べて、労働のなかで、自分の価値観を大切にしようとする人材は増えてきた。
 そうした状況のなかで、自律型人材が活躍していけるための、新たな組織デザインが求められる。そのとき、これまでのような階層的な組織のあり方だけではなく、一人ひとりへのエンパワーメントに基づいた組織設計が必要になるかもしれない。
 そうなると、組織としてのまとまりや一体感という意味だけでも、組織開発を積極的に行う必要性は高まってくるし、さらに自律型の人材が活躍するための場も必要だ。個別最適と全体最適の同時追求は、組織開発への投資をして初めて確保できる体制なのである。そうでないと多くの企業が、組織とは呼べない、個別最適を求める人の集まりになってしまう。

 さらに私は、今必要な組織開発とは、単に組織としてのまとまりや一体感といった、組織としての最低限の条件を超えたところを目指すべきだと考えている。上記に述べた、個別最適と全体最適の同時追求などを含め、企業には、競争力の源泉となる多様な組織としての能力や強みが必要だ。そしてこうした能力を確保した企業が、より高い競争力を持つ。
 つまり、企業が、組織としての強みを積極的に確保することを通じて、組織能力を基盤とした差別化を実現するための機能として、組織開発は位置づけられる。実際、前述の多くの企業で、組織開発が重要だと位置づけられている理由は実はここにあるのである。組織開発という概念は、出発点の一体感や組織としてのコミュニケーションの目指した動きから、組織による差別化のための経営活動へと進化しつつある。
 図にこうした意味で、開発のターゲットとなる組織としての能力を幾つか挙げておいた。これですべてではないかもしれないし、企業によっては、ほかにその組織に重要な能力があるだろう。だが、この七つは多くの企業で共通して求められる組織能力である。

 さらに具体的には、ここでいう組織開発のプロセスは、五つの段階で構成される。(1)組織デザイン、(2)理念やビジョンの浸透、(3)人材開発(特に、内省による意識づけ)、(4)人と人の関係性のつくりこみ(共同体の構築)、そして、(5)リーダーシップの確保である。組織デザインの内容はすでに述べた、枠組みの構築であり、組織としての理念や価値観の浸透が次にくる。そして次が、人材の確保。さらに、こうした人材間の関係の構築。そして、組織開発の最後の鍵が、リーダーの確保である。
 こう書いてくると、これまでの人材開発とそれほど違わないという印象があるかもしれない。だが、ここで注意しなくてはならないのは、ここでいう組織としての強みとは、人材一人ひとりの強みではないことである。組織開発は、人材開発で終わるのではない。図に挙げたような組織能力が確保されているかを目安に、人と組織をともに開発する総合的な動きが、組織開発だといってもよい。
 経営者としては、単に人材開発だけではなく、組織の開発に意図的な投資をすべき時代になってきた。


 
 
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