職場の心理学 [235]

こんな余剰人員の
活かし方があったのか!

 
 

人員整理を精一杯やって残るは優秀な人材ばかり。
これ以上切りたくないが、不況で業務量が足りない。
そう頭を抱える経営者に、朗報である。
余剰人員を「在籍出向」の形で預かって鍛える画期的な仕組みを紹介する。

 
 

ライター
大井明子=文
text by Akiko Oi
●おおい・あきこ ワシントン大学卒業後、時事通信社に入社し、記者として警察、経済などを担当。再びの留学を決意し、米国コロンビア大学国際公共政策大学院を修了。大手家電メーカーなどを経てライターとして独立。

高橋常政=イラストレーション
ライヴ・アート=図版作成

 
 

入社1年目はとにかく売れたのに
不況が直撃


 久保井智裕さんは26歳の営業マン。「とらばーゆ」など、リクルート社の求人メディアを中心とした広告代理店、フロム・エージャパンに入社して3年目だ。
 入社1年目はとにかく売れた。新人賞や優秀賞などの賞も取った。
 ところが、最近の不況は求人業界を直撃。久保井さんの成績も低迷した。
「不況のせいだけではない。自分のやり方に問題があるはず。でも、今までのやり方のどこがいけないのか?」
 悩む日々を送っていたところ、金子孝暎社長から呼び出しがかかった。
「セレブリックスという会社に半年間『在籍出向』して、他流試合で鍛えられてこい」
「3年目の壁」にぶち当たって悩む久保井さんの様子を見ていた金子社長は、在籍出向者の対象として真っ先に彼を挙げていた。壁を越えるための、いいチャンスになると考えたのだ。
「『転勤したときがカツラをかぶるチャンス』と言うだろう。出向先におまえを知る人はいない。これは自分のキャラクターを変えてみるチャンスだ。半年やってみて、うまくいかなければ元に戻ればいいし、うまくいったら新しい自分で戻ってくればいい。フロム・エージャパンの一員である誇りを持って、セレブリックスでしっかりパフォーマンスを発揮してこい」
 金子社長は、こんな言葉で久保井さんを送り出した。

 久保井さんは、「自分を変えるきっかけを探していたので、とても嬉しかったです。とにかく抜群のタイミングでした」と振り返る。
 下図のように、出向者は元の会社に在籍したままで営業専門のコンサルティング会社であるセレブリックスに半年間出向する。セレブリックスから出向元企業に出向負担金が支払われ、給料は出向元から出向者に支給される。久保井さんは、その出向者の一人となったのだ。
 セレブリックスは、スキルの高い営業マネジャーや営業部隊を企業に派遣してチームを立て直す「営業代行サービス」などで業績を挙げている。
 最近は、不況によるコスト削減の一環で、この営業代行ビジネスの引き合いが増加。新規営業は外注して変動費化し、自社の営業マンは既存顧客の対応に集中させるという戦略を取る企業が増えているのだ。セレブリックスでは、アプローチ先のリストアップやアポ取りのための電話営業、訪問営業などの新規開拓営業のチームを抱え、このようなニーズに応えている。しかし、即戦力の営業担当者の採用が追いつかないという課題も抱えていた。
 そこで、企業の余剰人員を在籍出向者として受け入れ、営業代行サービスを担う営業マンとして鍛え直して活用する仕組みを2009年7月に始めたばかりだった。

 セレブリックスの社長でCOOの櫻井富美男さんは、この事業を始めた背景についてこう語る。
「各企業が採用を手控える中、人材サービス系企業の営業が苦戦していることはよく知っていました。すでに人も減らして、企業体質を筋肉質に変えていると聞いていたので、今いるのは若くて優秀な人材ばかり。辞めさせることはできないはずです。これはお互いにとってメリットのある仕組みができるのではないかと考えました」
 しかも、人材サービス系企業の営業は、あらゆる業界を対象にしており、新規開拓営業に強い。セレブリックスにとっては、ニーズの高い新規開拓営業の即戦力を得られるし、出向元は、不況で市場が停滞し業務量が減少している間に若手営業を社外に出し、OJTで幅広い商材の営業経験を積ませることができる。
 在籍出向を開始する前に、セレブリックスでは面談が行われた。担当したのは、営業代行の部門のマネジャーやリーダー、つまり「営業のプロ」たちだった。
 面談担当者の口からは、営業手法をとことん分析して導き出された理論や、それを実践して実績に繋げてきた自信に裏打ちされた言葉がどんどん出てくる。営業について熱く語る姿に「ビビッときました」と久保井さんは話す。
「『これは何かが違う』と、在籍出向に期待が持てました」
 最初に2日間の研修が行われ、営業の理論、「原理原則」についての座学やロールプレーイングをみっちり行ったうえでOJTに入る。OJT中も月に2回は半日の研修があり、日々の営業活動の中身を座学で確認して活動に反映させる。


1日150件電話をかけ、
アポが取れたら訪問


 朝は9時ごろセレブリックスに出勤。10人程度のチームの中で、プロジェクトリーダーの下、セレブリックスが受注した新規営業代行業務を担う。リーダーの設計した業務戦略に基づき、ひたすら電話と訪問営業だ。
「1日150件電話をかけます。アポが取れたら訪問です」(久保井さん)
 電話や訪問などの営業活動は、午後6時に終わらせ、日報にまとめて翌日の準備を行う。
 単に数をこなすだけではない。コール数はもちろん、電話が繋がった数、キーマンと接触できた数、アポが取れた数などを毎日数値化。行動量と成果の相関関係を細かく分析する。同時に電話での会話内容をチェックし、「なぜ」うまくいったか、うまくいかなかったかを徹底的に分析する。定量、定性の両面から分析を行うことで、より正確な課題が見えてくる。そしてこれらの数値や分析結果はチーム内で共有され、チームとしての実績向上に繋げるのだ。

 他社での営業経験を持つ営業マンであれば、これまでの自分のやり方にこだわり、自分の営業手法を変えることに抵抗を持つこともあるだろう。取締役セールスアウトソーシング事業本部長の伊藤勝成さんは語る。
「セレブリックスでは、今までのやり方をすべて否定して新しいものを植えつけるようなことはしません。しかし、いったんそれらを脇に置いて、新しいやり方を試してみましょうという話はしますね」
 櫻井社長も「業績がすべてオープンになっているので、いくら過去のやり方にこだわりを持っていても、結果に繋がらなければやり方を変えざるをえなくなります」と言う。
 チームはセレブリックス社員と出向者の混成で、2、3カ月単位のプロジェクトごとに編成。自然にお互いの経験や営業手法を共有しながら切磋琢磨することになる。「チームには、金融出身の、営業未経験の人もいましたが、早速受注を取ってきて驚きました」と久保井さんは話す。「私は最初の2カ月間で取れた受注は1件。そんなに多くはありません。与えられた商材を限られた期間で売る力がないことを痛感しました」。
 伊藤本部長によると「出向社員だからといって、差別も区別もしない」。しかし、心のケアには気を配る。
「資本関係がない企業に出向するのは日本では一般的ではないため、ショックを受けたり、不安を抱えたりすることもある。うちでは、『これは営業スキルを磨く最大のチャンス。普段の3年分くらいの経験が積める』と話して励ましています」

 扱う商材はさまざまだ。久保井さんの場合は、最初の2カ月は美容院向けのCRM(顧客関係管理)システムの販売を担当し、現在はPOS(販売時点管理)システムを飲食業や小売業に販売している。
 出向中も、頻繁に久保井さんに会っているという出向元の金子社長は話す。
「知名度が低い商品や、機能について認知度が低い商品を扱ってみて、『自分は今まで、とても売りやすい商品を売っていたのではないか』という気づきがあったようですね」
 フロム・エージャパンとしては、大事な若手社員をセレブリックスに「預ける」ことへの不安は特になかったという。
「セレブリックスの事業内容や仕事の進め方についてはよく知っていたので、うちの社員がその一員として仕事をすることで、必ず得るものがあると思っていました」(金子社長)

 フロム・エージャパンでは、09年7月から久保井さんを含め3名の若手営業マンをセレブリックスに在籍出向させており、最近もう1名加わった。それぞれ半年の契約なので、第一陣が戻ってくるのは10年1月。そこで初めて、この仕組みの真価がわかることになるが、今のところ評価は上々のようだ。
「中小企業の営業マンは、『井の中の蛙』になりがち。こういう形でこういう不況の時期に、人材を手放さずにむしろパワーアップさせることができるのは、弊社にとってもいいチャンスです」(金子社長)
 セレブリックスでは現在、フロム・エージャパンを含む約10社から、約100名の在籍出向者を受け入れている。新聞に取り上げられたこともあり、電機メーカーや出版社など、さまざまな業界の企業から多数の問い合わせがあるという。希望の企業すべてから出向者を受け入れられるわけではないため、現在アセスメント作業を進めているところだ。
 伊藤本部長は語る。
「もちろん、(現在社員を在籍出向させている出向元企業は)当初は、人件費を一部移転したいという考え方が、本音ではあったと思います。でも、実際出向者の様子を見て、研修としての価値を感じているようです。『マネジャーやリーダーになる前の、研修制度として活用することも検討したい』という企業が増えています」


落ち込んだときも
一に行動、二に行動


 久保井さんは、「景気が回復しても、モノが売れない時代は続くと思う。すると、営業がどう介在するかがますます問われ、専門性が上がることになるはず」と語る。自身の営業マンとしての力量を上げるうえで、在籍出向中に多くのことを学んだようだ。
「以前は単に『売れればいいんだ』と思っているところがあって、目標のアポ数を達成すると、コール数が減ってしまっていました。しかしそれではいずれアポも減っていくし、成果にも繋がりません。言い訳をせず、目標のコール数は確保し、行動量をキープすることの重要性を実感しています」
 気が進まないときも、とにかく行動する。「『考える時間と行動する時間を分けろ』と、(櫻井)社長によく言われます」(久保井さん)。
 悩みながら行動していると、中途半端になるので、行動するときは行動に集中する。悩みや迷いは、あとで上司や同僚に相談し、次の手を考え行動に反映させるのだという。
「金子社長には、ブルペンでは速球を投げるのにマウンドで成果が出ない『ブルペンエース』と言われるんです」という久保井さん。
 金子社長にその真意を聞くと、頭でじっくり考えるが、それが行動になかなか繋がらない様子を指しているようだ。「考える時間と行動する時間を分ける」というのは、そんな久保井さんにぴったりの指針だろう。

 久保井さんは、もうすぐ在籍出向を終えてフロム・エージャパンに戻ってくる。
「セレブリックスで学んだことを活かしたい。僕は30歳までにはこの会社を年商30億円の企業にしたいんですよ」と、今から楽しみにしている。
 もっと楽しみにしているのは金子社長だ。「(在籍出向は)弊社も、セレブリックスも、出向した社員もみんなハッピーな仕組み。あとは社員が戻って学んだことを活かし、どんどん業績を上げてくれれば文句ないです」。

 
 
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