職場の心理学 [227]
給料デフレ時代に
社員を奮起させる「心の報酬」とは
逼迫した経営状況下にあっては、コストカットを余儀なくされる人件費。
昇給なし、賞与ゼロでも、優秀な若手・中堅社員の忠心を得るために、
上司が与えるべき、4つの“心のインセンティブ”とは何か。
景気が後退し売り上げや利益が落ちると、経営にとって人件費の負担が重くのしかかる。人件費は、コスト全体に占める割合が大きく、経営が逼迫すると実にやっかいなものになる。
人件費が負担なら削ればよいのだが、その方法は、一部特定の人の給与を減らすか、一部特定の人に辞めてもらうか、全員の給与を一律に減らすかしかない。しかし、このどれにも「法律」の壁が立ちはだかり、そう簡単には実施できるものではない。では一体、企業はどのようにしてこの人件費による経営利益の圧迫という問題に対応するのだろうか。
それは、減らせないならこれ以上増えないようにする、という方法しかない。具体的には「昇給率を一律にダウンさせる」「昇給者や昇格者を極端に減らす」などのアクションだ。しかし、このような施策がとられた場合に、最も割を食うのは、少ない給料で大きな貢献をしている若手から中堅社員である。とくに景気の後退がなければ確実に昇格や昇進を果たしたであろう優秀な社員は、納得がいかない。モチベーションダウンは必至で、組織にとっても大きなマイナスになる。下手をすれば、この環境でも成長している会社に転職することも考えられるし、可能性を模索する社員も少なくないはずだ。
そこで本稿では、このようなない袖は振れないという環境のなかでも、優秀な若手や中堅を筆頭に、多くの社員のモチベーションを維持していくためにできることについて考えてみたい。
組織に属する人間は、ひとつの重要な資源であり資産であるが、単なるシステム部品ではない。感情を持つ生身の人間であり、働く意味や組織のなかでの自身の存在意義を常に問い続けている生き物である。
お金も働くうえで非常に重要ではあるが、それ以外にも、仕事の面白さ、仲間との良好な人間関係、権力や地位など、さまざまなものへの欲求を持っている。お金が出せない現実のなかでは、「不景気が諸悪の根源だ」と嘆いていても始まらない。他の欲求に応えることに時間と労力を使ったほうが賢明である。ここではこのような欲求に応える行為を、「インセンティブ(達成意欲を高める源泉)を与える」と呼ぶことにする。
人は“パン”よりも
時に“評価”によって満たされる
企業組織が社員に与えることのできるインセンティブのなかに、「評価的インセンティブ」というものがある。これは人々の行動を、組織が何かしらの形で賞賛することによって意欲を高めようとするものである。直ぐに実践できることとしては、職場のリーダー/管理者が、個人の行動のうち、素晴らしいと思えるものを皆の前で惜しみなく賞賛するというのが挙げられる。
この場合、「褒めても人事考課およびそれに基づく賞与や給与の増加で報いてあげることができないのでは」という不安もよぎるだろうが、実はこれはあまり気にする必要はない。人はパンのみのために働くのではないし、人事考課や報酬が伴わなくても「他者の役に立つ自分でありたい」という欲求が満たされることによって、仕事に前向きに取り組める可能性は高まるからである。また、この評価的インセンティブとは、リーダー/管理者が直接行う評価(褒める)だけではなく、メンバー同士で褒めあいたたえあうことも含まれる。
「自分は何か有益なことを成し遂げたという達成感を持ちたい。そして、その達成を認めてくれる仲間に恵まれたい」という欲求を、仕事のできる人間ほど、経験上強く持っている。その欲求を満たしてもらえる限り、そう簡単には人はその組織を去ろうとしないし、報酬に納得できなくてもモチベーションを落とさず頑張ることができるのである。
社員一人ひとりが、毎日同僚の誰かに「昨日、Aさんにこのようなことをしてもらいました。ありがとうございました」という感謝の気持ちを伝える場をつくった職場があるが、これなどは、社員同士で「評価的インセンティブ」を与えあっていることになるので、一定の効果が期待できる。
しかし、このような「お互いを褒めあう自然な雰囲気」をつくっていくのは、職場のリーダー/管理者によるところが大きい。つまり、工夫のある「上司の評可力」が極めて重要なのである。
インセンティブのなかには「人的インセンティブ」というものもある。これは、組織を率いる人間(=リーダー)に「この人と一緒に働きたい」と思わせる力があれば、それがその組織で働く人の意欲の源泉になるということである。
「この人のためなら一肌脱ごう」と思わせるリーダーのもとでは、報酬に対する不満があっても、モチベーションを高く維持したまま働くことができるので、リーダーがメンバーにとって魅力的な存在であることは極めて重要である。
この人間的魅力を高めるのは簡単なことではないだろうし、一朝一夕にできることでもないであろう。「何事にも誠実に対応し、部下メンバーの成長を心から願う」など、私欲を捨てて愚直に行動することで少しずつ養われていくものではないだろうか。
また、この「魅力」はリーダー/管理者だけに求められるものではない。「この組織にはどのような人が集まっているのか」「そこでどのような関係が持てるようになっているのか」など、同僚にも求められるものである。報酬は低いし人事考課には納得できないが、辞めたいとまでは思わないという感覚は、組織内での仲間との人間関係が良好な場合に持ちやすい。
その意味でも、組織を率いるリーダー/管理者は、仕事の担当を決めながら、相互の協力がスムーズにいくような仕組みをつくったり、そうした情報を交換する行為を評価することが必要になる。また、職場内のサークルや同好会、歓迎会や忘年会などの職場でのイベント、ちょっとした飲み会などは、長らく敬遠される傾向にあったが、人的インセンティブをつくり出す土壌を形成するためには、有効な施策でもあることで、最近では復活することがよくあるようだ。
モチベーションが飛躍的に高まる
「上司の物語力」
自分の所属する組織や、そこのリーダーが掲げた思想に共鳴することによってもまた、人はやる気を高めることができる。これを「理念的インセンティブ」と言う。
「私たちの会社はこのような社会貢献を果たすために、こういうサービスを、こういう人々に提供していく」という理念や、「3年後にはこんな組織になっていたい」などのビジョン、いわば上司による「物語力」に共鳴すると、人は「私は正しいことをしている、意義のあることをしている」という感覚を持てる。正しいと思える価値観を持って働くときには、個々人のモチベーションは飛躍的に高まっていく。
景気が後退すると、気持ちまで後退し、黙って嵐が行き過ぎるのを待つという姿勢になりがちだが、こういうときこそリーダー/管理者たる者は、組織の存在意義をいま一度明確にし、向こう数年間はこういう戦略で戦っていこうというビジョンを打ち出すことが求められている。
給与アップや出世に期待できないからこそ、それでも頑張る意味を提示する責任が上司にはある。
社員が最大限に力を発揮できる
仕事量を創造する
景気の後退により売り上げが少なくなるということは、それに伴って仕事も徐々に減っていくことにもなる。残業が減るという点では、これはこれで歓迎としている組織もあるが、この状態があまり長く続くと自己実現的インセンティブという観点からは、マイナスの効果が大きくなるので注意が必要である。これは、「仕事そのものが面白い」「自分の持てる力を最大限に発揮している」などの感情を持つとき、人のやる気は高まるというものである。
リーダー/管理者はそのために何をすればいいのか。いくつか方法はあるだろうが、その一つは、新しい仕事をつくり出すことである。同じことの繰り返しや、既存の仕事の効率化だけでは、モチベーションを上げるのに限界がある。
たとえば営業組織であれば、営業員による新規開拓プロジェクト、マーケティングセミナーの企画と実施など、新たなテーマを設定して、売り上げという営業部門が創出すべき価値に結びつく仕事をつくる。新たなテーマにもとづく仕事を担うメンバーを集め、成果達成のためのアイデアだしから実行までを任せることができれば、効果的である。人は新しい仕事に自分のアイデアを活かしながら従事できるとき、仕事が面白く感じられるからである。
以上、「賞与ゼロ・昇給なし」など金銭的インセンティブが限界になるなかでの、優秀な若手社員のモチベーション維持および向上の方法を述べてきた。最後に、これらのインセンティブに共通の重要な要素があるのでそれを紹介したい。それは極めて言い古した感のある言葉であるが、「リーダー/管理者はメンバーとのコミュニケーションをしっかりとる」ということである。
「上司の評価力」も、ただむやみに褒めればいいというものではない。何がどうよいのかという丁寧でかつ誰もが理解しやすい説明が必要になる。
「上司の魅力」も、後ろ姿だけを示せばいいということではない、コミュニケーションを通した信頼関係の構築がなければ、そもそも人的魅力などは(少なくともメンバーには)伝わらない。
「上司の物語力」もまた然り、言語化できなければ、理念にすらならない。
「上司の仕事創造力」の向上のためには、部下メンバーの特性をおさえておくことが必要だが、そのためにも日頃のコミュニケーションを通して部下のことを理解しておくことが必要である。
このように、コミュニケーションのとり方やその中身はメンバーにインセンティブを与えるためにも重要であるのだが、実はそれだけではない。メンバーとの接触を通して、リーダー/管理者自身が、自分の役割や責任を再確認できたり、新しいアイデアを思いついたりするという大きな効果がある。
他者とのコミュニケーションは、自分の考えを整理するためにも有効であるが、それ以外にも「彼ら彼女らのためにも自分が先にあきらめてどうする」とか「なるほど、現場では今そのような問題意識を持っているのか」という認識の変化は、この会話から生まれることがよくある。それは、何かを打破しようと前向きに頑張るリーダー/管理者にとっては、こういうご時勢で沈みがちな自身の気持ちを鼓舞し、その背中を押してくれることにもつながるのである。
部下メンバーのためでもなく、会社のためでもなく、むしろリーダーは自分自身のリーダーシップの成長のためにコミュニケーションをとるという発想を持つほうがいい。リーダー自身が成長し続ける姿こそが、結果として、部下メンバーの「この人のもとで一致団結して不況を乗り越えよう」という勇気の源泉になることは間違いない。
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