ビジネススクール流知的武装講座 [251]

「低炭素化のエース」
原子力発電を活用する二つの鍵

 
 

低炭素社会実現のために欠かせないのが原子力発電の拡充だ。
原子力発電の拡充に向けて、筆者は二つの方策の必要性を説く。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
text by Takeo Kikkawa
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 


原子力発電は温暖化を
防ぐ人類共有の資産


 今年の6月、新しいエネルギー基本計画が閣議決定された。この基本計画は、経済産業省が中心となってとりまとめたものであり、2030年までに、現状38%である自主エネルギー比率(エネルギー自給率に加え、自主開発資源も勘案)を70%程度に上昇させる、34%であるゼロ・エミッション電源比率(原子力や再生可能エネルギーによる発電)を約70%に引き上げるなど、意欲的な内容を盛り込んでいる。
 ゼロ・エミッション電源の目標からもわかるように、新しいエネルギー基本計画の眼目の一つは、低炭素社会の実現にある。ここで問題なのは、同じ低炭素社会の実現をめざしながら、今年3月に発表された小沢鋭仁環境大臣の試案(「地球温暖化対策に係る中長期ロードマップの提案」)と、今回のエネルギー基本計画の平仄(ひょうそく)があわないことである。小沢試案は、20年までに、日本国内で二酸化炭素(CO2)排出量を1990年比25%削減することを打ち出した。

 一方、エネルギー基本計画は、20年時点の数値目標は明示せず、国内でCO2排出量を90年比約30%削減するという30年時点の数値目標を掲げただけであった。個人的な推測であるが、その背景には、エネルギー基本計画が想定する20年のCO2排出削減目標は小沢試案の水準をかなり下回る、それが公表されると経産省・環境省間の閣内不一致が表面化する、そのため経産省は20年の数値目標を明示しない方針をとった、という事情が存在したと思われる。
 ただし、この小稿は、エネルギー基本計画と小沢環境大臣試案とのあいだの不一致をあげつらうためのものではない。逆に、ここでは、両者の一致点に光を当てる。取り上げる一致点は、エネルギー基本計画と小沢試案のいずれもが、低炭素社会実現のための中心的な手段の一つとして位置づけた原子力発電の拡充である。

 原子力発電に関して、エネルギー基本計画は、20年までに九基の新増設と約85%の設備利用率達成、30年までに14基以上の新増設と約90%の設備利用率達成を、それぞれ打ち出した。しかし、この方針に対しては、国民のあいだに、「本当に多数の原子力発電設備を新増設できるのか」「設備利用率をそこまで高めることができるのか」などの疑問が存在する。
 たしかに、9基ないし14基以上の新増設と85%ないし90%の高利用率を実現することは、容易ではない。しかし、ここで銘記すべきは、原子力発電の拡充なくして低炭素社会の到来はありえないことである。原子力発電は、もはや、電力会社の収益のための道具ではない。好きか嫌いか、推進か反対かの立場の違いを超えて、それなしには地球温暖化を止めることができない、他に選択肢のない人類共有の資産なのである。


まだ主役にはなりえない
再生可能エネルギー


 それでは、どのようにして日本で、原子力発電所の新増設と利用率向上を実現するのか。そのためには、早急に、次の二つの方策を講じる必要がある。
 第一は、ゼロ・エミッション電源の二つの柱である原子力発電と再生可能エネルギーによる発電とのあいだに優先順位をつけ、20~30年に向けては、原子力発電の拡充こそが低炭素社会実現にとっての最重要事項である点を明確にすることである。
 表1は、07~30年における日本の電源構成の変化を示したものであり、新しいエネルギー基本計画を承認した今年6月の総合資源エネルギー調査会総合部会・基本計画委員会合同会合で配布された資料に含まれていたものである。この表からわかるように、再生可能エネルギー等による発電の設備容量は23年間に約2.4倍になり、構成比も21%から38%へ上昇する。しかし、肝心の発電電力量についてみると、再生可能エネルギー等の比率は、30年度においても21%にとどまる。これは、再生可能エネルギーによる発電の設備利用率が、太陽光発電や風力発電の事例を想定すればわかるように、きわめて低位にとどまるからである。一方、07~30年の23年間に原子力発電の設備容量は約1.4倍になり、30年度の発電電力量における比率は53%に達する。再生可能エネルギーによる発電の設備拡充に大きな力を注ぐにもかかわらず、30年度時点でもゼロ・エミッション電源の主役は、再生可能エネルギーによる発電ではなく、あくまで原子力発電なのである。



 表2は、主要なCO2削減対策の30年までの累積投資額と削減効果を一覧にしたものであり、資料の出所は表1と同一である。この表の「A÷B」の欄からわかるように、CO2排出削減量一トン当たりの必要投資額は、再生可能エネルギーが43万5000円に及ぶのに対して、原子力発電は3万5000円にとどまる。CO2排出削減に関し原子力発電の費用対効果は、再生可能エネルギーのそれの12倍以上に達するのであり、この面からみても、ゼロ・エミッション電源の主役はあくまで原子力発電なのである。

 第二の方策は、原子力発電所の立地についてだけでなく、運転についても地元に利益を還元することである。
 日本では、現在、排出権取引制度や地球温暖化対策税を導入しようとする動きが急であるが、その基礎にあるのは、排出するCO2に値段をつけるという考え方である。この考え方に立つならば、逆にCO2の排出量を削減した場合には、その分だけ利益が還元されてしかるべきである。07年の中越沖地震で東京電力の柏崎刈羽原子力発電所の運転が停止したとき、一つの原子力発電所がストップしただけで、日本全体のCO2排出量が2%以上も増大した。
 この事実は、原子力発電所が、CO2排出削減にいかに貢献しているかを、如実に示している。したがって、原子力発電所の運転により日本全体のCO2排出削減に貢献している地元には、立地にともなう助成措置とは別に、CO2排出削減が生んだ利益の一部が還元されてしかるべきなのである。これは、CDM(クリーン開発メカニズム)の国内版とでもいうべき方策である。

 原子力発電所の新増設や設備利用率向上が困難に直面している要因の一つは、安全性の問題とは相対的に区別される社会的リスクの大きさにある。現行の立地に重点をおく助成措置だけでは、社会的リスクの問題を解決することができない。現行の助成措置には、(1)設備投資の変動にともなう助成額の変動、(2)原発非立地周辺市町村への助成額の不十分性、などの問題点が存在するからである。




原発立地周辺地域への
利益還元が重要


 「原発銀座」と呼ばれる福井県の嶺南地域には、四つの市町村に五カ所の原子力発電所が立地している。立地にともなう助成金は電源三法交付金などの形で地元自治体に支給されるが、例えば、立地市町村である敦賀市に対する交付金は、98~99年度には18億円から5億円へ、06~07年度には40億円から16億円へ、それぞれ減額された。
 同じく立地市町村である高浜町でも01年度の14億円から02年度の9億円へ、大飯(おおい)町でも93年度の24億円から96年度の3000万円へ、電源三法交付金等が削減されたことがある。このような事態が生じると、原発立地市町村の財政基盤は、不安定化せざるをえない。これが、(1)として指摘した、電気事業者の設備投資の変動にともない地元への助成額が変動するという問題である。

 一方、制度が始まった74年度から07年度までの電源三法交付金等交付実績の累積額をみると、福井県嶺南地域の原発立地市町村へ1007億円、嶺南地域の原発非立地市町村へ174億円、嶺南地域以外の市町村(いずれも原発非立地)へ128億円(福井県へは別に1504億円)となり、かなり偏りがあることがわかる。これが、(2)として指摘した、原発非立地周辺市町村への助成額の不十分性という問題である。
 福井県全体では、原子力発電の運転により日本全体のCO2排出量を3~4%程度削減していると推測されるが、その貢献分が新たに、原発立地市町村のみならず周辺非立地市町村まで含めて利益還元されれば、(1)や(2)の問題は解決に向かう。そうなれば、社会的リスクは軽減され、原子力発電所の新増設と利用率向上への道が広がるであろう。

 繰り返しになるが、日本においては、原子力発電の拡充なくして低炭素社会の到来はありえない。再生可能エネルギーによる発電がゼロ・エミッション電源の主役になりうるのは、早くても21世紀半ばのことである。それまでは、原子力発電が低炭素社会実現へ向けた「絶対的エース」なのであり、本稿で取り上げた二つの方策を講じて、早急に原子力発電所の新増設と利用率向上を実現する必要がある。


 
 
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