職場の心理学 [237]

大学ラグビー日本一!
帝京大「情熱と根気」の大疾走

 
 

就任14年目にして大学ラグビー日本一に輝いた
帝京大学の岩出雅之監督。
岩出監督に会うためクラブハウスを訪ねると、
玄関は塵ひとつなく掃き清められていた。
「あいさつ、そうじ、規律が大切……」
が監督のモットーである。

 
 

ノンフィクションライター
松瀬 学=文
text by Manabu Matsuse
●まつせ・まなぶ 1960年、長崎県生まれ。早稲田大学卒業後、共同通信にてスポーツ畑を歩む。2002年に退社後ノンフィクションライターとなる。『汚れた金メダル』でミズノスポーツライター賞受賞。著書に『早稲田ラグビー再生プロジェクト』『五輪ボイコット 幻のモスクワ、28年目の証言』『匠道 イチローのグラブ、松井のバットを創る職人たち』などがある。

高橋常政=イラストレーション

 
 

毎年有力校が優勝するなかに
風穴を開けたい


 チームとは生き物である。会社もだが、大学スポーツを見ると、つくづくそう思う。躍進するチームには必ず、人間の成長があるものだ。
 ラグビーで初の大学日本一に輝いた帝京大学もそうであろう。何かと伝統校が幅をきかすラグビー界にあって、今季、ルーツ校の慶応大学や、人気の早稲田大学、明治大学などを破った。
 学生の成長を促すものは、職場同様、「組織の風土」である。創部40年。監督の51歳、岩出雅之は言う。
「何事も、1日にしてはならず、です。大事なのは情熱と根気ではないでしょうか。歴史の積み重ねのなかで、やっとクラブの風土ができてきたのかな、と思います。未来に向かって礎が少しずつ固まってきました」
 歓喜の胴上げから数週間経った1月下旬。京王線の聖蹟桜ヶ丘駅で降り、車で15分のクラブハウスを訪ねる。玄関を入ると、靴箱は整頓され、下には泥土ひとつなく、清掃されていた。
 強いチームはまず、寮やクラブハウスの玄関を見ればわかる。右手の白ボードには「玄関」「ゲタ箱」「廊下」「すみずみ係」の当番区域と学生名が黒マジックで書き込まれている。
 学生とすれ違えば、だれからも「こんにちは」と声をかけられる。
「あいさつ、そうじ、規律が大切だよ、とは時々、言っています。面倒くさいことをきちっとやることは結構大事ではないでしょうか。それを上級生が見本となって実践し、下級生に意義を語ってくれるようになりました」
 130人もの若者が全員寮生活するクラブにあって、ディシプリン(規律)・規範は必要だろう。組織で人が関われば「チーム愛」が醸成されていく。
 他大学とちがって、帝京大のチームスローガンは何年も変わらない。『エンジョイ』と『チームワーク』。
「簡単で長持ちする言葉がいい。エンジョイとは、自分の目標とか喜びに全力で向かっていく考え方。自分だけでなく、チームでエンジョイする。1足す1が2でなく、相乗効果で3になる。それがチームワークなのです」

 創部が1970年。当初は大学近くの原っぱで練習し、部員はマネジャーを入れてやっと15人だった。
 早大OB、明大OBらの支援を受けて強化を図り、78年、早慶明などがつどう対抗戦グループに加盟する。伝統校の中でもまれ、力をつけていった。
 岩出は日体大では主将として大学日本一にも貢献した。その後、教師として中学、高校に勤務し、高校日本代表監督も務めた。
 その岩出が、96年、帝京大の監督に就任する。少数の有力校に優勝が限られる大学ラグビーに風穴を開けたい、との思いからだった。
 就任2年目、帝京大は試練に見舞われる。部員の不祥事で1年間、公式戦を辞退した。
 監督部屋でのインタビューである。その話題となると、コーヒーを持つ岩出の手が止まった。
「とても厳しい体験でした。選手も親もつらいし、関わっている人間すべてがつらかったのです。もう学生につらい思いをさせたくない。だから、ぼくは厳しいディシプリンを求めていこうと決意を強くしたのです」

 やるしかなかった。再起のため、小さいことからはじめた。きちっと掃除をさせる。朝起きて学校にいく。講義を真面目に聴く。練習はさぼらない。
「練習を休む者がいなくなっても、情熱をかけて本気でやっているのか、と。毎日、オールアウト(完全燃焼)させる取り組みを心がけました」
 事件のあと、すべての部員を寮に入れさせることにした。集団生活のなかで規律の大事さを学ばせることにした。
「もう情熱と根気で。エネルギーがなければ何も生まれない。しっかりした目標と情熱があれば、アイデアが生まれてくるし、賛同者も増えてきます」
 環境の整備にも乗り出す。潤沢ではない部費を節約して、毎年、100万~150万円分ぐらいずつウエイト器具を買い足していった。トレーニング場ができるまでは、学校の部室の廊下などで筋力トレーニングに励んでいた。
「いまはパッと見、(トレーニング場は)すごいと見えるけど、実は手づくりみたいなものなんです」
 結果が出れば、学校もサポートする。大学選手権でベスト4に入った翌2003年、学校の土のグラウンドから、現在の人工芝のグラウンドに移転した。04年、クラブハウス横にウエイトトレーニング場が完成し、07年には天然芝のサブグラウンドも加わった。


元気になる目標設定は
「7割の法則」で


 帝京大の強みは「コンタクト力」、すなわちフィジカルの強さである。大学選手権の決勝では、ボール争奪戦の基本となる接点で東海大を圧倒した。
 相手と頻繁にぶつかるフォワード8人の平均体重が104キロ。数字だけでなく、分厚い胸板、強靱な足腰は見ていて惚れ惚れする。どうして、これほどたくましい体をつくれたのか。そう聞くと、岩出は「根気」と答えた。
「体づくりは根気が大事なんです。体はお城の土台みたいなもの。ぼくは体と心がしっかりしていないと、技術が上に載っていかないと思っています。食事にしても筋トレにしても、気持ちがない子にはつくれませんから」
 何事も根気がものをいう。それは企業の営業力にしてもそうだろう。職場の向上心も、クラブの風土も、時間をかけて根気よくつくっていくしかない。

 ここで目標設定がポイントとなる。
「7割の法則」。チーム全体のモチベーションを高めるためには、7割が大事であると岩出は説明する。
「学生をざっくり分けて、何も言わなくてもしっかりやる子と、逆に言ってもやらない子、その間でどちらかに流れる子に3分割するとします。ま、3・3・4としておきましょう。間の流される4割を、何も言わなくてもやる3割のほうに加えるためには、全体の7割が達成できることを課題設定のスタンダードにするのです」
 例えば、ベンチプレスの目標を3割が可能な120キロとしたなら、空気が萎えてしまう。7割程度が持ち上げられる80キロなら、活力が醸し出され、次は85キロ、90キロと増えていく。
「要は指導者が最初に最高の目標を学生に与えないことです。段階を踏んで設定していく。7割ができる形にすると、やる気が蔓延する。7割ができないと、チームの空気が悪くなるのです」
 つまり目標設定は7割を基準とし、残りの3割には別の課題を設定してやる。さらに能力の高い学生にも個別に高い課題を設定する。これは筋トレだけでなく、ボール技術も同様である。
「7割ができれば、残りの3割は自己反省しますよ。個別に面談的なことをすれば、自ずと変わってきます」

 ここで欠かせないのが、コミュニケーションである。個別面談のほか、岩出は常時、学生に声をかけていく。クラブハウスの廊下で外国人留学生のジョシュア・マニングとすれ違えば、笑顔で「からだの状態は?」と。
 携帯メールも利用する。気持ちの整理をしてこい、など、短く打つ。
「上位3割、中の4割、他の3割とアドバイスは変わってきます。旬のネタを織り込みながら、個人のターゲットを提案していきます。例えば、“体がでかくなってないねえ”だけでもいい」
 ところで大学のチームにとって、学生の勧誘はポイントだ。他の強豪チームと同様、大学の推薦入学や奨学金制度を活用する。
 おおきな体格の選手を獲得するため、岩出は海外にも視察に出かけた。現在、三人のニュージーランド留学生を擁する。ただ特別扱いはしない。
「いい学生にきてもらうためには、信頼とフットワークが大事です」


体づくりは栄養、トレーニング、
ケアで決まる


 チームづくりの転機は4年前の大学選手権一回戦だった。強力チームと自信を持った年だったけれど、けが人が続出し、京産大に苦杯を喫した。
「ベストメンバーの大半がけがをして……。それは指導者の責任です。なぜけがをするのか。けがをしないための体、その環境づくりを考えました」
 三脚イスに例えると、と岩出は両手でその仕草をつくる。
「体づくりには栄養、トレーニング、ケアの3つが大事です。ひとつ、何かあったら、イスはバランスを崩して傾く。倒れてしまうのです」
 帝京大には栄養士がいる。練習メニューに合わせ、カロリー計算をして献立をつくる。特筆すべきは食事の回数の多さだろう。1日に5、6回。朝昼晩だけでなく、練習や筋トレ前にも果物やゼリーなどの補食を摂らせる。夜食も鍋料理など、脂肪がつかないよう、栄養のバランスよく、である。
 つまりは「元気な状態で練習する」のだ。日曜が試合としたら、通常の練習スケジュールでは、月曜が休養日、リカバリー、火曜、木曜が体づくり、水曜がコンタクト系、金曜、土曜がチーム練習となる。まるでアメリカンフットボールの強豪チームのごとく、体づくりに重点が置かれている。

 トレーニングで重視するのは、「型」である。ラグビーで大事な接点の攻防を左右するコンタクト力。これはスローな反復練習で基本を叩き込む。
「けがは倒れ方が悪かったときにおこりやすい。だから基本の動作はゆっくり、ゆっくりやっていきます」
 ほか筋トレを担当するフィットネスコーチがいて、チームドクターほか、トレーナーも充実している。岩出はスタッフと月一回はミーティングを開く。情報交換が密になれば、新たなアイデアも出てくる。好循環をたどる。

 じつは帝京大の主将、コーチ選びは変わっている。4年前から、「学生コーチ」を制度化した。新4年生はまず、ミーティングを開き、二人の学生コーチを話し合いで選出する。
 毎年、これが難航する。そりゃそうだ。学生コーチになれば、自身のレギュラーの道は遠のく。今季など、一週間、連日、朝昼晩と議論を重ねた。
 学生コーチを決めた後、新4年生は新キャプテンを選出する。こちらは比較的、簡単に決まる。狙いは、4年生の立場、役割を自覚させることにある。
「4年生が主将、コーチを選ぶのだから、4年生が責任を持ってサポートすることになるのです。学生コーチをつくって、見えないところが少なくなった。意思疎通が密になりました。早期発見、早期対応です」
 つまるところ主役は学生なのである。学生主導なのだ。学年ごとにボードと呼ばれる幹部委員会があり、4学年全体のボード会議もある。全体ミーティングのときにしか、岩出は参加しない。
「大学って体験の場です。環境設定と、いい体験をさせるのが大事です。ぼくらは学生がどのような意識を持っているのかを観察するのが必要なんです」

 ところで優勝の夜の祝勝会のことだった。最後は「監督コール」に促され、岩出がカラオケのマイクを握った。自身の声に学生たちの声が重なった。
「至福の時でした。ゲームに出られなかった4年生が喜んでくれて……」
 2時間のインタビューが終わる。監督の岩出は真っ赤なロングダウンをさっと着込み、寒風のなか、グラウンドに駆けていく。坂をのぼり、芝生への入り口で一礼する。心でつぶやく。〈きょうも学生と一緒にエンジョイするぞ〉と。 (文中敬称略)

 
 

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