職場の心理学 [230]

高級車月3台売る
ヤナセ式「大車輪営業」の育て方

 
 

輸入車販売でNo.1のシェアを誇るヤナセは、
新人をどのようにして一流営業に育て上げ、そしてチーム力をつけているのか。
強さの源泉になっている人事制度、人材育成の取り組みについて聞いた。

 
 

ジャーナリスト
溝上憲文=文
●みぞうえ・のりふみ 1958年、鹿児島県生まれ。明治大学政経学部卒業。経済誌記者などを経て独立。経営、ビジネス、人事、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍中。著書に『年金革命』『隣りの成果主義』『団塊難民』などがある。

高橋常政=イラストレーション

 
 

強さの秘密は
体育会系人材の行動力と結束力


 未曾有の不況下で企業が求める人材とは何か。最近、人事担当者の口から共通して出るキーワードは「打たれ強くストレス耐性がある」「最後までやり抜く実行力」の二つである。
 たとえば大手不動産販売会社の人事課長は「今のような時代では、真面目すぎる人、考えすぎる人はだめだ。営業でも誰もが実績を上げるのが難しいときに、よし俺が契約をとってくるぞと、率先して行動するような、へこたれないタイプが欲しい」と指摘する。
 不況以前は、営業マンに不可欠な能力として企画力や問題解決型提案営業力が盛んに吹聴されたが、この逆風下ではむしろガッツやバイタリティといった体育会系人材の資質が再評価されつつあるようだ。

 しかし、1915年の創業以来、決してぶれることなく一貫してその資質を重視し続けてきた企業がある。輸入車販売最大手のヤナセである。同社の磯 肥(いそこえる)取締役人事部長は「体育会系人材の魅力は、考えるよりまず行動力が先にあり、少々のことではめげないこと、もう一つはいざというときの結束力が生み出す強さ。これは昔からのヤナセの社風に近い」と率直に評価する。
 世界同時不況による壊滅的不振、国内市場の成熟化、個人消費の低迷といった最悪の環境下にある自動車産業。にもかかわらず、いまだに「飛び込み型訪問営業」を堅持し、数千万円の高級車を売り続けるヤナセの底力の源泉も体育会系的美質に象徴される団結力にあると言い切る。
「社長のリーダーシップに即順応し、一致団結、一丸となり、組織を尊重し立ち向かうバイタリティのある集団がヤナセの組織・力です。そしていざというときに火事場の馬鹿力的にものすごい力を発揮する個人と組織の信頼関係の強さにあります」(磯人事部長)

 ヤナセは創業100年に向け「世界ナンバーワンのプロフェッショナルなカーディーラーになる」という目標を掲げる。そんなプロフェッショナルカーディーラーの素材となる新卒学生は単に体育会系出身だからという理由で採用されるわけではない。選考の着眼点は「競争性が強い」「感受性が豊か」「頭の回転が速い」──の三つだ。
「ディーラーは頭脳だけの人に勤まる仕事ではありません。競争性が強いことはもちろん、お客様と接して感謝されるような感受性の豊かさ、そして頭の回転の速さ。頭がいいということではなく、頭の切り替えが速いという意味で、そういう人は自己成長できる人だと考えています。この三つを面接では見ています」(磯人事部長)
 選び抜かれた素材はやがてプロのディーラーへと成長していく。同社は二代目の梁瀬次郎社長時代に「お月さん(三)作戦」、つまり一人が月に3台売ることを目標に掲げてきた。仮に1台1000万円なら3000万円。同社のディーラー1000人が売れば年間3600億円の売り上げになる計算だ。この不況下でも月に5~6台売り続ける営業マンも珍しくない。

 では新人をいかにしてプロのディーラーに鍛え上げるのか。教育は徹底したOJT(職場内訓練)がベースとなる。入社2~3カ月は配属先の先輩社員が指導役となり、挨拶の仕方、名刺の出し方などマナーを教え込むと同時に商品知識を学習する。その後、半日間社内で学習し、残りの半日は一人で現場に出すということを続け、次に先輩と帯同して実際に顧客を訪問する。
「先輩がお客様とどう接しているのか、先輩の姿を見てコツを覚えさせるのです。それを繰り返し実施した後、今度は逆の立場になって新人が先にお客様宅を訪問し、先輩がフォロー役となって付き添います。この教育を2~3カ月行います」(磯人事部長)
 入社半年後の10月になると、営業見習いから正式に営業職となり、半期の目標値を設定し、基本的に一人で動くことになる。もちろん会社も一人前と見なしているわけではない。「時にはライオンがわが子を千尋の谷に突き落とすぐらいのことをしなければ甘えも出る。先輩がフォローしながら実践を重ねることで自分なりのノウハウをつくり上げていく」(磯人事部長)ことに目的がある。

 そうはいっても大学卒業後、半年足らずの社員が見知らぬ家を突然訪問し、しかも高級車を売るのは至難の業だ。事実、最初は車を売るどころの状態ではないという。
「まず一人で行ったら飛び込みができない。インターホンを押すのに躊躇するようです。押してしまったら何か話さなければいけませんが、どう声をかけていいのか迷う。車の話までできずに挨拶で終わったとか失敗談は数多くあります。とくにマンションの場合は、車の話をするどころか中に入れませんし、カタログ一つも渡せないというのはしょっちゅうです」(磯人事部長)
 結果的に「お月さん」どころか月に1台も売れないという新人も結構いるという。売れなければ辛いし、さすがに強靱な体力の持ち主でも精神的に追いつめられる社員も出てくるだろう。やはりこの時期になると退職を考える新人も多いという。だが、退職を考えても、実際に入社1年以内の離職者はほとんどいないという。それを防止している理由の一つが職場の手厚いフォローである。
「3年で一人前という考えがありますし、それまでは辞めないように意識づけをしてくれと、現場に伝えています。たとえ車の話ができずに挨拶だけに終わったとしても、それは失敗ではなく、次につながるチャンスになると言い続ける。あるいは契約できそうなお客様を新人に紹介し、契約成立することの喜び、お客様からも感謝される喜びを与えてやる人もいます。叱咤激励だけではなく、時には褒めてやるなど様々なやり方で職場でフォローしながら続けていくような動機づけを行っています」(磯人事部長)

 石の上にも3年ではないが「挫けることなく続けていけばお客様のネットワークが広がり、契約に結びついて、3年いると辞めたいという人は少なくなる」(磯人事部長)という。しかし、一人前の営業マンといっても誰にも共通の「売れる営業のスタイル」があるわけではない。磯人事部長は「マニュアル通りでは売れない」と指摘する。
「一応、売り方など基本的なことを書いたマニュアルを販売担当は持っていますが、その通りにやれば売れるというものではありませんし、先輩のやり方を真似しても売れない。かわいい顔をすれば、優しい声を出せば売れるというものでもありません。人とは違う自分という個性を生かし、自分を売る技量を身につけることが大事なのです。最初の1~2年は周りのサポートを受けながら自分なりの売り方のノウハウを築いていくプロセスでもあります」

 ここで重要なポイントはヤナセが創業以来、貫いてきた「車を売るのではなく、車とともにある生き方を提案すること」という流儀にある。つまり、逆説的に言えば、扱っているブランドがいかにすばらしいものであるか、その魅力を力説しても売れないのである。要は顧客にとってその車が必要な状態にしてしまうことである。
「その車が側にあることでお客様が非常にステータスを感じる、満足を感じるような形に持っていく。お客様のライフスタイルの中に、この車をどう置けばお客様が映えるのか。車を売るのではなく、ある意味でその人の生活の中の飾りとして何がふさわしいかという形で車を提案することが重要なのです」(磯人事部長)
 昔と違い外国車は珍しくないし、性能や価格もそれほど変わらない中で車の魅力を訴求しても売れない。プロのディーラーはどんな車であろうと、顧客に買いたいという気持ちにさせる付加価値を提供できるかどうかが問われるということだ。しかも、そのノウハウは他人が真似することのできない個性と同一化している。


トップセールスは
「車を買ってください」とは言わない


 ヤナセにはスタープレーヤーは多い。たとえば同社のトップセールスは、多忙でなかなか会えない顧客に率先して接触することを心懸け、やっと会うことができても車を買ってくださいとは一言も言わない。自分という人間と名前をとにかく売り続け、そのうち相手からまた来てくれと言われるような信頼関係を築き、顧客だけではなく、顧客の知人・友人関係までセールスの輪を拡大するという。これも決して窺い知ることのできないノウハウである。
 もちろん組織にはスーパースターだけいるわけではない。ヤナセのもう一つの特徴はスーパースターの持つ個性と組織を融合させた全体最適の仕組みをつくり上げている点だ。その一つが複線型人事・賃金制度である。
 同社の賃金体系は職務・職責に基づき、一般社員層が1~3の3ランク、幹部社員層が4~6までの計6ランクに分かれている。さらに幹部社員層はラインマネジメントやセールス特化型などいくつかのコースに分かれ、セールスプロフェッショナルの道を究めることが可能になっている。

 セールス職には所定の給与以外に、販売実績しだいでは青天井の報酬を支払う「販売員手当」が支給される。実際に32歳で年収2000万円のセールス職もいる。販売員手当がセールスインセンティブを高めるだけではなく、実績しだいで「マネジメント職以上の年収を得ることができる」(磯人事部長)セールスの専門職として生きることもできる。
 じつは複線型人事を採用する大手企業は少なくないが、成功している企業は意外に少ない。ラインマネジメント以外に専門職コースを設けても、やはり従来の出世コースであるラインマネジメントを目指す社員が多く、専門職制度が形骸化しているケースも多い。その背景には本人が望まないだけではなく、「営業成績もいいからマネジメントも勤まるだろう」という上長の安易な考えもある。
 しかし、名プレーヤー必ずしも名監督ならずの例えもある。スタープレーヤーは「いわば神様であり、自分ができるのだから部下もできるだろうと思ってしまう。その思いを殺せば、名監督になれるかもしれないが、そうでなければ部下もついてこないし、育てることも難しい」(磯人事部長)のである。

 もう一つの仕組みがチームマネジメントである。それを支えるのが個人の成果だけではなく、チームの成果も給与に反映させる評価制度である。
「評価制度は単純に個人評価だけではなく、チームの評価も取り入れています。また、評価は成果(業績)と行動評価の二つに分かれ、成果は結果主義・個人主義に陥ることがないように、成果=業績+業績に結びつく行動と定義し、仕事のプロセスと日常の仕事ぶりも大事にしていますし、会社目標・部門目標の共有と個人目標の連鎖を強く意識づけしています」(磯人事部長)
 たとえ個人が販売目標を達成しても、チーム全体として目標を達成できなければ部門評価が下がるという仕組みである。したがって「スーパースターはもちろん必要だが、チームの全員がスタンドプレーに走ってしまえばチームの目標を達成することができない。一致団結して全員がチームを盛り上げていくことが要求される」(磯人事部長)ことになる。

 また、チームの力を最大限に発揮するための組織として近年、新たに「人材開発室」と「営業支援室」を設置した。人材開発室は階層別・商品別・職種別の教育訓練を担当し、営業支援室は現場のOJT教育を担う。営業支援室は「新入社員に限らず、現場の係長やマネジャーの悩みや相談があれば、直接出向いて教育・指導し、問題を解決するための支援を行う」(磯人事部長)ことで現場力を強化している。
 さらに地域営業本部ごとに元幹部クラスのセールスコーディネーターを設置し、各地域を回りながら本部の施策を伝達するとともに、現場の意見を吸い上げ、その声を施策に反映するなど全社の一体感を醸成する活動も実施している。ヤナセといえども大不況下での営業活動は厳しく、一人当たりの平均売り上げが「お月さん」に達しない月もあるという。そういうときこそ重要なのが「やる気よりもやれる気」だと磯人事部長は指摘する。
「マネジャーがやる気を出させるために叱咤激励をするのでは、一生懸命にやっている人には抵抗があります。実績に結びつかないなら、どうして結びつかないかを自分で考えてやれるようにしてやる。つまり自発的に“やれる気”にさせることが大事であり、目下、現場ではそういう動きを徹底してやっています」(磯人事部長)
 各人各様の個性と結びついた営業力を花開かせ、組織全体の生産性へと結びつけるチームマネジメントの融合こそヤナセの最大のブランド力といってもいいだろう。

 
 
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