ビジネススクール流知的武装講座 [224]

三重苦の地方を救う教書
「希望学」とは

 
 

日本社会において種々の格差が拡大し、
将来へ向けての希望が失われつつあるという厳しい現実がある。
筆者は新しい社会科学である希望学が取り組んだ、
岩手県釜石市の調査から地域間格差の解決へのカギを探る。

 
 

一橋大学大学院商学研究科教授
橘川武郎=文
Takeo Kikkawa
1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得。青山学院大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を経て、現在一橋大学大学院商学研究科教授。専攻は日本経営史、エネルギー産業論。著書に『日本電力業発展のダイナミズム』、共著に『現代日本企業』などがある。

平良 徹=図版作成

 
 

 

専門書としては異例の
売れ行きの『希望学』とは


 東京大学社会科学研究所(東大社研)が今春から刊行を始めた4冊シリーズの『希望学』が、売れに売れている。書店での売れ行きも絶好調だそうだが、何よりも圧巻なのは、4月に刊行された第一巻の『希望を語る──社会科学の新たな地平へ』が、アマゾンの総合ランキングで141位まで上昇したことである。
 内容は、けっして平易な本ではない。編者の玄田有史と宇野重規によれば、「希望という概念の持つ理論的射程を、この概念に関する過去からの議論の蓄積、社会科学の他の諸概念との比較、さらに現代日本の状況や社会科学の視点を踏まえつつ、考察していくこと」(同書xiページ)を目的とする、どちらかと言えば難解な本である。学術書の世界では、アマゾンの総合ランキングで1万位以内に入れば、売れ行き好調との評価を受ける。それが、「二桁違い」の100位に迫る勢いを示したのであるから、社会科学にかかわる専門書としては、近年まれに見る快挙と言っても過言ではないのである。

「希望学」とは聞きなれない言葉であるが、いったいどのようなものなのか。『希望学』シリーズ各巻の冒頭には、「希望学は、希望と社会との関係を切り開く、新しい挑戦である」(iページ)、と書かれている。
 つまり、希望学とは、「希望を社会科学する」を合言葉に、希望と社会との相互関係を考察しようとする、新しい学問のことである。経済学など従来の社会科学の多くの分野では、個人が希望を保有していることを前提に、その希望を実現すべく行動することを、社会行動分析の基本的な視座としてきた。しかし、現代社会、とくに最近の日本では、希望は与件であるという前提自体が崩れつつある。希望学は、この「社会科学の危機」とも言える現象に、正面からメスを入れようとしているのである。
 ここで直視しなければならないのは、『希望学』がよく売れる背景には、日本社会で種々の格差が拡大し、将来へ向けての希望が失われつつあるという、厳しい現実が存在することである。格差は、個人間、所得階層間、地域間、産業間、企業間など、さまざまなレベルで広がりを見せている。
 これらの格差について東大社研は、希望学プロジェクトにおいて幅広く掘り下げているが、地域間格差に関しては、プロジェクト全体の重要な柱の一つとして、釜石調査を進めている。そのひとまずの成果をまとめたものが、『希望学』シリーズの第二巻・第三巻として5月と6月に刊行された、『希望の再生──釜石の歴史と産業が語るもの』と『希望をつなぐ──釜石からみた地域社会の未来』である。なお、筆者(橘川)は、2007年3月まで東大社研に在籍していたこともあって、スタート当初から希望学の釜石調査に参加している。


なぜ釜石市には
「希望の灯」がともっているのか


 岩手県釜石市。日本の近代製鉄業発祥の地となり、鉄鋼業の発展とともに繁栄を続けたこの町も、1989年に新日本製鉄(新日鉄)釜石製鉄所の高炉が停止されてから、かつてのにぎわいを失うようになった。
 63年には9万2123人を数えた人口も、08年には4万1806人にまで減少した。『希望の再生』のはしがきの中で編者の玄田有史と中村尚史は、「釜石は、単に地域社会の問題を考えるための一事例にとどまらない意義をもつ。高齢化、人口減、産業構造の転換など、日本社会に迫り来る近未来を、一身に体現している地域である」(viiiページ)、と書いている。これが、希望学が、釜石市を調査対象として選択した第一の理由である。
 高炉閉鎖や人口減少の印象が強いため、事情をよく知らない部外者のなかには、釜石市に対して、地方経済の疲弊と企業城下町の衰退という「二重の悲劇」に見舞われたさびれた小都市であるという、先入観をもつ人がいる。しかし、実際に釜石市を訪れ、キーパーソンにインタビューを重ねると、そのような先入観が間違っていることに、すぐに気づかされる。釜石市の人々は、下を向いていない。活気ある町の再生をめざして、上を向き、前を向いている。別の言い方をすれば、釜石市には地方再生の「希望の灯」がともっているのであり、希望学が同市を調査対象とした第二の、そして最大の理由を、この点に求めることができる。

 釜石市には、地方都市の再生につながる注目すべき動きがいくつか見られる。そのおもなものは、次の3点にまとめることができる。
 第一は、新日鉄釜石製鉄所の高炉停止後も、製造業が健闘していることである。新日鉄は、高炉停止後も、自動車用高級線材の北日本における生産拠点として、釜石製鉄所の操業を継続している。生産規模を縮小したとはいえ、欧米の多くの鉄鋼メーカーが高炉停止と同時に工場そのものを閉鎖した事実と比べると、この新日鉄の措置は、地元経済への打撃に歯止めをかける意味合いをもつものと言える。
 また、釜石市や新日鉄は、釜石製鉄所の合理化が進行した80年代から釜石への企業誘致に力を入れ、合計24社もの誘致を実現してきた。そのうち05年までに約半数の12社が撤退したが、残存した12社だけでも約2000人の雇用を創出した。
 別図は、釜石市と日本全国の製造品出荷額の動きを、比較したものである。この図からわかるように、60年代の高度経済成長期には全国値を上回る伸びを示した釜石市の製造品出荷額は、新日鉄釜石製鉄所の生産規模が縮小した80年代後半には、全国値とは逆に大きな落ち込みを示した。
 しかし、日本経済が「失われた10年」に苦しんだ90年代以降の時期になると、伸び悩みを見せた全国値を尻目に、釜石市の製造品出荷額は明らかな回復傾向をたどった。誘致企業等がリードする形で「産業構造が鉄鋼業一極集中から多業種からなる構造へ変わ」(中村圭介「企業誘致と地場企業の自立」『希望の再生』188ページ)ったことが、釜石市の製造業を再生させたのである。

 釜石市で見られる地方再生への動きの第二は、農林水産業に立脚した新しい動きが始まっていることである。例えば、釜石市に本社をおく水産加工メーカー・小野食品は、全国展開する大手スーパーの店頭で自社ブランド(「三陸おのや」)による直接販売を実施するなどして、着実に業績を伸ばしている。同社は、三陸産や北海道産の原料の鮮度を生かした加工(手づくり感があり、鮮度の保持にすぐれた新しい包装システムを使うワンフローズン焼魚・煮魚など)を釜石工場で行い、リードタイムが短く、競争力が高いビジネスモデルを構築しつつある。
 また、釜石市には、農業関係者、漁業関係者、民宿関係者などが協力して結成した、A&Fグリーン・ツーリズム実行委員会が存在し、草の根的なグリーンツーリズム活動が活発である。A&FのAはAgriculture(農業)、FはFishery(漁業)を、それぞれ意味する。

 第三は、釜石市では最近、インフラストラクチャーの整備が進んだことである。まず、06年に世界最大水深(63メートル)の湾口防波堤が概成し、釜石港の安全性が飛躍的に高まった。
 また、07年には遠野市とのあいだに仙人峠道路が全線開通し、岩手県中央部(花巻)・釜石間の自動車交通による所要時間は、大幅に短縮された。さらに、同じ07年には公共バースの増設工事が完成し、釜石港の貨物取り扱い能力が大幅に増強された。これらの「三大基盤」の整備は、釜石の地域経済活性化に大きく寄与することであろう。


地方都市再生への道筋における
三つのヒント


 ただし、ここで明確にしなければならない点は、いくつもの注目すべき動きが見られるものの、釜石市における地方都市再生の試みが最終的な成果をあげるためには、克服すべき問題がまだまだ残されていることである。その最たるものとして、「それぞれに奮闘し、それぞれに成果をあげてきた」釜石市のキープレーヤーたちが、ネットワークの形成に関して、連携面で弱点をもっている点を指摘せざるをえない。
 筆者は、東大社研が07年に釜石市で開催した「希望学釜石調査公開シンポジウム──釜石に希望はあるか」において、「釜石には希望がある。でも、もっとあるはずだ」と発言したことがある。「もっとあるはずだ」と言ったのは、釜石市で地域経済活性化に取り組むキープレーヤーが形成するネットワークには分断された個所があり、その結果、機会損失が生じていると感じたからである。このような分断が起こる理由は、皮肉なことに、キープレーヤーがあまりにも英雄的に行動し、それが、おのおの成果をあげているために、お互いがかかわり合う必然性が小さい点に求めることができる。
 新日鉄釜石製鉄所の内と外、誘致企業と地場メーカー、小野食品と地元漁協、釜石市と岩手県釜石地方振興局、釜石市と周辺市町村など、ネットワークが十分につながっていない個所が接合されれば、釜石市でともった地方都市にとっての希望の灯は、さらに勢いを増すであろう。

 釜石市で起こりつつある変化は、ネットワークの接合という点のほかにも、地方都市再生の道筋について、重要なヒントを与えてくれる。それは、
(1)インフラ整備による外需の呼び込み
(2)広域ブランドと結合した地域ブランドの確立
(3)若い世代の参画とリスクテーカーの登場、および両者の連動
 などの点である。
 もちろん、地方再生への道筋は、平坦なものではない。地域経済を活性化させるためには、正しい戦略をとり、適切な手順をふむことが求められる。
 ここで重要な点は、釜石市には、「正しい戦略」や「適切な手順」につながる契機が、すでにいくつか存在することである。それらの契機が深化し、発展をとげ、高齢化・人口減・産業構造転換の三重苦に遭遇した町・釜石市が活気づいて再生を実現するにいたれば、同じく苦境に立たされている全国の小都市にとっての文字通りの「希望の灯」になることは、間違いないであろう。
 我々は、釜石市で始まりつつある地方における希望への挑戦が、今後どのような展開をとげていくか、期待を込めて見守ることにしたい。

 
 
PRESIDENT 2009年7.13号
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