ビジネススクール流知的武装講座 [225]
業界下位がトップを奪う秘策
「アメリア・エアハート効果」とは
既存の市場カテゴリにおいてトップブランドが鎮座している場合、
それに競争を挑むのは得策ではない。
これまでになかった切り口から新しい市場カテゴリをつくり、
そこでNo.1を獲得する方法を筆者は説く。
業界No.1シェアのブランドが維持する
市場カテゴリとの絆
前回(6月1日号)では、日本におけるブランド戦略の変遷について検討した。企業ブランド中心のマーケティングがこれまで編成されてきたが、最近は、商品ブランドのメガブランド化を志向したマーケティングへと転換している事情を示した。今回は、その続きで、メガ商品ブランドづくりについての一つの基本的な考え方を紹介したい。
業界No.1商品は長期にわたって強い。アサヒビールの〈スーパードライ〉は、1993年にキリン〈ラガー〉から市場を奪って以来、16年間ビール市場No.1の座は揺るがない。滅多に起こることのないトップ交代の悪夢を味わったそのキリン〈ラガー〉も、それまで戦後40年間という長きにわたり圧倒的な業界No.1の座を確保してきた。
炭酸飲料の〈コカ・コーラ〉、高級車の〈ベンツ〉、大型バイクの〈ハーレーダビッドソン〉、インスタントコーヒーの〈ネスカフェ〉、シューズの〈エアジョーダン〉、健康飲料の〈ポカリスエット〉、ピアノの〈ヤマハ〉、ポテトチップスの〈カルビー〉等々、さまざまな業界で、長期にわたって業界No.1シェアを維持するブランドは多い。そうしたブランドの強さの背景には、言うまでもなく、いわゆる特定の市場カテゴリとの間に緊密な絆(連想関係)が保たれていることにある。
たとえば、「ビールと聞いて、あなたが一番に思い出すブランドはなんですか?」という、市場調査でよく試みられる質問がある。ブランドの知名度を尋ねる質問の一種ではあるが、たとえば、「**というブランドはご存じですか?」という単純知名の質問とは性格が違う。単純知名は、たんにその商品を知っているかどうかを聞いているだけだ。この質問は、言うまでもなく、特定市場カテゴリとブランドとの絆の強さを確かめる質問である。
さて、消費者は、それほどたくさんの商品名を覚えてはいない。消費者の頭の中には、特定市場カテゴリごとに、たとえば「蚊取り線香なら**」「男性整髪料なら**」「胃腸薬なら**」「携帯音楽機器なら**」といったふうに、市場カテゴリと対になった形でブランド名が刻み込まれている。消費者の頭の中にその名前を刻み込むことに成功したブランドが、その市場カテゴリのNo.1ブランドであることが圧倒的に多い。
企業にとって、特定市場カテゴリとブランド名とのこの緊密な連想関係を確立すること、そして長期にわたって維持し続けることがマーケティング上の最高課題となるという理由は、ハッキリしている。
いったんカテゴリNo.1の座を確保すれば、しばらくは消費者の頭の中で連想が確立し、その座が揺らぐことは少ない。その逆のことも言える。すなわち、カテゴリNo.1のブランドが健在であるときに、それに競争を挑んでも実りを得ることは難しい。わが国で、〈ペプシコーラ〉が何回となく、〈コカ・コーラ〉に挑んでいるが、なかなか追いつけない。その事実はNo.1ブランドの強さの証明に見える。
「市場カテゴリで一番になることがマーケティングの鉄則」と言われても、どの企業もそのカテゴリ一番を狙っている。その座を占めるのは、あまたある競合ブランドの中でたった一つのブランドだけである。担当者としては気が遠くなる話だが、不可能と落胆してしまう必要はない。アメリア・エアハートの話が、ここでのカギだ。
飛行機で大西洋を単独・ノンストップで横断したのは、チャールズ・リンドバーグ。27年のことだ。もしかすると、読者の中には「翼よ、あれがパリの灯だ」という映画で記憶されている方もいらっしゃるかもしれない。パリに到着した彼を出迎えるために100万人のパリ市民が集まったというのだから、ただ事ではない。そして、彼の名は、世界の多くの人の記憶の中に刻み込まれた。
二番手以下でも
歴史に名前を残す方法とは
では、その後、リンドバーグを追って、大西洋を単独飛行した次の人の名前はご存じだろうか。たぶん誰もご存じないだろうし、私も知らない。一番手は歴史に残っても、二番手以下は残らない、これが一番手の威力である。
そのリンドバーグから5年も経った32年に、大西洋を単独飛行したのがアメリア・エアハートである。ウィキペディアを見ればわかるように、その名前は歴史に残っている。その理由は……、彼女が女性だからだ。彼女は、「女性で初めて、大西洋を単独飛行した」のである。「人類」というカテゴリに、「女性」という一つの切り口を入れると、一つの新しいサブカテゴリが生まれる。こうした効果を、彼女の名にちなんで、アメリア・エアハート効果と呼ぶことにしよう。
その効果の実証例は、〈ハイチオールC〉というブランドの成功に見ることができる。もともとは、肝臓機能を強化する薬として、「2日酔いの後に」などという効能を訴えて販売されていた。その競合メーカーも多かった。ところがあるとき、ターゲットを変えた。
中年男性向けの商品を、若い女性向けに切り替えた。効能は、「しみやそばかすを内から治す」というものだ。これでこのブランドは一気にブレークした。20億円前後であった売り上げが、70億円にまで伸びた。同時に、若い女性に向けたしみ・そばかすを治す市場カテゴリが生まれ、そこでもNo.1になった。その後、競合ブランドが追いあげるがその地位は揺るがない。
既存の市場カテゴリには、トップブランドがすでに鎮座しているのが普通だ。それに挑むのは、投資がかかるばかりで得策ではない。そこで、これまでになかった切り口で新しい市場カテゴリをつくり、そこで一番になることを考える。そして、その新しいカテゴリとブランドとの絆を強化する。
こうした「市場カテゴリとの絆」を構築維持することに徹底してきたのが、世界のP&G社である。同社は、たとえば同じランドリー・ファブリックケアという製品分野の中に、複数のブランドをもっている。洗剤市場をさらに細分化して複数のサブ市場カテゴリを想定する。
そして、そのサブカテゴリごとにブランドをもつ。こういうわけだ。同社のアメリカのHPを見ると、バウンス、チア、ダウニー、タイド、ドレフト、エラ、ゲインといったブランドが並んでいる。それらの間では、同じ衣料洗濯用洗剤だが、用途や効能における違いが微妙にあって、それぞれが独自の市場カテゴリを形成する。その微妙な違いを、うまくブランドの違い、市場カテゴリの違いとして消費者にアピールする、これが重要だ。
たとえば、P&Gは、わが国においては〈ボールド〉と〈アリエール〉という二つの洗剤をマーケティングしているが、両者の間で共食い(カニバリゼーション)が起こらないよう巧みに差別化している。われわれ男性にはあまりなじみがないが、同社のHPを覗くと次のように差別性を訴えている。
ボールドは、「ふとした瞬間にいい香り、高い柔軟効果、毎日のお洗濯をちょっと楽しくする柔軟剤入り粉末洗剤」との謳い文句で、洗浄力に加え、柔軟効果とちょっとした香りを提供する。パッケージも、ちょっと洗濯が楽しくなるようなかわいらしいパッケージで、内側には、「ハート、お星様、お花」の3種類のピンクのデザインをあしらい、裏パッケージはおしゃれな生活シーンになじむ、輸入雑貨のように遊び心のあるデザインとなっている。

P&Gは洗剤市場に
なぜ複数ブランドで挑むのか
一方、アリエールは、汚れを除去し白さを強調することに加え、ファブリーズ社との共同開発を訴えて臭いの元を除菌する機能も売り物にしている。同じ洗剤であっても、前者のブランドが洗濯の楽しさを訴求しているとすれば、後者は生真面目に洗濯本来の機能を強調するものとなっている。
それでも一時、両ブランドの区別が判然とせず、消費者や店頭で混乱を引き起こしたことがあったらしい。そこで、両者の差別性をハッキリさせるべく改良を行い、メッセージも両ブランドの差異が際だつようにしたという。それにより、両者の合計市場シェアは以前にも増して増加した。ボールドファンとアリエールファンが、それによってくっきりと分かれたという話だが、実際、その後の調査においてはボールドファンとアリエールファンで、両ブランドのCMの評価に大きい違いがあるとのことである。P&Gの目論見どおりの結果となった。
いわゆる「市場細分化」というマーケティング努力をベースにして、洗剤という一つの製品分野で複数のブランドが維持されること、そして緻密なマーケティングがそのベースに必要なこと、それらがわかったとしよう。ではどうして、P&Gは同一製品カテゴリ分野を、簡単明瞭に一つのブランドで対応しようとはしないのだろうか?
理由としてよく言われるのは、ブランドが単数だと小売店の売り場の棚を取りにくいという事情がある。洗剤売り場で圧倒的なシェアを確立したブランドがあり、消費者はそれをいつも購入する。しかし、その消費者もときとして浮気者になって、隣に置いてある他社ブランドに目がいくことがある。そこで、「みすみす、他社ブランドに浮気されるくらいなら、少々自社のトップブランドと共食いがあったとしても、もう一つのブランドの導入を」ということになる。
それだけではない。P&Gは、「市場カテゴリとブランドとの強い絆が成功の秘訣であること」をしっかりと理解している。「きちんと洗濯をする洗剤」とか、「楽しい洗濯をする洗剤」といった具合に、次々に新しい市場カテゴリをつくり、そしてそれとブランドとの絆をつくり出す。ブランドを、特定市場カテゴリにポジショニングするわけである。
その工夫こそが、長きにわたるブランドのエクイティを確立し、企業としての長期にわたる成長を可能にすることを理解しているのである。










