職場の心理学 [249]

なぜ「できる奴」が
出世階段を踏み外すのか

 
 

好感度の高い「 いい人」 がキャリアアップできなかったり、
バリバリと仕事をこなす「 できる人」 が、出世街道で
行き詰まるのはなぜか。仕事の成果と出世の関係を、
ビジネスマンの行動タイプ別に分析する。

 
 

ゾム代表取締役
松下信武=文
text by Nobutake Matsushita
●まつした・のぶたけ 1944年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。日本電産サンキョー・スケート部メンタルコーチ。専門はEQを中心とした情動心理学。得意分野はエグゼクティブコーチング、口コミマーケティングなど。

高橋常政=イラストレーション
ライヴ・アート=図版作成

 
 

逃げるか、闘うか。
それがビジネスの成否を左右する


 スポーツのメンタルコーチである私の仕事の一つは、試合時のアスリートの行動をじっと見ることである。10年近い観察の結果、「勝負強いアスリートは、いざというときにリスクを恐れず、相手に立ち向かっていく。勝負の分かれ目では闘争的で強気な行動をとる」という仮説を持つようになった。
 ビジネスとスポーツは似通ったところが多い。もし私の仮説が正しければ、成果をあげるビジネスマンは、闘争的で強気な行動をとり、反対に成果をあげていないビジネスマンはリスクを避け、嫌なものから逃げる特徴を持っているはずである。
 人間の脳内には、行動をコントロールするたくさんのシステムがあると考えられている。ここでは、欲しいものを手に入れるための「接近システム」と、有害なものから離れるための「回避システム」の二つに着目し、ビジネスマンの行動とからめて考えてみた。

 人間の神経システムの視点にたてば、闘争的な行動は接近システム優位、リスクを避ける行動は回避システム優位と考えられる(注1)。また、ビジネスマンが交渉や説得をする際に、どんな行動をとっているか、gooリサーチとの共同調査でインターネットアンケートを実施(注2)。その結果、接近システム優位には「闘争タイプ」と「社交タイプ」があり、回避システム優位なのが「闘争回避タイプ」、残りが「混合タイプ」と、合計4つにタイプ分けすることができた(図表1)。

 闘争タイプは押しが強く、欲しいものは何が何でも手に入れようとする人である。社交タイプは闘争タイプと同じく接近システム優位だが、友好的に近づき、相手とうまくやっていこうとする傾向が強い。闘争回避タイプは人の気持ちを傷つけないように配慮し、会議でも相手の意見に反対しないなど、対決を避けようとする。どのタイプにも偏らない人を混合タイプとした。
 例えば、お客様から大きなクレームが入ったとする。闘争タイプと社交タイプは、お客様のところに進んで赴くという点では共通しているが、交渉の姿勢が正反対である。闘争タイプは、クレームが大きくならないよう配慮しつつも、できる限り自社の言い分を押し通し、有利な条件を手に入れようとする。社交タイプは、クレームを機にお客様と友好的な関係を築くことに主眼点をおく。闘争回避タイプは、先方に行くことを躊躇し、他の人間に行かせようとする。行ったら行ったで唯々諾々とお客様の要求に従ってしまう。

 図表2の自分の会社やクライアントから仕事で高く評価された回数と行動タイプの関係を見てみよう。高く評価された回数が多いほど「仕事ができる」と周囲から見なされていると考えられる。高い評価を一度も受けたことがない人の中では「闘争回避タイプ」が占める割合が一番高く、接近システム系の「闘争タイプ」と「社交タイプ」の割合が低い。しかし評価の回数が増えるに従い、その関係は逆転している。4回以上では「闘争タイプ」がトップになっている。面白いのは、同じ接近システムを使いながら、社交タイプの占める割合は最低という点である。勝負強いビジネスマンは、接近システムのなかでも、とりわけ対決や闘いのための機能を使っているといえそうだ。

 ただし「できる人」の好感度が必ずしも高いとはいえないだろう。アンケートでは、交渉で妥協せず、負けた相手に同情しないと答えている人が多いからだ。それに対し、闘争回避タイプは、他人の悪口や相手が嫌がることを言わないという人が多い。闘争回避タイプは敵をつくらず、好人物と思われていると推測できる。社交タイプは、人づきあいが上手だとか、調整タイプのリーダーだと回答している人が多いので、闘争タイプよりも好感度は高いと考えられるが、好かれる人イコール仕事ができる人にはならないことは図表2からご理解していただけると思う。

 闘争タイプが成果をあげやすい理由は営業を例にとるとわかりやすい。営業職は積極果敢にお客様と関わることが不可欠だ。ただし、嫌がるお客様に、押し売りする人を指すわけではない。引くべきときは引きつつ、勝負どころでは一歩も譲らず粘り強く交渉するのが、成果をあげる闘争タイプである。
 私は研究所の所長をしていた経験があるが、主任研究員クラスまでは、研究員としての能力が同じなら闘争タイプのほうが有利だ。自分がやりたい研究を積極的に上司に売り込まないと、研究予算がつかないからである。


納期を守るために
部下の尻を容赦なくたたけるか


 闘争回避タイプでも、上司の指示どおりに仕事をしている間はあまり問題はない。しかし、自分で提案をしたり、他部門の協力を取り付けてやり遂げる仕事には、交渉ごとがつきものである。交渉の席で相手が嫌がることが言えない闘争回避タイプは、自分に不利な条件を呑んでしまうことが多く、結果、成果をあげることが難しくなるのだ。
 社交タイプは成果をあげそうであるが、前述のように、4回以上成果をあげている人に占める割合は最低である。従業員500人以上の企業に勤務する人の行動タイプと役職の関係を見ると(図表3)、社交タイプが頭角を現すのは本部長・事業部長・執行役員クラスからである。部長クラスまでは社交タイプの割合は少ない。おそらく部長クラスまでは仕事の量が多く、社交タイプが得意とする人間関係を構築したり、意見調整をする時間がとれず、成果をあげにくいのではないだろうか。

 例えば、あるITシステム会社が大手金融機関からシステム構築の大型案件を受注したとする。この手の仕事は顧客の注文水準が高く、しばしば仕様変更を迫られる。この案件のプロジェクトリーダーが闘争タイプだったら、突然の仕様変更が発生しても、部下や協力会社の人間の尻を情け容赦なくたたき続け、時間内に仕様変更をやり遂げるだろう。社交タイプはこの種の力仕事ができない。クライアントと部下や協力会社の間に挟まれ、うろうろするだけに終わる可能性がある。部長クラスまでの仕事は、限られた時間、限られた予算、限られた人員で、何が何でもやりぬく力仕事が大部分である。

 闘争回避タイプは、周りから「いい人だね」と思われつつも、成果をあげられないので出世もしにくい。図表3では、闘争回避タイプは役職のない人に占める割合が圧倒的に高く、主任、係長、課長と昇進の階段を上がるにつれて、その割合がどんどん減ってくる。執行役員クラスになると格段に下がる。これは役職が上がるにつれて、闘争的な行動や、社交的な行動の必要性が大きくなるからであろう。
 しかし取締役以上になると、逆に闘争回避タイプの割合が上がっている。これは、おだやかで嫌なこと一つ言わない人が、最後に陽の目を見るケースがあるということだろうか? おそらくそれは見当違いだ。これは、闘争タイプの人が、取締役になるにあたり、闘争回避タイプに行動変容すると考えるべきだろう。「残るためには変わらねばならない」(ヴィスコンティの傑作「山猫」の中のセリフ)のである。
 闘争タイプが行動を変えなければ、出世競争の最後の階段を踏み外してしまうことが図表3から読みとれる。闘争タイプは本部長・事業部長・執行役員クラスまでは役職者に占める割合が増えていくが、取締役以上ではストンと下がる。なぜ闘争タイプのままでは取締役以上に昇進しにくいのだろうか。

 社交タイプの動きがその理由を明かしてくれる。社交タイプの割合は本部長~執行役員クラスから高くなり始める。このクラスから上は、他部門や他社との折衝が増え、人づきあいや政治的配慮の比重が大きくなる。それゆえ相手を屈服させようとする傾向の強い闘争タイプは取締役や社長としてふさわしくないと判断されるのであろう。
 しかし、本当に闘争タイプは取締役や社長にはふさわしくないのだろうか? 創業者のなかには闘争タイプの人をしばしば見かけるではないか。実は会社の規模が小さくなると、また事情は変わってくる。500人未満の企業の取締役以上の層では行動タイプの分布状態は違うのだ(図表4)。本部長~執行役員クラスでは混合タイプと闘争タイプの割合が高いが、取締役以上はどのタイプもほぼ同じ割合である。
 つまり、500人以上の大きな企業のトップに闘争タイプが極端に少ないのは、官僚組織的な性格が強くなり、社交的な調整タイプのリーダーが好まれるからだと考えるべきだろう。

 今回の調査から、出世のためにはキャリアのステージに応じて行動タイプを変えたほうがよいといえそうだ。しかし自分の行動様式は、そう簡単に変えられるものではない。ではどうすればよいのだろうか。
 心理学の視点で考えてみると、行動様式を変えるには、自分の中の接近システムと回避システムをコントロールする必要がある。その際に大きな働きをするのが感情である。

 例えば、クライアントからクレームを受けたものの、100%こちらが責任を負う必要がないときがある。しかし当方の正当性を主張しすぎると、クライアントを怒らせてしまうリスクがある。私たちはリスクを感知すると、不安や恐れの感情が生まれ、回避システムが活発になる(注3)。不安に圧倒され、相手の嫌がることを言わずに「こちらがすべて悪かったです」と闘争回避行動をとれば、会社に戻って上司から「子どもの使いでもないだろう!」とカミナリを落とされそうである。ここで辛抱して、前向きな感情をふるい立たせて接近システムを作動させ、クライアントを説得できれば、社内評価は高くなるだろう。
 この辛抱するプロセスを情動心理学では“effortful control”と呼ぶ。

 闘争タイプにも辛抱は必要である。闘争タイプの人は、成果をあげさえすれば昇進や昇給ができ、みんなも納得すると思い込みがちである(注4)。しかし必ずしもそうとは言い切れない。
 あなたがメーカーのA事業を担当する執行役員であるとする。次期の投資計画を実施するためには、B事業部の投資額の削減が必要だ。あなたは経営会議で、B事業部の事情にまったく配慮せず、強硬に主張して投資予算を獲得した。その結果A事業部は多額の利益をあげ、B事業部は競合企業との競争に敗れてしまった。もしB事業部を統括していた取締役が将来社長になった場合、社長の寛容さをあなたはどれくらいあてにできるだろうか? A事業部を預かりながらも、「B事業部の切迫した状況を自分は十分に配慮しているか」と辛抱して、より広い視野にたって経営会議に臨むべきであろう。

 つまり接近システムと回避システムを上手に使い分けるには「辛抱」が必要なのである。辛抱は嫌なことをただ我慢することではない。状況に反射的に反応せず、一瞬でもよいから「ちょっと待てよ」と考える間合いをとり、問題解決には、接近か回避のどちらが効果的かを判断するのが辛抱である。
 辛抱は、いずれのタイプにとっても万能薬である。ビジネスの重要な場面では、ぜひ「ちょっと待てよ」の言葉を思い出し、闘うべきか、逃げるべきか、にっこり笑って握手すべきか、一番適切な行動を選択していただきたい。
「辛抱」は、「もったいない」と並んで現代の日本人が忘れがちだけれど、とても大切な言葉だと思う。

 

(注1)James J. Gross “Handbook of Emotion Regulation”p334
(注2)2010年6月4~7日の期間、年収1000万未満574名、1000万以上501名の就業中の方を対象に実施。男性983名 女性92名から回答を得た。
(注3)人間はリスクを感知する前に不安を感じているという最新の研究結果もあり、この個所の説明は将来書き換えが必要になるかもしれない。
(注4)今回のインターネット調査では、年収と役職の相関は0.485、成果と年収、成果と役職の相関はともに0.293である。成果と年収、成果と役職の関係は、年収と役職の関係ほど強くない。

 
 
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