ビジネススクール流知的武装講座 [231]
ビジネスモデルに見る
「プロ野球再生」の道
一流選手の米国・大リーグへの人材流出など、
日本のプロ野球は存亡の危機にあるとの議論が多い。
筆者は日本の球界史に登場した三つのビジネスモデルを検証し、
プロ野球の再生方法を説く。
「プロ野球の危機」が議論される
4つの根拠とは
今からちょうど5年前の2004年9月18、19日に、シーズン中であるにもかかわらず、日本プロ野球選手会(当時の会長は古田敦也。本稿では、敬称を省略する)による史上初のストライキが行われた。このストライキは、赤字経営に悩まされていた大阪近鉄バファローズの親会社である近鉄が、球団経営からの撤退を決めたことに端を発していた。
結局、大阪近鉄バファローズは、当時の12球団のなかで唯一、日本シリーズ制覇を達成することなく、オリックス・ブルーウェーブとの球団統合(その結果、オリックス・バファローズが誕生した)によって、姿を消した。この04年から05年にかけての一連の経緯をとらえて、それを、プロ野球存亡の「危機」とみなす向きも多かった。
日本のプロ野球が危機を迎えているという議論の根拠としては、次の4点がしばしば指摘される。
(1)野球人気はサッカー人気に押され気味であり、子供たちのあいだでは「野球離れ」が生じている。
(2)プロ野球の一流選手が次々とアメリカ・大リーグ入りし、日本球界からの「人材流出」がはなはだしい。
(3)テレビでのプロ野球中継が減少している。
(4)赤字経営の球団が大半である。
これらの根拠は、本当のことだろうか。もし本当だとしても、それは、プロ野球の危機を意味するだろうか。
(1)については、子供たちのあいだでサッカー人気が高まっているのは、事実である。しかし、そのことは、野球人気の減退を意味しない。
財団法人日本高等学校野球連盟の調査によれば、同連盟に加盟する硬式野球部員数は、1998年から11年連続で増加しており、02年に過去最高水準を突破して15万1437人になったのち、08年には16万9298人にまで達している。
また、(3)については、地上波のテレビでのプロ野球中継が減少しているのは確かであるが、他方で、ケーブルテレビや衛星放送等でプロ野球中継を楽しむ視聴者が増えていることを忘れてはならない。各球団へのロイヤルティ(忠誠心)の高いファンがプロ野球中継を有料放送で見る時代へ、着実に移行しつつあるのが、現状である。巨人を除く11球団の場合には、ファンが応援するチームの試合をテレビで見る機会は、最近になって、むしろ増大したといえる。
さらに、(4)については、最近、パ・リーグを中心にして、地域密着型のビジネスモデルによる経営努力が成果をあげ、なかには黒字転換する球団が出始めたことを見落としてはならない。その結果、08年時点で、かつてのように慢性的な赤字経営にとどまっている球団は、全体の半数前後にまで減少した。
原点に立ち返れば
「大リーグなんてこわくない」
ここまで述べてきたような諸事実をふまえると、日本のプロ野球にとって本当に脅威であるのは、(2)の要因だということになる。確かに、大リーグは恐ろしい。しかし、ここで強調しておきたいのは、野球は個人競技ではなくあくまで団体競技であり、プロ野球における最重要事項はあくまでチームの勝敗、ペナントレースの帰趨だということである。つまり、原点に立ち返り、団体競技としての野球の試合の面白さや、ペナントレースの醍醐味を発信することができれば、日本のプロ野球は活路を見出すことができる。
野球が個人プレーではなく、チームプレーで営まれるスポーツである限り、個々の日本人大リーガーの動向より、日本のプロ野球チームの動向のほうが、ファンの関心をひきつけることができるはずである。大リーグへの「人材流出」は続いても、日本のプロ野球の試合そのものが盛り上がり、ペナントレースが白熱する限り、「大リーグなんてこわくない」のである。
ところで、試合そのものが盛り上がっているか、ペナントレースが白熱しているかを判断するのは、顧客であるプロ野球各チームのファンである。したがって、日本のプロ野球の危機について考察し、それを克服する道を展望する際にも、ファンの目線からものを見る必要がある。
また、一般的に言って、危機的な状況には、それを生じさせた原因や、それを大きくした背景・文脈が、必ず存在する。危機を克服するにあたっては、その原因を発見・除去し、問題を深刻化させた背景や文脈に即した適切な方策をとらない限り、成功はおぼつかない。そして、危機の原因や背景・文脈を正確に理解するためには、時系列的な変化を濃密に観察する歴史的視点が求められる。
以上の観点から、51年生まれで阪神ファンの筆者(橘川)と79年生まれで巨人ファンの奈良堂史は、協力して今年8月に、『ファンから観たプロ野球の歴史』(日本経済評論社)という本を刊行した。野球ファンであるとともに経営学者でもある我々二人は、この本のなかで、36年のリーグ戦開始から今日に至る70年余の日本プロ野球史に登場した、3つのビジネスモデルについて検証した(表参照)。
最初に登場したのは、球団経営を親会社の本業の発展と直接的に結びつける「本業シナジーモデル」である。36年にリーグ戦が開始されたとき参加した7球団のうち6球団は、新聞社ないし電鉄会社の支援を受けて設立された。巨人軍は読売新聞社を、中日の前身名古屋軍は新愛知新聞社を、大東京軍は國民新聞社を、名古屋金鯱軍は名古屋新聞社を、それぞれ親会社としていた。また、阪神の前身大阪タイガースは阪神電鉄が、阪急は阪急電鉄が、それぞれ設立した球団であった。
さらに、38年秋季からリーグ戦に参加した南海軍も、南海鉄道が設立した球団であった。新聞社がプロ野球チームの設立に力を入れたのは、新聞の拡販に直結するからであった。また、電鉄会社にとっては、沿線の球場で自らが応援する球団が試合を行うことは、乗客数の増加につながった。
新聞社や電鉄会社にとって、プロ野球経営は本業とのシナジー効果が大きかったのであり、日本プロ野球草創期の各チームは、この「本業シナジーモデル」にもとづいて、産声をあげたといえる(37年からリーグ戦に参加したイーグルスも、後楽園球場を経営する株式会社後楽園野球倶楽部によって設立された。したがって、イーグルスも、「本業シナジーモデル」に則って誕生したとみなすことができる)。その後も、西鉄、東急、毎日、近鉄、国鉄、サンケイ、西武が、「本業シナジーモデル」に従って、球団経営に携わった。
2番目に登場したのは、球団経営を親会社の広告宣伝と結びつける「広告宣伝モデル」である。日本のプロ野球は、50年代ごろから国民的人気を博すようになり、初めはラジオ、60年代以降はテレビを通じて、さかんに放送されるようになった。プロ野球の試合中継やスポーツニュースがメディアの人気番組になるにつれ、球団が発揮する広告宣伝効果が注目されるようになった。そのため、40年代末からは、従来の新聞社や電鉄会社ではない、異業種の親会社による新球団の設立や経営があいついだ。
映画会社(大映、松竹、東映)や食品メーカー(大洋漁業、ロッテ、ヤクルト、日本ハム)だけでなく、トンボ鉛筆、日拓ホーム、太平洋クラブ、クラウンガスライター、オリックスなどが、次々と球団経営に進出した。これらの企業は、新聞社や電鉄会社の「本業シナジーモデル」とは異なる「広告宣伝モデル」にもとづいて、プロ野球経営にかかわったと理解することができる。
なお、「広告宣伝モデル」を後押ししたものに、54年8月の国税庁長官通達がある。この通達によって球団経営で生じた赤字を親会社の広告宣伝費として損金扱いできる(換言すれば、親会社にとって法人税を節約することができる)ようになったことは、「広告宣伝モデル」に拍車をかける意味合いをもった。
なぜ東北楽天は
球場での営業権を取得したか
最後に登場したのは、球団と地元地域との結びつきを重視する「地域密着モデル」である。広島や福岡ダイエーによる先行的な試みはあったものの、千葉ロッテ、北海道日本ハム、福岡ソフトバンク、東北楽天などによって、「地域密着モデル」が本格的に展開されるようになったのは、00年代にはいってからのことである。
このモデルの特徴は、プロ野球の球団を、広告宣伝機能を担う「コストセンター」から、ビジネス事業体として収益をあげ、自立した経営を実現する「プロフィットセンター」へ、変身させたことに求めることができる。このような変化を生んだ背景には、54年の国税庁長官通達によって制度的裏づけを得ていた球団の赤字を親会社の広告宣伝費として損金処理する方式が、00年からの連結決算中心主義会計への移行によって、継続しがたくなったという事情が存在した。
ここまで見てきたように、日本のプロ野球は、「本業シナジーモデル」によって始まり、その後「広告宣伝モデル」にもとづいて発展したのち、最近は「地域密着モデル」に向かいつつある。このような歴史的背景・文脈をふまえるならば、プロ野球再生の道は、どのようなものになるであろうか。
プロ野球の危機克服のポイントが試合それ自体を盛り上げ、ペナントレースを白熱化させることにあることは、すでに述べたとおりである。そのためには、まず、「地域密着モデル」を深化させることが重要である。「地域密着モデル」は、観客動員の増加→球団収入の増大→補強や施設への投資の拡大→チーム力の向上→観客動員の増加、という好循環のメカニズムをもたらす可能性をもつ。
福岡ダイエー、千葉ロッテ、北海道日本ハムなどは、このメカニズムを働かせて、リーグ優勝および日本シリーズ制覇を勝ち取った。「地域密着モデル」の好循環のメカニズムがうまく作用し、それが球界全体に広がれば、各球団間には、戦力向上をめざす活発な競争が生じる。そうなれば、個々の試合が盛り上がるとともに、ペナントレース全体が白熱化することにつながるわけである。
ところで、好循環のメカニズムの出発点となるのは、観客動員の増加→球団収入の増大という連鎖である。この連鎖を生じさせるためには、球場の収入を球団の収入に結びつける必要がある。日本のプロ野球界においては、自社グループで球場を保有している一部の球団を除き、多くの球団が、プロ野球興行を主催しながらも、球場を運営する自治体、第三セクター、他企業等に多額の使用料を支払う状況が続いている。
このままでは、観客動員の増加→球団収入の増大という連鎖が、十分には働かない。これに対して、東北楽天や千葉ロッテなど、「地域密着モデル」を積極的に取り入れる球団は、指定管理者制度を活用するなどして、球場での営業権を取得することに成功している。
「地域密着モデル」を深化させ観客動員増加とチーム力向上とのあいだに好循環のメカニズムを作用させること、そのための出発点として球場の収入を球団の収入に結びつけること……これらが、日本のプロ野球を再生させる王道だと言うことができる。
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