職場の心理学 [242]
「合併の優等生」
アステラスに学ぶ人の融合・適材適所
2005年の合併以降、業績が右肩上がりのアステラス製薬。
日本企業同士の合併でありながら
大胆なグローバル化に挑む同社が採り入れたのは、
異文化を統合するための、公平で明快な人事制度だった。
両社の“遺伝子”が近いことが
最大の決め手
市場での生き残りを懸けた企業の合併が注目されている。だが、サントリーとキリン、高島屋とエイチ・ツー・オー リテイリングの破談劇は“生みの苦しみ”がいかに大変であるかを浮き彫りにした。
製薬業界でも、1990年代後半に欧米を中心にM&Aが活発化し、その波は2000年以降、日本にも飛び火。外資を巻き込んだ再編劇が相次ぐ一方、国内企業同士の合併も急速に進んだ。その中でもアナリストたちに合併の成功例と見なされているのが、山之内製薬と藤沢薬品の合併で誕生したアステラス製薬である。
営業利益を見ても、05年4月の統合時は1922億円だったが着実に業績を伸ばし、08年3月期は2759億円に達した。売上高も右肩上がりで推移している。もちろん業績は成功の一つの指標にすぎない。合併の最大の課題は「人の融合」にある。
同社の中島与志明執行役員人事部長は、成功の要因について「両社の社員の遺伝子レベルが似ていた」と指摘する。
「経営トップと中堅社員の距離が非常に近く、会社の規模も同じであり、営業スタイルが粘着質という点でも似ていました。旧山之内は開業医を相手に数字にこだわる粘着質な部分があり、旧藤沢は顧客との人間関係づくりに非常に執着する。加えて、研究・開発職の社員は学会でも結構顔を合わせる機会があるなど、技術に関する共通言語を持っていたことがうまくいった要因ではないかと考えています」
働き方や仕事の進め方が似ている、つまり相性が合うことが合併前の最大の決め手であるということである。だが、それでも昨日のライバルが一緒に机を並べることにかわりはない。
“たすきがけ人事”を否定した
統合7原則
統合プロセスで最も重要だったのは、トップマネジメントが公平な人事を貫いたことだと中島部長は強調する。対等合併とはいっても、資本力や事業規模に差があれば、強者は奢りにまかせ、弱者は必死の思いで椅子の奪い合いが発生するのが常だ。同社はこれを廃するために、統合準備中にトップ自ら公正中立な人事を宣言。旧社の経営トップ2人ずつの計4人(トップ4)が新ポストの候補者全員と面談し、適材適所の人事配置を断行した。
「統合1年前の正式発表後にビジネス単位の分科会を設置し、両社の実務家による準備作業を進めてきました。新社の組織構造が固まった夏過ぎからのポストの人選では、トップ4が各分科会のリーダーの情報を参考にしながら候補者に直接インタビューし、ポストにふさわしい人を決めました。その間は外部の雑音を一切シャットダウンし、4人だけで公正に人選を行いました」(中島部長)
いわゆる“たすきがけ人事”ではない。統合発表後に社内に対して「統合7原則」を発表し、そのうちの一つである「人事は能力に基づき、公正にして適材適所に徹すること」を実践した。また統合直前には、旧社のトップ自ら現場に出向いて統合の必要性を訴えるなど、丁寧なフォローを行った。
「旧山之内のトップが旧藤沢の事業所に、旧藤沢のトップが旧山之内の事業所に出向いて統合の理念を訴えました。今振り返ると、トップのコミュニケーション量の多さが、統合で不利益を被るであろう人たちの納得は得られないまでも、理解できる水準に持っていけたのではと考えています」(中島部長)
しかし、適材適所とはいえ、二つの会社が一つになる以上、余剰となる部署やポストから外れる人も当然発生する。通常は数年間のタイムラグを置いてリストラクチャリングを行うが、長く温存させると社員の間に疑心暗鬼や離反を生み出すという副作用もある。
同社は先の統合7原則に「今ある人、今ある仕事、今ある組織にこだわらず、新社の戦略をもとに『あるべき機能』『あるべき組織』を追求すること」を掲げ、スピーディーに断行した。
外資との競争が激しくなる中で早期の競争力確保が必要という事情もあっただろう。当然痛みも伴う。統合直前の05年1月に1000人の早期退職募集を実施しているが、「家庭の事情で大阪から東京に行けない人など、非常に辛い思いをした人もいた」(中島部長)という。その一方で「トップが統合の意義やその先にある夢を語り続けたこともあり、統合直前の社員意識調査では95%の社員が統合の意義に賛同し、会社の方向性に対する共感度が高かった」(中島部長)という成果も生んだ。
グローバルレベルで納得される
賃金制度とは
社員が共鳴した経営理念とは「先端・信頼の医薬で世界の人々の健康に貢献する」というものだ。製薬業界は外資を巻き込んだ厳しい競争環境の中で、新薬の研究開発でしのぎを削るのか、あるいは特定の分野に集中して生き残りを図るのか。さらにもう一つは新薬の特許切れに伴う後発医薬品の開発・販売事業へのシフトという大きく分けて三つあるビジネスモデルのいずれかの選択を迫られていた。
新生アステラス製薬が選択したのは「周辺事業をしない。医療用医薬品に特化する」(中島部長)という“製薬の王道”だった。
当初は具体的目標として売上高世界10位を目指す「グローバル10」を掲げたが、今はそれを集約した「企業価値の持続的向上」を使命としている。
企業価値には人材価値も含まれる。海外での売り上げを拡大し、グローバル市場で覇を成すには、いうまでもなく従来以上にイノベーションを生み出す、高いレベルの人材が要求される。社員に対しても新たな人材像のキーワードとして、(1)スピード、(2)変革力、(3)専門力、(4)ネットワーク力──の四つを掲げた。
「ビジネス領域が一気にグローバルになり、ワールドワイドな視点でマーケティング、研究開発、製造、販売を進めなければならない。研究・開発・技術本部をはじめ人事、広報、知的財産部などあらゆる部門に携わる人にそれが求められています」(中島部長)
当然、社員を動かす人事制度も日本の雇用環境に特化した年功序列的人事・賃金制度ではなく、世界を意識したグローバルな人事制度が求められる。ただし、異なる2社の制度を統一するだけではなく、グローバルレベルの賃金制度まで導入するのは容易ではない。これまで合併しても長らく賃金制度に手をつけずに放置していた企業も少なくない。しかし、同社は統合した4月、欧米型の「職務給」に一本化することを宣言し、10月1日から本格的に移行した。
職務給とは、年齢や能力に関係なく本人が従事する職務や役割に着目し、同一の役割であれば給与も同じとする制度だ。ポスト(椅子)で給与が決定し、当然ながら職務が変われば降格・降給も発生する。じつは2社も旧制度に職務給的仕組みを導入していたが、同時に年功序列的要素の強い資格給制度も温存させていた。
新制度導入に当たっては「両社の制度を足して2で割っても誰も納得しないだろう。納得してもらうにはどういう成果が求められるどんな仕事をしているかで判断するしかない」(中島部長)ということで職務給に一本化した。職務給は毎年の評価によって職務給ランクが変動し、減給・降格が発生する半面、優秀な人材を高位の役職に抜擢できるというメリットもある。普通の企業では優秀な社員でもせいぜい一段階上の飛び級程度だが、同社では一気に4ランク上に昇格するケースもある。
誰の目にも明快な人事制度を構築し、
社員の不安を解消
しかし昇格にしても降格にしても納得が得られる仕組みがあってこそ機能する。同社は次の経営幹部を担うサクセッション・プラン「後継者育成計画」を持つ。これは現在の経営幹部の数年先の後継者をリストアップし、育成していく仕組みである。人事異動の時期に合わせて、毎年1回トップを含む「人事会議」を開催し、サクセッション・プランを全部検証している。
「欧州の人事部長や米州の人事部長も呼んで、欧州域内や米州域内の部長、本部長クラスの幹部のサクセッション・プランの見直しを進めています。課長級については人事部と部門長で同じことを実施しています」(中島部長)。リストアップに当たっては、できるだけ恣意的判断を持ち込まないことが重要だ。08年には外部アセスメントを導入し、部長級全員の評価を実施している。
「目的は二つです。一つは社内だけの評価でなく、外部の中立的な見方も参考にすること。もう一つは、外部の機関は同じクラスの他社の人材を多く見ているので、当社の部長クラスが他のグローバル企業と比較し、どのレベルにあるかを知りたかったのです」(中島部長)
同様に執行役員についても、世界的に有名なエグゼクティブサーチ会社のチェックを受けるなど、客観的評価を行っている。もちろん実際の人事はこうした情報だけではなく、社内で実施している上司評価のツールである「360度評価」の情報を加味しながら総合的に判断している。
一般社員から経営幹部に至るまで、育成と配置を重視する背景には、二つの理由がある。
「合併直後の意識調査では、他社から来た新しい上司は、自分のキャリアに関する希望を理解してくれるだろうかという不安を抱える社員もいました。もう一つは、人事において本当に最適な配置をしてくれるのかという疑問です。そのためには、選出のためのちゃんとした仕組みをつくり上げ、説明責任を果たせる人事を行っていく姿勢を見せることも重要だと考えています」(中島部長)
こうした基盤の上に、同社はグローバル化に向けた新たな地歩を固めつつある。現在、グローバル化の第2ステージとして、複数の領域で付加価値の高い製品を提供することにより競争優位を確保する「グローバル・カテゴリー・リーダー」の実現を目指している。その一つが09年1月に、開発部門のグローバル本社機能を米国のシカゴに移したことだ。ここが日本、欧州、米国の3極の開発権限を握り、責任者には米国人が就任している。
日系のグローバル企業では日本本社が最終的に指揮命令権を持つのが普通であるが、同社のように一挙に権限を移す企業は珍しい。しかも、異動などの人事権だけではなく、前述したようにグローバル拠点共通の職務給に基づく賃金制度を09年1月に構築している。
「幸い、欧米ともに職務給でした。欧州と日本の職務グレードは比較的共通していましたが、米国では細かくグレードが分かれていたために、米国に依頼して部長給以上については同じグレードの体系に変えてもらいました。その結果、欧州、日本、米国共通の職務給制度で運用しているため、一定以上のランクの社員はどこに異動しても、共通の評価軸で報酬が決まることになります」(中島部長)
じつは人事・賃金制度を含めた人事管理をここまで統一している日系グローバル企業は少ない。欧米系のグローバル企業は、グローバル本社が経営の絶対的権限を有し、人事・報酬政策を集中的に管理している。製造業などいち早くグローバル市場に進出した日系企業も過去に集中管理しようとしたこともあったが、賃金制度を含めて現地に合わないということで断念し、結局、現地の裁量に任せている企業も多い。
しかし、現地をコントロールできないことの“ひずみ”は確実に存在する。アステラス製薬の場合は「開発部門は米国で集中管理し、リージョンごとのマーケットについてはそれぞれの極が権限を持って遂行する」(中島部長)という戦略をとる。
グローバル化は、人事戦略面では企業の合併作業に似ている。異なる企業文化同士の結合と同様に、グローバル拠点を築くことは、異なる文化・民族の従業員をまとめ上げて戦力化することだからである。もしかするとグローバルマネジメントは合併以上に難しいかもしれない。しかし、避けては通れない道に挑戦し続けるアステラス製薬の戦略は企業のグローバル化の一つのモデルといえるかもしれない。









