ビジネススクール流知的武装講座 [235]

幕末来日のドイツ商人は
新興国攻略のお手本である

 
 

世界同時不況からの脱却をめざす日本企業。
進むべき道は新興国に存在するビジネスチャンスを
正確に見抜くことにある。
150年前、幕末開港時の日本にやってきた
ドイツ人商人たちの心意気に、筆者はその手本を求める。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
Takeo Kikkawa
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 


日本生まれのドイツ商社「イリス」とは


 今年は、日本がアメリカ・イギリス・オランダ・ロシア・フランスとのあいだに締結した通商条約(いわゆる「安政五カ国条約」)によって、横浜・長崎・箱館(現在の函館)が開港してから、ちょうど150年目に当たる。開港150周年を祝してこれら三市ではさまざまな記念行事が行われたが、その一環として、横浜美術館では、4月から6月にかけて、「イリス150周年──近代日本と共に歩み続ける或るドイツ商社の歴史」と題する企画展が開催された。

 イリス(C.ILLIES & Co.)は、ハンブルクの本社を中心にして、世界各地に販売組織を展開する、ドイツの中堅商社である。そのイリスを横浜美術館が開港150周年記念事業の一環として大々的に取り上げたのは、1859(安政6)年の横浜開港と同時に最初に開業した外国商社が、イリスの前身に当たるL・クニフラー商会だったと言われているからである。
 イリスの日本法人であるイリス(東京都品川区上大崎)は、つい最近、50年ぶりとなる企業史として、『イリス150年 黎明期の記憶』を刊行した。筆者(橘川)は、縁あって、同書の原稿執筆を担当した。この小稿では、日本生まれのドイツ商社というユニークな成長過程をたどったイリスの明治期の歩みについて、光を当てる。その歩みからは、現在の日本企業が進むべき道に関する有用な示唆を導くことができる。
 イリスは、横浜・長崎・箱館が開港された1859年7月1日、L・クニフラー商会として、長崎で設立された。L・クニフラー商会は、設立と同時に横浜でも事業を開始した。L・クニフラー商会は、経営者の交替を受けて、80(明治13)年に、商号をC・イリス商会へ変更した。C・イリス商会が本社を日本からドイツのハンブルクへ移したのは、98(明治31)年のことである。

 このようにイリスは、日本生まれのドイツ商社というユニークな成長過程をたどったが、その前身であるL・クニフラー商会ないしC・イリス商会の明治期日本における事業活動に関しては、次の3点が問題となる。
(1)幕末・明治維新期の日本では、外国人商人にとって、どのようなビジネスチャンスが存在したのか。
(2)L・クニフラー商会ないしC・イリス商会は、幕末~明治期の日本市場で、どのように事業上の成功を実現させたのか。
(3)C・イリス商会が、日本での設立→ドイツへの本社移転というユニークな発展プロセスをたどったのは、なぜか。


幕末期の日本に存在した
ビジネスチャンスは何か


 まず、(1)について。
 当時の日本で存在したビジネスチャンスは、単に、長期にわたって鎖国していた国が、開港によって世界に門戸を開いたということから生じたものだけではなかった。
 L・クニフラー商会の創設者であるルイス・クニフラーは、事業の拠点をオランダ領東インド(現在のインドネシア)のバタヴィア(現在のジャカルタ)から日本に移すに当たって、故郷のプロイセンに宛てた58年の手紙のなかで、「日本人は科学方面において驚くべき進歩をなし、かつ絶えず非常な努力と熱心さをもって、その知識の拡大につとめ、教養ある外国人と接触しようとしている」と書いた。このことにも示されるように、近代化、工業化をめざす息吹が、幕末・維新期の日本には渦巻いていた。
 この近代化へ突き進むダイナミズムこそが、当時の日本に存在したビジネスチャンスの本質だったと言うことができる。

 次に、(2)について。
 事業上の成功を実現させた理由としては、何よりも、L・クニフラー商会ないしC・イリス商会で活躍したドイツ人商人たちの旺盛な企業家精神をあげるべきであろう。彼らは、ビジネスチャンスを活かすためには、攘夷運動の高まりなどに見られた大きなリスクの存在もいとわなかった。交易活動さえできるのであれば、入港時に掲げる国旗は、他国のものでもかまわなかった(例えば、L・クニフラー商会は、開業当初、オランダの国旗を掲げて事業を遂行した)。
 日本からの輸出が困難であると判断すれば、長崎・横浜・神戸において、輸出用の茶を製造する工場を稼働させることまでした。旺盛な企業家精神こそが、L・クニフラー商会ないしC・イリス商会を事業上の成功に導いたのである。

 最後に、(3)について。
 幕末・明治維新期にL・クニフラー商会が日本で事業活動を行っていたころには、時節柄、武器の輸入販売のウエートが高かったが、基本的には、日本で売れるもの(日本が必要とするもの)は何でも売るという姿勢であった。しかし、社名がC・イリス商会に変わったころから、ドイツを中心とするヨーロッパのメーカーの製品を日本市場に売り込むことに、事業の焦点を絞り込むことになった。事業発展の原動力は、日本市場の旺盛な需要からヨーロッパ(ドイツ)・メーカーの製品の競争優位にシフトしたことにあり、C・イリス商会が、日本での設立→ドイツへの本社移転というユニークな発展プロセスをたどった理由は、このシフトに求めることができる。

 C・イリス商会が明治期の日本で請け負った代表的な仕事としては、皇居の鉄製二重橋の設計・施工をあげることができる。86~88(明治19~21)年の鉄製二重橋の建設は皇居の造営の一環として実施されたが、皇居造営は、日本が、近代国家としての基盤を確立したことを象徴する出来事であった。その一部である鉄製の二重橋という記念碑的な建造物の設計・施工に、C・イリス商会は全責任を負ったのである。
 その鉄製二重橋の建造に限らず、C・イリス商会は、日本の近代化へ多面的に貢献した。別表は、その概要をまとめたものである。
 この表からわかるように、C・イリス商会が日本の近代化に果たした役割は、相当に大きかったと言える。とくに、橋梁の建設、鉄道の敷設、水道の整備、港湾の拡充などインフラストラクチャーの構築の面で、その貢献度は高かった。皇居の鉄製二重橋だけでなく、多くのエポックメーキングな建造物の設計・施工・機材納入に、C・イリス商会は関与した。また、日本の産業革命を牽引した代表的な新鋭工場の建設にC・イリス商会が貢献したことも、注目に値する。

 先に述べたように、幕末~明治期の日本では、近代化へ突き進むダイナミズムが、強く作用していた。近代化の中心的な担い手となったのは、もちろん日本人自身であるが、同時に、L・クニフラー商会ないしC・イリス商会で活躍したドイツ人商人たちのように、旺盛な企業家精神を持った外国人商人たちが展開した事業活動も、日本の近代化を促進する要因となったことを忘れてはならない。
 以上述べてきたように、イリスの前身であるL・クニフラー商会ないしC・イリス商会は、幕末・明治維新期の日本に存在したビジネスチャンスを正確に見抜き、旺盛な企業家精神を発揮して事業上の成功をおさめるとともに、日本の近代化にも少なからず貢献した。このような黎明期イリスの事業活動から、今日の日本企業が学ぶべきことは多い。


海外市場での
「内需主導型成長」に参加するべき


 周知のように、日本では、2005年から人口減少が始まった。国立社会保障・人口問題研究所の06年12月時点での推計によれば、05年に1億2777万人であった日本の総人口は、50年には9515万人、2100年には4771万人にまで減少するという(出生中位・死亡中位のケース)。
 一方、国際連合の06年の調査によれば、05年に65億1475万人であった世界の総人口は、50年には91億9129万人にまで増加するという。

 人口減少による市場規模の縮小が予想される日本とは対照的に、海外では新興国を中心にして、人口増加にともなう市場規模の拡大が進む。世界同時不況からの脱却をめざす日本企業が進むべき道は、新興国の成長市場に密着し、グローバルに展開することである。「成長市場への密着」とは、日本企業が、世界の中でも成長力が大きい市場に入りこみ、そこに密着して、自社の製品やサービスを販売する道である。ここで強調すべき点は、新興国の最大の魅力は、しばしば指摘される豊富で低廉な労働力にあるのではなく、じつはその市場の将来性にあることである。世界各地の新興国の都市にみなぎる活気は、日本の「三丁目の夕日」の世界を彷彿とさせる。「三丁目の夕日」のあとに日本人が経験したのは、世界史的なインパクトを持つ高度経済成長であった。

 新興国の人々は、高度経済成長の疾風怒濤のなかにすでに身を置きつつあるか、そうでなければまもなく身を置くかである。その際には、日本の高度経済成長を牽引したのが、輸出の伸びではなく国内市場の急拡大(個人消費支出の伸長と設備投資の増加)であった事実を、想起する必要がある。日本企業にとっての活路は、海外市場での「内需主導型成長」に積極的に参加することにあると言うことができる。
 日本企業が活路を切り開くためには、新興国に存在するビジネスチャンスを正確に見抜き、旺盛な企業家精神を発揮して、新興国の経済発展に貢献することが求められる。このような行動のお手本になるのが、黎明期イリスの日本での事業活動にほかならない。150年前、幕末開港時の日本にやってきたドイツ人商人たちが抱いていた心意気は、今日の日本企業関係者にとっても、きわめて重要な意味を持つのである。



 
 
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