職場の心理学 [223]
育休取得100%、女性幹部5倍!
ダイバーシティ企業は、いま
76期連続で増収記録を更新するジョンソン・エンド・ジョンソン、
女性社員の登用に早くから取り組んできた資生堂。
日米を代表する両社のダイバーシティはどこまで進んでいるのだろうか。
社員構成を市場の
人口構成に近づけていく
ダイバーシティ(多様性)がにわかに注目され、女性や外国人を積極的に採用する企業が増えている。ダイバーシティは英語の Diversity & Inclusion を省略したもので、本来は人種、性別、年齢などの外見上の違いや宗教、価値観などの内面的な違いを受容することを意味する。さらに企業戦略的には、そうした多様な個性が十分に能力を発揮できる職場環境を醸成することで、それこそ多様な「個」で構成される市場のニーズに合致する商品・サービスを生み出し、ビジネスの成長を図ることに最終的な狙いがある。
だが、言うは易く行うは難しである。様々な人種や宗教が混在する米国では、政府の方針で採用が義務付けられていることに加えて、逆に企業としても多様な人材を受容し、活用することがビジネスにも直結しやすい。これに対して日本企業では長らく「日本人」「男性」「大卒総合職」「年功」といった同質的価値観を重視した組織運営を続けてきた。そこに「外国人」「女性」「学歴不問」「成果」という価値観を導入することは容易ではなく、まさに企業文化の変容を意味する。
しかも外国人や女性を数多く採用すればいいという問題でもない。個性を尊重し、能力を最大限に引き出すには働きやすい環境の整備が不可欠であるが、入社後数年で女性社員が大量に辞めていく企業も少なくない。さらに今日の不況下では、「受容」を支える育児休職などのワーク・ライフ・バランス施策が負担となり、社員を切り捨てる悪質な企業も発生している。
しかし、ダイバーシティマネジメントを抜きにして日本企業が生き残ることは難しいだろう。グローバル市場は多様性の塊であり、国内市場も「個」に着目したイノベーションなしには需要の開拓はありえないし、そうである以上、必然的に組織における「個」の多様化が求められる。
1932年以来、76期連続で増収記録を更新するジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の成長のキーワードはダイバーシティ&インクルージョンだ。 同社のアンソニー・カーターCDO(チーフ・ダイバーシティ・オフィサー)は「ダイバーシティに焦点を当てなければ、今日のような環境下では成長を遂げていくことはできない」と言い切る。
「世界は刻一刻と変化し、人口構成も多様化している。様々な組織レベルでいろんな人、世代や性別の異なる人びとの考えを集めることで次の大きなアイデアを生み出していくことが可能になる。このことを強み、価値と捉えられない企業は成功することができない。経済状況が悪く、躍動的に変化している状況であるからこそダイバーシティを組織に取り込み、活かしていくことができる企業は成功する」
J&Jのダイバーシティポリシーは明確だ。ヘルスカンパニーである同社の顧客は女性消費者や患者が多い。家族の医療の決定権を有するのは80~90%が女性という統計もある。医療に関する意思決定者である女性顧客のニーズにいかに対応していくかが戦略の根底にある。
「女性であれば医療のマーケットや市場のニーズに合った形の対応ができるのではないかと考える。そのために女性従業員が仕事をしやすい職場を創造することでイノベーションやクリエイティビティが生まれる。それによって患者のニーズに応えられるベストな製品を提供していくことができる」(アンソニー・カーターCDO)
これは性別に焦点を当てた戦略であるが、人種でも同様だ。とりわけヒスパニックは2015年までにアメリカで最も大きなマイノリティグループになると予測されている。
「会社としてどう行動するのか。一つは大変重要な消費者区分であるヒスパニックのマーケットニーズにいかに応えていくのかが課題となる。二つ目が会社の中でいかにヒスパニックの従業員数を増やしていくか。マーケット構成を反映させた形を会社にもつくっていくことだ。単に一つのグループに焦点を当てるだけではない。女性や肌の色が違う様々な人を増やし、顧客・患者の期待に応えていく従業員の構成を考えていくことが、成功するために重要なことだ」(アンソニー・カーターCDO)
ただし、前述したように数多く採用すれば成功するわけではない。同社が実践しているのは、(1)積極的に優秀な人材を獲得する (2)採用後はしっかりとした教育・育成プログラムを提供し、長く働き続けてくれるように引き留めておく (3)必要なときにリーダーシップに充てられるパイプラインを構築する──というプロセスである。
とくに(3)は組織の意思決定をなす重要なポストに満遍なく配置されていることを意味する。社員に女性は多いが、幹部は少ないといった組織ではダイバーシティマネジメントは成立しないし、ひいてはビジネスに結びつかないという認識がある。
このプロセスの実現が、世界の各ビジネストップに課せられた重要な役割であり、アンソニー・カーターCDOと連携しながら推進する。また、カーター氏はJ&Jの会長(CEO)の直属の部下として進捗状況のレポートを提出している。
たとえば現在の女性の登用に関する実績を示そう。J&Jの経営執行委員会(エグゼクティブコミッティー)のメンバーは95年には女性は一人もいなかったが、現在は8人中3人いる。またバイスプレジデント以上の役職者は95年の44人から214人、ディレクター以上は317人から1500人に増加している。日本企業をはるかに凌駕する数字である。
女性管理職率を上げると
企業価値の向上につながる
日本企業におけるダイバーシティの主流のテーマは現在のところ女性であるが、その代表的な企業の一つが資生堂だ。いうまでもなく顧客の9割を女性が占める。顧客を見据えたダイバーシティ戦略の推進が生産性向上につながるとの認識がある。
「女性営業職だけではなく、店頭の美容職も日々女性の顧客と接している。お客様は若い人から育児をしている人まで様々であり、子供の世話に手間がかかり、短時間でお化粧をしたいという人に、育児経験のある美容職がアドバイスすると共感や信頼関係が生まれる。そのことが当社の価値向上にもつながっている」(宮原淳二・人事部ダイバーシティ推進グループ参事)
同社のダイバーシティ戦略を紹介する前にこれまでに築き上げた実績を示そう。同社グループの国内従業員約2万6000人(うち店頭美容職が1万人)中8割を女性が占める。大卒女性採用数は全体の約6割。いわゆるライン管理職に相当する女性リーダーの比率は06年4月に13.2%、現在は18.7%に達する。これは日本の大手企業の中では非常に高い水準であるが、同社は13年には30%に引き上げる目標を掲げている。
また、女性社員の定着率も見逃せない。大卒社員の入社後の3年以内の離職率は1%以下。資生堂単体の平均勤続年数は男性18.4年に対し、女性は17.5年とほぼ同等である。こうした実績を支えているのが、入社後のワーク・ライフ・バランス施策や教育プログラムなどのキャリア育成への取り組みだ。
同社のワーク・ライフ・バランス施策は、育児・介護休業法制定以前から始められており、法制定以後も常に法定を上回る制度の充実を図ってきた。
たとえば独自の取り組みとしては、妊娠から育児休業を経て職場復帰するまでの一連の流れを上司と確認し合う「チャイルドケアプラン」と呼ぶコミュニケーション体制もその一つだ。また、育児休業中に自宅のインターネットを通じて英語などの各種スキルを習得できるシステムの提供、妊娠・育児休職中の社員同士が情報交換する場を提供する社内SNSの開発など復職や仕事を継続するための細やかな配慮も実施している。
生後57日から預けられる
事業所内保育施設
さらに社員のキャリア継続や復職支援をサポートする象徴的施設が03年に開設した事業所内保育施設「カンガルーム汐留」である。生後57日の乳児から小学校就学前の幼児を午前8時から午後7時(延長保育は午後8時)まで預かる。施設の面積は242平方メートルと広く、保育室、乳児室、調理室、幼児仕様のトイレ・シャワー室が完備されている。実際に内部を拝見したが、年齢ごとにクラス分けした保育を行うとともに、子供の様子を外部の家族がパソコン上で見ることができるインターネットカメラも設置されていた。
定員は34人であるが、定員枠の一部を近隣の他企業にも開放している。現在、同社の社員の子弟22人のほか、電通、ニチレイ、日本IBMなどの子弟10人の計32人の子供が入所する。園長は公募で選ばれた同社人事部ダイバーシティ推進グループの安藤哲男氏である。施設の意義について安藤氏は「復職希望の社員が安心してスムーズに復職できる機能としてカンガルームの存在は大きい」と指摘する。
「通常の保育所は3月の抽選を待って4月に入所するが、社員の中には9月、10月に復職したいという人もいる。他の保育所に入れない人でもここに預けて復職できる。しかも会社の近くであり、迎えに行く時間がかからない分、仕事にも集中できる。仕事を続けたい、育児もきちんとやりたいという社員をサポートするのが私たちの役割だと考えている」(安藤氏)
実際に復職後の利用者が圧倒的に多いという。また、同社では3歳までの育児休職を認めているが、最近は早く復職したいという女性が多く、0~1歳児から預かるケースが増えている。育児をやりながらキャリアも継続したいという志向が強まっている。
充実した施策を反映し、同社の女性の育児休業取得率は100%。育児休暇取得者は835人、1日の勤務時間を短縮できる育児時間取得者は935人(09年4月1日現在)とその数も半端ではない。また出産を機に退職する人は数えるほどしかいないという。
働きやすい環境整備と並んで同社が現在注力しているのが、Care(ケア)、Career(キャリア)、Fair(フェア)の三つである。
「育児休職中の社員を含めて見守るという意味のケア、異動や研修を通じてキャリアを磨き、公正に処遇していくという方針を掲げて、制度の運用を推進している」(宮原参事)
女性管理職を育成するための啓発活動も定期的に開催している。今年2月には管理職以上の女性155人を一堂に集めたフォーラムを開催。同社の前田新造社長と岩田喜美枝副社長自ら講師となって「それぞれ1時間ずつ時間を割いて資生堂として女性管理職の育成に本気で取り組んでいることを訴える」(宮原参事)など女性管理職への期待を表明している。
もちろん、活躍への期待は女性管理職だけではない。同社には前述したように1万2000人の店頭美容職の社員がいるが、今年10月から新たに「キャリア形成プログラム」を導入する。会社として「管理職」や「専門職」への道筋を明確化し、それに向けたキャリア形成を支援するというものだ。当然ながら美容職の社員の経営への参画につなげる狙いもある。
「これまでは店頭美容職の社員はそのままずっと美容職を続けるという風土であった。美容職のキャリアデベロップメントを描き、高度美容専門職のコース、あるいは企画系統のマーケティングをやれるようなコースも選択肢として用意した。企画系統を選択すれば、将来は経営幹部の道も開かれることになる」(宮原参事)
男女に限らず「個」の持つ個性・能力に応じて活躍できる機会を均等に提供することはダイバーシティマネジメントの基本である。資生堂はさらに一歩踏み込んで積極的に育成することで女性の持つ能力をフルに発揮してもらおうという方針である。同社が目標とする女性管理職比率30%はおそらく国内の外資も含めて日本では前人未到の記録となる。日本の企業風土の変容を迫る本格的なダイバーシティ時代の先鞭となることを期待したい。
ダイバーシティ推進を掲げる企業は多いが、その効果は一朝一夕に表れるものではない。中・長期的な企業戦略の中にどのように明確に位置づけるかが重要だ。不況に陥って終息するような施策レベルでは定着することはないだろう。










