ビジネススクール流知的武装講座 [239]

「石炭火力と鉄鋼」
日本の省エネ技術を世界へ

 
 

COP15で意欲的な温室ガス排出量削減案を提示した日本だが、
筆者は、そもそも国別アプローチに限界がある、と説く。
現在の枠組みに代わる効果的役割を果たすという、
セクター別アプローチとLCAの仕組みと効用を解説する。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 

足並み揃わず
成果に乏しかったCOP15


 昨年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催されたCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)は、かろうじて決裂は回避したものの、大きな成果を挙げずに終わった。「期待はずれ」(ハローゾ欧州委員長)、「これだけでは気候変動の脅威を解決することはできない」(EU議長国スウェーデンのラインフェルト首相)というのが、COP15に対する率直な評価であろう。
 COP15の交渉が難航するであろうことは、事前に十分予想されていた。当初、COP15は、「ポスト京都議定書」の国際的枠組みを決める場となるはずであった。1997年に京都のCOP3で採択され、2005年に発効した京都議定書は、08~12年の第一約束期間における世界各国の温室効果ガス排出量削減義務を定めたものである。京都議定書の第一約束期間の終了は2年後に迫っており、COP15は、その後(13年以降)の温室効果ガス排出量削減の国際的枠組みを決める舞台として、期待されていた。
 しかし、「ポスト京都議定書」の国際的枠組みにおいて国別の温室効果ガス排出量削減義務を明示することに対しては、温室効果ガス排出量世界最大の中国や、同第2位のアメリカ、同第4位のインドが、反対ないし消極的な姿勢をとり続けている(そもそも、これら3国は、京都議定書でも、国別温室効果ガス排出量削減義務の枠組みから離脱した。この結果、京都議定書で削減義務を負った国々の温室効果ガス排出量の合計値は、世界全体の総排出量の28%にとどまることになった[07年実績で計算])。COP15の交渉が難航するであろうと予想されたのは、このためであった。

 鳩山由紀夫首相は、COP15に、「すべての主要排出国の参加による意欲的な目標の合意」を前提条件に、日本としては、20年度までに温室効果ガス排出量を90年度比で25%削減するという方針で臨んだ。しかし、予想どおり、この前提条件はCOP15では満たされず、温室効果ガス排出量削減に関する「ポスト京都議定書」の国際的枠組みづくりは、今年以降にずれ込むことになった。鳩山首相がCOP15で掲げた前提条件が実現する見通しは、今のところ立っていない。
 しかし、ここで論点として取り上げたいのは、鳩山首相が掲げた25%削減目標の前提条件の実現可能性うんぬんではない。そもそも、日本が25%目標を達成したとしても、地球温暖化をストップするうえでの貢献度はそれほど高くないという論点である。それは、国別目標を掲げて温室効果ガス排出量を削減しようとする方式(いわゆる「国別アプローチ」)の限界とでもいうべき問題である。


日本の目標達成は
温暖化ストップにつながらない


 温室効果ガス排出量の大きな部分(世界では62%、日本では89%)を占めるのはエネルギー起源のCO2(二酸化炭素)排出量であるが、図は、そのエネルギー起源CO2排出量の国(ないし地域)別構成比を示したものである。この図からわかるように、日本のCO2排出量は世界のそれの4%強を占めるにすぎない(07年の世界のCO2排出量は290億トン、日本のCO2排出量は12億トン)。
 つまり、日本が20年までにCO2排出量削減の25%目標を達成したとしても、それだけでは、世界のCO2排出量は1%強(4%強×25%=1%強)しか減らないわけである。「日本が25%目標を達成したとしても、地球温暖化をストップするうえでの貢献度はそれほど高くない」と言った理由は、ここにある。

 それでは、日本は、地球温暖化をストップするうえで、主導的な役割を果たせないのだろうか。答えは断じて「否」、すなわち、わが国は、適切なやり方を採用しさえすれば、ストップ温暖化の国際的主役ともなりうるのである。
 それでは、わが国がとるべき「適切なやり方」とは何か。筆者(橘川)が本誌のこの欄で再三書いてきたように、「適切なやり方」とは、セクター別アプローチとLCA(ライフサイクルアセスメントないしアナリシス)のことである(本誌08年11月17日号掲載の「新・環境標準『セクター別方式』を世界に広めるカギ」、09年3月16日号掲載の「日本の石炭火力技術は世界のCO2削減の切り札である」、09年8月31日号掲載の「費用対効果にみる、CO2削減『日本の二大カード』」参照)。

 セクター別アプローチとは、温室効果ガスの排出量が多いセクター(産業・分野)ごとに、国境を越えてエネルギー効率の抜本的向上を図り、温室効果ガス排出量を大幅に削減しようとする考え方である。このセクター別アプローチに最も熱心に取り組んでいるのが、鉄鋼業界である。
 APP(クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ)によれば、アメリカ・中国・インド・韓国・オーストラリア・カナダ・日本のアジア太平洋7カ国の製鉄所に世界最高水準を誇る日本国内の製鉄所の省エネ・環境技術を移転・普及すれば、現状の生産規模を維持した場合でも、CO2排出量を年間1億3000万トン削減することができる。
 この削減量は、90年度の日本の温室効果ガス排出量12億6100万トンの10%強に当たる。日本は、現在、08~12年の平均値で温室効果ガス排出量を90年比6%削減するという、京都議定書によって義務づけられた目標を達成するために大変な努力を重ねている。日本鉄鋼業が実現した既存の最高レベルの省エネ技術を諸外国に普及することができれば、京都議定書で日本に義務づけられた規模の温室効果ガス排出量の削減は、すぐにでも超過達成されることになるわけである。

 さらに、IEA(国際エネルギー機関)のデータによれば、日本の製鉄所の最高水準にある省エネ・環境技術を全世界に移転・普及した場合に削減されるCO2排出量は、年間3億4000万トンに達する。この削減量は、90年度の日本の温室効果ガス排出量の27%に当たり、鳩山首相が掲げた25%削減目標を上回る規模のCO2排出量削減が、20年を待たずに実現することになる。
 鉄鋼業界ほどには国際的な取り組みが進展しているわけではないが、セクター別アプローチの潜在的効果の大きさという点で、特筆に値するのは、石炭火力セクターである。やや意外なことに、キロワット時当たりCO2排出量が最も大きい発電方式である石炭火力は、じつは、「CO2削減の切り札」と呼ぶべき存在である。


日本の技術輸出が
温暖化防止に大きな効果を生む


 ここで求められるのは、最も多くCO2を排出する石炭火力の効率を改善することができれば、CO2排出量を最も多く減らすことができるという、柔軟な「逆転の発想」である。06年の発電電力量に占める石炭火力のウエートを国別に見ると、日本が27%であるのに対して、アメリカは50%、中国は80%、インドは68%に達する。発電面で再生可能エネルギーの使用が進んでいるといわれるドイツにおいてでさえ、石炭火力のウエートは48%に及ぶ。世界の発電の主流を占めるのはあくまで石炭火力なのであり、当面、その状況が変わることはない。国際的に見て中心的な電源である石炭火力発電の熱効率に関して、日本は、世界トップクラスの実績を挙げている。したがって、日本の石炭火力発電所でのベストプラクティス(最も効率的な発電方式)を諸外国に普及すれば、それだけで、世界のCO2排出量は大幅に減少することになる。

 IEAが06年に発表したデータにもとづく経済産業省の試算によれば、中国・アメリカ・インドの3国に日本の石炭火力発電のベストプラクティスを普及するだけで、CO2排出量は年間13億4700万トンも削減される。この削減量は、90年度の日本の温室効果ガス排出量の107%に相当する。日本の石炭火力のベストプラクティスを中米印3国に普及しさえすれば、鳩山首相がCOP15へ向けて打ち出した25%削減目標の4倍以上の温室効果ガス排出量削減効果を、20年を待たずして、すぐにでも実現できるわけである。
 一方、LCAとは、商品が環境に与える影響を、原・燃料の採取から製造加工・販売・消費を経て廃棄にいたるまでの全過程を視野に入れて評価する方法である。


日本が温暖化対策の
国際的主役になるためには


 LCAの考え方に立って、世界的な規模でCO2削減に取り組んでいる業界としては、化学業界をあげることができる。この考え方に立てば、化学製品を使用することによって、断熱、照明、包装、海洋防食、合成繊維、自動車軽量化、低温洗剤、エンジン効率、配管、風力発電、地域暖房、グリーンタイヤ、太陽光発電などの諸分野で、温室効果ガス排出量を大幅に削減することができる。
 ICCA(国際化学工業協会協議会)が09年のイタリア・ラクイラサミットにあわせて発表した報告書は、「化学工業により可能となる温室効果ガス排出量削減は、同業界による排出量の2.1~2.6倍に相当し、30年までの削減可能性は4.2~4.7倍に達する」、と結論づけている。日本の化学工業協会は、ICCAにおいて、中心的な役割を果たしている。

 地球温暖化を止めることは、人類にとってもはや避けることのできない最重要課題の一つであり、現実的で有効な防止策の早急な実施が求められている。そのためには、これまでCOPの場で取り組まれてきたような国別アプローチだけでなく、セクター別アプローチやLCAの手法を総動員する必要がある。
 温室効果ガスの削減にとって、国別アプローチは、民生部門や業務部門では有効性が高い。一方、セクター別アプローチは、産業部門・発電部門(エネルギー転換部門)・運輸部門でとくに威力を発揮する。LCAは、これらすべての部門に深くかかわりあっている。ストップ温暖化を真剣に推進するためには、国別アプローチだけにとどまらず、セクター別アプローチやLCAを組み込むことがきわめて重要である。セクター別アプローチとLCAは、温室効果ガス排出量削減に関して日本が切ることができる「二大カード」といえるものであり、これらを行使することによってわが国は、ストップ温暖化の国際的主役となりうるのである。



 

 
 
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