ビジネススクール流知的武装講座 [243]

いかに地方は新興国と「直結」すべきか

 
 

リーマン・ショック以来、閉塞感を打開できない
日本の地方経済。
成長を続ける新興国とのダイレクトな結びつきこそが
地方再生の道、と筆者は説く。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 


現在の不況と世界大恐慌の
共通点と相違点


 2008年9月のリーマン・ショックに端を発した世界同時不況が長期化するなかで、日本の地方経済は疲弊の色を濃くしている。別表は、日本銀行が3カ月ごとに発表する「地域経済報告」(いわゆる「さくらレポート」)の地域別景気判断を、07年1月.10年1月の時期について一覧したものである。
 この表からは、(1)「いざなぎ超え」の長期好況が終わった07年11月の少し前から、いくつかの地方で景気後退が始まった、(2)08年にはいると、景気後退は全国に広がった、(3)08年9月にリーマン・ショックが起きると景気後退はきわめて深刻化し、地方経済は危機的な状態に陥った、(4)09年半ばにようやく景気は底を打ったが、「2010年1月の評価」の欄からわかるように、現在でも、大半の地方は不況から脱け出ていない、などの事実を読み取ることができる。

 リーマン・ショック以来の世界同時不況に関しては、「100年に一度の経済危機」とみなす見方が、支配的である。そう評価されるのは、81年前の1929年に起こった世界大恐慌を想起させるからである。たしかに、現在の世界同時不況と29年の世界大恐慌は、アメリカを発信源としている点で共通している。しかし、今回の同時不況が、二つの点で大恐慌とは異なっていることも、見落としてはならない。

 第一は、アメリカで金融危機が発生してから世界経済全体へその影響が広がるまでのスピードが速かった点である。これは、ヨーロッパの金融機関がアメリカ発のサブプライムローン問題に深く関与していたこと、新興国が先進国向け輸出にウエートをおく形で経済成長をとげていたこと、などによるものである。つまり、大恐慌が起こった81年前と比べて、今日では、世界経済の連関が、はるかに緊密化しているのである。

 第二は、「巨大化した国際金融資本市場の混乱と世界的規模にわたる銀行システムの機能不全による金融危機が、現在の景気後退に強く影響している点である」(08年12月発表の内閣府政策統括官室[経済財政分析担当]「世界経済の潮流 2008年II」)。これは、大恐慌と異なるだけでなく、70年代に生じた二度の石油危機とも異なる事実である。08年に発生した世界同時不況について、それが長期化するという懸念が強まっているのは、景気の後退と金融システムの混乱とが絡み合っているからである。


日本・香港貿易は
日中貿易の赤字額を上回る


 一方で、08年に発生した世界同時不況の回復プロセスに関しては、世界大恐慌や二度の石油危機の際には見られなかった明るい要因が存在することにも、目を向けるべきである。それは、「現在の世界経済における新興国の存在であり、(中略)アメリカ、ヨーロッパ、その他先進国で景気が後退する局面においても、高い成長率で発展を続けてきた新興国が世界同時不況を最小限にとどめ、回復へと向かう機動力となる可能性に期待が寄せられている」(「世界経済の潮流 2008年II」)。短期的な回復は困難だとしても、中長期的に見れば、新興国が牽引車となって世界経済は回復し、再び成長軌道に乗るものと見込まれる。その場合、新興国は、これまでのように先進国向けの輸出に依存するのではなく、個人消費支出の拡大を中心とする自国市場の拡大に立脚して、成長を実現するだろう。つまり、今回の世界同時不況の場合には、29年の世界大恐慌の場合とは異なり、それを克服する道筋が発生直後から明確になっているのである。
 そして「個人消費支出拡大に立脚して成長をとげる新興国が牽引車となって世界経済は回復し、再び成長軌道に乗る」という道筋が明確なのであれば、苦境に立つ日本の地方経済が再生を果たすためには、新興国市場との結合が決定的に重要だということになる。一見、困難に見える地方経済と新興国市場との結合は、すでに第二次産業では相当程度進展している。

 第二次産業における地方と新興国との結合にとって大きな意味をもつのは、日本国内の特定地域に立地する産業集積ないし工場が、高付加価値部品の世界的な供給者としての地位を確立することである。つまり、「世界の工場」=組み立て現場が世界中のどの国・地域に移ろうとも、そこに対して日本メーカーは、付加価値が高い部品を供給し続けるのである。
 現状では、「世界の工場」に相当するのは中国であるが、すでに多くの地方企業を含む日本メーカーは、中国との関係において、このような高付加価値部品供給基地化をかなりの程度実現している。日中経済関係に関連して、しばしば指摘される「産業空洞化」という見方は、必ずしも正確なものではない。

 産業空洞化を語るとき問題視されるのは日本企業の中国進出の影響であるが、たしかに、近年の日中貿易において、日本サイドの貿易収支は一貫して赤字であり、しかもその赤字幅が増加傾向にあることは間違いない。しかし、ここで重要な点は、目を日本・香港貿易に転じると、日本の貿易黒字が一貫して継続しており、しかもその黒字額は、大半の年次において、日中貿易での日本の赤字額を上回ったことである。その結果、日本と中国および香港とのあいだの貿易収支は、日本から見た場合、01年を除いて一貫して黒字となったことを見落としてはならない。日中間では、90年代以降、日本から高付加価値部品が香港経由で中国に輸出され、それが中国で組み立てられて日本向けに輸出されるという形態の貿易が急拡大したのであり、正確には、日本で産業空洞化が進行したのではなく、国際分業が深化したと言うべきなのである(多くの日本企業が高付加価値部品を中国に直接輸出せず、帳簿上は香港を経由して輸出するのは、中継貿易港としての香港のメリットを活用して、対中貿易にともなうリスクの軽減を図るためである)。深化した国際分業のなかで、中国向け部品輸出に携わる日本メーカーの多くは、地方に立地する中堅企業である。地方経済と新興国市場との結合が第二次産業では進展していると述べた理由は、ここにある。

 地方経済と新興国市場との結合は、第二次産業においてばかりではなく、第三次産業や第一次産業においても始まりつつある。
 第三次産業に関連して、とくに注目したいのは、近年、近隣諸国から日本を訪れる観光客が急増している事実である。09年7月に観光庁は、中国語・韓国語での接客を強化する方向で「国際観光ホテル」制度を見直す方針を固めたが、そのねらいは、「過去10年間に訪日客数が倍増した韓国や3倍に増えた中国など、アジアからの旅行者の増加に応じる」ことにある(「徳島新聞」09年7月27日付)。
 近隣諸国からの日本ツアーについては、長らくショッピングを目的とするケースが多いと言われてきたが、最近では、日本国内の観光客の場合と同様に、癒し、おいしい食べ物・飲み物、温泉などを求める事例が増えつつある。韓国や中国沿海部では、富裕層の絶対人口が急増するとともに、日本以上のペースで少子高齢化が進行している。これらの社会構造の変化をふまえれば、近隣諸国の人々にとって、安全で整備された日本の観光地の価値がこれまで以上に高まることは、間違いない事実である。


東京はNYの2倍の「本社」を持つ
一極集中都市


 おいしい食べ物や飲み物は、日本人観光客だけでなく、中国人観光客や韓国人観光客にとっても、大きな魅力である。その意味で、第三次産業における地方と新興国との結合は、第一次産業におけるそれと密接不可分に結びついている。中国産の一次産品が日本市場に深く浸透している現状は、見方を変えれば、日中間に大きな物流上の障害がないことを意味する。この物流の向きを逆行させれば、日本産の一次産品を、中国沿海部に送り込むことができる。中国沿海部の富裕層が、価格は高くとも、安全・安心でおいしい日本の農産物や水産物を堪能する新しい時代が、徐々にではあるが、すでに始まっているのである。

 アメリカの「Fortune」誌が毎年発表する世界トップ企業500社ランキングの2006年版には、トップ500企業の国別分布とともに、それらの本社の都市別分布も掲載されていた。そのデータによれば、国別分布で、70社の日本は、170社のアメリカに大きく引き離されて2位であった(3位は38社のイギリスとフランス)。しかし、本社の都市別分布では、52社の東京が、2位のパリ(27社)、3位のニューヨーク(24社)、4位のロンドン(23社)に大差をつけて、トップを占めた。この事実は、欧米では地方(地元)に本社を置くケースが多いのに対して、日本では東京一極集中が進んでいることを、如実に示している。

 地方再生を実現するうえで重要なことは、地域経済が世界市場と直結することである。そのとき、あいだに東京という「中央」を介在させる必要はない。現在、日本の政治の世界では、中央と地方との関係が大きな問題になっているが、経済の世界から見れば、そのような議論はやや視野が狭すぎると言わざるをえない。いちいち中央を介することなく、地方が直接に世界の成長市場と結びつくこと……今や、そのような大胆さとスピードが求められる時代が到来しているのである。

 
 
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