職場の心理学 [238]

輸出車が8割! 日産工場長の
「新型ものづくり、人づくり」

 
 

輸出向け高級車の生産が8割を占める日産の栃木工場。
円高の影響をもろに受け、危機感を新たに
納入業者を巻き込んだ効率化の改革、人材育成が始まった。

 
 

経済ジャーナリスト
永井 隆=文
text by Takashi Nagai
●ながい・たかし 1958年、群馬県生まれ。明治大学卒。「東京タイムズ」記者を経て独立。『国産エコ技術の突破力!』『人事と出世の方程式』など、著書多数。

相澤 正=撮影
高橋常政=イラストレーション

 
 

サプライヤーと互いに
秘密をさらけ出す関係に


「自動車工場において、日本のものづくりは大きく変わっています。いや、変わらざるをえなくなっている。勝ち進むために」
 日産自動車栃木工場(栃木県河内郡上三川町)の高岡洋海工場長は話す。
 高岡は一般的な「生き残り」という表現は使わない。「勝ち進み」と栃木工場の社員やサプライヤー(納入業者)などの利害関係者に訴えている。
「残る立場じゃないんだ。俺たちは進むんだ」と。

 日本のものづくりの、とりわけ国内で自動車を生産する環境は厳しい。1ドル90円を挟んで推移する円高、尾を引く金融不安、さらに先進諸国では自動車の販売不振にも見舞われている。
「こういうときこそ最終的には人です。モチベーションや達成感を抱きながら、個人がいかに仕事に取り組むかが重要です。私は、日産の社員だけではなくサプライヤーの社員も含め、スピードと行動力を求めます。スピードという点では、30%のデータの精度と情報で方向を決め、60%でやるかやらないかを決める。80%まで上がったなら実行に移し、走りながら100%から120%までやれと。工場内ではそう指示しています」

●日産自動車栃木工場工場長
高岡洋海
1957年、東京都生まれ。青山学院大学理工学部卒。82年日産自動車入社。栃木工場、メキシコ日産自動車、村山工場、追浜工場などを経て、2007年生産事業本部生産企画部部長。09年より栃木工場長。

 日産栃木工場は勝ち進むため、円高に対応する思い切った原価低減策に打って出ている。
 具体的には、Tier1(一次取引先)を中心とするサプライヤーの工場入りだ。つまり、栃木工場の建屋内に生産設備を移設して、サプライヤーが生産活動を始めているのである。2008年秋の金融危機を機に一部で開始され、本格的には09年度から始まっている。対象は約50社だが、数社が工場入りしている。
 従来は考えられなかった施策だ。なぜなら、日産もサプライヤーも、生産面の“秘密”をさらけ出してしまっているのだから。R&D(研究開発)ではないが、会社の枠を超えてイノベーションを起こす「オープン・イノベーション」に近い取り組みである。
 日産と資本関係のない、ライバルメーカー系のサプライヤーも含まれる。

 こうした新しい取り組みを始める場合、たいていは自動車メーカーとサプライヤーの間で細かな交渉がつきまとう。工場の使用料、稼働する場所と面積、設備の移設費用の負担、原価低減した分の配分……。流れてしまった食品大手の経営統合のように、統合比率をどう精査するかといった互いの利害が表面化してしまうのが一般的だろう。
 ところが日産栃木工場には、これがない。
「すべてが、フィフティ・フィフティ。細かな計算よりも、まずはスピード優先なのです。あなたが2割で私が8割、エッ、もっと欲しい、などとやり合っていたら、日本のものづくりはブレークスルーができない。仮に3人で手を握って100円安くなったなら、後で取り分を考える。基本はイーブンという思想なのです」と高岡。
 この取り組みはTier1だけではなく、Tier2、Tier3にも波及する。

 例えば、燃料噴射装置の吸入空気量を計測するエアフロメーター。従来は、茨城県のTier1メーカーが組み立てて静岡県に運び、静岡県の会社がエアクリーナーを取り付けて栃木工場に搬入していた。大型部品でありながら、英語の「V」の字を描くような搬送・供給だった。
 これを、エアクリーナーを栃木に送ってもらい、エアフロメーターを栃木工場内で組み立てる形に切り替えた。運送費はもちろん、管理費も削減でき、さらに中間在庫も低減され、試算では1台当たり約125円ほど原価低減できる見通しである。
 プレス加工の大手は、当初10年3月までに移設する計画だった。しかし、高岡がこのサプライヤーの役員に「遅れるほど、コストメリットと面積は減ってしまいます」と促し、09年末までに移設を完了させた。すでに栃木工場のラインサイドで操業している。
 建屋内には、日産とは違うユニホームを着た人たちが働いているのだ。

「最初は、双方に戸惑いがありました」
 と、高岡は告白する。当然のことだ。サプライヤーにすれば、自動車工場のラインサイドで操業した経験はない。日産にしても、工場にサプライヤーを受け入れたことはなかった。しかし、戸惑っている暇はなかった。
 高岡が想定した09年度の為替水準は1ドル95円。ところが10年3月1日現在、89円前後である。
 栃木工場はFR(フロントエンジン・リアドライブ)の高級車ばかり8車種を生産。輸出比率は8割に及ぶ。円高の影響は計り知れない。
「日本のものづくり屋さんが、多様に集まると、いろんな発想が出てきます。知恵を出し合って、なりふり構わない原価低減を推し進めなければ、日本でのものづくりは不可能になってしまいます」

 自動車メーカーとサプライヤーといった垣根を取り払い、サプライチェーンが一体となってコスト低減に挑む形である。溶接の打点数低減、自動搬送車の有効活用、検査治具の工夫など、違うユニホームの従業員たちは共同で、知恵を出し合っている。従来、サプライヤーの工場で組んでいたモジュールを栃木工場のライン側で組んだり、あるいはその逆にしたりと、試行錯誤は続く。
 双方の意識改革が前提であり、これは、自分たちの都合よりも全体最適を優先する新しい日本型のものづくりへの挑戦でもある。
 各工程でも日々コスト削減に取り組んでいる。現場が経営意識を高めるために、“コンビニ経営”なるものを導入しているのだ。
「係長は工場長、工長は店長で、作業者は店員、在庫はすべて借金だと思えと。いかに早く短いリードタイムで売りにつなげるか、いかに少量の在庫で運営するかを各人が考えるしくみづくりをずっとやっているんです」(高岡)


「ものづくり品質世界一」
を目指す人づくり

第二車体工場では、プレス加工された各部パネルが組み立てられていく。高い精度が要求される工程で、自動化がかなり進んでいる。

 コスト削減や効率以上に担保しなければならないのは、日本製であるがゆえの高い品質を担える人である。
 栃木工場が生産しているのは、高級車ばかり。「フーガ」「GT-R」「フェアレディZ」「スカイライン」「インフィニティM」など。つまり、日産が海外で展開している高級ブランド「インフィニティ」を生産するのが、栃木工場なのだ。だからこそ、栃木工場は「ものづくり品質世界一を目指す」という方針を脈々と受け継いでいる。
 ちなみに、インフィニティの競合車は、メルセデス、BMW、アウディなどの欧州車、トヨタ自動車のレクサス、ホンダのアキュラといったところ。
 工場の生産部隊は、現在4430人。平均年齢は約44歳で、プロパー率は100%だ。生産能力は年間22万台に対し、09年度の生産台数は15万台前後の見込みである。

 こうしたなか、4430人を対象に、5段階に分けた教育体系をつくり始めている。「インフィニティ」の品質を守るための、知識、意識、技能をレベル分けし、下から、入社2~3年の「インフィニティIレベル」「同Lレベル」「同Uレベル」「高技能者」、そして最上位は「マイスター」という序列をつけている。
 マイスターは、「インフィニティ・クオリティ」を語れるだけではなく、作業者の指導もできる位置付けだ。
「マイスターには(生産現場の最上位である)係長クラスのなかの数人がなるでしょう」と高岡は話す。人員構成としては、LレベルとUレベルとが大半を占めるそうだ。
 このように、「ものづくり品質世界一」を支える人間をつくるため、技能領域の定義を明確にし、それに基づいた教育を進めている。5段階の教育モデルは、いずれ世界の工場へと発信していく方針だ。

 日本のものづくりは、コスト低減を進めるための効率と品質を両立させてきたのが特徴だ。たまたま、最大手のトヨタが大規模なリコールを行ったため、世界のなかで「メード・イン・ジャパン」の品質面のブランドを大きく失墜させてしまっている。だが、多くの日本企業は、トヨタと同じ“体たらく”ではない。
 生産現場は、試行錯誤でコストダウンに挑み、同時に高品質を維持させながら、基本となる人を育てている。
 サプライヤーの工場入りという新しい取り組みへの対応、日々のコスト削減、そして高品質である「インフィニティ」ブランドの信頼性への限りない確保を支えるのは人なのだ。
 だが、人材育成の目的はこれだけではない。新しい流れが、栃木工場に訪れようとしている。今秋には、高級車「フーガ」のハイブリッド車(HV)が発売される。以後、栃木工場で生産されていくのだ。

 昨年日本で一番売れたものの、現在問題になっているトヨタ「プリウス」、国内販売5位だったホンダ「インサイト」は、HVではあるが旧世代のニッケル水素電池を使用している。これに対しフーガHVは、小型で高容量のリチウムイオン電池が搭載される。
 電池は日産とNECグループが共同でつくりあげたもので、電極は組成が安定しているマンガンを使用。リチウムイオン電池は、三菱自動車工業やスバル自動車の電気自動車(EV)で搭載された。が、本格的に量産されるHVとして実用化されるのは、フーガが世界で初めてとなる。
 日産の強みは、電池技術も自分たちで持っているという点。NECグループとの合弁会社、「オートモーティブエナジーサプライ(AESC)」(本社・神奈川県座間市)が、電池を生産している。
 日産の首脳は「ライバルの自動車会社にも、全方位で電池を売っていく。日産車と競合するが、電池が売れるなら自動車の販売に影響してもかまわない」とさえ話す。
 高岡は「(日産の)開発と購買が、電気系のサプライヤーを開拓しています。Tier2やTier3は栃木県内、あるいは北関東が有力となっていくでしょう」と話す。
 新たな電気系サプライヤーも自動車生産という巨大なシステムに参画していく。電動化の流れのなかでは、従来のTier2がいきなりTier1に昇格することも、Tier1がやがてシステムから退場することも珍しくはなくなる。

 ものづくりの環境が大きく変わるなかで、高岡は「もの言う栃木工場」を標榜している。川上である生産部門が、メッセージを発信するのである。
「円高でモノがつくれなくなれば、我々に将来はない。これまでのように従順で、与えられた条件のなかで精一杯やる生産部門では、今の危機をブレークスルーできないのです」(高岡)
 もの言う生産部門として、今では販売面の支援も行っている。五段階の高技能者に当たる50代の工長OBを、販売会社に派遣。販社の経営テコ入れに役立てた事例もあるそうだ。
 矢継ぎ早の変革と、自動車産業自体の変化のなかで、栃木工場が発する次なるメッセージを耳を澄ませて聞いてみたい。 (文中敬称略)

 
 
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