ビジネススクール流知的武装講座 [242]
「PIIGS」の躓き、
ユーロ崩壊の危機
積極的に議論されているギリシャの財政再建だが、
いまだ有効な策は出ていない。
EU全体に波紋が広がり、各機関がそれぞれの思惑を持って動きだす現在、
基軸通貨ユーロの行く末を検証する。
元来、EUの中で最悪の水準だった
ギリシャの財政
政権が代わって、前政権が隠していたことが新政権によって露わにされることによって財政危機に直面している国がある。今、世界経済の中で最もその行方が注目されているギリシャの財政危機の発端は、昨年10月における政権交代によって、新しい政権(全ギリシャ社会主義運動のパパンドレウ政権)が前政権(新民主主義党のカラマンリス政権)による財政に関する統計処理の不備を指摘し、財政赤字の規模を上方に修正したことによる。このような統計処理の不備は、ギリシャの財政赤字の数字そのものの信頼性を損なうだけではなく、財政再建に対する信認をも失墜させることになった。
欧州連合(EU)27カ国各国の財政赤字の推移を示した図を見ていただきたい。ギリシャは、当初のユーロ圏11カ国に2年遅れて、2001年にユーロを導入した。その前年の00年において対国内総生産(GDP)比で3.7%の財政赤字を計上していた。その後も、唯106年に財政赤字が対GDP比で3%を下回って2.9%となったものの、06年を除くと一貫してギリシャの財政赤字は対GDP比で3%を超過していた。また、04年にEU27カ国で最悪となった後、幾分かは財政赤字が改善したものの、07年には、08年に国際通貨基金(IMF)の支援を受けることとなったハンガリーに次いで二番目に財政赤字が大きくなった。08年には対GDP比で7.7%の財政赤字となり、EU27カ国の中で最悪となっている。
そもそも欧州委員会が、他のユーロ圏諸国と同様に、ギリシャに適用したはずのユーロ導入を認めるための収斂条件が、EUの経済・通貨同盟を規定したマーストリヒト条約の下で決められている。その収斂条件として、(1)インフレ率(過去1年間、消費者物価上昇率が最も低い3カ国の平均値+1.5%以内であること)、(2)為替相場(少なくとも2年間、為替相場が為替相場メカニズム(ERM)の許容変動幅内にあって、切り下げがないこと)、(3)金利(過去1年間、インフレ率が最も低い3カ国の長期金利の平均値+2%以内であること)のほか、(4)財政赤字と政府債務(GDPに対して財政赤字が3%以内であり、GDPに対して政府債務が60%以内であること)がユーロ導入のために必要であった。
これらの収斂条件の中の(4)財政赤字と政府債務について、前述したように、ユーロ導入の前年の00年において、ギリシャの財政赤字の対GDP比が3.7%であった。さらに、その政府債務が対GDP比で114%もあった。財政赤字について対GDP比3%以内、そして、政府債務について対GDP比60%以内という収斂条件をギリシャは当初より満たしていなかった。この収斂条件に厳密に従えば、ギリシャは01年にユーロを導入することは難しいはずであった。
金融危機の影響で
EU全体が財政赤字を拡大
一方、EUは、財政規律を重んじて、ユーロ導入後も「安定成長協定(Stability and Growth Pact)」によって各国が健全な財政運営を実行するために、各国政府は財政規律の遵守を求められている。欧州委員会および閣僚理事会は、ユーロ圏諸国の財政状況を相互に監視するための手段として、「安定計画」の策定をユーロ圏諸国に義務付けている。その「安定計画」に基づき、欧州委員会および閣僚理事会は、各国の財政状況を調査し、過剰財政赤字と判断された場合には、過剰財政赤字手続きが適用される。
過剰財政赤字手続きについて、欧州委員会および閣僚理事会が過剰財政赤字と判断した場合には、是正勧告が出される。もし勧告に従わない場合には、制裁措置が当該国に適用され、財政赤字が参照値のGDP比3%を超えた度合いに応じて、GDPの0.2%から0.5%までの制裁措置が科される。当初は無利子の預託金という形をとり、2年経っても超過財政赤字の状態が是正されない場合には、罰則金として預託金が没収されることになる。このようにペナルティ付きの厳しい財政規律遵守ルールを作って、財政規律を求めているものの、ギリシャはほぼ一貫して対GDP比3%の財政赤字を遵守することができずにきた。
しかし世界金融危機の影響を受けて、ギリシャのみならず、ユーロ圏のEU16カ国全体、そしてEU27カ国全体が財政赤字を拡大せざるをえなくなったことは事実である。ユーロ圏のEU16カ国全体について、07年には対GDP比で0.6%の財政赤字が08年には2.0%に拡大した。EU27カ国全体でも、07年には対GDP比で0.8%の財政赤字が08年には2.3%に拡大した。このように、ユーロ圏EU16カ国でもEU27カ国でも全体として07年から08年にかけて財政赤字が1.5%増大している。EU全体の財政赤字の拡大と比較しても、ギリシャの財政赤字の対GDP比が3.7%から7.7%へ拡大したことは際立っている。さらにギリシャの財政再建計画を示す表を見ると、09年にはさらに財政赤字が拡大して、対GDP比で12.7%の財政赤字を記録する。そして、10年には若干縮小するものの、対GDP比で8.7%の財政赤字を続けることが計画されている。
世界金融危機によって財政赤字が増大する理由はいくつかある。その最大の理由は、世界金融危機の影響を受けて、経営破綻した金融機関、あるいは、バランスシートを傷めた金融機関を救済するために支出される金融部門支援のための財政支出が増大することである。IMFの試算(09年5月時点)によると、ギリシャにおいては、今回の世界金融危機によって、銀行への資本注入が50億ユーロ(約0.6兆円)、新規融資への政府保証が150億ユーロ(約1.8兆円)、銀行への流動性供給として80億ユーロ(約0.96兆円)、総計280億ユーロ(約3.36兆円)が財政負担として政府にのしかかっている。08年のギリシャのGDPが2429億ユーロ(約31兆円)であることと比較すると、GDPの約12%に相当する財政負担を金融部門支援に支出することを強いられている。
これらの金融部門支援のための財政負担は、財政刺激のための公共投資等の政府支出(近年では、公共投資でさえも、財政赤字拡大が将来の増税を予想させて民間部門の消費に結びつかないとか、あるいは、財政赤字拡大が国債の大量発行につながり、国債利回り、ひいては、長期金利をそのリスクプレミアムだけ押し上げるために民間部門の投資を抑制するという問題が指摘されている)とは異なり、直接的には景気刺激にはつながってこない。そのため、景気対策としては、金融部門支援のための財政支出のほかに、財政刺激のための公共投資等の政府支出が追加されなければならないことが、世界金融危機における各国政府の財政負担の拡大の理由となっている。
今年2月初めにカナダのイカルイトで開催された7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)において、ギリシャの財政危機に対してはG7やIMFではなくて、EUが対処するという方針が合意された。そして、2月半ばのEU首脳会議において、ギリシャを支援することが合意された。続いて開催されたユーロ圏16カ国の財務大臣会議において、表に示されるギリシャの財政再建計画が承認された。
実現可能性の低い
ギリシャの財政再建計画
その財政再建策には、累進課税の強化、たばこ税引き上げ、資産課税導入、公務員手当ての削減や公務員の新規採用凍結などが挙がっている。これらによって、財政赤字を09年の対GDP比12.7%から13年には対GDP比2.0%まで引き下げようという、随分と大胆な財政再建計画である。昨年初めにオバマ米国大統領が発表したアメリカの財政赤字を対GDP比で08年の12.3%から12年にその半分にするという財政再建計画に比べても、思い切った財政再建計画であることがわかる。逆に言うと、その実現の可能性がどれほどのものか疑念を抱かざるをえない。さらに、ギリシャ国内で公務員労働組合組織がこの財政再建策に反対して、ストライキを行うなどの抵抗勢力が存在することも、ギリシャの財政再建計画の実現を一層困難なものとしている。
今、EU、とりわけ、ユーロ圏16カ国に懸念されることは、ギリシャの財政危機が他のユーロ圏諸国、とりわけ、ギリシャほどではないが世界金融危機の影響を受けて財政赤字を増大させている、いわゆる「PIIGS」(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の他の国々へ波及することである。その波及がひいてはユーロ圏全体そしてユーロに対する信認の低下につながる懸念もある。欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)、そしてEU各国政府はギリシャの財政危機が近隣諸国に波及しないよう食い止めることを重視している。とりわけ、欧州委員会は、放漫財政を続けてきたギリシャを救済することによって、放漫財政をしても救済されるのならば財政規律を遵守する必要はないと思わせるモラルハザードを防止することよりも、ユーロに対する信認を重視しているように見受けられる。この点は、納税者の目を気にするEU各国政府とは多少スタンスが異なる。
放漫財政に目をつぶりギリシャを救済すれば短期的にはユーロ安定化に貢献するだろう。しかし長期的には、財政規律の欠如が根本的に解消されないかぎり、再び財政危機がユーロ圏諸国とユーロを襲うかもしれない。








