職場の心理学 [244]
グーグル式「管理しない人事」が
イノベーションを起こす
組織が巨大化してもベンチャースピリットを失わず、
斬新なアイデアを発信し続けるグーグル。
社員の自発的な創造力を促すためにあえて組織を管理しない
その経営手法は知識創造型産業のモデルとなるのだろうか。
「普通の会社」では
新しい技術は生まれない
いかなる大企業も最初は小さなベンチャー企業だった。新しい技術や商品を武器に市場に少人数で攻め入るが、やがてシェア拡大とともに社員が増え、組織が肥大化していく。必然的に階層化と人事管理による業務の効率的遂行を追求していくことになる。
しかし、そうした管理手法は、ベンチャーの持つ絶えざる技術革新と、それを支える社員の“情熱”を奪うという、副作用を伴う。ある者は組織に息苦しさを感じて退出し、ある者は組織に慣らされていく。行き着く先は大企業病である。
そうであるなら最初から組織(階層化)をつくらない、社員を管理しないほうがよさそうだが、果たして可能なのか。
ベンチャー企業から巨大ネット企業に変貌したグーグルは、検索・広告・ネットサービス分野で驚異的な成長を実現し、創業12年目にして社員数2万人を超える。このグローバル企業の原動力は旧来型組織モデルの「普通の会社」の否定にある。
同社の吉田善幸人事部長は「世界にない新しい技術や製品を生み出していくには、普通の会社と同じやり方ではだめだという発想があります。社員が自発的に自分の仕事にバリューを加えるような創造性を維持するには、できる限り階層をつくらず、仕事を管理しないことに尽きる。仕事に『管理』が入れば、イノベーションは絶対に生まれません」と言い切る。
確信の原点にあるのは創業者の原体験だ。共同創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが開発した検索エンジンは、知人のガレージを借りて、少人数で寝食をともにしながら打ち込んだからこそ生まれた。その体験が、クリエーティブなものをつくり出すには小さな集団がやりたいことに情熱を注ぐべきという価値観となり、その姿勢は「会社がどんなに大きくなっても維持していく」(吉田部長)という。
主役である現場の社員が情熱を持って自発的に仕事に取り組む環境をつくるには、組織のフラット化を追求すると同時に“管理しない”仕組みを醸成することが重要だ。同社はどんなに社員が増えても、部門内の階層を無闇に増やさないようにしている。そうなると一人のマネジャーが面倒を見る部下が増える。実際に30~50人を抱えるマネジャーもいる。細かく管理できないことが、結果的に部下の自主性を促すのだ。
もう一つは上司の特権であった情報の独占の排除だ。イントラネット上には経営会議の内容から進行中のプロジェクトの中身にいたるまで、あらゆる情報が全社員に開示され、誰もが閲覧できる。したがって上司が情報管理によって部下を無理やりコントロールすることはできない。また、管理職の権限で部下に「いつまでにこれをやれ」という指示もさせない、というより、できない構造にすることで社員の自由度を担保している。
当然、社員にも自ら動いて成果を挙げるという能動性が要求される。上司の指示を待つ社員は必要とされない。それを象徴するのが同社のエリック・シュミットCEOの「If you want complete order, join the Marines」(一からすべて命令してほしいなら、海兵隊に行けばいい)という言葉だ。
「上司のジョブオーダーがないので、自分からネットワーキングして情報を取りにいくなどして仕事を進めることが求められるし、そういう人が一番生きる会社です。逆に上司の指示がないと動けない、階層のカベをぶち壊して自分の領域を広げられない人には、よい仕事はできません」(吉田部長)
社員には、職務記述書に記されるような明確なタスクは存在しない。特定の仕事に従事する人ももちろんいるが、様々なプロジェクトにまたがって仕事をするケースのほうが多い。検索エンジンの品質向上チームや地理情報チームにいても他のプロジェクトチームを掛け持ちするエンジニアもいるし、一つのチームが複数の拠点にまたがる場合もある。
じつは、あえてそうしている。社員の仕事が複雑に絡み合うことで新たなアイデアが生まれることを期待しているのだ。
「デザインド・ケイオス(designed chaos)と呼んでいますが、それぞれのタスクを整然と効率的に区切るのではなく、あえて重なり合うようにします。当然、小さな集合知同士がぶつかることもありますが、それは付加価値を生むために必要な摩擦であり、そこから新しいものが出てくる可能性もあるのです」(吉田部長)
同社には会社組織図が存在しない。社員がお互いの垣根を越えることで生まれる“化学変化”がイノベーションを起こす契機になる。
趣味と仕事の境界のない領域から
アイデアが生まれる
組織のカベを取り払い、社員の自発性を促す仕組みはそれだけではない。
「グーグルカルチャークラブ」と呼ばれる、社員同士が共有ドメインを使って集まる自主的なコミュニティは100を超える。ラーメン好きが集まる「ラーメン.JP」から「ゴルフ.JP」、なかには横浜を愛する「横浜.JP」なるものもある。また、毎週金曜日の5時から、トップを含めた全社員がビールやワインを飲みながら交流する「TGIF(Thank Goddess It's Friday)」という会もある。
有名なのが「20%ルール」だ。週1日もしくは月に4~5日、就業時間の20%を、会社と社会をよくする目的であれば個人的に好きなテーマに割いてもいいというルールだ。例えばエンジニアがこんなものがあればおもしろいのに、と思うプログラムを書いて世界中に発信する。様々な意見が寄せられ、皆がおもしろいという話になれば、最終的に製品化される場合もある。
新聞サイトの記事をカテゴライズして表示する「グーグルニュース」、コンテンツ連動型広告配信システム「アドセンス」、無料メールサービスの「Gメール」も20%ルールから生まれた。じつはほとんどの製品のアイデアはこうした趣味と仕事の境界のない世界から生まれており、同社のイノベーションの源泉になっている。
マネジャーは部下を管理しないと述べたが、部下がそれぞれ勝手な方向に動き出せば収拾がつかなくなる事態も予想される。ではマネジャーの役割とは何か。吉田部長は「部下の考え方を聞きながら、仕事をコーディネートする指揮者のような役割に徹する。部下は自ら腑に落ちなければ自発的には動けない。マネジャーには、部下がリスクを取って仕事にチャレンジするための潤滑油的役割が求められている」と指摘する。
管理せず、仕事の指示・命令も出すことはないが、それでいて自分が担当する部門の結果は求められるマネジャーの仕事というのは、決して容易ではないだろう。部下一人ひとりのやりたいことについて、じっくり耳を傾けながら、創造性が発揮できる仕事を部下自ら見つけられるように導いていく。同時に会社のベクトルやチーム戦略の方向性を指し示し、全員の合意を得る努力も必要である。
管理職の役割は
組織を常に活性化させること
さらに仕事の進捗状況を常にチェックし、改善のためのフィードバックを日常的に行わなければならない。同社では四半期ごとに目標に対する評価面談を実施し、新たな目標を設定する。しかし、実際はやっている仕事が1カ月で陳腐化する可能性もあり、ほとんどのマネジャーは1カ月単位でチェックしているという。
加えて、直属の上司と部下が週一回程度「One on One(ワン・オン・ワン)」と呼ぶ30分程度の面談を行っている。上司はそこで部下が現在どんな仕事をしているかを把握し、必要に応じてアドバイスする。「“ニコポン上司”ではまったく通用しない」(吉田部長)。
マネジャー以上の役職者は組織を活性化することが常に求められている。年に一回、グローバル規模の社員意識調査を実施しているが、マネジャーやディレクターをはじめ役員やトップも調査の対象になる。
「調査により、どこのファンクションの社員が何に満足し、何に不満を抱いているのかや、職場の雰囲気などがわかります。自分のマネジャーは仕事の改善に役立つフィードバックをちゃんとくれているか、という具体的質問もあり、年に一回、通信簿のように赤裸々に評価されます。マネジャーはそれを見て、自分の組織を活性化するには何が必要なのかを考え、アクションプランを策定し、実行することが求められます」(吉田部長)
マネジャーをはじめとする役職者は、主役である最前線の社員が自ら創造性を発揮し、イノベーションを起こし続けることを支える黒衣として、重要な役割を担っている。
社員の活性化の仕組みとして、近年注力しているのがキャリアプランニングの支援である。その一つがグローバル規模の異動を可能にする社内公募制である。イントラネット上に世界中のポジションが明記され、一定の基準を満たしている社員なら誰でも応募ができる。他の外資系企業では珍しくない制度であるが、導入したのは同社の意識調査の結果だった。
「正直に申し上げると、業容が拡大し、人口爆発のような勢いで社員が急激に増加したこともあり、一人ひとりのキャリアを考える余裕がありませんでした。社員意識調査によると、世界から注目される会社に成長し、会社に対する満足度は高いが、自分の数年先のキャリアが描けないといった悩みを抱いている人も少なくない。そこで、社員が自らのキャリアを描き、領域を広げるために自ら手を挙げて異動できる仕組みを導入したのです」(吉田部長)
自分の気に入ったポジションに応募した人は、そのポジションを担当するリクルーターの面接を受けて合否が決定する。部下が合格した場合、マネジャーに異動時期の交渉権はあるが、拒否権はなく「相手のマネジャーが欲しいと言ったら、それで決まる」(吉田部長)仕組みである。制度導入以降、キャリアに対する満足度が改善し、加えてグローバルな流動化がかなりの規模で進んでいる。世界各地のオフィスの社員が“多国籍化”する日もそう遠くないという。
社員は即戦力となる中途採用者が圧倒的に多いが、2006年から新卒採用にも乗り出している。だが、他の日本企業のような“ポテンシャル採用”ではなく、専門能力に秀でたプロフェッショナルしか採用しない。
「日本のソフトハウスのように、資質があれば文系でもプログラマーに育成します、という採用はしていません。エンジニアであれば、コンピュータサイエンスという学問を究めた一流の専門能力を持った学生を求めています。よく新卒の魅力として何も染まっていない真っ白であることを評価する企業もありますが、うちは逆に真っ白なタイプは必要ありません」(吉田部長)
新卒採用数は決して多くはないが、初任給は学卒、修士卒の区別なく、個々の能力に応じて支払っているという。これも日本企業の一律初任給制度と一線を画している。
組織のフラット化をはじめ、旧来の経営組織論に基づく組織・人事管理手法を否定し、日本企業の伝統的経営からも逸脱したグーグルの経営手法は、知識創造型産業のモデルとなるのか。グーグルの挑戦は日本型経営モデルの変革を促す可能性を秘めている。
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