職場の心理学 [247]
世界が注目!
フィンランド式チーム活性化プログラム
1990年代前半の大不況から見事に抜け出したフィンランド経済。
復興を支えたのは、企業が人材再活性化のためにこぞって採り入れた
「リチーミング」と呼ばれるプログラムだった。
たった2日の研修で
社員に気力が満ち、
雰囲気が一変した
「上司と部下との意識が統一され、一つの目標に向かってさらに力を合わせていこうという気力が満ち溢れるようになりました。たった2日前のチームとは見違えるほどです」と語るのは、金沢を地盤とする技術集約型商社・三谷産業の中川景介常務である。
情報システムや化学品に強く、前年度の連結売上高が518億円強に達する三谷産業は、21の連結子会社からなるグループを形成している。前から事業の再編・強化を進めており、その一環として昨年、本体の人事部がグループ全体の人事を見ることになった。
しかし、全グループの従業員数は1400人強。450人弱の本体と比べて約3倍の規模であり、それだけ仕事の負担が増える。また新しい部長が他の部署から就いたこともあって、10人いる人事部の精鋭スタッフたちの心のなかに「どうなるのだろう……」という不安が芽生え始めた。
そこで人事部を預かる中川常務が「本来の元気のあるチームに戻り、積極的に課題に取り組んでほしい」と考え、白羽の矢を立てたのが「リチーミング(reteaming)」の研修だった。昨年9月に行われた2日間の研修には新任の部長とともに中川常務も参加、そこでチームの変化のありようを目の当たりにする。
あまり聞きなれない「リチーミング」という言葉だが、フィンランドの精神科医ベン・ファーマン氏と社会心理学者のタパニ・アホラ氏の二人によって、1990年代前半に開発された問題解決・チーム再構築のためのプログラムのこと。当初は問題を抱えた子どもたちを対象にした「キッズスキル」として開発・導入が進められた。
「しかし、次第に大人にも応用できることがわかってきました。そして、企業組織の再活性化に利用できるようにしたものがリチーミングです。自分では気づいていなくても、人は問題を解決する実行可能な方法をすでに持っているという考え方に基づいています」
三谷産業の研修でリチーミングコーチを務めたEAP総研の佐俣友佳子さんはこのように語る。ちなみに日本でこの資格を持っているのは佐俣さんと同社社長の川西由美子さんだけ。また、同社はリチーミングコーチを養成する国内唯一の認定機関でもある。
90年代前半のフィンランドといえば、隣国・ソ連の崩壊の影響で大不況に突入し失業率は2ケタ台へと悪化していた。それが90年代後半から徐々に好転。2001年に世界経済フォーラムの国際競争力ランキングで初めてトップに躍り出てからは上位10カ国の常連になる。失業率も1ケタ台で落ち着き、まさに様変わりの状況である。
その過程で多くのフィンランド企業で活用されたのがリチーミングであった。代表例が通信機器メーカーのノキアで、グループ再編にともなうチームワークの強化に利用されている。また、フィンランド航空、フィンランド国際郵便などでも活用され、「フィンランド企業の人材開発担当者でリチーミングのことを知らない人はいない」(同国IT企業関係者)といわれる。つまり、フィンランド経済復興の“縁の下の力持ち”といってもよい存在なのだ。
そして、ボルボ、ドイツ銀行などリチーミングの効果に注目する他国の企業も現れ、「現在、日本を含め15カ国でリチーミングが活用されています」と佐俣さんはいう。特に日本の場合は、景気低迷で社員の士気が落ち込むなど、90年代前半のフィンランドと似たような状況にあるだけに、リチーミングを活用する余地はかなり大きいものと考えられる。
「リチーミングは、よりよい方向に変わりたいと願っているグループとそこに属する個人が、12のステップに基づいてゴールをセッティングし、そのゴールを達成するためのモチベーションをアップさせながら協力体制を構築していく、総括的かつさまざまなニーズに応える方法です」
開発者のファーマン氏は自著のなかでおおむねこのように説明する。
そのリチーミングの根幹をなす12のステップを示したものが下の図だ。「理想像を描く」に始まり、最後は「成功を祝い、サポーターに感謝する」ステップで終わる。ただし、これらすべてのステップを踏んでいく必要はなく、ケースに応じて取捨選択して構わない。先の三谷産業の研修で実践したのは合計7つだった。
さて、具体的なプログラムの実践であるが、その前に参加メンバーで“準備体操”を行っておくことが重要になるそうだ。「日本の企業組織では、自由に意見をいう雰囲気がまだ乏しいのが現状です。それでは、本当に自分たちが考えている理想像もゴールも出てきません。そこである種のエクササイズを行って、心を解きほぐすことが大切になってきます」と佐俣さんはいう。
「お互い同じことを思っていた」
と気づかせる
三谷産業で行ったのは“伝言指示ゲーム”ともいうべきエクササイズ。まず12人を2チームに分け、おのおのマネジャーとリーダーを一人ずつ任命する。ミッションが与えられるのはマネジャーだけで、そのマネジャーが指示できるのはリーダーのみ。それも筆談で行う。また、リーダーがスタッフに指示を与えるのも筆談である。
「あらかじめ配られたバラバラのカード4枚を交換し合って、各メンバーが同じカードを揃えられるようにする」というミッションであったのだが、達成できたのは片方のチームだけだった。しかし、事の成否は重要ではない。終了後に「自分がどのカードを持っているのかリーダーを通して伝えれば、マネジャーの役に立ったはず」といった意見が出るなど、チームワークの重要性を再認識し、忌憚のない意見を出し合えるようになることが大切なのだ。
そして、佐俣さんが「リチーミングのキーになる」と指摘する1と2のステップ、つまり理想像を描き、それに近づくための具体的なゴールを決める作業に入っていく。まず、たんに自分たちのチーム内の理想像を描くだけではなく、「他の部署から見たら、どんなことをしてほしいと思うか」など、メンバーが多角的な視点で考えられるようにリチーミングコーチは工夫する。
この段階で先の準備体操の効果が早くも表れて、活発な意見が出始める。ほとんどの場合、そこで「お互いに思っていたことは同じだったのか」ということに気づく。そうなれば、一つの理想像に絞り込んでいくのはたやすい。そのとき各メンバーには、理想像に近づくために身につけるべきスキルや、取り組むべき仕事など具体的なゴールがすでに見え始めているからである。
次にそのゴール達成のメリットを全員で確認した後、それに向けてすでに何か自分たちが努力していること、取り組んでいることを洗い出す。というのも、そこに理想像に近づいていくための具体的な問題解決の糸口が隠されているから。先に佐俣さんは「自分では気づいていなくても、人は問題を解決するために実行可能な方法をすでに持っているという考え方に基づいています」と述べていたが、その“方法”を顕在化する作業ともいえる。
たとえば「会社のなかで頼りにされる人事部になる」という理想像が掲げられたら、「どんな問い合わせがあっても、人事部員が同じ内容の答えを返せるようにする」といったゴールの設定が考えられる。すると「それを実現すれば、自分たちの評価が高まる」というゴール達成の利点が得られる。そして「先輩から引き継いだ際のメモがマニュアル代わりになって、問い合わせがあったときに役立っている。人事部全員のノウハウや知恵を持ちよって、その内容を充実させて共有化したらどうか」という方法が浮かんでくる。
このように「人は問題を解決するために実行可能な方法をすでに持っている」という考え方を、心理学の世界では「解決志向アプローチ」という。しかし、私たちは何か問題に直面すると、真っ先にその原因を探ろうとする。それを「問題志向アプローチ」というが、当事者の心のなかに「自分の責任が問われるのでは」という不安が生まれ、原因究明を難しくしてしまう恐れがある。また、原因究明そのものが「問題を解決できない理由探し」へと転化して、チーム全体のモチベーションダウンにつながってしまう可能性も高い。
だから解決志向アプローチでは「解決について知るほうが、問題の原因を探ることよりも有用である」というスタンスを貫く。それなら当事者も前向きな姿勢になれる。また、当事者だからこそわかる問題の解決方法の意見を表明しやすくなる。それゆえリチーミングでは、互いの可能性を信じ、全員の存在を肯定する。そこに問題解決だけでなく、チーム再構築のメカニズムが組み込まれているのだ。
そうやって問題解決の具体的な方法が見出せれば、「マニュアル化で余裕のできた時間を、管理職研修の改善を検討するのに使おう」などといった、成長した自分の姿を想像することも自ずとできていく。しかし、実際に問題解決に向かって行動していくと、さまざまな壁にぶち当たるはず。そこで最終段階では、それらを想定しながらメンバー各自に自信をつけさせる。
「あなたは人の話を聞くのがとても上手だから、悩み事のよき相談役を果たしてくれると思うよ」「この前のプロジェクトは予想以上の成功を収めたのだから、今回も必ずできるはず」などと、思いつくかぎり相手の長所を話し合う。そんな“心の花束”を交換しながら、おのおの自信を深めていく。そして、最後に「私はこれをやります」と皆の前で宣言をし、実際の行動に移していくわけである。
10以降のステップについてはアフターフォローの過程だと考えればいいだろう。なお、サポーターはさまざまな場面で励ましや支援を与えてくれる人のこと。三谷産業の研修のケースでは、大所高所の立場から的確な助言を常日頃から行っている中川常務が、そうしたサポーターの一人であった。
実はリチーミングに対して、精神医学の分野からも関心が高まっているのだ。アルコール依存症治療の現場で解決志向の援助法を活用している、成増厚生病院の東京アルコール医療総合センター長で精神科医局長でもある垣渕洋一医師は次のように語る。
「人間が行動や思考の変化を起こす際の条件は、(1)変化への希望、(2)変化を起こさせる能力・自信に関する楽観的な見通し、(3)変化する利点、(4)変化しないことへの心配・懸念、(5)変化に必要な実際の行動の具体的な計画や考えです。これらが揃っていないと『上から指示されても現場が動かない』『取り組んでもうまくいかず、元に戻ってしまう』ことが起きる。しかし、リチーミングの12のステップは、この5つの条件をすべて満たしています」
特に垣渕医師は、リチーミングがチームだけでなく個人に対しても高い効果を期待できる点にも注目する。そして、飲酒すると止まらなくなるのが問題とわかっていても、飲酒しない生活を想像できずに断酒できないでいるアルコール依存症の人に、飲酒をやめることのできた元依存症の人に会ってもらい、断酒生活の理想像を描くことを勧めている。具体的な理想像を自分の目で見ることで、「変化=断酒」することの価値を見出すことができて、ゴールの設定など他のステップへ進めるようになるからである。
さらに垣渕医師は「リチーミングを通して仕事への動機づけがなされて、チームとして助け合いが盛んになると、ストレスが減り、うつ病の予防に役立つと考えられます」という。先頃の厚生労働省の発表では、09年度にうつ病などの精神障害になって労災認定を申請した人の数は、前年度より209人増え1136人で、過去最高を記録している。メンタルヘルスの面からもリチーミングに対する期待が膨らむ。
翻って考えてみると、これまで日本企業の現場における人材の再活性化では、コーチングが重んじられてきたように思える。しかし、コーチングの対象はあくまでも個人であり、そこにおいてチーム全体の方向づけは行われない。つまり各メンバーがばらばらにコーチングを受けることで、好き勝手な方向へ動き出すリスクがともなう。
個人とチーム全体のモチベーションアップをうまくリンクさせ、問題解決という一つの方向へ導いていくリチーミング。いま、そこに可能性を感じ始めた人は少なくないのではないか。なお、リチーミング開発者のファーマン、アホラ両氏が11月に来日し、講演を行う予定である。
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