ビジネススクール流知的武装講座 [236]

20年間シェア一位
「お~いお茶」に学ぶ市場の創り方

 
 

マーケティングは市場の細分化、ターゲット層の選定、
自らのポジショニングの選定という順で行われることが多い。
だが、筆者はポジショニングの選定からスタートするケースもあるとし、
伊藤園の事例からその可能性を明らかにする。

 
 

流通科学大学学長
石井淳蔵=文
1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年4月より、流通科学大学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。著書に『ブランド』『マーケティングの神話』『営業が変わる』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 


日本初、商業ベースの
緑茶飲料を発売した伊藤園


 STPという言葉は、この連載の中でも出てきた言葉だ。市場を分析し消費者層を細分化し(Segmentation)、その中からターゲット層を選び(Targeting)、その層に合うようにみずからのポジションを定める(Positioning)というやり方である。その頭文字をとって、そのままSTPと呼ぶことが多い。ほとんどのマーケターは、定番のようにしてこの手法を使っている。だが、常に〈S〉、つまり細分化ないしは市場分析が最初にくるわけではない。消費者に向けて、どのような切り口で入っていくのかという〈P〉、つまりポジショニングからスタートするケースもある。伊藤園の緑茶飲料への取り組みはそれだ。

 緑茶飲料市場のここ10年ほどの成長は目立っている。1990年には、清涼飲料市場全体の0.5%を占めるにすぎなかったが、2001年にはウーロン茶飲料を追い抜き、03年以降はジュースや健康飲料などを含む清涼飲料市場全体の10%近い規模にまで成長した。売上高ベースでは、93年には571億円であったものが、97年に1133億円、「生茶」がブームを引き起こし「第一次緑茶戦争」と呼ばれた00年には2171億円の規模に成長し、さらに04年のサントリーの「伊右衛門」のヒットをきっかけとした「第二次緑茶戦争」を経た05年には4470億円規模へと躍進した。

 今日、われわれはコンビニやスーパーでペットボトルに入った緑茶飲料を購入し、それを携帯して仕事の合間や食事の時間に飲む。あるいは食卓には、2リットルのペットボトル入りの緑茶が置かれている。ところが、緑茶飲料が市場に登場した80年代はまったく様相が異なっていた。「缶やペットボトルに入ったお茶を買うのはもったいない」とか、「お茶は、茶葉からいれるのが一番」と思っていた時代であった。そのときに、伊藤園が日本で初めて商業ベースの緑茶飲料として、缶入りの「煎茶」を発売した。85年のことである。その後、89年に「お~いお茶」に商品名を変更した。
 その後、「お~いお茶」は成長し、09年1月末現在で累計販売量は150億本(500ミリリットル容器換算)を超え、「伊右衛門」や「生茶」など大手飲料メーカーのブランドがひしめく緑茶飲料市場で40%前後のシェアを保持するに至っている。どうして、そうした成長が可能になったのか。それは、「飲料化比率」というコンセプトを外しては理解できない(吉田満梨「不確定な市場環境に対する2つのアプローチ ─ 株式会社伊藤園 飲料化比率を参照点とした市場創造の事例」、『季刊マーケティングジャーナル』、日本マーケティング協会、第29巻 第3号)。


缶やペット飲料の
割合が大きくなれば
市場は拡大する


 90年代中頃、緑茶飲料は、当時「無糖茶飲料」と呼ばれていた市場カテゴリーにおいては、ウーロン茶やブレンド茶に比べて、市場規模としては三番手の位置でしかなかった。だが、そのときにあって、伊藤園は緑茶飲料市場の成長を信じていた。というのは、緑茶飲料の成長可能性を示唆する「飲料化比率」のコンセプトとセオリーを持ち始めていたからである。
「飲料化比率」とは、緑茶の全消費量のうち、缶やペットボトルなどに入った緑茶飲料として消費される量の構成比を表す指標で、次の式で表される。

飲料化比率=飲料容量(kl)÷(飲料容量(kl)+茶葉容量換算(kl))×100

 つまり、飲料化比率とは、「缶やペットボトルの形で飲用された容量」と「茶葉でいれて飲用された推定容量」との合計に占める、「缶・ペットボトル飲料容量」の比である。
 その比率は、96年当時は4%程度であった。茶葉が飲用される全量のうち、4%しか缶やペットボトル飲料にはなっていなかったのだ。この比率は、コーヒーや紅茶の10分の1にすぎなかった。その現実は、茶葉を急須でいれて飲む緑茶の需要を取り込むことで成長余地があることを示している。

 そうした考えの背景にあるセオリーは、次のようなものだった。当時、同社は、「緑茶、ウーロン茶、紅茶、コーヒーという4種類の飲み物がそれぞれどの程度飲まれているのか」という視点から市場規模を調べた。
 消費量でみると一番飲まれているのは緑茶。次いで、コーヒー、ウーロン茶、紅茶。ところが金額で算出すると、市場規模はコーヒーが緑茶を圧倒的に上回っていた。この逆転はどこから来るのか。原料のコーヒー豆が緑茶の茶葉よりも高いのか、といえばそうではない。
 理由は、コーヒー市場1兆4000億円あまりの売上高の3分の2の約9000億円は缶コーヒーとして消費されていたからだ。つまり、缶などの飲料として飲む比率の高さが、付加価値を生み出していたのだ。緑茶も、缶やペット飲料の占める割合が大きくなるほど市場は拡大する!

 伊藤園は、(1)飲料化比率は市場規模と連動していること、(2)緑茶飲料の飲料化比率は他の茶系飲料と比べて非常に低いこと、したがって(3)緑茶飲料市場は今後まだまだ大きく成長する余地があることを、確信した。
 さらに、緑茶飲料の成長性に対し明確な像を描くこともできるようになった。その根拠となるセオリーは次のようなものだ。当時、ウーロン茶の飲料化比率は50%前後、紅茶とコーヒーは約30%。いずれもほぼ安定していた。ウーロン茶とコーヒー・紅茶の間の飲料化比率の違いは、「止渇性」と「嗜好性」という性格の違いに起因していると考えた。喉が渇いたときや食事のときに飲まれることが多いウーロン茶飲料は、どちらかというと「止渇性」の強い飲料。それに対して、甘さや刺激が評価され、好き嫌いによって飲まれることが多い紅茶とコーヒーは、「嗜好性」の強い飲料。緑茶はといえば、止渇性飲料と嗜好性飲料の両方の性格を持っていて、緑茶の飲料化比率は30~50%の範囲に達するのではないかと、予測された。

 飲料化比率の伸びに比例して緑茶飲料の市場規模も大きくなるという予想は、結果として大いに当たった。実際に、96年には飲料化比率がわずか4.4%で935億円だった緑茶飲料市場は、飲料化比率が10%に近づいた00年には2171億円の市場。20%に近づいた04年には4470億円の市場となっている。つまり、飲料化比率が10%高まることが、結果として2000億円の市場規模の伸びと対応しているのである。したがって、現状のようにコーヒーよりも緑茶が多く飲まれている状況が続き、緑茶の飲料比率が30~40%に達するときには、緑茶飲料市場は6000億~8000億円の規模に成長するという予測を持つことができる。

 伊藤園では、「飲料化比率」のコンセプト&セオリーを持ったお陰で、長期的な緑茶飲料市場のビジョンに基づく新たな戦略の策定が可能になった。
 その第一は、01年にスタートした茶産地育成事業だ。生産農家の育成のために国内外で大規模な茶産地育成事業に取り組んだ。伊藤園による茶産地育成事業では、スケールメリットを活かした大規模茶園経営と機械化による省力管理、生産・加工に対する伊藤園独自の生産技術の導入を行い、そして安定した単価での全量取引を行うという契約を結ぶことによって、生産者を支えた。この支援体制のおかげで、新規造成した茶園面積のうち実に9割をお茶づくりの経験のない農業法人が経営しているといわれる。


ホット専用で
年間通じて安定的な需要を創造


 第二に、全社戦略の方向が定まった。それは、コカ・コーラやサントリーが目指している総合飲料メーカーの道とは異なる道だ。それらの会社は、膨大な数の清涼飲料用自動販売機を抱える。両社に対抗するには、自社自販機を各所に設置するだけでなく、自販機に並べるための多様な飲料を自社開発する必要がある。自販機を持つことは、総合飲料メーカーとなることと同義なのである。緑茶飲料に強みを持つ伊藤園も、総合飲料メーカーになる道はありえた。だが、この飲料化比率を社の目標に掲げたとき、当面は総合飲料メーカーの道ではなく、緑茶飲料分野に資源を徹底集中することになった。

 第三に、飲料化促進のマーケティングが積極的に試みられた。同社の強みであるルートセールスによる営業を強化するだけでなく、緑茶飲料の新たな飲み方を提案し、緑茶の飲用シーンを広げる取り組みに注力した。いち早く500ミリリットルペットボトル入りの「お~いお茶」を発売した。その結果、緑茶の飲用シーンは拡大した。00年には、世界で初めてホット専用のペットボトル入り緑茶飲料を発売した。緑茶飲料を温めると通常の数倍の速さで酸化し味が劣化してしまう問題があったが、容器と中身の工夫によって、この壁を乗り越えていった。その結果、止渇を目的に夏を中心に飲用される飲料だった緑茶飲料は、嗜好性を強めた冬の定番商品としての性格が加わり、冬場でも売り上げを落とすことなく、年間を通じた安定的な需要の創造の手がかりを一つ得たのである。

「お~いお茶」を、清涼飲料市場あるいは茶系飲料市場において「緑茶飲料」という切り口でポジショニングした。図に示しているが、細分化→ターゲティング→ポジショニングという手順ではなかったことに注意したい。ポジショニングが先行する。
「清涼飲料としての緑茶」という新しいポジションを支えたのは、繰り返し述べたように、飲料化比率のコンセプト&セオリーである。そのコンセプト&セオリーは、緑茶が、ウーロン茶やコーヒーや紅茶などと並ぶ、有力な清涼飲料であることを確信させるものであった。
 ポジショニング先行で進むことで、緑茶飲料の長期的な市場成長を見据えた事業のマネジメントが可能になった。飲料の原料となる茶葉の生産力の増強と、緑茶飲料を啓蒙するコミュニケーションという両輪が駆動した。ポジショニング先行は、新たに状況を創造する試みだけにリスクは大きい。しかし、納得的なコンセプトとセオリーがあれば、力強くマーケティングの力を駆動させる力を持っている。



 
 
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