職場の心理学 [225]
快走・全日本女子バレーは
「数値マネジメント」で跳ぶ
2012年、ロンドン五輪でのメダル獲得を目指すバレーボール全日本女子。
世界と戦えるチームづくりのために、眞鍋政義新監督が取り入れた
個々の能力とやる気を最大限引き出し、組織全体をパワーアップさせる指導法とは。
「公平性」と「明確さ」「透明性」が
チームを元気にする
ビジネスに例えれば、日本をリードする名門企業の新社長に就任したようなものか。期待も注目も重圧もけた外れのおおきさである。
8月某日。そんなことを言えば、バレーボール全日本女子の新監督、眞鍋政義は少しだけ笑みをうかべた。
「注目されるのは、当然、いいことだと思います。選手もやりがいがあるでしょう。テレビでも試合をどんどん放映してくれる。スタッフも選手もプレッシャーはありますけど、勝ったときの喜びが2倍、3倍になるのです」
眞鍋は45歳。新日鉄のエースセッターとしてプレーし、全日本男子でも活躍した。イタリアのプロチームに移籍した後、松下電器、旭化成で精緻なトスを上げつづける。現役を引退したのは41歳だった。
女子バレーの久光製薬の監督を経て、ことし、全日本女子の監督を引き継いだ。全日本女子は柳本晶一前監督の下、2004年アテネ五輪で5位、08年北京五輪でも5位に終わった。
柳本前監督はチームをオープンにし、テレビを軸としたメディアと一緒にファンを巻き込んだ。練習中でもテレビカメラの撮影を笑顔で歓迎した。
「女子バレーはずっと、閉鎖的だったんです。それを柳本さんは開放され、人気がバーッと上がってきたんです。わたしもその人気を維持し、いや、それ以上のものにしていきたい。公開練習もやっていきたいと考えています」
遡って、5月某日。新生全日本の初めてのミーティングの日、眞鍋監督はまず、目標を宣言した。「2012年ロンドン五輪のメダル獲得」と。
「その目標に向かって、みんなでイチからスタートです。次の五輪でメダルをとるためには、年齢なんて関係ない。40歳だろうが、15歳だろうが、いいものから使う。だから“練習中はスタッフにアピールせえ”と言いました」
チームづくりで大事にするのは、「公平性」と「明確さ」「透明性」である。年功序列制を排除し、多様な人材にチャンスを平等に与え、チーム力を最大限に発揮していく。とくに公平性。これは久光製薬の監督時代から。なぜかというと、女子バレーボールの世界は監督への妬みやひがみが生まれやすいからだった。
例えば、チームにA、B、Cの3人の選手がいたとする。監督がCばかりに声をかけると、監督はAやBから話を聞いてもらえなくなる。どこぞの会社の職場と同じことだろう。
「ある程度、同じように選手とは接します。気配り、目配りは大事なんです。もちろん期待する選手への指導が長くなるのは仕方ありません」
公平な選手選考を実践するため、眞鍋監督は選考基準の数値を明示するようにした。どのスポーツも選手のパフォーマンスの数字が勝敗に反映されるものだが、女子バレーの選手はデータをいやがる傾向にある。
でも眞鍋監督はあえて体重やジャンプ力などの基礎体力のデータはもちろん、毎日のように練習試合のパフォーマンス数値をこまかく洗い出し、選手にフィードバックするよう工夫を施している。
練習をのぞけば、コートサイドのホワイトボードの横にはB4判くらいの紙が張り出され、全選手のパフォーマンス数値が表に明示されているのだ。車か保険の営業実績表みたいに。
表からは、スパイクの決定率、効果率やサーブ、ブロック、サーブレシーブなどの様々な数値がわかるようになっている。一番下には五輪でメダルをとるための目標設定値がならぶ。これは北京五輪の全試合のデータからはじき出したものである。
しかも信号形式で数値が色分けされている。目標値をクリアしていれば緑色、危なければ黄色、そしてダメなら赤色。数値のよしあしで色の濃淡も変わる。つまり、「まったくダメ」なら真っ赤っ赤である。
眞鍋監督が一番こだわる数字が、勝敗により反映される「スパイク効果率」だという。単なるスパイクが決まった成功率ではなく、それに被ブロックやミステイクの本数を絡めていくものだ。例えば、10本のスパイクのうち5本決まれば、スパイク決定率は50%。でも5本決まっても、3本ミスすれば、スパイク効果率は20%となる。つまりは精度が求められる。
ワンマン指導は古い。
コーチ分業制で効率化を図る
体育館には2台のビデオカメラがセットされている。この映像をアナリストが分析、編集している。
「選手はこの数字を見て、何が悪かったのかを知り、昨日の分を反省したり、次の練習に生かしたりするのです。悪い部分は担当のコーチに聞いて、反復練習で直せばいいんです」
そう言う眞鍋ジャパンの最大の特徴は担当コーチ制、つまりは「分業制」の指導体制である。「おれについてこい」という強烈なリーダーシップによるワンマン指導とちがい、「ディフェンス」「ブロック」「戦術・戦略」「オフェンス」と分業指導制を敷き、それぞれ担当コーチを置いて指導を任せるのだ。全日本女子バレーの歴史では画期的なことである。
「これが世界の潮流です。選手もだれに聞けばいいのかわかりやすいし、コーチだってやりがいがでるでしょう。もしレシーブが悪かったら、選手はディフェンスコーチのところにいけばいい。ブロックの数字が悪かったら、ぼくはブロック担当コーチになんとかしてくれと言えばいい。それぞれのコーチがしっかり責任をとれよ、ということです。もちろん最後は全部、ぼくの責任になるのですが」
コーチといえば、今回、31歳セッターの竹下佳江・前主将がコーチ兼任となった。本人は当初、拒んだが、眞鍋監督が説得した。新日鉄時代、コーチ兼任で視野が広くなった経験を伝え、
「ちがう世界をつくれるから」と。
「竹下は長年セッターをやっているから、いわばオフェンスコーチみたいなもんです。コーチにすべて任すのは勇気がいるけど、そこまでしないと世界には勝てません」
7月某日、練習をのぞけば、雰囲気が随分、変わった。柳本ジャパンのようなピリピリ感はない。これぞ眞鍋流か。とてもソフトな空気が漂っている。
眞鍋監督は練習で選手を精神的に追い詰めることはない。選手たちの意見をよく聞き、「風通し」をよくすることにつとめている。
温厚な風貌、いかにもこの人は冷酷になれなそうだ。
「監督が右イケ右、左イケ左という時代は終わったと思います。それでは世界で勝てない。最終的に何のスポーツもやるのは選手ですよ、選手」
新主将には荒木絵里香を指名した。イタリアリーグでプレーしている25歳で、北京五輪で大きく成長した。04年アテネ五輪では直前にメンバー落ちした挫折も経験している。
陽気な性格。感情を表に出すタイプで、副主将には同じ年齢の栗原恵を置いた。サポート役を竹下に委ねる。自律した3人にチームをリードさせる。
「言いたいことはいつでも言ってこい、と伝えてあります。もっとレシーブ練習をしたいとか、もっとチーム練習をしたいとか。イタリアのチームなら、監督と選手が議論するんですよね。スタッフからの一方通行はダメなんです。選手同士でも考えてもらう」
5月の欧州遠征では、荒木主将、栗原副主将に任せ、選手だけのミーティングを開かせた。全員に発言を促した。
「ミーティングで発言すれば、選手は練習や試合でやらないといけない。まずは選手がメダルをとりたいと必死に思うことが大事でしょう。荒木と栗原はずっと同じ部屋なんです。ふたりで話し、困ったときは、竹下と話をすればいいんです」
やる気を根っこに置く。新チームが発足し、まずは個人面談を全員に対して重ねた。北京五輪経験者に対してはもう一度、五輪に挑戦する意欲があるのかどうか。五輪で勝つため、これまでとはちがう何をプラスするのか。
若手や初めての代表選手に対しては、どうやって世界に挑戦するのか。国際経験を通し、どうやって自身のパフォーマンスを上げていくのか。
「目を見ても、言葉を聞いても、みんなのモチベーションが高いのには驚きました。日の丸を付けて戦いたい、と主張するんです。対応は個性に合わせながらやっています。時にはやさしく、時には厳しく。怒ったり、持ち上げたり、ケース・バイ・ケースです」
自分を知り敵を知れば
戦略が見えてくる
互いを知るため、眞鍋監督やスタッフは合宿中、朝昼晩と食事を選手と共にする。チームにこだわる。
「世界を知る」をことしのテーマに掲げる。国際経験の乏しい選手たちは世界の強豪と対戦し、自分たちの課題を肌で知る。
眞鍋監督は言う。
「ことしはチームのベースをつくる。だれが世界に通用するのかを見極めたい。選手は自分たちを知って、敵の力も知る。世界を知ることで、何をしないといけないか、どんなバレーをしないといけないかがわかるんです」
欧州遠征の20試合ほどの戦いの中で「勝利の方程式」は見えてきた。中国やキューバにはなぜ、勝てたのか。イタリアになぜ、何度も負けたのか。
「スピード」と「精密さ」が鍵をにぎる。
「日本は高さとパワーがないから、総括として、スピードを追求しないと勝てないんです。そして精密さ。緻密なバレーというか、精密なバレーまでいきたいんですよ」
日本のオリジナリティとして「スピード」と「精密さ」を築きたい。例えば、攻撃のスパイク。相手のサイドのブロック完成がセッターにボールが届いてから最速1.1秒を要するのなら、日本はその1.1秒以内のスピードで打ち込めばいいのだ。
眞鍋監督は練習中、スパイク練習でストップウオッチを押す。栗原が「1.0秒」、木村沙織は「0.8秒」。
一事が万事、何事も理詰めで進めていく。「世界一のレシーブ力」の構築も順序立てて指導している。まずはディフェンスコーチが基本となる個人のレシーブ能力を高める。腕の位置や姿勢など基本を徹底させ、上達するまで反復練習に取り組んでもらう。
「ブロックに跳ばないとき、全員がリベロ(守備専門のポジション)だと言っています。最後は気持ちでボールを上げろ、と。レシーブ力アップというのは、その前のブロック、さらにその前のサーブも大事なんです。うるさく言っているのは、“トータルディフェンス”です」
つまりはサーブで相手レシーブを崩し、ブロックと連携してスパイクを拾うことである。互いの役割分担、コンビネーションがポイントとなる。レシーブのうまい選手はおのずと守備範囲がひろくなる。
ブロックシステムにも工夫がいる。これは時間がかかるが、要するに日本のオリジナリティを連携の中からつくり上げるということである。
来年は世界三大大会のひとつ、世界選手権がある。ことしメンバーを見極めたら、来年はある程度、メンバーを固め、メダル獲得を狙う。その次の11年のワールドカップで上位3チームに入り、ロンドン五輪の出場権をゲットする青写真をえがく。
そして、目標では、「ロンドン五輪でメダル獲得」である。最後は自律した選手たちが目標を信じ、自分たちを信じることができるか、だ。
日本のオリジナリティは「精密なバレー」だという。「外国にはない緻密、精密なプレーです」。なんだか自動車や時計の世界と似てはいまいか。
そういえば、眞鍋ジャパンの愛称が
「火の鳥NIPPON」である。ひとつになって、燃える組織は強いということなのだろう。
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