職場の心理学 [243] ●上野正雄

「事業の縮小・撤退」
経営スタッフは現場をどう納得させるか

 
 

事業本部長とのせめぎ合い、高度化する事業内容、
経営計画の形骸化……。
各事業部への権限委譲によって
経営企画部の悩みとストレスは増えるばかりだ。
いま「会社の中枢部門」では、何が起きているのか。

 
 

プライスウォーターハウスクーパース ディールズ部門
上野正雄
Masao Ueno
●うえの・まさお PwCアドバイザリー(現・プライスウォーターハウスクーパース)にて、一貫してM&Aや事業再生に関わる戦略・業務コンサルティングに従事し、所属グループをゼロから70名の組織にまで発展させ、現在も活躍中。

面澤淳市=構成
高橋常政=イラストレーション

 
 

仕事の高度化・細分化、
各本部長の反発……
経営企画部の重圧


 大企業トップの意思決定を助けるのが本社スタッフ部門の花形、経営企画部だ。責任は重く、やりがいも大きい。しかしその分、過重なストレスにさらされている。
 経営企画部の部課長は、一般に次のような悩みを抱えている。
(1)経営計画の方向性や内容について事業本部長から反発を受ける。
(2)事業が高度化・細分化しているため理解不足が生じ、現場との議論がかみ合わない。
(3)事業本部と数値目標を調整しきれず、経営計画が形骸化してしまう。
 以下、順に問題点と解決策を示していきたい。

 まずは、事業本部長との関係だ。
 経営企画部は、社長が示す大まかな経営方針や長期ビジョンを拠り所に、具体的な中期経営計画を作成することが多い。経営方針はあくまでも抽象的・概念的なものだ。これを血肉化し、3年後までにどのような目標をどのような工程によって各事業が実現するかというガイドラインを示すのだ。
 しかし、近年はこれが難作業になっている。
 たとえば大手メーカーの多くは事業本部制やカンパニー制を採用し現場への権限委譲を進めている。会社の一部にすぎないとはいうものの、巨大メーカーなら一つの事業本部が売上高1兆円、従業員1万人を超えることも珍しくない。それだけの事業を統括する事業本部長は、多くの場合、役付役員を兼務する50代、60代の実力者だ。
 彼らは優良企業の社長に匹敵する権限と威厳と経験を備えている。エリート集団の経営企画部といっても、30代、40代の部課長クラスでは議論をするにしても太刀打ちできない場面が出てくるのだ。

 いちばん困るのは、全社を見渡したポートフォリオ的観点から、ある事業の縮小・撤退を通告するときである。事業本部長はおおむねその事業に思い入れがあるし、将来性について深い洞察を持っている。
「この事業については私のほうがよくわかっている。いまのところお荷物のように見えるかもしれないが、まだまだこれだけの可能性がある。お客さんのニーズも衰えていない。したがって今後も前回の中期計画なみの投資が必要だ。そもそも君らのような“内務官僚”は数字だけで物事を判断するが、この事業は何万人もの従業員が関わっているんだぞ。今後彼らをどうやって食わせていけばいいのか」
 こんなふうに押し返されたら、相手を説得するのは至難である。しかもこれは珍しいケースではない。経営企画部の部課長には、この種のせめぎ合いを乗り切るタフさが必要なのだ。

 ところが実際には、深刻なせめぎ合いを回避しようと、仕組み自体を変えてしまった会社もある。経営計画づくりを経営企画部が主導するのではなく、各事業本部にそれぞれの計画を立てさせ、それをただ足し算して全社の中期経営計画とするのである。
 もちろんこれは本来の姿から大きく逸脱している。経営企画部は単に事業本部から上がってきた情報を取りまとめるだけが仕事ではない。全社的な視点から各事業の将来図を描くとか、事業間のシナジーを生み出すために部門横断的な検討を指示する、といったところへ踏み込まなくてはならない。せめぎ合いを嫌い、議論を避けてしまっては本末転倒なのだ。

 では、どうすればいいか。
 まずは事業本部長の思いや悩みを事前に十分汲み取っておくことだ。そのうえで、全社の経営視点という立ち位置は絶対に確保しつつ、定量数値をもとに事業本部長と対等な議論を展開するのである。
 その場合、公式な場面以外に、さまざまな機会をとらえて接触しておくことも大事である。事業本部長やその下にいる事業企画担当の人たちと「せめぎ合い」の場を設けながら、ひざ詰めで議論を重ねておく。そうしないと、実のある経営計画はできないというのが多くの企業にて計画策定を支援した経験的な事実である。

 悩みの二点目は、事業内容への理解不足をどうするかということだ。
 企業は生き物である。コア・ビジネスが電機事業であったとしても、GEのように金融やインフラ事業に強みを持っていたり、ソニーのようにゲームや映画事業に乗り出していたりと、巨大企業は非常に多岐にわたる事業を抱えている。そのため経営企画部のエリートといえども、すべての事業に精通することはたいへん難しい。
 一方で現場の社員は、専門分野にどっぷりと浸かり、お客のニーズを細かいところまで把握している。事業内容は複雑・高度。彼らと話をするときは、ややもすると専門用語の羅列に終始し、全社的な見地からの座標軸を見失いがちだ。そんな相手と、どのようにせめぎ合っていけばいいのか。
 大事なことは、あくまでも同じ土俵の上で議論を展開するということだ。少なくとも専門用語の多用を避け、わかりやすい共通言語を最初に定義することが必要だ。そのうえで、いちいち論点を確認・共有しながら現場を巻き込んでいく。現場にもわかる言葉で、なおかつ戦略的、財務的な要素もうまく組み込みながら、わかりやすい議論をしていくのだ。

 議論を進めるときは、最初に会社が考える事業の全体像を提示する。これは最終的な結論であり、変えることはできない。ただ、その結論に至る前提として、いくつかの論点がある。それを一つひとつつぶしていくのだ。
 たとえば戦略的な側面からは、次のような問いかけが有効だろう。
「この事業はグループの方向性に照らして整合性がありますか。やりたいことはわかります。でも、いま会社が目指している方向性とは一致しません。また、経営課題の解決に資するような投資ともいえないのでは?」
「たしかに新規事業としてはおもしろいと思います。その意味で価値はある。しかし他の事業との関連性、シナジーは本当にありますか。この事業によって、いま持っている資産を有効に活用できますか。希有な資産で、なおかつ希少性のある事業ですか?」
 このほか財務面や、将来どういうリスクがあるのかという内容を含めて、具体的な論点、わかりやすくて大きな論点を設定する。

 次に重要なのは、それを定量化するということだ。経営企画部は最終的な総合評価をしなくてはならない。曖昧な議論をかわすだけでは、結論に行き着くことができない。
 たとえば「会社の方向性と合っていますか?」と問いかけるときに、評価軸が曖昧だと、場合によっては相手に「こう考えれば合っているはずだ」と強弁することを許してしまう。
 それを防ぐために、たとえば10本の軸をつくって、その事業への評価を定量化する。そののち、お互いに納得感のあるひざ詰めの議論の中で、評価を固めていくというプロセスが大事なのだ。

 二点目の悩みをまとめると、日常的にその仕事を手がけているのではない以上、事業内容への理解が不足しているのは仕方がない。だから最初は大づかみの論点ベースで話をし、その中で具体的に定量化を重ねていく。結果として、総合評価が導き出される……。こういう議論の進め方が必要なのだ。
 言葉を換えれば、現場の人たちを自分の土俵へ引っ張り込むということだ。これなら、話がかみ合わないということはなくなるだろう。


経営計画を形骸化させない
「三つのプロセス」


 悩みの三点目は、事業本部との数値目標を調整しきれず、計画自体が形骸化してしまうということだ。
 事業本部側にいわせれば、中期経営計画における数値目標の目線が高すぎる。そのため、現場がより堅めの見通しをもとに年度予算を組んでしまう。結果として中計の数値と予算とが乖離し、計画自体が実効性を失ってしまうのだ。
「俺たちはこのために年間の半分くらい時間を使っているのに、現場はほとんど計画を見ていないのか……」
 経営企画部のスタッフは、さぞ無念だろう。
 この形骸化という問題は、さまざまな業種で起こりうる。メーカーばかりか、数字にはうるさいはずの銀行でも意外に多いことが判明した。

 地方銀行と第二地方銀行の決算を例にとると、一昨年度、中期経営計画を見直した銀行は30行に上った。そのうちデータを公表している17行について、中計における予測と実績の乖離を調べてみた。
 すると、17行のうち実に半数以上が20%以上も予測と実績が乖離していた。大部分は実績のほうが悪い。
 銀行はお金を貸すとき、融資先に対して「計画蓋然性の高い、堅い数字をつくれ」とさんざん要求するが、足許を見ると自分たちもまったくそれができていないのだ。銀行でこれなら、他の業種は推して知るべし。
 多くの企業で中期経営計画は形骸化している。「当社は大枠でこういう方向性をめざします」と発表するだけの、根拠の薄い数字に成り下がってしまった。これは由々しい問題である。

 どう立て直していくべきか。
 参考にすべきなのは、経営が傾き再生が必要になった企業である。そういった再生企業の経営計画は、次のA・B・Cのプロセスでつくられる。
 まず「A」は、アナリシス(Analysis)。マクロの環境変化やその予兆をミクロの経営にどう生かすかという分析である。
「B」は、足許を固めるという意味のベースメント(Basement)だ。要は最も堅いミニマムに近い売り上げを見込んでおくということだ。
 そして「C」は、コンストラクション(Construction)。上に積層していく力、追加施策の積み上げである。平たくいえば、たとえば営業努力によって来年度はどこまで上積みできるか。その一個一個の根拠のある積み上げをどこまでできるかを考える。
 A・B・Cの観点から計画をつくることによって、予測と実績との乖離を少なくしていくことができるのだ。

 なぜ再生企業はこのような手順を踏むのか。再生を要する企業は、おおむね一時的にキャッシュが逼迫し資金ショートに見舞われる。その分はメーンバンクが追加融資をすることになるが、銀行はしっかりとした蓋然性の高い管理をしようとする。そのために企業に慎重な手順で中期経営計画を策定することを要請する。
 しかし本来は再生企業だけではなく、一般の大企業でも経営企画部が緻密に関与することによって、経営計画の確かさを担保していくべきだろう。
 いまは先の読めない時代である。中期経営計画を3年に一回つくれば安泰だとはとてもいえない。情勢の変化に合わせて、適宜見直していく必要がある。その際、A・B・Cのように蓋然性を担保する仕掛けを計画段階から織り込んでおけば、計画の形骸化を防ぐことができ、見直しもスムーズにいくはずだ。

 一般企業の経営計画において、最も不足しているのはC=コンストラクションの部分である。例え話ではあるが、各営業部の部長が「前年実績から推して、これくらいにはなるだろう」とざっくり積み上げているのが実態だ。したがって裏づけに乏しい。確実な根拠を示し、ロジカルに説明できる積み上げの数字はほとんど見られない。
 大事なのはここである。経営企画部のスタッフが、事業本部に対してCの根拠をきちんと求める。それによって、実効性のある経営計画をつくることができるのだ。

 実は銀行が融資を決めるとき、彼らは企業がいう追加施策の部分をほとんど認めない。ミニマムに近いシナリオでしかその会社を評価していないことも多い。
 会社側はそれなりの成長シナリオを描いている。しかし、確実に期待できる売り上げはもっと低いレベルだ。したがって、融資できる金額は希望の200億円ではなく70億円。このように銀行は評価する。
 このとき、銀行から「70億円」と決め付けられるのではなく、少なくとも「150億円」といわせるために、経営計画の予実の乖離を防ぐべきだ。追加施策を認めてもらうためにも、コンストラクションだけではなくA=アナリシスなどの力も使って、経営計画そのものをブラッシュアップしていく努力が必要なのだ。

 
 
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