職場の心理学 [234]
儲かる野球で優勝も!
楽天の強かなソロバン勘定
ほとんどの球団が赤字経営に苦しむ中で、
創設初年度から予想を上回る利益を上げている楽天野球団。
どんなビジネスモデルで健全経営を実現できたのだろうか。
100を超える評価項目で
適正年俸を決める
壮大なる実験である。球団創設5年の楽天野球団がプロ野球界を変えようとしている。これまで採算度外視、親会社の道楽のような経営が多かったプロ野球の世界にシビアな「球団経営ビジネス」を持ち込んだのだ。
パ・リーグの昨シーズンをみれば、話題は東北楽天ゴールデンイーグルスだった。野村克也前監督の「ぼやき」人気もあってメディア露出で他を圧倒し、リーグ2位で初めてクライマックスシリーズ(CS)に進出した。
「よくできた年というか、できすぎた年でした」。東京・品川の楽天本社の3階応接室。紺のスーツのボタンをきちんと留めた球団社長兼オーナーの島田亨は昨季をそう総括した。人材サービス会社「インテリジェンス」創業メンバーの44歳。新品のパソコンのごとき、清潔感がただよう。
テーブルには携帯電話がふたつ並べられ、時折、ぶるぶる震える。躍進の理由を聞けば、ふっと笑みを浮かべる。
「強化方針をぶれずにやってきたからだと思います。プロスポーツなので華やかなチームをつくるというのは大事ですけれども、選手を評価して獲得する。もしくは評価に対して報酬を払うのです。基本的にその選手のアスリートとしての側面だけを評価してやろうとしています」
つまりは「費用対効果」である。人気や経験、恣意的なものを極力排除し、選手のパフォーマンスを重視して対価を払う。だからだろう、支配下公示選手の年俸総額はパ・リーグでもっとも低い約16億円(日本プロ野球選手会調査)ながら好成績を残した。簡単にいえば、コスト・パフォーマンスがよかったということになる。
どだい選手の年俸の多寡の統一ルールなどない。あるのは球団の方程式、いわば査定である。楽天は独自の100項目以上のきめ細かい査定、評価を実践することで、適正な選手年俸を維持しようと努めているのである。
そうならば、野村前監督の交代もよくわかる。創設1年目に97敗と惨敗したあと、楽天は野村監督に指導・育成を託した。寄せ集めの弱小チームに「考える野球」を植えつけた。
だが、昨季、野村監督の続投の願いをやんわり拒んだ。人気を考えると、「あと1年延長」と考えてもよかったではないか。なぜだろう。
「もともと野村監督にはコンテンツとしての価値を求めてお越しいただいたのではありません。学校にたとえてみれば、小学生レベルの精神状態だった選手たちを高校野球レベルくらいまでに持っていってもらうというのが目的だったのです。3年目が終わって、目的とした育成にはちょっと足りなかったので、あと1年お任せしたのです。華やかな年にして、(監督の)幕引きにしてほしいとの思いもありました」
目的にほぼ達したことで、方針どおり、野村監督に退任してもらい、前広島監督のブラウンを招請したのだった。推定年俸が野村監督は1億5000万円、ブラウン監督が6000万円。
「判断がぶれたことはありません。チームが成長すれば、指導、育成の仕方、マネジメントの仕方って、当然変わっていかないといけないのです」
楽天野球団が掲げる3本柱は「強いチーム」「健全経営」「地域密着」である。驚きは、なんといっても、健全経営、いわゆる「楽天ビジネス」が軌道に乗っていることである。
島田は2004年10月のことをよく覚えている。ITベンチャー企業の旗手、ネットショッピングモール「楽天市場」の三木谷浩史と夕食を共にし、球団の経営を依頼された。「将来的には黒字化してほしい」とも。
「野球を経営する原点はその日にあります。野球のことを知らなくてもいいよ、と言われたので、“じゃ、やってやろう”と思ったのです。黒字化をしてやろうということです」
それまでの球団の「タニマチ型」経営はひどかった。巨人や阪神は別として、ほとんどの球団が赤字に苦しんでいた。楽天参入のきっかけになった、近鉄とオリックスの合併も、近鉄が年間数十億円におよぶ赤字を出す体質から脱却できなかったからだった。
つまりは“儲からないビジネス”だった。不安は、と聞けば、「全然感じたことがない」と笑い飛ばした。
「もともと無責任なのか、プレッシャーなど感じたことは一度もないです。不謹慎ですけれど、野球ってどんなビジネスなんだろう、って興味があったのです。どんなストラクチャーになっているのかわからなかったのです」
島田には野球知識がなくても、ビジネスの成功体験があった。この自信は大きい。もちろん球団をつくった三木谷もしかりである。しかも三木谷はJリーグのクラブを経営していることで、ポイントが「球場の使用権・営業権」を持つことだとわかっていた。
「仮説→実行→検証→仕組化」
でとらえた観客ニーズ
楽天野球団はホームの宮城球場(現クリネックススタジアム=Kスタ)を大幅改修などすることで、宮城県から年5000万円の使用料で活用している。ソフトバンクホークスの年48億円に比べると、圧倒的に有利である。
「うちは球場にこれまで90億円ほどの投資をしました。それをそっくり県に寄付して、無形固定資産として使用権、営業権をもらっているのです。10年ぐらいで割り戻していますので、だいたい年9億円の償却となります」
自前球場と比べると固定資産税の負担がなく、税制上もランニングコストも低く抑えることができる。これでスタジアムから、販売戦略に乗った入場料収入、広告看板を利用するスポンサーシップ収入、直営ショップによるグッズ販売収入、飲食、テナント収入を効率よく上げることができる。
結果、1年目に1億5000万円の営業利益を確保し、周囲をびっくりさせた。要因は予想を上回る20億円以上の広告収入やグッズ販売だった。2年目以降も、償却費、球場改修費を除けば、収支はプラスを維持する。09年は売り上げが90億円近くに上り、営業損益ではマイナス6億円となりそうだ。
「リーマンショックでスポンサーセールスが大変な目にあいました。30億円ほどあったスポンサー収入が7億円減ったんです。それをチケット収入の上積み分やグッズ販売で補い、前年ととんとんのところまできました。クライマックス分の上積みで収益が改善したので、結果的には増収増益となりました。PL(損益)上はマイナス6億円ですけど、キャッシュフローではプラスです。経営視点でいうと自慢できるところだと思います」
楽天のビジネスモデルのつくり方は現実的、かつシンプルだった。プロ野球ビジネスをユニットごとに区切れば、収入源は基本として(1)入場料 (2)スポンサー (3)テレビ放映権 (4)グッズ (5)飲食 (6)ファンクラブ──の六つである。
島田が体をソファから乗り出す。
「何が一番儲かるかというのは、利益率の問題なんです。利益率から優先順位をつけて、正しい商品設計をひいていけば、ロードマップをひくのはそんなに難しくはない。まずは現実的な分解、楽天的にいうと因数分解して……」
そういって、島田は応接室の壁にかかっている額縁のコンセプトを指差した。「仮説→実行→検証→仕組化」。
「検証して、成功であれば、仕組化する。それをくるくる回していくのです。これが楽天の経営スタイルですから」
もちろん、実行するのは人である。球団には創設と同時に様々なところから人を集めた。現在、球団の従業員が約120人。いわば寄せ集めの「エリート集団」である。職業意識、文化のちがう人々をどうひとつのアングルに向かわせていくのだろうか。
「基本的にしっかり目標設定する。大前提は企業としてのミッションというか、大げさにいうと哲学的なものを共有することです。そして現場をしっかり巻き込めるような会議体を設計していって、現場のアイデアを取り込んでいける仕組みづくりをすることです」
とくに自由に議論していくプロセスが大事だと島田はいう。審議事項を明確にし、議論を重ねていく。セクションごとの会議のほか、マネジャー会議、部長会議が週一回は開かれ、取締役会議が月一回のペースで行われる。
「ちゃんと調査をして、仮説を立て、こういう実験をした結果、こうこうだったから、これだけのお金を使ってやりたい。ひいてはこういうリターンを生む予定であるとしっかり提案させます。コミュニケーションに対して、すごく時間を使っている会社です」
情報の共有、公開、透明性でいえば、Eメールの活用が興味深い。誰かにメールを送るとき、「野球団オール」というアドレスに送ると、全社員にメールが届く仕組みになっている。
「せっかくメールには送り先とCCがあるわけです。話を伝えたい人と、聞いておいてほしい人、できれば聞いておいてほしい人の三つに分けてメールをするようになっています。受け取り側は自分に対してきたメールを優先し、時間があれば、CCにきたメールをみるだけでバーチャル的に何をしようとしているかがわかるのです」
チマタでは、よく審議事項を「おれは聞いてない」という人がいて、その進行をストップする。楽天だと「おれは聞いてない」となっても、「CCをみていないオマエが悪い」となるのである。
メールを活用すればスピードも速くなる。どうしたって、楽天は「スピード重視」である。「スピードはクオリティです。100点満点のものを3日後に出すのだったら、80点のものを1時間後に出したほうがいいんです」
楽天野球団はビジネスモデルを観客のニーズに合わせ変えてきた。09年から、チケット価格を対戦カードや曜日により、5種類に変える「フレックス・プライス」も導入した。たとえば、巨人、阪神戦では7000円のバックネット裏席が、雨天中止の振り替え試合などの場合、3800円に設定される。
この料金体系は大リーグのチケット販売や、閑散期に値段が下がる航空運賃を参考に取り入れられた。
「チケット事業のマネジャーが、アメリカの事情を勉強しながら、日々のチケット販売の数字をみて、これを提案してきたのです。成功でしょう。チケット数の伸び方との相関関係は微妙ですけど、チケットの売り上げが上がったのは事実です」
球団職員は球場をボールパークと称し、「ファン・エンターテインメント」に努める。理念が「野球を通じて感動を創造し、夢を与える」である。一人ひとりがファンサービスを常に考え、提案する。だからだろう、職員の目がイキイキとしているのだった。
例えば、昨季のCS第二ステージ(札幌)ではKスタでパブリックビューイングが実施された。スタンドをのぞけば、約4200人が電光掲示板のライブ中継に一喜一憂していた。入場無料。試合前には選手エリアも巡る「ボールパーク・ツアー」が実施されていた。
球場は収容人員2万2000ながら、入場者数は右肩上がりで、09年は年間120万人を突破した。
楽天が目指すのは、世界最高のスポーツ・エンターテインメントである。ビジネスでは、単年黒字化の目標を2018年から14、15年に前倒しした。10年の目標を問えば、島田は即答した。
「日本シリーズに出ること、です」
楽天はビジネスモデルの仕組みづくりにまい進する。もしも新興球団が黒字経営で日本シリーズを制すれば、プロ野球に革命を起こすことになる。
インタビューが終わる。島田はお辞儀すると、次の打ち合わせに飛んでいった。ロビーを走る背中を追う。壁をみれば大きな額縁が飾ってあった。墨字でこう、書きなぐられている。〈人は“財”なり〉 (文中敬称略)
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