ビジネススクール流知的武装講座 [246]
ギリシャ、PIIGS……
「ユーロドミノ倒し」は防げるか
ストライキの実施などで、ますます先行きが不透明な
ギリシャの財政危機。
ユーロ圏諸国は、危機の飛び火を防ぐため、
ギリシャ救済に本腰を入れて取り組み始めた。
ギリシャ「金融支援プログラム」の
三つの焦点
「プレジデント」2010年4月12日号に「『PIIGS』の躓き、ユーロ崩壊の危機」と題して、3月初めの段階の状況を踏まえて、ギリシャの財政危機について執筆した。そのなかで、「ギリシャ国内で公務員労働組合組織がこの財政再建策に反対して、ストライキを行うなどの抵抗勢力が存在することも、ギリシャの財政再建計画の実現を一層困難なものとしている」と指摘した。その危惧が実際に起こった。ギリシャで労働組合組織が、財政再建計画のための緊縮財政に反対して、空港、鉄道、病院、学校でストライキを実施し、ギリシャは麻痺状態となった。さらに、5月5日には3人の死者が出るという事態に発展した。ギリシャの財政危機は、ここに来て、財政再建計画に反対する労働組合組織の抗議行動が沈静化するか否かに依存する状況となった。労働組合組織の抗議行動が沈静化し、麻痺状態が解消すれば、財政再建計画の実施に向けて動き出すことになるが、そうでない場合には財政再建計画の実現は遠のくことになりかねない。
このような緊迫した状況のなか、ギリシャの財政危機に対してユーロ圏諸国が5月7日の緊急首脳会議で800億ユーロの金融支援、そして、国際通貨基金(IMF)が5月9日の理事会で300億ユーロの金融支援を行うことを決定した。両者の合計1100億ユーロがギリシャへ金融支援される。ギリシャの名目国内総生産(GDP・2009年)が2374億ユーロであることと比較すると、GDPのほぼ半分の金融支援を受けることとなる。また、09年末時点の公的債務残高がGDP比の115%、すなわち、2732億ユーロである。ユーロ圏諸国とIMFからの金融支援は、その公的債務残高の半分弱をカバーする。この1100億ユーロのギリシャへの金融支援に寄せる期待は、ギリシャのみならずユーロ圏諸国にとっても大きい。
IMFによれば、ギリシャの今後の財政状況等の推移について次のような見通しを立てている。09年から11年にかけてマイナスの実質GDP成長率から、12年にプラスに転じて、15年には2.7%の実質GDP成長率に達する。財政収支は、09年のGDP比13.6%の赤字から15年にはGDP比2.0%の赤字へ縮小すると計画している。そのため、公的債務残高は、09年末のGDP比115%から15年末には140%に累積することにとどめる。さらに、経常収支は、09年にGDP比11.7%の赤字から15年にGDP比1.9%に縮小する一方、対外純債務は、09年の対GDP比86%から15年に102%へ累積するにとどめる。
800億ユーロを金融支援するユーロ圏諸国とともに、IMFも300億ユーロのスタンドバイ取り極めによる金融支援を3年間にわたって行い、ギリシャ政府の経済調整プログラムを支援する。スタンドバイ取り極めは、通常、出資割当額(クォータ)の2倍であるが、ギリシャの場合には特別のケースとしてギリシャの出資割当額の32倍以上の金額に相当する金融支援がIMFから実施される。なお、このように、出資割当額の2倍を超えて、金融支援を受ける特別のケースでは、高めの金利が設定される。
金融支援プログラムでは、(i)財政の持続可能性を回復すること、(ii)対外競争力を高めること、そして(iii)金融部門の安定性のためにセーフガードを講ずることに焦点が当てられている。
(i)財政の持続可能性の回復については、13年までに具体的な方策によって財政健全化を図る。それによって、信認を強めて、市場アクセスを回復し、公的債務残高のGDP比を13年以降、低下経路へ導く。
(ii)対外競争力の回復については、名目賃金引き下げと費用削減と価格競争力向上のための構造改革を行い、投資・輸出主導の成長モデルにギリシャ経済を移行させる。また、経済における政府の透明性を改善し、その役割を小さくする。
(iii)金融部門の安定性のためのセーフガードについては、デフレに備えて、銀行の支払い能力問題に対処するセーフティーネットを拡大するために、金融安定化基金を設立する。ソブリンリスクの高まりから発生する流動性問題を緩和するために、既存の政府の銀行流動性支援ファシリティを拡大する。
これらは、IMFによるコンディショナリティと呼ばれる、金融支援のための条件である。ユーロ圏諸国は、IMFとともに金融支援を行うことによって、IMFによるコンディショナリティをギリシャ政府に課した。
さらに具体的にコンディショナリティを見ると、14年までにGDP比3%以下の財政赤字に縮小するという財政再建はギリシャ政府および国民にとって厳しいものとなっている。財政赤字縮小のために、政府支出が13年までにGDP比5.25%削減される。年金と賃金を3年間にわたって引き下げ、凍結し、そして、クリスマス、イースター、夏のボーナスを廃止する。政府収入は、付加価値税、奢侈税、タバコ税・酒税を引き上げることによって、13年までにGDP比4%を増やす。ギリシャ政府は、脱税者に対する徴税を強化する。これらの構造改革から得られる税収の増加と支出の削減は、徐々に増加してGDP比1.8%に達すると期待される。さらに、軍事費の削減も求められている。
このように徹底した財政再建策のためのプログラムがIMFからギリシャ政府に提示され、ユーロ圏諸国もこのコンディショナリティを評価し、IMFとともにギリシャ政府に金融支援を行うことを決めたことから、ギリシャ政府はこのプログラムを実施していかなければならない。その実施を成功させるためには、年金や賃金の引き下げ・凍結が含まれていることから、労働組合組織からの理解を得ることが必要である。労働組合組織がこのプログラムの実施に抵抗し続け、ギリシャ政府がそれを抑えきれないならば、IMFによるコンディショナリティを満たせず、ギリシャの財政危機の解決は遠のく。
PIIGSのGDPは
ユーロ圏全体の35%
ギリシャのGDPはユーロ圏諸国全体の2.7%にすぎない。もしギリシャの財政危機だけにとどまるのであれば、ユーロ圏諸国としては、それほど大きな問題ではなかったかもしれない。しかし、ギリシャの財政危機が、同様に財政赤字および公的債務残高の大きい、いわゆるPIIGS(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の他の諸国に飛び火するようなことが起こると、PIIGSはユーロ圏諸国全体のGDPの35%に達することから、ユーロ圏そのものの問題としてPIIGSの財政危機に直面しなければならなくなる。そのような事態を回避するために、ユーロ圏諸国はギリシャの財政危機にIMFと取り組まざるをえなくなったのである。
さらに、ギリシャの財政危機が他のPIIGSに伝染した場合(正確には、リスボン条約第122条第2項に基づいて、自然災害と同等の「制御できない例外的な事態」に直面した場合)に備えるために、欧州連合(EU)は最大5000億ユーロの「欧州安定化メカニズム(European Stabilization Mechanism)」を創設することを決めた。今後、他のPIIGSで起こるかもしれない財政危機が人災ではなく、天災のように「制御できない例外的な事態」かどうかは議論のあるところではあるが、ギリシャの財政危機が他のPIIGSに伝染することを阻止しようとするものである。5000億ユーロのうちの最大4400億ユーロは、ユーロ加盟国政府によって比例配分で保証された特別目的事業体を通じて金融支援が行われる。IMFもこのために最大2500億ユーロを融資する。この「欧州安定化メカニズム」は、IMFと同様のコンディショナリティを課したうえで実施されることになることもEUで合意がなされた。とりわけ、ギリシャにおける財政に関する統計処理の不備による財政赤字の上方修正に代表される財政規律の欠如から発生した財政危機を踏まえて、EUはとりわけ財政状況に対するサーベイランス(監視)の実施を行うことにしている。
ギリシャの財政危機を契機に、ドイツなどで、欧州(ユーロ)通貨基金=Euro(pean)Monetary Fund:EMF=の創設の議論が起こっていた。例えば、ドイツのシォイブレ財務大臣は、厳しいコンディショナリティと財政規律を強制する罰則によって裏づけされたEMFの創設を提案している。また、財政規律を遵守させて、モラルハザードを防止するために、一種の保険制度のようなEMFがグロスとマイヤーによって提案されている。すなわち、マーストリヒト条約で決められたユーロ導入の経済収斂条件である財政赤字のGDP比3%や公的債務残高のGDP比60%を超過した国だけが、その超過分に比例して、EMFの分担金を負担しなければならないというものである。これによって、モラルハザードを防止しようというものである。これは、無事故無違反のゴールドの運転免許を持っている運転手の保険料を安くし、過去に事故や違反をした運転手には高めの保険料を設定することによって、今後の事故を防ごうとするものと同じである。このようなリスク連動型の通貨基金はモラルハザードを防止することが期待されるかもしれない。
ユーロ圏諸国は、ギリシャの財政危機が他のPIIGSに伝染することを止めるために、IMFによる財政再建のためのプログラムを利用した。しかし、このコンディショナリティがギリシャ国民、特に公務員労働組合組織に受け入れられるかどうかに依存して、ギリシャの財政危機、ひいては、PIIGSの潜在的な財政危機を抑えることができよう。同時に、財政規律を保ち、モラルハザードを抑制するスキームが求められている。










