ビジネススクール流知的武装講座 [227]

費用対効果にみる、CO2削減
「日本の二大カード」

 
 

省エネが進展している日本にとって、
さらなる排出量削減を実現するには、
よりコストが高い方策しか残されていない。
筆者は費用対効果のよいCO2削減策として、
「セクター別アプローチ」と「LCA」へ期待を寄せる。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
text by Takeo Kikkawa
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 


2050年までにCO2を
80%削減できるか


 今年6月、麻生太郎首相は、12月にデンマークのコペンハーゲンで開かれるCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)で議論されるポスト京都議定書の次期中期目標に関して、日本としては、2020年までに温室効果ガス排出量を05年比15%削減するという方針を打ち出した。この方針を実行に移すためには、省エネ努力とは別に、排出量削減のための規制強化でエネルギーコストが上昇することなどの影響で、一世帯当たり年間7万6000円の費用負担が生じるという(『中日新聞』09年6月22日付)。
 続いて、7月にイタリアのラクイラで開かれたG8サミット(主要8カ国首脳会議)では、先進国全体として、50年までに温室効果ガスを80%以上削減する(基準年は「1990年または、より最近の複数年」)という長期目標が宣言された。
 茅陽一編著、秋元圭吾・永田豊著の『低炭素エコノミー』(日本経済新聞出版社、08年)が行った試算によれば、温室効果ガスの大半を占めるCO2(二酸化炭素)を05年比80%削減するためには、先進国の国民が一人当たり年間8万円(一世帯当たりでは、日本の場合、年間19万2000円)程度、費用負担することが必要だという。この試算にもとづいて、同書は、「50年に80%削減はあまりに費用負担が大きく、実現はほとんど不可能に近い」と、結論づけている。

 このように、先進国において、温室効果ガス排出量を削減することには、膨大なコストがかかる。とくに日本の場合には、先進諸国のなかでも省エネが突出して進展しているため、さらなる排出量削減を実現するには、よりコストが高い方策しか残されていない。
 表1は、日本でCO2削減効果が大きいと見込まれる対策項目を、効果が大きい順に並べたものである。これら10項目の20年における05年比CO2削減量の合計値は1億4000万トンであるが、これは、05年度の日本の温室効果ガス排出量13億6000万トンの10%強にとどまる。
 これらの対策だけでは、麻生首相が打ち出した「15%削減」という中期目標を達成することはできない。表1には登場しないが、1項目だけで20年に05年比1億6800万トンのCO2削減効果が見込まれる「原子力発電の拡充」という対策を、あわせて採用せざるをえないのである。一方、表2は、日本でとられているCO2削減のための主要な対策項目を、費用が大きい順に並べたものである。これら10項目にかかる対策費用の合計値は、20年までに約50兆円に達する。

 ここまで述べてきたように、先進国でCO2を削減するには、膨大なコストがかかる。この傾向は、日本の場合、とくに著しい。
 あまりにコストがかさみ、費用対効果が悪いと、いくら崇高な温室効果ガスの排出量削減目標を掲げても、その実現は困難になる。日本の場合、財政状況の悪化がネックとなって、思い切ったCO2削減対策を講じることが困難になり、20年に15%削減の中期目標も、50年に80%削減の長期目標も、絵に描いた餅になりかねない。

直面しているのは
「日本環境問題」ではない


 何か、それほどコストがかからない、費用対効果がいいCO2削減策は、ないものだろうか。このような問いに悩まされていたとき、目からうろこが落ちる思いをしたことがある。
 今年の3月、パリのIEA(国際エネルギー機関)を訪れたときのことである。筆者の質問に対して、同機関のチーフエコノミストであるF・ビロル氏が、「CO2を削減するコストは、先進国でよりも発展途上国でのほうがはるかに安い」と答えたのである。
 たしかに、われわれが今直面しているのは、「地球環境問題」である。けっして「日本環境問題」ではない。日本国内での思い切ったCO2削減がコスト上の理由で困難なのであれば、発展途上国を中心にした海外で、日本の技術力を動員して思い切ったCO2削減を進めればいい。そのほうが、はるかに費用対効果はよくなる。
 日本企業の省エネ技術の水準は、発展途上国企業のそれをしのぐばかりでなく、多くの場合、欧米企業のそれをも上回っている。高水準の日本の省エネ技術を海外に移出し、普及すれば、地球全体での温室効果ガス排出量を劇的に減らすことができる。このような考え方をとるのが、最近、地球温暖化対策の新しいグローバル・スタンダードとして注目を集めつつある「セクター別アプローチ」である。

 セクター別アプローチとは、温室効果ガスの排出量が多いセクター(産業・分野)ごとに、国境を越えてエネルギー効率の抜本的向上を図り、温室効果ガス排出量を大幅に削減しようとする考え方である。これに最も熱心に取り組んでいるのが、鉄鋼業界である。
 鉄鋼業界では、APP(クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ)のもとにタスクチームを設け、06年から08年にかけて、APPに参加する日本・アメリカ・中国・インド・韓国・オーストラリアの6カ国の製鉄所で、代表的な省エネ技術や環境技術の普及状況を精査した。
 調査対象となったのは、高炉・コークス炉・転炉での副生ガス回収、コークス乾式消火(CDQ)、高炉炉頂圧発電(TRT)、石炭調湿(CMC)、微粉炭吹き込み(PCI)、焼結工程・熱風炉・転炉・ペレット製造工程での廃熱回収、電炉スクラップ予熱などの省エネ技術や、コークス炉ガス脱硫、焼結排ガス脱硫・脱硝、ペレット工場排ガス脱硫・脱硝などの環境技術であった。
 この調査にもとづき、APPの鉄鋼タスクフォースと日本の鉄鋼連盟は、これら6カ国の製鉄所に世界最高水準を誇る日本国内の製鉄所の省エネ・環境技術を移転・普及すれば、調査当時の生産規模を維持した場合でも、CO2排出量を年間1億2700万トン削減することができると結論づけた。この削減量は、90年度の日本の温室効果ガス排出量12億6100万トンの10%強に当たる。
 周知のように日本は、現在、08~12年の平均値で温室効果ガス排出量を90年比6%削減するという、京都議定書によって義務づけられた目標を達成するために大変な努力を重ねている。日本鉄鋼業が実現した既存の最高レベルの省エネ技術をAPPに参加する諸外国に普及できれば、京都議定書で日本に義務づけられた規模の温室効果ガス排出量の削減は、すぐにでも超過達成されることになるわけである。

 鉄鋼業界ほどには国際的な取り組みが進展しているわけではないが、セクター別アプローチの潜在的効果の大きさという点で、特筆に値する分野が別にある。石炭火力セクターである。
 やや意外なことに、キロワット時当たりCO2排出量が最も大きい発電方式である石炭火力は、じつは「CO2削減の切り札」と呼ぶべき存在である。
 ここで求められるのは、最も多くCO2を排出する石炭火力の効率を改善することができれば、CO2排出量を最も多く減らすことができるという、柔軟な「逆転の発想」である。05年の発電電力量に占める石炭火力のウエートを国別に見ると、日本が28%であるのに対して、アメリカは51%、中国は79%、インドは69%に達する。発電面で再生可能エネルギーの使用が進んでいるといわれるドイツにおいてでさえ、石炭火力のウエートは50%に及ぶ。

石炭火力のベストプラクティスで
大幅削減が可能


 世界の発電の主流を占めるのはあくまで石炭火力なのであり、当面、その状況が変わることはない。国際的にみて中心的な電源である石炭火力発電の熱効率に関して、日本は、世界トップクラスの実績をあげている。したがって、日本の石炭火力発電所でのベストプラクティス(最も効率的な発電方式)を諸外国に普及させれば、それだけで、世界のCO2排出量は大幅に減少することになる。
 今年6月にまとめられた総合資源エネルギー調査会鉱業分科会クリーンコール部会の報告書によれば、アメリカ・中国・インドの3カ国に日本の石炭火力発電のベストプラクティスを普及させるだけで、CO2排出量は年間13億4700万トンも削減される(04年実績基準)。この削減量は、05年度の日本の温室効果ガス排出量(13億6000万トン)の99%に相当する。
 日本の石炭火力のベストプラクティスを米中印3カ国に普及すれば、イタリア・ラクイラサミットで決定された長期目標(05年比80%削減)が課した規模の温室効果ガス排出量の削減は、50年を待たずして、すぐにでも超過達成されることになるわけである。

 費用対効果がいいCO2削減策としては、セクター別アプローチのほかにも、LCA(ライフサイクルアセスメントないしアナリシス)という考え方がある。LCAとは、商品が環境に与える影響を、原・燃料の採取から加工・販売・消費を経て廃棄にいたるまでの全過程を視野に入れて評価する方法である。
 LCAの考え方に立って、世界的な規模でCO2削減に取り組んでいる業界としては、化学業界をあげることができる。化学製品を使用することによって、断熱、照明、包装、海洋防食、合成繊維、自動車軽量化、低温洗剤、エンジン効率、配管、風力発電、地域暖房、グリーンタイヤ、太陽光発電などの諸分野で、温室効果ガス排出量を大幅に削減できるのである。
 ICCA(国際化学工業協会協議会)がイタリア・ラクイラサミットにあわせて発表した報告書は、「化学工業により可能となる温室効果ガス排出量削減は、同業界による排出量の2倍以上に相当し、30年までの削減可能性は4倍を超える」、と結論づけている。

 誰の目にも明らかなように、地球温暖化防止は、人類にとってもはや避けることのできない最重要課題の一つであり、現実的で有効な防止策の早急な実施が求められている。「現実的で有効な防止策」であるか否かを分かつのは、費用対効果のよし悪しである。その意味で、費用対効果のよいCO2削減策であるセクター別アプローチやLCAへ寄せる期待は大きい。

 

 
 
PRESIDENT 2009年8.31号
PRESIDENT 2009年8.31号
税込価格 650 円
売り切れ
 
PRESIDENT公式twitterアカウント

メールマガジン <プレジデントニュース>

 
 

「プレジデント」編集部員による取材現場でのこぼれ話やビジネスマンに役立つオリジナルコンテンツ、新刊書籍案内などを、週1回のペースでお送りいたします。

メールマガジン申込・登録変更