ビジネススクール流知的武装講座 [249]

成長に限界なし
「大人の学び」のススメ

 
 

「成長」といって想起されるのは、
20~30代の若手社員であることが多い。
しかし、企業にとって重要なのは、
実は40代以上の社員が「学ぶ」ことにある、
と筆者は説く。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博=文
text by Motohiro Morishima
東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 


戦略と市場の差別化には
働く人の成長が不可欠


 社員の成長は、組織活性化の源泉である。誰でも振り返ってみればわかるように、昨日までできなかったことができたときの喜びは、先へと進む原動力となる。多くの人にとって、成長感をもつとき、大いに働きがいを感じ、意欲が高まるのである。また、こうした仕事を通じての成長や成長感を、働く場所の選択において重視する人材も増えてきた。
 さらに、社員の成長は、経営の視点からも重要である。競争においては、いつも同じことをしていては、いずれは競争相手に追い抜かれる。常に新たな市場を模索し、ほかとは異なった戦略をもって、そこに果敢に切り込むのがビジネスの鉄則である。戦略と市場の差別化は、働く人の成長なくしては達成できない。

 ちなみに、ここでいう「社員の成長」とは、換言すれば、働く人の学びである。企業における人材の成長は、一人ひとりの学びのプロセスが基盤だからだ。なかでも、キャリアの初期は、どちらかと言えば、縦方向の学びが中心である。与えられた仕事をこなすスキルから始まって、基礎的な職務遂行能力を身につけ、その後、専門性を高めたり、管理能力やプロジェクトマネジメント力を獲得したり、いずれにしても上に積み上げていくタイプの学習である。これを「縦の成長」と呼ぼう。
 ただ、現在、もうひとつ重要になってきている学びに、キャリア中期以降(40代前半ぐらいから)、いわゆる「貢献期」における学びや成長がある。背景のひとつには、企業経営の変化があるだろう。現在、多くの企業で、事業の再編や、他企業との事業統合など、ダイナミックな戦略が展開されている。また、多くの企業で、経営のグローバル化が本気モードに入っている。

 このような経営環境で、今、企業が成長し、変化し続けていくためには、貢献期に入った人材の学習や成長がその基盤となる。企業にとって、成長を期待するのは、キャリア初期にある人材だけではダメなのである。なぜならば、企業の変革は、貢献期の人材が主体となって組織を変えることで、初めて達成されるからである。当然のことだが、変革は、キャリア初期の人材に任せてはおけない。貢献期の人材が、環境と戦略の変化に対応し、新たな能力を獲得することが求められる時代に入ったのである。


「大人の学び」が盛んな企業ほど
強みを維持できる


 考えてみると、多くの企業では、これまで働く人の学びの時期を、キャリア初期からミドルぐらいまでの、いわゆる「成長期」だと考え、そこに多くの育成資源を割いてきた。この文章が掲載される頃には、新入社員研修を終えた新人クンたちが、現場に配属されているところだろうか。
 以前に比べると弱体化してきたとはいえ、現場では、ゼロ人前を一人前にするためのOJTが始まる。多くの時間と、上司や先輩のケアがそこには費やされるはずだ。また、それ以降も、比較的短い間隔での定期研修やローテションと、職場でのOJTが続く。新入社員からキャリア中期までの人材育成の仕組みについて、問題がないというわけではないが、キャリア初期に関して、最も心を砕いてきた企業は多いだろう。

 だが、同時に多くの企業で、キャリア中期からの「貢献期」においては、どちらかと言えば、働く人に成長ではなく、成果を求める傾向があるのも事実である。また、マネジメントも、成果に重点をおいたマネジメントである。
 さらに、これに呼応して、働く人も、成長期であるキャリア初期には、一所懸命“学習”や“成長”に専念するが、キャリア後期の、いわゆる貢献期に入ると、もう成長ストップという感覚をもっていたことが多かったのではないだろうか。成長は、主にキャリア初期になされ、それ以降は完成品としての人材として会社に貢献することが、キャリアに関する通常の考え方だった。

 でも、そんなことを言っていられない時代に入ったのである。新たに求められるのは、新たな状況に置かれたときや、異なった戦略のもとで必要なスキルやコンピテンシーを探して、積極的にこれを学んでいくタイプの成長である。「縦の成長」に対応する言葉としては、ややメタボチックに聞こえるかもしれないが、「横の成長」がいいかもしれない。そして、ここで必要とされるのは、近年の学習理論がいう、「大人の学び」(adult learning)である。

 大人の学びが、それまでの学び(例えば学校で行われる)と違うのは、学ぶ「目的」や「テーマ」を、学習者が自ら設定し、それに合わせて、「手段」や「動機づけ」を選んでいく傾向があるという点である。わかりやすい言葉で言えば、学ぶ個人の自律性に強く裏打ちされた学習だといえよう。
 キャリアの中期以降は、成長という視点から見て、決してアガリのポジションではなく、この時期こそ、本来の意味での自律的成長が求められるのである。企業からのおしきせではなく、自律的に、自分で学習すべき内容を決めて、成長していく。それも、企業やその戦略の変革に合わせた自律的成長である。そのため、自律的成長という言葉よりは戦略的成長と言うほうがよいかもしれない。そうした「大人の学び」が盛んな企業ほど、企業としての強みを維持できる時代になってきたといえよう。

 ただ、実際には、こうした大人の学びを、キャリア中期から後期の人材に求めるのは難しい。幾つかの壁がある。
 まず、モチベーションの壁である。一般的に、大人の学びは、それが自律的であるだけに、内発的意欲によって支えられている場合が多い。テストで点をとりたいとか、昇給、上位のポストなどを目指す、というだけではなく、学ぶこと自体に意味とか、意義を見出すことで動機づけられるタイプの学習である。
 だが、貢献期の人材は、多くの場合、基本的には、成果を挙げることで報酬が得られる時期に入っている。つまり、インセンティブは成果を挙げることに対して提供されるのである。逆に、例えば、なりたい自分を目指しての、新たな能力やスキルの学習は、一時的にせよ、成果を挙げることを邪魔する可能性がある。学んでいる間、成果が低くなるのである。特に、成果主義のもと、この傾向は強い。成果主義のインセンティブが、学習意欲の邪魔をするのである。

 第二に、レリバンシーの問題がある。
 レリバンシーとは、関連性などと訳されるが、本当の意味は、学習内容が自分にとってもつ意味とか意義のことである。つまり、ある内容を学ぶことが、自分にとって意味があるかということである。同様の概念に実務性(prac ticality)があるが、これは、もっと直接に、今の自分の仕事やキャリアに役に立つかどうかを意味し、主にキャリア初期で問題にされる種類の意義である。「大人の学び」に関する理論では、学ぶことのレリバンシーが、内発的意欲へと転換され、学ぶ意欲の基礎になると考えられている。


中堅社員の学びは
自己管理が難しく、迷いが多い


 ただ、難しいのは、戦略変化や、企業変革、横への成長の対応のための学習の場合、レリバンシーを感じ、これが内的意欲に繋がるためには、もともとの戦略変更や変革の方向性に、一人ひとりが共感をしていることが必須なことである。その意味で、新たなビジョンの共有や方向性へのコミットが必要になる。ただ、これは同時に一人ひとりが、今まで信じていたものを否定する側面も含まれるので困難である。信じていたものの破壊は、働く人のアイデンティティ(自分意識)を壊す可能性があるからである。

 では、どうすればよいのか。キャリア貢献期の学習が、大人の学習であればこそ、それにあった企業としての支援が必要になってくる。まず、第一に重要なのが、成長意欲の維持である。私は、成長意欲の根本は、「学びの成功体験」の活性化だと考えている。学びの成功体験とは、「チャレンジ→挑戦→学び→成長感→さらなるチャレンジ」という流れのことであり、これが回り出すと、自律的な成長のサイクルが回り始める。ただ、通常は、こうしたサイクルは、ほっておいても回り始めないので、少し背中をおしてあげるのである。いうなれば、ポジティブフィードバック(つまり、褒めること)を通じて、最初は、このサイクルを外からの支援で回し始めるのである。

 ここで重要なのは、企業と個人の対話である。一般的に、「大人の学び」には、迷いが多い。キャリア初期と違い、どこへいけばよいのかについての、与えられた指針がない。そのため、自己管理が難しい。周りから提供される適切なフィードバックは重要なのである。
 どんなに自律型の人材でも、自らがどれだけ成長しているのか、また“正しい”に向かって進んでいるのかに関する何らかの評価やフィードバックがないと、いずれは頓挫する。フィードバックを通じて、学んでいる方向のレリバンシーを確認し、そこからモチベーションを高めるのは、成長を促進するための重要な支援である。
 逆に、働く人から見れば、適切なフィードバックを受けることができるように行動することも必要だ。このことをフィードバック・シーキングという。自分で信用のおける他人から、フィードバックを求めるのである。

 そしてもう一つが、自分自身によるリフレクション(振り返り、内省)である。つまり、自分自身で成長の軌跡を跡づける機会である。最近の学習理論によると、大人の成長過程において、リフレクションは極めて大きな学習効果に結び付くことがわかっている。自律的成長の大きな一部が、自己による成長の跡づけなのである。これはキャリア前半の縦の成長過程でも重要だが、特に後半の横の成長過程では鍵となる。
 当然だが、この時期にリフレクションによって成長実感をもたせるのはとても難しい。ほっておくと、こうした人材は、成長期を卒業したと安易に考えて、成長への意欲をもたなくなる。この時期でも、ロールモデルの設定、多彩な経験の提供、チャレンジ度の高いローテション、研修の場など、複数の学習機会を提供して、振り返りを促進し、成長実感をもってもらうことが重要だ。

 社員の自律的な成長への働きかけと支援が本当に必要なのは、キャリア貢献期なのである。中堅以降で、“成長の終わり”では、会社の変革は起こらないし、また本人の意欲も減退してしまう。これまで自律的成長というと、主に若い人へのメッセージが多かったように思うが、企業の競争力の根源は、やはり本格的なプレーヤーになった人材の継続的な成長なのだ。企業は、特にこの時期の「大人の学び」を応援する必要がある。


 
 
PRESIDENT 2010年8.2号
PRESIDENT 2010年8.2号
税込価格 690 円
売り切れ
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更