若林 八塩さんは「レジ・クーポン」をご存じですか?
八塩 一応、私も主婦として日々スーパーに通っていますから、何度かいただいたことがあります。最初の出会いは4、5年前。御社のクーポンだったのかわかりませんが、ヨーグルトを買ったときに、「次回は20円引きです」というクーポンをいただいて。こういうものがあるんだなとすごく気になっていました。
若林 買い物客がレジで会計を済ませた瞬間にレジ併設の専用プリンターから出力されて、レシートと一緒に手渡されるのが「レジ・クーポン」です。私たちカタリナマーケティングが開発したこの仕組みにはビジネス特許がありますから、八塩さんが手にした「レジ・クーポン」はカタリナのものです。
八塩 スーパーで買い物をした人全員がもらえるわけではないんですよね。
若林 ええ。もちろん全員に発券することも可能ですが、特定のターゲットに絞り込んで発券できるのが「レジ・クーポン」の特性です。例えば、メーカーの依頼で発行するクーポンなら、自社ブランドの商品を買った人、競合ブランドを買った人、あるいは粉ミルクを買った人に紙おむつのクーポンを出すといったような関連の深い商品を買った人など、さまざまなターゲットを設定して発券できます。逆に言えば、値引きしなくても買ってくれる人や値引きしても買ってくれない人には発券しない設定もできますから、コストの無駄を省けますし、値引き販売によるブランドイメージの低下も抑えられます。
八塩 私、バラエティーシーカーで、同じカテゴリーのさまざまなブランドを購入しようとするタイプなんです。だから、「レジ・クーポン」がもらえると素直に嬉しい(笑)。誰にでもではなく、「私だからくれたんだ」という気持ちにさせてくれるのもいいですね。「レジ・クーポン」がいただけるお店が随分広がった気がしますけど、今どれくらいあるんですか。
若林 日本では大手の GMS(ゼネラルマーチャンダイズストア)と SM(スーパーマーケット)の23の小売りチェーン、2400店舗がカタリナのネットワークに加入しています。
八塩 日本全国の GMS・SMで「レジ・クーポン」がもらえるんですか。
若林 そうです。店舗のバックヤードにカタリナのサーバーを置かせてもらっています。サーバーは店内のレジと繋がっていて、POSデータを読み込み、アメリカのフロリダ州にある計算センターへ送ります。計算センターでは2.5ペタバイトという桁違いなスケールのサーバーが24時間稼働しています。このサーバーに蓄積されたデータを分析して、クーポン発券プログラムを企画します。プログラムを各店舗のサーバーに送り、購買内容に応じたクーポンがレジ横に設置された専用プリンターから打ち出されるわけです。その間、わずか1秒です。
八塩 なぜ私の買い物内容に合ったクーポンが発券されるのか不思議でしたけど、そんな世界規模のシステムが裏側で動いていたとは思いもしませんでした。
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八塩 POSデータをマーケティングに活用したビジネスモデルは、どのような発想から生まれたのですか
若林 アメリカのカタリナマーケティングコーポレーションが設立されたのは1983年です。マーケティング、流通、POSスキャナー技術に関わる5人の友人がカリフォルニア州のカタリナ諸島に向かうクルーズ中に画期的なアイデアを思いついた。それが社名の由来にもなっています。彼らはテレビやラジオの CM、新聞の折り込みチラシのクーポンよりもローコストで効果的な消費者とコミュニケーション方法があるはずだと考えた。では消費者とコミュニケーションが取れる最大のタッチポイントはどこか。
八塩 店頭、しかも会計時ということですね。
若林 そうです。そのとき目をつけたのが当時、出回ったばかりの POSスキャナーでした。消費者の購買行動に直接アクセスして、それぞれの消費者ニーズに見合う特典をその場で手渡せるシステムを開発した。そこから生まれたクーポンプログラムが「レジ・クーポン」です。
八塩 当時の POSはまだ売れ筋商品の発注とか在庫管理に利用されていた段階ですよね。
若林 はい。まだマーケティングには利用されていませんでした。でも POSデータの本当の価値は消費者が何を買ったかがわかることです。ポイントカードなどと連動させれば、例えばカードの持ち主が過去52週間に何を買ってきたのか、その履歴もわかる。従来のマーケティングは、マーケッターの感性や限られたサンプル調査に基づいた“意見”でしかありませんでした。でも本当に大事なのは、実際にお客様が買ったのか買わなかったのか、つまり購買行動という事実に基づいたマーケティングです。例えば実際にヨーグルトを買ったお客様には他ブランドのヨーグルトのプロモーションメッセージを出しても嫌がられないし、ブランドスイッチも促しやすい。1つ買ったお客様には複数購入や継続購入のアピールもしやすいわけです。
八塩 メーカー側が消費者にマーケティングするための手段として有効なのはわかりますが、小売側にはどんなメリットがあるんですか?
若林 小売側は自分たちのコスト負担なしで商品の販売促進ができますし、クーポンはそのお店でしか使えないので、再来店を促す効果があります。それから集客や販促目的で小売側が利用者になる場合もあるんです。例えば、3000円以上お買い上げいただいたら次回来店時に300円分、5000円以上なら600円分値引きという具合に、有効期限を設定して発券する。こうした方法で来店頻度や購買金額を高めることができます。
八塩 3000円とか5000円という金額に心理的な壁がきっと主婦にはあるんですよね。でも、その金額を超えたらお得ですよと言われると、ついついオーバーして余計な物まで買ってしまう(笑)。
若林 「レジ・クーポン」のもう一つの大きな特徴は、効果を検証できることにあります。多くのマーケティングキャンペーンで検証や評価が行われていないのは、効果を測定するだけでも大変な労力とコストがかかるからです。しかし、カタリナの場合、全部の購買データが残りますから、実際にクーポンが使われたのかどうか事実に基づいた検証ができる。
また、仮説実験も可能です。わかりやすい例を出せば、規模や立地条件が似通っている50店舗を選んで A群と B群に分け、A群ではキャンペーンを行い、B群ではあえて行わない。そのとき当該商品の売れ行きにどんな差が出るか、すなわちキャンペーンの効果が検証できるのです。
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八塩 購買行動というのは不思議なものだと思います。消費者は気まぐれで、物を買うときに何かきっかけがほしいんですよね。アメリカの主婦は計画購買が35 %、非計画購買が65 %といわれますが、日本の主婦は必要な物をリスト化してそれだけしか買わないという計画購買をする人が極端に少ない。非計画購買が9割を占めるという調査結果もあります。要するに9割の主婦は店に行ってから、今日は何にしようかなと決めているんです。だから店頭マーケティングが重要なんですね。きっとアメリカより日本のほうが「レジ・クーポン」が効くのではないでしょうか。
若林 実際にそうです。アメリカの調査によれば、カタリナのような購買者(ショッパー)に直接アプローチするショッパー・マーケティングが効くかどうかは、個人属性でいうと年齢や収入ではなくて、意外にも学歴が影響しているという結果が出ています。コーネル大学の教授が結論づけているのは、ある程度教育を受けた人は自分の行動を正当化しようとする傾向が強い、つまり「レジ・クーポン」を受け取ったときに、これを使うと得するかどうかを考える癖がついていて、それが購買行動に表れるということです。
八塩 わかります。この商品をクーポンを使って買ったことで私は得をしたと納得したいんです。それに気づいた私って偉い、と(笑)。そういう感覚が満足度を高めるんですね。「レジ・クーポン」がもっと普及すれば、日本人の購買行動も変わるかもしれませんね。もっと計画購買が増えるかもしれないし、非計画でも「これを使わなきゃ」と早期購買を促すから店舗が活気づきそうです。
若林 日本経済を活性化するには個人消費を伸ばさなければいけませんよね。そのためには私たちのようなターゲット・マーケティングの手法が絶対に必要だと思うんです。
八塩 よく同僚の先生方と話をするんです、定額給付金よりマーケティングを補助したほうが遥かに少ない予算で個人消費を刺激できるのにと(笑)。
最後に、今後の「レジ・クーポン」の展開を教えてください。
若林 カタリナは現在、日本の GMS(ゼネラルマーチャンダイズストア)と SM(スーパーマーケット)上位100社の全食品売上高の43 %をカバーしていますが、2012年にはそれを75 %に高めたいと思っています。店舗数の目標は4000店舗。それが実現すると毎日1000万人単位のお客様にアクセスできるようになります。並行してドラッグチェーンのネットワークづくりも進めています。
技術面では「レジ・クーポン」のカラー化です。アメリカでは3年前からカラー化が始まっていますが、日本のレジに設置しているプリンターはとてもコンパクトなので、「合計」ボタンを押して1秒後にカラー印刷する仕組みを取り入れるのが技術的に大変だったのですが、やっとプリンターの開発にめどが立って、来年中には導入できると思います。
八塩 商品を露出する場合、カラーでないとダメなんですよね、特に化粧品とかは絶対です。コモディティ(生活必需品)を選別するときに、色は重要な映像情報として選択を左右しますから。どんな機会にどんなクーポンがいただけるのか、ますます楽しみになりました。











